本編
6
2028年4月、東京都内日本「G」リサーチ株式会社、通称J.G.R.C.本社。
「蒲生部長、元気にしてたか? 元紀だけに」
始業直後に脱力するような駄洒落を言いながら、元紀のいる第二調査部室に入ってきたのは開発部の関口亮部長であった。
関口は、彼女の机の前に向かうと、片手に持っていた紙袋の中身を机の上に広げ始めた。
「お土産だ。これは静岡名物の黒はんぺん。こっちは桜えび。これはわさび漬け。後、沼津支社の周りで取れた静岡茶だ。皆で飲んでくれ」
「関口部長、朝から元気ですね?」
関口に後ろから声をかけたのは、相変わらずの短髪頭をした榊原裕太海外調査課課長であった。
「おう。息子は元気か?」
「おかげさまで、毎日小学校に通っていますよ」
「うん、結構なことだね。あ、今晩空いてる?」
「そう来ると思って空けておきました。いつもの店にも一言伝えておきましたよ」
「流石だわ。できる男は違うなぁ」
「先輩、先に仕事の話を!」
元紀が机をペンで叩き、関口と榊原の会話を中断させた。
「そうだな。……まずは、先月報告書を送った通り、例の試作品は盗難。実験データだけとなった」
「まぁ、あの時は世界規模の事件でしたから、仕方ありませんね」
「そういうことで、静岡県警には上手くごまかせたし、税務署も慣れた様子だったよ」
「呆れていたの間違いでは?」
「さぁ? ……それで、問題のイリスだが、大当たりだ。そっちの依頼してきたサンプルと保管していたサンプルが一致した。あれはエジプト産だ」
「エジプト産って……」
「通じるんだから、正確にいう必要もないだろう?」
「まぁ確かに……」
元紀はオフィス内を見渡して答えた。
「あぁ、それと……」
「ん?」
「いや、余談は今夜話そう。じゃ、俺は斎藤社長のところに行ってくるわ」
「そっちを先に行ってください!」
「へいへい」
関口は出張用の荷物を第二調査部に残したまま部屋を後にした。
その夜、都内のJR線沿線にある居酒屋に関口、元紀、榊原の姿があった。
「やっぱりここの酒は旨い!」
関口はギムレットを飲むと、満足そうに言った。肴として用意されたものは、関口の土産である黒はんぺんだった。
「組み合わせ、悪くないっスか?」
「旨いものを組み合わせて不味いわきゃないよ」
「それで、お土産話は何でしょうか?」
元紀が聞くと、関口は懐から取り出した煙草に火をつけて頷いた。
「そうだった。色々と圧力があって、詳しくは探れなかったが、先月のアレは平たく言えばアンチ「G」的な巨大組織が裏で糸を引いていた出来事だったようだ。まぁ、今更お前らに話すことでもないだろうが」
「まぁ、我々は黙っていても情報が入ってきましたから。でも、もう今更な気もしますよ。既にその組織に再び何かをするほどの力はないでしょう」
榊原の意見に関口は頷いた。
「俺も同感だ。で、本題となるのが、それだけの巨大な組織が片翼だけの存在であるのか? ってことだ」
「やはりそこですか」
「あぁ。アンチがあれば、その反対の勢力もあるはずだ。あの時、かつて「G」を利用した研究を行っていた場所が襲撃されたが、それらが2010年以降に「G」と呼称される存在を研究していた巨大な組織の息がかかったものだと考えたらどうだ?」
「つまり、J.G.R.C.もその巨大組織の一部だと?」
「当然そうなるな。御内の粗探しをするようで心が痛むが、少し調べてみた」
「心が痛むではなく、心が躍ったんじゃないですか?」
榊原が白い目を向けて言った。
「何を言うんだ、榊原君! 如何に残酷な真実であろうと、俺はそこから目を背けまいと……」
「先輩、もうそういう事にしますから、さっさと話してください!」
元紀が苛立った口調で言った。
「蒲生、物事には順序があるんだぞ。……まぁ、実際に調べてみたら、色々と繋がりそうで、ワクワクしているのは事実だけどな。ほら、見てみろ」
関口は、帳簿を元紀に渡した。
「……これって、会社の! どう考えても社外持ち出し禁止ですよ?」
「んなことはこの際、どうでもいいんだよ! それより、そこの沼津支社設立前後を見てみろ」
元紀が呆れながらも、榊原と共に帳簿を見た。
「別に問題は見つかりませんよ?」
「特別大きな金の動きもありませんし、何も問題がないと思うんですが」
「そこだよ。お前らも知ってるだろ? 沼津支社の元は我が母校、某大学の開発工学部だ。1号館と格納庫として使っている旧体育館の改装は、福島県からの移設時に行ったものだが、4号館の研究部が設けられた時は使われなくなった某大学の沼津校舎をそのまま買い取ったはずだ。俺の記憶が確かなら、開発工学部が解体された後は某大学の研修施設として扱われていたが、管理や警備の事もあって事実上の廃校舎だった。加えて、建物の構造自体は同じでも、中はかなり手が加えられている」
「つまり、改装する費用が少ないと?」
