決着の日~2028~


八重樫、綾と共に転移した一樹は息を呑んだ。翔子に指定した転移先は防衛省内ヘリポートのある棟の屋上だったが、既に傭兵が陣取っていたのだ。十数名もの狙撃手や機関銃手が四隅に散開して眼下の警備を攻撃している。


「……」


一樹は悲鳴をあげないよう努めた。いきなりの会敵は八重樫もさすがに驚いたが、もっと驚いたのは敵の方だ。突如現れた三人に気づいた機関銃手が仲間に叫んで知らせながら銃口を向ける。しかし先に反応した八重樫は突撃銃でヘッドショット。それを皮切りに敵は一斉に銃口を向けるが発砲は叶わない。


「ぐあぁぁ!」


次々とあがる傭兵の悲鳴。綾の念力によって自分の利き腕が意思に反して反っていき、やがて肘の可動範囲限界まで達した。しかしまだ止まらない。やがて肘が鈍い音を鳴らしながら、本来曲がるべきでない角度に曲がった。振り抜いて自身の手の甲が肩に密着する光景は傭兵達にとって恐怖の時間だ。八重樫はパニックになる傭兵を次々と射殺していく。中には無事な手で自動拳銃を使おうとした者もいたが察知した八重樫に先に始末される。


「うわぁ…エグいな」


綾は敵を全て同じ目に遭わせ、八重樫が射殺していくまでの時間稼ぎを担っていた。他人事とはいえ目の前で繰り広げられる大惨事に一樹は目を背け、邪魔にならないように伏せる。正確には綾の誤射を恐れていた。


「死体から端末を調べろ。通信網の確認もだ」
「はい」


敵は一人だけ残して一掃された。一樹は死体から端末を拾い上げ、電脳でパスコードを突破すると情報を根こそぎサルベージしていった。欲しい情報を頭に思い浮かべながら握りしめるだけで勝手に端末が言う事を聞いてくれる。少し暇になった。


「綾さん、さっきは肘より首の骨をへし折った方が早かったんじゃないすか」


一樹は先程の出来事に少し引いていたが綾は気に留めず、八重樫が一人だけ生き残らせた捕虜を結束バンドで縛り上げた。捕虜の片腕が死んでいるため感触が気持ち悪い。


「確かに一撃で仕留められるけど武器が暴発してかえって危険よ。それにそこまでやってのける勇気はないわ。さすがに気が引けるし」
「いや肘の逆曲げも十分エグいけど」


八重樫は武器を接収しつつ死体の覆面を剥がして顔を確認していく。見覚えのある顔はない。さらに捕捉で状況を確かめた。


「捕捉はどうでしたか?」
「能力者が二人と爾落人が一人いる」
「多いですね。場合によっては分が悪いんじゃ…」
「そうかもな。できれば交戦せずに離脱したいが」
「翔子さんに迎えに来てもらいたいですね」
「彼女とは交信できない。南極の方で戦闘レベルのジャミングが始まっているようだ」
「戦闘…どうやら南極もババだったみたいですね」


八重樫は下の様子を窺う。突撃銃のショートライフルスコープで覗くと敵の方が優勢に見えた。割と統率の執れている警備に対し速攻で侵攻する傭兵。実戦経験の差か殺害に躊躇いのない傭兵の行動が一々早い。


「これはGnosisの面子も覚悟していた方がいいかもしれないな」


正直ここまで戦況が悪いとは思っていなかった。グループ毎に差があるものの質の高さと能力者の存在。さらにもう一つ。このヘリポートに巣食っていた連中。ここは敷地内にそびえ立つ一番高い棟の屋上。襲撃からそんなに時間が経っていないはずなのに下の階を制圧して登ってきた様子でもない。しかも十数階ものある建物を短時間で陣取れるとは。航空機を使って降下しなければ無理な話だ。


「この建物自体の固定回線は切断されてますがジャミングはありません。端末から通信できますよ」
「だったらなんで蛍さん達と不通になったの?」
「さぁ?あとは本人達の端末が一斉に壊れたとしか。あと連中の狙いが分かりました。Gnosisです」
「殺害だな」
「死体の身元は分かったの?」
「元特殊部隊隊員や犯罪者で構成されているようで、国籍や年齢はバラバラです。リストできてます」


八重樫は一樹からタブレットを受け取りリストを確認した。その中から一人、元特殊部隊隊員の死体の腕を捲って刺青を確認すると情報の確度に納得したようだ。


「誰かが束ね上げた傭兵集団という事か」
「だったら雇い主がいるはずね」
「回収した端末にそこまでの情報はありませんでした」
「捕虜から聞き出さなければならない事はたくさんあるな。リーパー(無人攻撃機)の到着は?」
「三分後です。爆装済みが二機」


一樹は在日基地をクラッキングして無人攻撃機を呼び寄せていた。もちろんそんなものを個人所有なんてできず、都度拝借している。光撃、捕捉、念撃の欠点である遠距離への面制圧を補う戦力だ。


「接近を悟られるな。高高度で待機」
「了解」


また一樹は八重樫から顔を逸らした。今から始まる惨状を直視できる自信はない。


「おい」


八重樫は横たわる捕虜の顔を確認した。東南アジア系の壮年男性で、出身と思われる言語を数回試すと尋問を始めた。装備品を外して丸腰にすると顔を数回殴りつける。あまり時間はかけられず手っ取り早く終わらせたい。


「答えろ。仲間の能力はなんだ?」
「……何の事だ?」
「質問しているのは俺だ。お前の仲間に能力者がいるはずだろう!」


八重樫は捕虜を蹴り倒すと顔面を踏みつけた。ブーツのスパイクが顔面の皮膚に食い込み、その痛みが口を閉ざす捕虜に襲いかる。さらに髪を掴んで起き上がらせるが、捕虜は八重樫の顔に血反吐を吐いてきた。


「……」


頬にねっとりとへばりつき流れ落ちていく血糊を手の甲で拭う。動じず無言の八重樫に捕虜は不敵に笑った。こいつを吐かせるには時間と道具が必要だ。だが悠長な事は言ってられない。八重樫はファイティングナイフを抜き取ると数秒後には捕虜の悲鳴が響き渡った。
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