決着の日~2028~
事務所の中は少し騒がしくなる。凌と瀬上の小競り合いが収束したのも束の間、各自防寒着の準備に追われ始めている。八重樫と験司も遠征準備に没頭していた。
「北条、今から言う武器を揃えてほしい」
「折角なら玄奘に頼んでみな。転移も使えるから」
「信用できるのか?今まで敵だったはずだろ」
「確かに裏で暗躍していた時もあったが、奴なりの信念があっての事さ。目的が一致している以上は信じるよ」
「お前がそう言うならいいが」
八重樫と験司は自分達から少し距離を置いている玄奘に近寄った。今までの行いには彼なりに意味があったとはいえ、立ち位置がまだ微妙なため少し距離感を感じるのは仕方ない。実は本人が元からそういう性格なのかもしれないが。
「加島。転移が使えると聞いたが」
「その通りだ」
「今から言う武器と装備を揃えてほしい」
「なんでも言え」
八重樫と験司はまるで呪文のように専門用語の羅列を唱え、玄奘はメモを取るまでもなく数量まで完璧に揃えてみせた。
「…これで全部か?」
「後は雪上迷彩ポンチョで最後だ。お前はあるか?」
「オレもこれで全部だ」
八重樫は凌を呼ぶと験司と三人で点検をしながら装備していく。物量であったり、防衛省からの武器の持ち出しはかなり難しいために転移に甘んじた形だ。ここはどこぞの北国の軍隊だか警察の武器管理担当に煮え湯を飲んでもらおう。
「恩に着るが加島、正直まだお前を信用できてはいない」
「それはお前達の自由だ。お互い様だろう」
「確かに違いねぇ。目的が一致している以上は共同戦線を張るが、万が一裏切り行為があれば…分かってるな?」
玄奘は臆する様子もなく頷いた。八重樫は凌のポーチにもメインアーム用のマガジンを入れていく。凌に銃は必要ないが八重樫が自分で使うためのマガジンを運ばせる算段だ。戦闘中は基本的に一緒に行動するつもりの判断だった。
「あれ、浦園さんも武装するんですか?」
「そうだ。八重樫と比べると素人だろうが狙撃はそこらの隊員より得意なつもりだぜ」
験司はGnosisの中でも射撃、中でもライフルを使った狙撃に長けている。しかしその腕を振るう機会はあまりなく、一部メンバー内にも忘れられている。今回の場合何を狙撃するのかは状況次第だが、人間でないのを祈るばかりだ。
「えぇ、なんか意外。八重樫さん知ってました?」
凌が感嘆した時、験司は着信に気づいた。相手は逸見からだ。タイミングがタイミングであるため直感で嫌な予感がした。
「すまねぇ」
験司は皆に断ると通話ボタンをタップした。一方、一足先に準備を終えた桐哉はお茶を汲んできた。専門的な装備品の調達は八重樫と験司に任せる事にしたのだ。こうなっては自分の出る幕はない。同じ事を思っていたのか一樹もひと段落していたが、桐哉と違って低反発ソファに屍のように身を埋めている。
「あの…宮代さんは本当に爾落人なんですか?」
桐哉は世莉のためにどうしても聞きたい事があった。爾落人が数人集ったこの場を逃したくはない。しかし威圧感のある八重樫と、瀬上との一幕で荒い印象のある凌。消去法でいくと話しかけやすそうな爾落人の一樹。桐哉は意を決して一樹に話しかけた。
「そうだよ」
「ただの気のいい親戚のお兄さんにしか見えないですね」
「よく言われるよ…」
「宮代さんは爾落人だって自覚した時はどうでしたか」
桐哉は席を外した世莉を遠目に捉えながら、小声で問いかけた。気を抜いて聞き逃した一樹は一度聞き返す。
「どうって…長生きできてラッキーとか、便利な能力でラッキーだとか、そんなところかな」
「あの…もっとこう悩まなかったんですか?自分の在り方とか」
核心を突く質問。世莉より爾落人歴(自覚後)が長い一樹だがその回答はこちらの意図したものとはズレていた。
「悩みならあるよ。戸籍とか身バレから来る魔女狩りとか」
「あ…なるほど」
爾落人についてまだネットでは憶測や排斥的な意見が飛び交う中、中世の魔女狩りを恐れる気分は分かる。戸籍上の在り方についても世莉の今後のために、聞いておいて損はないかもしれない。
「解決策は」
「今は本当の戸籍でいいだろうけどある程度の区切りで死を偽装したり、グレーだけど他人の戸籍を買ったりかな。年金貰う年齢で若い見た目なら絶対に怪しまれるしね。後はそういう役所のない地域に引っ越すとか。ちなみにあそこにいる八重樫さんは戸籍を買ったみたいだね。年齢は伏せておくけど八重樫ってのも本名じゃないみたいだし」
「なるほど。アンダーグラウンド的な事に頼るしかないと」
「そうだね。…あれ?君確か人間だったよね。そういうの気になるんだ」
「そりゃなりますよ。身近な人が爾落人だと特に」
「そういうものなんだね。あの子、四ノ宮ちゃん…だっけ?爾落人であると他人に公言してるなんて珍しい」
「え?」
「オレ達だって信用できる人にしか教えてないのに」
「うーん、彼女も言いふらすタイプじゃないですよ」
「じゃあ、君も信用されてるって事なんだね」
「そ…そうですね」
世莉と桐哉の関係性を一樹は知らないはずだが、何となくで言われた一言に桐哉は少し気恥ずかしくなった。