「あぁ。某大学が費用を負担したとしたら、大赤字だ。更地にして競売にかけた方や安く済む」
「しかし、某大学は前者を選んだ」
「どうだ? 我が母校と我が社、何かありそうじゃねぇか?」
関口はニヤリと笑って二人を交互に見た。
「関口さん、完全に自虐行為ですよ」
「それはよく言われてる」
「誇らなくていいです! それより、話を進めてください。まだあるんですよね? 先輩のことですから、更に突っ込んだ話が」
「まぁな。いくら某大学でもそんな横暴が通るというのは、おかしいからな。そこで、さっき社長から話を聞いてきたんだ」
「?」
「松田東前氏がどうやら麻美前社長とナカムラ顧問の知り合いである可能性があるんだ」
「誰ですか?」
元紀が首をかしげた。
「まぁ某大学関係者じゃなきゃ知らないのは当たり前か。元政治家で資産家。そして、私立某大学の総長をしている爺さんだ」
「総長って、大学の一番偉い人ですよね?」
「あぁ。恐れ多くて俺達はその名を呼ばない。松○や○前などと隠語を使っていた」
「それってただの陰口ですよね?」
「もとい! その名前を呼べないあのお方は、今も政財界の重鎮であり、その影響力は俺達凡人には見当がつかない。……そんな人物が、亜沙美夫人の葬儀参列者にいたらしい」
「えっ!」
驚く元紀の横で榊原は実に面白そうに唸った。
「いやいや。なるほど、7年前に我々が見落としていたキーマンがいた可能性があったということですね?」
「そういうこと。だから、今日は詳しく話して貰えるかな? 7年前に君達が調べて知った事実についての、そのすべてを」
関口が聞くと、二人は頷き、7年前にエジプトで起こった社長失踪までに知ったこと、起こった事実をすべて話した。
「なるほどね」
一通り話が終わると、関口は紫煙を吐き、頷いた。
「後藤君は麻美前社長のクローンで、その娘は彼の母のクローン。そして、「G」と一体化して「G」となったイリス。……これをミステイカーと呼称する存在と同一させていいのかわからないが、事情はわかった」
そして、煙草を再び口に咥えると、ふと思い出した様子で呟いた。
「待てよ、あの時の「G」も……」
「え?」
「12、3年前に某大学の湘南校舎でレギオンが出現する事件があったの、覚えているか?」
「覚えているも何も、あの時の草体は………」
元紀が眉を上げて言う。
「そうだったな。レギオンと共に出現した「G」、名前をダダと呼称していたが、あれは意思を持っていたが、ミステイカーと言われる存在そのものだったのかもしれない。そうなると、場所が場所だ。某大学がその原因になっていたとも考えられる」
「確かに否定はできませんね。草体出現も偶然と言い切れませんし」
「そうなると、デストロイアが清水に現れたのも、地震で蘇った古代の「G」というだけじゃないかもしれないな」
「それって、前に話していた銀河と先輩が会った時の話ですよね?」
「あぁ。あの時、デストロイアを引きつける様な何かがあったと考えられる。あの時の「G」といえば……」
関口はギムレットの残りを一気に飲み干し、グラスをテーブルにたたきつけた。
「榊原君!」
「はい!」
突然名前を呼ばれ、榊原は大声で返事をする。関口はそんな彼に詰め寄り、問いかけた。
「君、さっきの話で端折っていた様だが、君は前韓国大統領と会って何を聞いたのだい? まぁその中身が誰だったのかは見当のつくことだけど」
「………」
しばらく沈黙が続いたが、やがて榊原は根負けした様子で肩を落とした。
「はぁ、関口さんには敵いませんね。彼は、金日民の精神が憑依した存在でした。後藤銀河さんの持っていた「G」の力を借りて、完全にその精神を乗っ取ったらしいです」
「やはり。それで、金氏はどの様にしてその力を得たと語っていた?」
「人工的な……光線銃の様な形をした「G」によって撃たれたことで憑依の能力を得たそうです」
「ビンゴ!」
関口は指を鳴らした。
「何がどうしたんですか?」
「実は、あの時にデストロイアを倒した切り札に、「G」の力を奪う光線銃を使用した。それは、俺が持ち込んだもので、様々な国のバイヤーを通して流れてきた製造元不明の存在だったんだが、どうやらその光線銃と対になる存在だった可能性が高い。勿論、流れ着いた場所や使われた目的はそれぞれ偶然だろうが、それが意図的に生み出され、流出させたという可能性は十二分に考えられる。そして、その「G」に引き寄せられたものが、デストロイアだった。可能性は十分にある。……それから榊原、その銃はその後どうなったんだ?」
「金日民自身が後に破壊したそうです」
「おしいな」
関口は悔しげに呟いた。
しかし、すぐに顔を上げて元紀に言った。
「そういえば蒲生、先月後藤君に会ったよ」
「はぁ?」
あまりに唐突な話題の変更とその内容に思わず元紀は腰を上げた。
「いい食いつきだな。……沼津で助けられたんだよ。彼にね」
