決着の日~2028~
関東圏内のとある自衛隊駐屯地の執務室にて、逸見享平は四神大戦後も自衛官としての職務に就いていた。重厚な階級章を制服の左胸に飾り、54歳を迎えた今でも陸将として尽くしている。今までの功績から登りつめた地位だったがその一方、過ちもあった事から辞退を考えた。しかし息子を守るためそのコネクションが役立てられる、そう考えると今の立場を受理したのだ。
「……」
逸見は執務室で一人、プライベート用の電話を取り出してある男に連絡を取った。盗聴防止のプログラムが施されている念の入りようだ。相手は数コール後に相変わらずの強張った声で出た。
『オレだ。なんだ?』
「私だ。女池の件、とんだ災難だったようだな」
『あぁ。誰かさんの圧力が大して役に立たなかったからな。おかげで死にかけたぜ』
「監察は粗を探す、作り出すのが仕事だがつけ入る隙を与えていた君の落ち度でもあるはずだろう」
『肝に銘じておくさ、逸見陸将殿』
本来なら懲罰ものの物言いだが、浦園験司という人間性を知ってしまっている逸見。そこらで事を荒立てる器の小ささではない。
『しかしわざわざ説教するためにプライベート回線を使ってきたわけじゃねぇだろ?あんたはそこまで嫌味な人間じゃないはずだぜ』
「…実はつい先程習志野の特殊作戦群と相浦の水陸機動団が出動したと情報が入った。既に半日が経っているようだが米軍と合流して南下したらしい」
『半日前だと?なんでそんなに時間が経ってるんだ?』
「出動は極秘だったようだ。私の情報網を警戒してか所属基地司令にすら訓練としか報告が入っていなかったらしい」
『きな臭ぇな。南下か…ありがとよ。また続報があれば連絡をくれ』
そう言った験司は通話を終了した。紆余曲折を経て今のようにパイプを持つ仲になったのは逸見も驚いてはいるが、憎まれ口はお互い相変わらずだった。そう言えば素直に礼を言われたのはえらく久しぶりだったか。
「……」
逸見自身も部隊が南下した事に違和感を覚えたが、その時世界中の軍隊という軍隊が南極へ向け進行中とは知る由もない。続けて逸見は樹に電話をかけた。当然プライベート用の回線だ。しばらく呼び出し音を聞いた後に息子の戸惑う声が聞こえてきた。
『…もしもし?』
「樹か。私だ。今福江島にいるな?」
『そうだけど…』
「いいか。家から一歩も出るんじゃないぞ。これからお前を殺しに特殊部隊が来る可能性がある」
『えぇ!?』
逸見の情報網にも能力者と思われる民間人が特殊部隊の襲撃を受けたという情報が入っていた。可能性ではあるが自分の指揮系統の届かない部隊が四神関係者を襲う事も考えられる。
「だが安心してほしい。パレッタに頼んで援軍を福江島に向かわせた。とても頼りになる…子だ」
『……』
父親として息子を鼓舞しているつもりが、声が震えた。この非常事態に駆けつけてやれないのは父親失格なのではないか。息子の身の安全が保証されているとしても、得た信頼を再び失うのが何よりも怖かった。
「樹、これだけは信じてくれ。私は今は自衛隊を離れられないが本当は福江島に戻りたかった。父親として、息子を守るのが当たり前なのにそれができないのは何よりも恥ずべき事だ。本当にすまない…。だがお前だけは絶対に守…」
樹は遮った。
「分かっているよ、お父さん。ありがとう」
「そうか…もう切るぞ」
「うん。がんばってね」
逸見は通話を終わらせると椅子に深く腰掛けて天を仰いだ。打てる手は打った。後はなるようになる。実行力のある者に任せる他ない。