みぎうで
クレプラキスタン、レコア。量販店やスタジアム、大手のテレビ局を備える第二の都市だ。国内で言えば首都ラサットとは砂漠を挟んだ西側に存在する。第二の都市だけあって栄えてはいるが、今の住民は巻き込まれまいと戒厳令かの如く自宅に引きこもっていた。主に出歩くのは食料を求めて略奪を行う住民か、自主的に警備を行う民兵だけであった。
ここは街並みも荒れており、砂をかぶって放置された廃車、爆破の煽りで凹んだままの道路、舗装されているのに砂利が溜まったままの歩道が目立つ。今はここを、米国陸軍兵員が徒歩でパトロールを行っていた。
「各員水は節約しろよ。迎えのハンヴィーが来るまでだ」
この国が中東に位置しているだけあって、快晴時に照らされる太陽の日差しは殺人的だ。兵員の指揮官は部下に注意を促す。しかし祖国とは異なる環境の前に隊の士気は下がる一方だ。それも当たり前で、治安維持のためにパトロールをしていても自分達が攻撃されなければ発砲すら許されない不利な条件なのだから。政府の思惑のためにはるばる駆り出され、エアコンの効いた部屋でお偉いさんが決めた融通の効かない決まり事で現場は消耗し、自分達が犠牲になるかもしれない。ここにいる皆がそんな鬱憤を抱いていた。
「よし、次だ。進め」
縦列で警戒しながら前進を続ける兵員達。しかし異常のなさにいつしか油断し、疲労も溜まった彼らの挙動からは思考が抜け落ち、動きが機械的になっていく。もう少しで担当区間を走破し、本部に帰投できる。そんな期待がさらに油断を生んだ。
そしてそのツケが前触れもなく払わされる。縦列三番目を行っていた衛生兵の膝が崩れ落ち、頭を地面へ叩きつけた。壁には一瞬にして血飛沫が飛び散り、他の仲間はそれが狙撃であると理解するのに時間はかからない。
「どこからだ!」
「ラスティ!狙撃を受けている!9時の方向、恐らくあの学校からだ!狙えるか?」
指揮官は援護担当のスナイパーに呼びかけるが返事がない。ジャミング特有のノイズはなかった。敵にスナイパーを探し出されて先に始末されたか、最悪の事態が頭を過る。
「ロイガー!本部へQRFを要…」
指揮官は後ろを行く通信兵に本部へ即応部隊を要請しようとするも、寸での差で通信兵が狙撃で殺害されてしまう。しかも機材を狙撃で破壊するという敵スナイパーの徹底ぶりであった。
「ロイガーがやられた!」
「クソ!」
通信担当と衛生担当を先にやられた。偶然だろうが先にやられたのは痛い。指揮官らは死体から大まかな狙撃地点を特定した。残存する兵員は廃車、銅像、建物の柱などに隠れる。ここならば射角的にスナイパーからは狙われない。しかしだからこそ危険であった。一ヶ所に長居していると敵が押し寄せる恐れがある。増援が見込めない以上移動して撤退するのが最善だ。
指揮官は廃車のサイドミラーをもぎ取ると反射を利用して進行方向の様子を伺う。案の定ではあるが敵を見つけた。
「攻撃を集中しろ!スナイパーが移動する前にここを突破する!」
兵員の前に立ち塞がるのは、黒い覆面をした武装兵達だ。モスグリーンの野戦服に黒の防弾ベストを着込んだ大柄の兵士。衣服に隠され人種までは分からないが、模範的で統率の執れた手強い相手だと言うのを指揮官の勘は告げていた。奴らはサイレンサー付きのライフルで応戦しながら距離を詰めてきている。兵員達は必死に応戦した。
「おい!何人いやがる!」
様子がおかしい。隠密行動ならともかく会敵した後の銃撃戦は発砲音を明らかにしておくのがセオリーだからだ。だが武装兵はサイレンサーを装着したまま。それにこちらへ銃撃しているはずなのに着弾どころか空気を掠める音さえない。射殺した武装兵は確かに倒れたが、こちらに手応えはなかった。
「どういうことだ…」
そう思いつつも、死にものぐるいで銃撃を続ける部下に反応し、冷静な思考が鈍った指揮官もライフルを構え、引き金を絞り続けた。部下の奮戦もあり武装兵はその数を減らしていく。
「あと一人だ!仕留めろ!」
兵員全ての意識、視線が武装兵に釘付けになった時、全く無防備な側面から、空気を裂くような鋭い銃声が響いた。ライフルのフルオート射撃で次々と一掃されていく兵員達。先程まで壁があったはずの空間にはいつの間にか三人の敵兵が自分達へ射撃している。
そうだ、これだ。この間近に感じる殺意、敵兵の息づかい。銃声、排莢、硝煙。今まで経験した戦場を思い出した指揮官は、先程まで自分達は武装兵という幻と戦わされていたのではないかと錯覚しながら、射殺された。