「あいつは………」
「元気そうだったよ。ステラさんって美女まで連れていた」
「ガラテアさんね」
「なんだ、知ってたのか。つまらねぇ」
「何を期待していたんですか?」
「そりゃ、嫉妬する蒲生」
「何を言っているんですか」
「ほら、そろそろ倦怠期かと思って」
「いい加減にしないと怒りますよ?」
「それは恐い。………ま、彼も随分と様変わりした様子だけど、本質的には変わった様子がなくて安心した」
「そうですか。よかった」
「多分、そう遠くない内に彼にももう一度会う必要がありそうだな。……蒲生、お前の旦那を紹介してくれ。後藤君と会う準備をする必要がありそうだ」
「何を企んでいるんですか?」
「ちょっとな」
関口はニヤリと笑って、紫煙を吐いた。
2028年8月、三重県警察本部。
「わざわざ人払いまでして頂いてすみませんね」
扇子を仰ぎながら、関口がソファーの向かいに座る吾郎に言った。
「いいえ。あまり部下に聞かせる話でもないですから」
「なら、さっさと本題を話した方がいいですね。奥さんや後藤君など、つもる話はいくらでもありますが」
「そうですね。先にこちらの状況をお伝えしておきましょう。僕は、来年度からこの準備室を正式に特異犯捜査課とさせるために動いています。広域捜査もある程度可能にできるように広域捜査係や国際捜査課と連携をとっていますから、来年からは管轄に縛られずに捜査を行えます」
「心強いお言葉だ。……こっちも色々と用意しておいてよかった」
関口は鞄からA4に印刷した資料の束を取り出し、吾郎に渡した。
「半年前に襲撃された「G」の研究施設ですね?」
「正解です。俺が集められる程度の情報は既に閉鎖されたところばかりでしたが、それぞれの関係者に、某大学関係者や蒲生達が以前入手したアメリカの研究組織の名簿に載る人物がいました」
「なるほど」
「それから、友人から興味深い話を聞きました」
「興味深い話?」
「えぇ。実は、友人に桐生篤之氏の息子がいるんですが、その桐生氏が南極調査を行った際にパトロンとなった人物というのが、どうやら松田東前氏らしいんです。麻美前社長と桐生氏に面識があった可能性も蒲生から聞きました。恐らく両者を繋いだ人物も、松田氏だと思います」
「つまり、「G」の発見そのものが、松田氏によって仕組まれたものであると?」
「考えすぎと思いますか?」
関口が聞くと、吾郎は首を振った。
「いいえ。そう考えるべきでしょう。その目的はいくらでも考えられます」
「自らの影響力の強化、敵対勢力の排除と配下勢力の拡大」
「いずれにしても、彼の思惑通りに歴史は動いたということでしょうね」
「えぇ。しかし、いつの時代も黒幕という奴は自らの手を汚さない。現状では胡散臭くても、相手は被害者側です」
「問題はそこです。クローンを作ったのも、麻美帝史氏。精々同じ組織に属していたナカムラ氏から事情を聞くのがやっとですね」
「それにJ.G.R.C.内では蒲生達と研究部の人間以外にクローン人間が作られていた事実も、「G」との融合を行ったことも知らないはずだ。麻美前社長の失踪時に警察も動いていただろうが、そこまで気づける者はいないだろう。あの時まで隠せていたんだから、これからも隠し続けるだろうし、仮に証拠を突きつけたところでトカゲの尻尾きりでしょうね」
「その場合は、麻美前社長が独断で行ったこと。関わった人間も研究部にいた者を何人か処分して終わりだと思います」
「それがわかっていてメス入れはできませんね。悪戯に警戒を強めさせるだけですから」
「賢明だと思います。麻美前社長も娘も生死不明の現状で、それを証明できるのはもう一人のクローンである後藤君だけですが、彼自身がオリジナルのクローンではないですから」
「いずれにしても、今はその事実についてどうにかできる段階ではないですね」
「そこで、先程の資料の出番です」
関口は吾郎の手にある資料を指差した。
「「G」と人間の融合となれば、クローン人間と同じで人権無視の行為となりますよね? 上手くやれば、尻尾をつかめるかと思いますが」
「確かにその可能性はありますし、ミステイカーを作っていた施設があったということは公になっていなくても事実でしょう。しかし、あれだけの騒ぎになって公にならなかったということは、それを揉み消している存在があるはずです」
「組織ということですか?」
「はい。警察や政府内にも半年前の一件を引き起こした機関関係者が入り込んでいたのは間違いないでしょう。もっとも、あの後に警察内も大規模な人事が行われたので、その人達はもう失脚しているはずですが」
「代わりに昇格した者に組織の人間がいる可能性は高い」
「研究施設を調べていれば、相手にも目をつけられるばかりか、誤った情報を与えられる可能性がある。また人間を調べても結局同じ」
「足踏みをするしかないか」
