決着の日~2028~


青森県つがる市。ここにもある者を抹殺しに特殊部隊が展開しようとしていた。全隊員は標的の顔写真を頭に叩き込んだ。その女性は緑髪のショートが特徴の美女、旧姓守田紀子と濡羽(烏)髪に代表される妖艶さが目立つ大人な女性、能登沢亜衣琉。


「うわ、本当に来るなんて…しんっじられない!」
「なんだか妙にピリついてるし嫌だな…」


紀子と亜衣琉の護衛に就いている二人の男女が特殊部隊の動向を監視していた。狙撃手が使う光学機器を交代で使用する二人のそばには紀子と亜衣琉、数々の試練を経て青年となった能登沢憐太郎が身を隠している。


「三人とも、やっぱりお客さんが来ちゃったから隠れていてね」
「僕達から離れちゃだめだからね。折りを見て移動するからしっかりついてきて」
「はい。でも響人さん、華さん。弦義さんは一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ紀子。あの人は強い人だから」


不安げの紀子。憐太郎は紀子の手を握って勇気付けた。12年前にこの地で再会し、玄武覚醒から彼女を支えてきたのは今も変わらなかった。


「お熱いんだから…」
「……(見せつけちゃってもう…)」
「……(こんな時によくいちゃつけるなぁ)」
「弦義さん…」
「お願いします」


標的が潜伏する場所を知らず、特殊部隊は徒歩で展開し、市街地郊外の住宅地を進行する。一応は紀子の居住宅を目指す。その進行方向にに待ち構える青年がいた。蘭戸弦義。通貫の爾落人。齢27歳。


「退け。今なら手荒は真似はしない」


弦義は特に隠れるわけでもなく特殊部隊の目の前に姿を晒した。思わず憐太郎と紀子は小さな悲鳴をあげた。このままでは良い的になるのは素人目でも分かる。特殊部隊にとっても弦義の登場は予期していなかったらしく、進行を停止した。


「お前、一般人ではないな」


弦義の左腰に帯刀する武器を直視した指揮官。弦義の態度を考慮しても特殊部隊にとって邪魔者になるのは明白だった。指揮官は銃口を向けた。


「邪魔者と交渉するつもりはない。射撃用意!」
「こちらも敵と交渉するつもりはない。あいにくだが銃相手に手加減はできないぞ」


特殊部隊は射撃態勢に入る。弦義を扇状に包囲し仲間への誤射のリスクを減らした。弦義は仕方なしに羅無蛇を、青龍偃月刀の柄を握った。


「撃て!」


指揮官の号令の刹那、弦義は羅無蛇を抜刀し、振るう。数瞬遅れて発砲する特殊部隊。しかし刃は隊員ではなく空を切り、弦義の正面周辺を斬りつけ続けた。その姿はまるで演舞のように細かく計算しつくされた、芸者のように見事な舞いのようだった。


「一体何を…」


正面から撃たれている弦義。自身の点と結ばれている射線状に羅無蛇を振るう事で弾丸は刀身に飲み込まれている。際限なく吸い込み続ける無吸の「G」、羅無蛇を最大限に利用した防弾技術だった。


「馬鹿な…」
「狼狽えるな!撃ち続けろ。疲弊を誘え」


しかし再射撃は叶わなかった。再び向けた銃口は銃身ごとボトリと落下したのだ。先程の防弾の合間に武器だけに斬撃を加えられ、特殊部隊は知らぬ間に丸腰に追い込まれている。


「これで分かっただろう。退け」


呆然とする特殊部隊。指揮官はすぐに撤退を命じた。


「退避!」
「退くぞ!急げ」


しかし指揮官は弦義に悟られぬよう別働隊の狙撃班に指示を出していた。胸元の無線機を人差し指と中指でボタンを押し付け、回線を繋ぐ。


「状況は?」
『位置に就きました』
「捉え次第射殺しろ。目標は刀剣を持つ青年だ」
『了解』


狙撃手は弦義から見て9時の方向、四階建て雑居ビルに展開していた。窓から狙撃銃の二脚を立て、観測手とコンビで狙撃態勢に入っている。


「調整…OKだ」
「最短記録か。今は無風だ。いつでもやれ」


条件は良好だ。しかし狙撃手が引き金を引く直前、自分だけの世界に入る静けさの中、低倍率のスコープ越しで弦義と目が合った。狙撃手は息を呑む。殺気に気づいた上で殺す覚悟を問うようなその眼差しに指が凍る。人差し指を少し引くだけの動作のはずなのに、とてつもないプレッシャーを与えられた。


「どうした、早く撃て。風が吹き始めている」


現実ではわずか10秒程度だったが狙撃手にとっては数分の思慮に及んだ。狙撃手の脳内には失敗して反撃された場合の恐怖に塗り替えられていく。今まで何百回何千回と的を射抜いてきたその自信が揺らいだ。
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