決着の日~2028~
「一体何を躊躇っている?…!」
観測手が何かの気配を感じて背後へ振り返ると目を見開いた。なんと目の前のオフィスを標的の紀子と亜衣琉が通り過ぎて行こうとしていたのだ。一緒についていた護衛と思われる男女と目が合い、向こうもこれまた驚いた様子で狙撃手に気づいた。
「え?」
「嘘…ほんとしんっじられない!」
狙撃手は偶然にも標的が潜伏していた建物に陣取っていたのだ。そして紀子達も別働隊の接近に気づかず、移動する際に遭遇してしまったのだった。敵に気づいた護衛の女性、古手華は考えるよりも先に敵へ駆け出した。
「華さん!」
「君達は走って!逃げるんだ!」
響人に促された紀子と憐太郎、亜衣琉は走り出した。言葉を交わさず、響人に三人を託すとすぐさま観測手への距離を縮める華。まず阻止するのは自分達の居場所を仲間に連絡される事だ。その隙を与えずに敵二人を制圧する必要があった。幸いにも敵の持っていた無線機は左胸にマウントするタイプだ。喋る間はずっと指でボタンを押し続けなければならず片手が塞がるため、接近戦に持ち込めば使わせる余裕はない。
「おい!敵だ」
観測手が狙撃手に標的の存在を知らせると同時に護身用のサブマシンガンを向けた。本来観測手は無防備になりがちな狙撃手を守るために使い勝手の良い武器を持つ場合が多い。今回もその例に漏れず訓練通りに動いたが、華の対応が早かった。
「はっ!」
華は銃口が自分を捉える寸前、前方から相手の首に飛びついた。そのまま相手の首を支点に空中で旋回してその勢いのまま相手の後頭部をデスクに叩き付ける。その際にサブマシンガンが弾をばら撒くように暴発したが、それを考慮して死角から技をしかけたようだ。助走による遠心力がついていた分、かなりの衝撃で観測手は一発でダウンした。
「次!」
続けて狙撃手に向かう華。狙撃手は狙撃銃から手を離し、ヒップホルスターから自動拳銃を抜き取っていた。接近戦になれば取り回しも悪く連射も利かない狙撃銃よりは自動拳銃の方が強い。加えて狙撃手から見て華は丸腰に見えた。負けるわけがない。
「この!」
数発響く銃声。華はスライディングして体勢を低くしながら一度デスクの陰に隠れると、足首のホルスターに忍ばせていたナイフを一本抜き取った。そのまま滑りながら勢いを殺さずにデスクの陰から飛び出す。
「!」
華はナイフを投げた。無線機を使おうとしていた狙撃手は不意打ち気味の攻撃に大きな動きで避ける。武器が飛んでくるなど予想だにしていなかったようだ。
華はその隙に肉薄すると狙撃手の手を蹴り上げた。一発天井へ暴発させた後堪らず自動拳銃を手放し、宙を舞ったそれを視線で追ってしまった狙撃手。目の前に敵がいるのに致命的な隙だった。すかさず攻撃してくる華に気づいた狙撃手は殴りかかって迎撃するも、するりと躱した華はアッパーカットの要領で顎に掌底を叩き込んだ。
「うぐ!」
頭が勢いよく振られたショックでダウンした狙撃手。
「今のは危なかったわね…」
華が倒した二人から無線機を回収すると、紀子達三人の後を追う。それを見ていたかのように弦義も移動を開始した。守るための戦いは始まったばかり。四神によってもたらされた仲間を、これ以上失うわけにはいかない。