「いいえ、関口さん。あなたの用意していただいた資料から見えることは一つではありません。別の角度から見れば突破口が見えてくるかもしれません」
「結構しぶといんですね」
「……関口さん。見つけられたかもしれません、突破口」
「えっ?」
関口が吾郎を見ると、彼は確信を持った目を向けて、資料の中の一つを見せた。
「組織の施設の中で、もっとも公になっている存在があります」
「南極の研究施設か」
「えぇ。そして、そこで銀河と共にいた人達が、僕達の求めている情報をもっているはずです」
「だが、後藤君やステラさんは今どこにいるかも見当がつかないですよ?」
「それなら問題ありません。恐らく、南極にいた人間は一人……いや、もしかしたら二人知り合いがまだいるかもしれません」
意味が理解できていない関口に吾郎は何度も頷いた。
次の非番に吾郎は東京の警視庁を訪れていた。
「すみません。お待たせしました」
吾郎が食堂でお茶を飲んで待っていると、汐見秀警部がやってきた。
「すまないね。忙しいところをおしかけてしまって」
「いえいえ。それで、何ですか? 聞かせて欲しいことというのは」
汐見が吾郎の前に座ったのを確認すると、吾郎は話を切り出した。
「単刀直入に教えてもらうけれど、汐見君は瀬上君の居所を知っているかい?」
「えっ!」
汐見は驚きのあまりに仰け反った。その後、声を潜めて吾郎に聞く。
「何故そう思ったんですか?」
「まず先に知っているか、知らないかを教えてくれるかい?」
「知りません。日本に戻ってからは元通りの追う者と追われる者の関係ですからね」
「……そうか。つまり、汐見君も半年前に南極へ行ったんだね?」
「あっ……。ん? ということは、五井警部は瀬上を追っているというわけではないんですか?」
「あぁ。ちょっとした約束事でね。「G」ハンターの動向は目を光らせているけど、彼を捕まえるつもりはない。今回も、半年前の一件以降、「G」ハンターが活動を停止していることと、その直前の犯行で気になることがあったから、彼の同期の汐見君ならば知っていることがあるかと思ってきたんだ」
「具体的には?」
「彼は一年前に狙った品を再度狙っている。理由がない限り、同じ品を二度と彼は狙わない。そして、その後の彼は半年間活動をしていない。つまり、その品と半年前の一件で、彼は「G」ハンターである目的をある意味達したと考えられるんだ。そして、半年前の一件の原因が何か、僕は知りたい」
「何のためですか?」
「何のため……か。汐見君、逆に問い返すけれど、半年前の一件があの一度きりで済むと思うかい? 僕は思えない。首謀者や相手の勢力が倒れても、また別の者が同じことを引き起こす。これまでも歴史には残っていないけれど起こっていたと以前瀬上君が漏らしたことがあったし、またいずれ起こると思う」
「……はい」
「何か、知っているんだね?」
「えぇ。聞いた話なのですが、600年前にヨーロッパで爾落人同士の大規模な戦いがあったそうです」
「百年戦争の間か……」
「そこにいたメンバーが半年前の南極にも集結していました。瀬上の他にも、名の知れた人物としてはガラテア・ステラもその一人です」
「……ということは真理の爾落人も?」
「流石ですね。察しの通り、真理の爾落人もいました。話では西洋系の中年男性で旅人いう名前で呼ばれていたようですが、南極に来たのはなんと! 日本人だったんですよ!」
汐見は自慢げに言った。その真理の爾落人の幼馴染に。
「うん。まぁ彼の事は聞く必要がないから、瀬上君の事を教えて欲しい。彼の居所を知っている人間はいるかな?」
「知っている人間というか、恐らく行動を共にしている女性がいます」
「それは?」
「桧垣菜奈美という時間の爾落人です。彼女も600年前の事にも関わっていたみたいです」
「時間……桧垣菜奈美」
吾郎は6年半前に現れた銀河を未来から連れてきた人物の名前を思い出した。
彼自身は銀河としか会っていないが、元紀から聞いた話では、その人物は時間の爾落人の桧垣菜奈美という少女だった。
次第に、あの銀河の時代に近付いてきていると感じた。
「すみません。自分もそれ以上、彼の行方はわかりません。俺が瀬上を捕まえようとしているので、余計に話が届かないんでしょう」
「いや、助かったよ。もう一つ、教えて欲しいんだけど、600年前には関わっていなくても、半年前に南極にいた汐見君と同じ立場の人間を教えてくれないかい?」
「なぜですか?」
「瀬上君か桧垣さんの居所の手がかりを知っているかもしれないし、より詳細な600年前の事件について、聞けるかもしれないからさ」
「……わかりました。しかし、二つ条件があります。一つは僕が告げた相手の事は当人達の了解なく、漏らさないでください。勿論、自分との繋がりについても」
「勿論さ。もう一つは?」
「何のために調べているのか、その答えをまだ聞いてません」
