決着の日~2028~
同時刻。福江島には黒のSUV型の車輌4台が走行していた。中には逸見樹の抹殺命令を受けた特殊部隊が乗車。警戒させないためサイレンを使わず、交通量が多い一般車輌に紛れて接近していた。特殊部隊はやがて片側二車線のケーブル吊橋に差し掛かる。数キロに及ぶその距離を猛スピードで駆けた。ここまで来れば一般車輌はほとんど通行しておらず、同型の車が連なって走行する様は異様だ。晴天の太陽が海上に隣接するケーブル吊橋を照らす。
「なんだ?」
「止めろ!」
先頭車輌は急ブレーキを踏まざるを得なかった。進行方向には子供が佇んでいた。道路の真ん中で自分達の進行を妨げる形でだ。急停車しても怯える様子は微塵も見せなかった。
「邪魔だな」
「こら!危ないから退きなさい!」
「この子…」
日本人らしからぬ濃い褐色肌にペチコートを着た出で立ち。小振りな体つきをしたあどけなさを感じさせる少女に敵性はない。しかし現在地は橋の中間地点で歩道はなく、車道を子供一人が歩いてきたこの状況が違和感だ。
「ここからさきはいかせまセン」
少女、チェリィは呟いた。
「時間の無駄だ。さっさとどかせ」
「了解」
先頭車輌はクラクションで威嚇しながら、ヘッドライトのハイビームで照らした。そんなものは無意味。チェリィの影が濃くなるだけだ。その裏で車輌の影の中で鋭利な触手がうごめいたかと思うと全てのタイヤをパンクさせる。同じ現象が全ての車輌で起きた。
「パンクしたのか」
「攻撃か?」
「まさかこの子が?」
「射撃用意!」
指揮官は正面のチェリィを改めて目視した。根拠はないが直感でこの少女の仕業だと分かった。任務の障害を排除がてら異能力者を殺害するのは上からも許可が出ている。
「しかしまだ子供です!」
「年齢は関係ない!殺れ!」
降車して展開する特殊部隊。戸惑う隊員もいたが指揮官の命令で統率の執れた一斉射撃を浴びせるも、チェリィは黒い霧となって消え失せた。銃撃は空を切り、愕然とするがすぐに再装填を済ます。
「あなたがりーだーですネ。かえってほしいデス」
「なに!?」
指揮官の真後ろに伸びる影から突然現れたチェリィ。咄嗟に銃口を向けた指揮官の手からは、同じく影から伸びてきた触手が武器を絡め取る。他の隊員もチェリィへ銃口を向けるが密着する指揮官への誤射を恐れて発砲のタイミングを伺っている。
「待て、撃つんじゃない…」
「しかたないデスね…」
チェリィは困ったように肩をすくめると、隊員達の影から触手を伸ばす。影と同じ明度の像でありながら伸縮性や強度はゴムに近く、隊員達からはなす術なく武器だけを取り上げて影の中に引きずり込んだ。オカルトチックな現象を目の当たりにし取り乱す隊員達。残るは素手での格闘を挑むしか対抗策は残されていないがそんな勇気のある隊員はいない。チェリィは戦意の喪失を感じ取ったのか、指揮官を触手から解放した。
「逃げろ!」
車輌を放棄し、元来た車道を引き返して走っていく隊員達。指揮官に至っては先程までの威勢の良さはどこへやら、真っ先に海に飛び込んで離脱した。
「ふぅ…」
チェリィは呑気に欠伸をすると、再び黒い霧となって消えた。