決着の日~2028~


「なんだあれ」


辛うじて目的の建物内に入った一同。ジャック防止に迷路のように入り組んだ通路を進んでいくと、先頭を行く首藤が進行方向に反射する物が落ちている事に気づいた。通路十字路の左側から顔を出すように突き出された物体の先端に接着されたガラス片。それが傭兵の履くブーツのつま先で、取り付けられた鏡がこちらの様子を伺っていると理解するのに少し遅れてしまった。


「敵だ隠れろ!」


首藤と蓮浦が手前に伸びる十字路の左右に飛び込んだ。遅れて後続の丈がコンドウと引田を、歩が蛍を押し込むように左右へ回避すると同時に弾丸が掠めていった。間近に響く発砲音にパニックになる。


「どうするんです?見つかっちゃいましたよ!」
「あそこを突っ切らないとたどり着けない!」
「待ち伏せかよ!」
「引き返しましょうよ!」
「落ち着いて!」


蛍ははやる気持ちを抑えて自動拳銃を手にすると安全装置を親指で下げた。それからグリップごと握るイメージで引き金を引き、数回銃声を鳴らす事で敵の突入を牽制した。


「あそこに配電盤があるわ。目眩しに使えないかしら?」


引田が指を指した。蛍は思考を最大限に巡らす。このまま引き返すにしろ強行突破するにしろ後方から挟み撃ちになるのは避けたい。


「歩、さっき敵は見えたかしら?」
「はい」
「ヘルメットにナイトビジョンゴーグルはついていた?」
「そういえばついてました!」


歩は思慮するまでもなく答え、蛍は閃いた。歩の土壇場での記憶力に感謝だ。


「皆聞いて。蓮浦は合図したら配電盤を弄って照明を落として。敵はゴーグルを使うはずだから目一杯引きつけたら首藤のカメラのフラッシュで目眩し。怯んだところで丈と歩が制圧」
「はい」
「特に丈と歩は危険な役回りだけど…」
「分かっている。やるしかないだろう」
「迷っている暇はないですよ」
「待って。それならゴーグルをつけたタイミングで再び照明をつければノーリスクじゃないかしら?」
「最近のゴーグルだとそれは効果がない可能性があるわ。確実なのは一点に集中した強力な光を直視させる事よ。蓮浦」


蓮浦は配電盤まで素早く移動し、装置をチェックした。ある程度の操作方法を把握したところで準備よしの合図を送る。その間も蛍は牽制の銃声を鳴らし続けた。一番手の蓮浦は蛍を直視して待つ。


「行くわよ…」


蛍は手信号で合図し、蓮浦は照明を落とした。祈るコンドウと引田。反撃のチャンスを伺う角兄弟。夕暮れ時なのも相まって辺りは薄暗く視界が悪くなる。


「頼むぜ…」


二番手の首藤。カメラのフラッシュを焚くタイミングが重要だ。シャッターボタンを押してから発光するタイムラグをいかに読むかが鍵。首藤の指に力が篭る。一方蛍は威嚇射撃を続けるが、やがて敵のものと思われる豪快な笑い声が聞こえてきた。


「…!」


屋内における銃声の反響音から威嚇であると見透かされたような気がした。当たり前だ。実際に狙いすまして撃っているわけではないのだから。案の定様子を伺う丈が声をあげた。


「来るぞ」


傭兵はゴーグルを装着して二人差し向けてきた。等倍ホロサイトのカービン銃を頬付けで構えながら早足で接近してきている。取り回しの良さと咄嗟の照準を想定した乱戦に長けた装備だ。背後には後続の援護が十字路の陰から銃口を向けていた。ここで初めて敵が四人だと把握できた。


「(…今だ)」


首藤にとってタイミングを計るなど造作もない。カメラを突き出して傭兵へフラッシュを焚くとすぐにカメラを引っ込めた。


「shit!(くそ!)」


傭兵は不意に出てきたカメラを撃ったものの、外した上にフラッシュを直視してしまった。暗視装置により増幅された光は装着者の目に焼きつき一時的に失明する。戦闘中に視界を奪われる事は死に近い状況だ。


「Clever imitation!(小賢しい真似を!)」
「These guys all Buttobase!(
こいつら全員ぶっ殺せ!)」


激情した傭兵は前方へ銃を乱射し、反響する銃声にコンドウが怯えた。しかしフルオートで射撃したカービン銃の弾切れなどものの数秒だ。そんな初歩的な事などパニックに陥ればすぐに忘れ去られる。やがて銃声が止み、丈と歩は飛び出して肉薄した。蓮浦は照明を戻す。
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