「そうだったね。単純な話さ、次の戦いを防ぐ為だよ」
「しかし、それを一介の刑事である五井警部がなぜ?」
「単純に争いを避けたいという気持ちだけど、もしかしたら次は僕も当事者の一人になるかもしれないから」
汐見にそれ以上吾郎は話さなかったが、彼は知り合いの北条翔子の元へ吾郎を案内した。
そこで話を聞けたものの瀬上の手がかりは途絶えてしまった。
しかし、彼は諦めず桧垣菜奈美の足取りを追い続け、翌年の5月に瀬上と再会を果たした。
2028年4月、東京都内日本「G」リサーチ株式会社、通称J.G.R.C.本社。
「蒲生部長、元気にしてたか? 元紀だけに」
始業直後に脱力するような駄洒落を言いながら、元紀のいる第二調査部室に入ってきたのは開発部の関口亮部長であった。
関口は、彼女の机の前に向かうと、片手に持っていた紙袋の中身を机の上に広げ始めた。
「お土産だ。これは静岡名物の黒はんぺん。こっちは桜えび。これはわさび漬け。後、沼津支社の周りで取れた静岡茶だ。皆で飲んでくれ」
「関口部長、朝から元気ですね?」
関口に後ろから声をかけたのは、相変わらずの短髪頭をした榊原裕太海外調査課課長であった。
「おう。息子は元気か?」
「おかげさまで、毎日小学校に通っていますよ」
「うん、結構なことだね。あ、今晩空いてる?」
「そう来ると思って空けておきました。いつもの店にも一言伝えておきましたよ」
「流石だわ。できる男は違うなぁ」
「先輩、先に仕事の話を!」
元紀が机をペンで叩き、関口と榊原の会話を中断させた。
「そうだな。……まずは、先月報告書を送った通り、例の試作品は盗難。実験データだけとなった」
「まぁ、あの時は世界規模の事件でしたから、仕方ありませんね」
「そういうことで、静岡県警には上手くごまかせたし、税務署も慣れた様子だったよ」
「呆れていたの間違いでは?」
「さぁ? ……それで、問題のイリスだが、大当たりだ。そっちの依頼してきたサンプルと保管していたサンプルが一致した。あれはエジプト産だ」
「エジプト産って……」
「通じるんだから、正確にいう必要もないだろう?」
「まぁ確かに……」
元紀はオフィス内を見渡して答えた。
「あぁ、それと……」
「ん?」
「いや、余談は今夜話そう。じゃ、俺は斎藤社長のところに行ってくるわ」
「そっちを先に行ってください!」
「へいへい」
関口は出張用の荷物を第二調査部に残したまま部屋を後にした。
その夜、都内のJR線沿線にある居酒屋に関口、元紀、榊原の姿があった。
「やっぱりここの酒は旨い!」
関口はギムレットを飲むと、満足そうに言った。肴として用意されたものは、関口の土産である黒はんぺんだった。
「組み合わせ、悪くないっスか?」
「旨いものを組み合わせて不味いわきゃないよ」
「それで、お土産話は何でしょうか?」
元紀が聞くと、関口は懐から取り出した煙草に火をつけて頷いた。
「そうだった。色々と圧力があって、詳しくは探れなかったが、先月のアレは平たく言えばアンチ「G」的な巨大組織が裏で糸を引いていた出来事だったようだ。まぁ、今更お前らに話すことでもないだろうが」
「まぁ、我々は黙っていても情報が入ってきましたから。でも、もう今更な気もしますよ。既にその組織に再び何かをするほどの力はないでしょう」
榊原の意見に関口は頷いた。
「俺も同感だ。で、本題となるのが、それだけの巨大な組織が片翼だけの存在であるのか? ってことだ」
「やはりそこですか」
「あぁ。アンチがあれば、その反対の勢力もあるはずだ。あの時、かつて「G」を利用した研究を行っていた場所が襲撃されたが、それらが2010年以降に「G」と呼称される存在を研究していた巨大な組織の息がかかったものだと考えたらどうだ?」
「つまり、J.G.R.C.もその巨大組織の一部だと?」
「当然そうなるな。御内の粗探しをするようで心が痛むが、少し調べてみた」
「心が痛むではなく、心が躍ったんじゃないですか?」
榊原が白い目を向けて言った。
「何を言うんだ、榊原君! 如何に残酷な真実であろうと、俺はそこから目を背けまいと……」
「先輩、もうそういう事にしますから、さっさと話してください!」
元紀が苛立った口調で言った。
「蒲生、物事には順序があるんだぞ。……まぁ、実際に調べてみたら、色々と繋がりそうで、ワクワクしているのは事実だけどな。ほら、見てみろ」
関口は、帳簿を元紀に渡した。
「……これって、会社の! どう考えても社外持ち出し禁止ですよ?」
「んなことはこの際、どうでもいいんだよ! それより、そこの沼津支社設立前後を見てみろ」
元紀が呆れながらも、榊原と共に帳簿を見た。
「別に問題は見つかりませんよ?」
「特別大きな金の動きもありませんし、何も問題がないと思うんですが」
