決着の日~2028~
「はぁ~、退屈ね…」
某国某所に存在する自分のアトリエにて、パレッタは籠城していた。襲撃が予想されていた事から目に見て分からない程度に要塞化は進めており準備は万端。さほど緊迫した様子はなく、ソファに腰掛けてお気に入りの紅茶をストローで飲みながら退屈そうに呆けていた。
「あら、来たかしら?」
何者かの接近を知らせるアラートが緊張感のないリズムで鳴り響く。パレッタは私物で溢れかえっている部屋の中から杖、ン・マ・フリエを探した。
「あれ…確かここに…あれ?どこかしら……あったあった!」
パレッタは杖を高く掲げる。
「さぁ出番よ!いっちゃってちょうだい!」
アトリエの建つここ、住宅地から離れた郊外にも当局の特殊部隊が展開していた。以前からそれらしい不審者のタレコミがあり下調べしていたのかスムーズに散開する。
「…あれか」
「いかにもな所だな」
パレッタのアトリエ。周辺の建物のデザインからは明らかに浮いている、奇抜なアトリエだった。お伽話に出てくるお菓子の家に例えられるならまだマシだが、文字だけではとても形容できる表現がない。ここに爾落人が潜伏していると言われても妙に納得のいく外観だ。まるでここだけ別の世界、ゲームやアニメの世界で見るようなフィクション然とした光景だった。
「迎撃装置の類はない。総員突入ポジションへ」
「問題が発生した。出入口と思しき扉がない」
『よく探せ』
「繰り返す。出入口はない。指示を求む」
前衛の隊員は途方に暮れた。彼は強行突入において先陣を切る役割。専用の散弾銃による強力な破壊力で扉の施錠部分をぶち抜くはずが、今は苛立つ指揮官と指令本部の押し問答に巻き込まれている。
『状況を一から報告せよ』
「現在人員を建物全方位に配置し、目視。ドローンも動員し上空からも捜索しているが扉を発見できず」
『それはあり得ない。引き続き出入口を探し出し、潜伏する者を排除せよ。以上』
「繰り返す!出入口はない!」
指揮官は声を荒げるが、指令本部は他所の指揮で手一杯なためか通信を切り上げた。部下が不安げに見守る中、我に帰った指揮官はクールダウンした。
「話しにならん。無人機による空爆を要請しろ。出入口がなければ作り出すまでだ」
「了解」
キュィィィィ!
甲高い何かの鳴き声が聞こえた。周りを見渡し、その存在に気づいた隊員が指を指す。
「なんだあれは!?」
視線の先には巨大生物が、円形に光る地面から這い上がるように姿を現し始めていた。100m近い身長、挙動不審な眼、脚から伸びる触手、表情のある嘴。それら一つ一つの要素が合わさってあたかも生物のように見えるがこれはパレッタの想造物であった。アニマトロニクス。自律思考AIに制御されたロボットを人工の皮膚で覆い、リアルで滑らかな動きのある生物を演出する装置。
「落ち着け、総員待機だ。あの生物を無人機に攻撃させろ」
「了解。コード送ります」
上空を旋回して待機していた無人機に指令が届いた。イルカの頭部のような形をした無感情の機首がバイラスへ向くと背後から迫る。両翼のハードポイントに懸架される対戦車ミサイルのセーフティが外され、推進剤に点火。無人機を遥かに上回る速度で飛ぶミサイルは振り向いたバイラスの顔面に突っ込む形で爆散した。爆発音と衝撃波が現場でほぼ同時に駆け抜ける。
「無傷だと!?」
バイラスの身体には傷一つつかない。バイラスは一声咆哮を上げると目からオレンジ色に輝くリング状の光線を照射した。そのスーパーキャッチ光線は旋回中の無人機を跡形もなく消し飛ばした。
『リーパー1、ロスト!』
「馬鹿な…」
無人機の消える瞬間を皆が見ていたがあれは爆破などではなかった。四散して破片が飛び散った様子もない。徐々に実像が薄くなり、やがて消しゴムで消されたように消えていったのだ。
「退避!」
今度は隊員達を見下ろすバイラス。恐れ慄いた隊員達にスーパーキャッチ光線を浴びせた。
「おぉ…神よ…」
皆が死を覚悟して目を瞑ったその時、不思議と痛みはなかった。痛みを感じる間もなく消し飛んだのかと思ったが、途切れない周りの悲鳴が聞こえてきて少し冷静になった。恐る恐る目を開けてみると誰一人として怪我をしている者はいない。異常な光景だったのは皆身にまとっていたのは肌着一枚だけで、戦闘に使う装備品や武器だけが消滅していた事だ。
「逃げろ!」
「早く出せ!」
少し離れていたところに展開していた別働隊もバイラスの出現に混乱している。隊員は乗ってきた車輌に飛び乗ると発車させた。しかしそれより少し早かったスーパーキャッチ光線の着弾。
「これは…」
車輌は乗車していた隊員を残し、消え去っていく。隊員は座席のあった場所から落下して肌着姿のまま尻もちをついた。そして訳の分からぬまま一心不乱に走って逃げていった。
「終わったかしら?」
撤退を見届けると隠し扉から外に出てきたパレッタ。またバイラスはパレッタを見下ろし、友達のように手を振ると再び魔法陣の中に沈んでいった。
「うんうん、我ながらすごいものを作っちゃったわ。スーパーキャッチ光線も成功ね。人間ごと転送させるのはまだまだだけど、上出来よ」