「そこだよ。お前らも知ってるだろ? 沼津支社の元は我が母校、某大学の開発工学部だ。1号館と格納庫として使っている旧体育館の改装は、福島県からの移設時に行ったものだが、4号館の研究部が設けられた時は使われなくなった某大学の沼津校舎をそのまま買い取ったはずだ。俺の記憶が確かなら、開発工学部が解体された後は某大学の研修施設として扱われていたが、管理や警備の事もあって事実上の廃校舎だった。加えて、建物の構造自体は同じでも、中はかなり手が加えられている」
「つまり、改装する費用が少ないと?」
「あぁ。某大学が費用を負担したとしたら、大赤字だ。更地にして競売にかけた方や安く済む」
「しかし、某大学は前者を選んだ」
「どうだ? 我が母校と我が社、何かありそうじゃねぇか?」
関口はニヤリと笑って二人を交互に見た。
「関口さん、完全に自虐行為ですよ」
「それはよく言われてる」
「誇らなくていいです! それより、話を進めてください。まだあるんですよね? 先輩のことですから、更に突っ込んだ話が」
「まぁな。いくら某大学でもそんな横暴が通るというのは、おかしいからな。そこで、さっき社長から話を聞いてきたんだ」
「?」
「松田東前氏がどうやら麻美前社長とナカムラ顧問の知り合いである可能性があるんだ」
「誰ですか?」
元紀が首をかしげた。
「まぁ某大学関係者じゃなきゃ知らないのは当たり前か。元政治家で資産家。そして、私立某大学の総長をしている爺さんだ」
「総長って、大学の一番偉い人ですよね?」
「あぁ。恐れ多くて俺達はその名を呼ばない。松○や○前などと隠語を使っていた」
「それってただの陰口ですよね?」
「もとい! その名前を呼べないあのお方は、今も政財界の重鎮であり、その影響力は俺達凡人には見当がつかない。……そんな人物が、亜沙美夫人の葬儀参列者にいたらしい」
「えっ!」
驚く元紀の横で榊原は実に面白そうに唸った。
「いやいや。なるほど、7年前に我々が見落としていたキーマンがいた可能性があったということですね?」
「そういうこと。だから、今日は詳しく話して貰えるかな? 7年前に君達が調べて知った事実についての、そのすべてを」
関口が聞くと、二人は頷き、7年前にエジプトで起こった社長失踪までに知ったこと、起こった事実をすべて話した。
「なるほどね」
一通り話が終わると、関口は紫煙を吐き、頷いた。
「後藤君は麻美前社長のクローンで、その娘は彼の母のクローン。そして、「G」と一体化して「G」となったイリス。……これをミステイカーと呼称する存在と同一させていいのかわからないが、事情はわかった」
そして、煙草を再び口に咥えると、ふと思い出した様子で呟いた。
「待てよ、あの時の「G」も……」
「え?」
「12、3年前に某大学の湘南校舎でレギオンが出現する事件があったの、覚えているか?」
「覚えているも何も、あの時の草体は………」
元紀が眉を上げて言う。
「そうだったな。レギオンと共に出現した「G」、名前をダダと呼称していたが、あれは意思を持っていたが、ミステイカーと言われる存在そのものだったのかもしれない。そうなると、場所が場所だ。某大学がその原因になっていたとも考えられる」
「確かに否定はできませんね。草体出現も偶然と言い切れませんし」
「そうなると、デストロイアが清水に現れたのも、地震で蘇った古代の「G」というだけじゃないかもしれないな」
「それって、前に話していた銀河と先輩が会った時の話ですよね?」
「あぁ。あの時、デストロイアを引きつける様な何かがあったと考えられる。あの時の「G」といえば……」
関口はギムレットの残りを一気に飲み干し、グラスをテーブルにたたきつけた。
「榊原君!」
「はい!」
突然名前を呼ばれ、榊原は大声で返事をする。関口はそんな彼に詰め寄り、問いかけた。
「君、さっきの話で端折っていた様だが、君は前韓国大統領と会って何を聞いたのだい? まぁその中身が誰だったのかは見当のつくことだけど」
「………」
しばらく沈黙が続いたが、やがて榊原は根負けした様子で肩を落とした。
「はぁ、関口さんには敵いませんね。彼は、金日民の精神が憑依した存在でした。後藤銀河さんの持っていた「G」の力を借りて、完全にその精神を乗っ取ったらしいです」
「やはり。それで、金氏はどの様にしてその力を得たと語っていた?」
「人工的な……光線銃の様な形をした「G」によって撃たれたことで憑依の能力を得たそうです」
「ビンゴ!」
関口は指を鳴らした。
「何がどうしたんですか?」
「実は、あの時にデストロイアを倒した切り札に、「G」の力を奪う光線銃を使用した。それは、俺が持ち込んだもので、様々な国のバイヤーを通して流れてきた製造元不明の存在だったんだが、どうやらその光線銃と対になる存在だった可能性が高い。勿論、流れ着いた場所や使われた目的はそれぞれ偶然だろうが、それが意図的に生み出され、流出させたという可能性は十二分に考えられる。そして、その「G」に引き寄せられたものが、デストロイアだった。可能性は十分にある。……それから榊原、その銃はその後どうなったんだ?」
「金日民自身が後に破壊したそうです」
「おしいな」
関口は悔しげに呟いた。
しかし、すぐに顔を上げて元紀に言った。
「そういえば蒲生、先月後藤君に会ったよ」
「はぁ?」
あまりに唐突な話題の変更とその内容に思わず元紀は腰を上げた。
「いい食いつきだな。……沼津で助けられたんだよ。彼にね」
「あいつは………」
「元気そうだったよ。ステラさんって美女まで連れていた」
「ガラテアさんね」
「なんだ、知ってたのか。つまらねぇ」
「何を期待していたんですか?」
「そりゃ、嫉妬する蒲生」
「何を言っているんですか」
「ほら、そろそろ倦怠期かと思って」
「いい加減にしないと怒りますよ?」
「それは恐い。………ま、彼も随分と様変わりした様子だけど、本質的には変わった様子がなくて安心した」
「そうですか。よかった」
「多分、そう遠くない内に彼にももう一度会う必要がありそうだな。……蒲生、お前の旦那を紹介してくれ。後藤君と会う準備をする必要がありそうだ」
「何を企んでいるんですか?」
「ちょっとな」
関口はニヤリと笑って、紫煙を吐いた。
2028年8月、三重県警察本部。
「わざわざ人払いまでして頂いてすみませんね」
扇子を仰ぎながら、関口がソファーの向かいに座る吾郎に言った。
「いいえ。あまり部下に聞かせる話でもないですから」
「なら、さっさと本題を話した方がいいですね。奥さんや後藤君など、つもる話はいくらでもありますが」
「そうですね。先にこちらの状況をお伝えしておきましょう。僕は、来年度からこの準備室を正式に特異犯捜査課とさせるために動いています。広域捜査もある程度可能にできるように広域捜査係や国際捜査課と連携をとっていますから、来年からは管轄に縛られずに捜査を行えます」
「心強いお言葉だ。……こっちも色々と用意しておいてよかった」
関口は鞄からA4に印刷した資料の束を取り出し、吾郎に渡した。
「半年前に襲撃された「G」の研究施設ですね?」
「正解です。俺が集められる程度の情報は既に閉鎖されたところばかりでしたが、それぞれの関係者に、某大学関係者や蒲生達が以前入手したアメリカの研究組織の名簿に載る人物がいました」
「なるほど」
「それから、友人から興味深い話を聞きました」
「興味深い話?」
「えぇ。実は、友人に桐生篤之氏の息子がいるんですが、その桐生氏が南極調査を行った際にパトロンとなった人物というのが、どうやら松田東前氏らしいんです。麻美前社長と桐生氏に面識があった可能性も蒲生から聞きました。恐らく両者を繋いだ人物も、松田氏だと思います」
「つまり、「G」の発見そのものが、松田氏によって仕組まれたものであると?」
「考えすぎと思いますか?」
関口が聞くと、吾郎は首を振った。
「いいえ。そう考えるべきでしょう。その目的はいくらでも考えられます」
「自らの影響力の強化、敵対勢力の排除と配下勢力の拡大」
「いずれにしても、彼の思惑通りに歴史は動いたということでしょうね」
「えぇ。しかし、いつの時代も黒幕という奴は自らの手を汚さない。現状では胡散臭くても、相手は被害者側です」
「問題はそこです。クローンを作ったのも、麻美帝史氏。精々同じ組織に属していたナカムラ氏から事情を聞くのがやっとですね」
「それにJ.G.R.C.内では蒲生達と研究部の人間以外にクローン人間が作られていた事実も、「G」との融合を行ったことも知らないはずだ。麻美前社長の失踪時に警察も動いていただろうが、そこまで気づける者はいないだろう。あの時まで隠せていたんだから、これからも隠し続けるだろうし、仮に証拠を突きつけたところでトカゲの尻尾きりでしょうね」
「その場合は、麻美前社長が独断で行ったこと。関わった人間も研究部にいた者を何人か処分して終わりだと思います」
「それがわかっていてメス入れはできませんね。悪戯に警戒を強めさせるだけですから」
「賢明だと思います。麻美前社長も娘も生死不明の現状で、それを証明できるのはもう一人のクローンである後藤君だけですが、彼自身がオリジナルのクローンではないですから」
「いずれにしても、今はその事実についてどうにかできる段階ではないですね」
「そこで、先程の資料の出番です」
関口は吾郎の手にある資料を指差した。
「「G」と人間の融合となれば、クローン人間と同じで人権無視の行為となりますよね? 上手くやれば、尻尾をつかめるかと思いますが」
「確かにその可能性はありますし、ミステイカーを作っていた施設があったということは公になっていなくても事実でしょう。しかし、あれだけの騒ぎになって公にならなかったということは、それを揉み消している存在があるはずです」
「組織ということですか?」
「はい。警察や政府内にも半年前の一件を引き起こした機関関係者が入り込んでいたのは間違いないでしょう。もっとも、あの後に警察内も大規模な人事が行われたので、その人達はもう失脚しているはずですが」
「代わりに昇格した者に組織の人間がいる可能性は高い」
「研究施設を調べていれば、相手にも目をつけられるばかりか、誤った情報を与えられる可能性がある。また人間を調べても結局同じ」
「足踏みをするしかないか」
「いいえ、関口さん。あなたの用意していただいた資料から見えることは一つではありません。別の角度から見れば突破口が見えてくるかもしれません」
「結構しぶといんですね」
「……関口さん。見つけられたかもしれません、突破口」
「えっ?」
関口が吾郎を見ると、彼は確信を持った目を向けて、資料の中の一つを見せた。
「組織の施設の中で、もっとも公になっている存在があります」
「南極の研究施設か」
「えぇ。そして、そこで銀河と共にいた人達が、僕達の求めている情報をもっているはずです」
「だが、後藤君やステラさんは今どこにいるかも見当がつかないですよ?」
「それなら問題ありません。恐らく、南極にいた人間は一人……いや、もしかしたら二人知り合いがまだいるかもしれません」
意味が理解できていない関口に吾郎は何度も頷いた。
次の非番に吾郎は東京の警視庁を訪れていた。
「すみません。お待たせしました」
吾郎が食堂でお茶を飲んで待っていると、汐見秀警部がやってきた。
「すまないね。忙しいところをおしかけてしまって」
「いえいえ。それで、何ですか? 聞かせて欲しいことというのは」
汐見が吾郎の前に座ったのを確認すると、吾郎は話を切り出した。
「単刀直入に教えてもらうけれど、汐見君は瀬上君の居所を知っているかい?」
「えっ!」
汐見は驚きのあまりに仰け反った。その後、声を潜めて吾郎に聞く。
「何故そう思ったんですか?」
「まず先に知っているか、知らないかを教えてくれるかい?」
「知りません。日本に戻ってからは元通りの追う者と追われる者の関係ですからね」
「……そうか。つまり、汐見君も半年前に南極へ行ったんだね?」
「あっ……。ん? ということは、五井警部は瀬上を追っているというわけではないんですか?」
「あぁ。ちょっとした約束事でね。「G」ハンターの動向は目を光らせているけど、彼を捕まえるつもりはない。今回も、半年前の一件以降、「G」ハンターが活動を停止していることと、その直前の犯行で気になることがあったから、彼の同期の汐見君ならば知っていることがあるかと思ってきたんだ」
「具体的には?」
「彼は一年前に狙った品を再度狙っている。理由がない限り、同じ品を二度と彼は狙わない。そして、その後の彼は半年間活動をしていない。つまり、その品と半年前の一件で、彼は「G」ハンターである目的をある意味達したと考えられるんだ。そして、半年前の一件の原因が何か、僕は知りたい」
「何のためですか?」
「何のため……か。汐見君、逆に問い返すけれど、半年前の一件があの一度きりで済むと思うかい? 僕は思えない。首謀者や相手の勢力が倒れても、また別の者が同じことを引き起こす。これまでも歴史には残っていないけれど起こっていたと以前瀬上君が漏らしたことがあったし、またいずれ起こると思う」
「……はい」
「何か、知っているんだね?」
「えぇ。聞いた話なのですが、600年前にヨーロッパで爾落人同士の大規模な戦いがあったそうです」
「百年戦争の間か……」
「そこにいたメンバーが半年前の南極にも集結していました。瀬上の他にも、名の知れた人物としてはガラテア・ステラもその一人です」
「……ということは真理の爾落人も?」
「流石ですね。察しの通り、真理の爾落人もいました。話では西洋系の中年男性で旅人いう名前で呼ばれていたようですが、南極に来たのはなんと! 日本人だったんですよ!」
汐見は自慢げに言った。その真理の爾落人の幼馴染に。
「うん。まぁ彼の事は聞く必要がないから、瀬上君の事を教えて欲しい。彼の居所を知っている人間はいるかな?」
「知っている人間というか、恐らく行動を共にしている女性がいます」
「それは?」
「桧垣菜奈美という時間の爾落人です。彼女も600年前の事にも関わっていたみたいです」
「時間……桧垣菜奈美」
吾郎は6年半前に現れた銀河を未来から連れてきた人物の名前を思い出した。
彼自身は銀河としか会っていないが、元紀から聞いた話では、その人物は時間の爾落人の桧垣菜奈美という少女だった。
次第に、あの銀河の時代に近付いてきていると感じた。
「すみません。自分もそれ以上、彼の行方はわかりません。俺が瀬上を捕まえようとしているので、余計に話が届かないんでしょう」
「いや、助かったよ。もう一つ、教えて欲しいんだけど、600年前には関わっていなくても、半年前に南極にいた汐見君と同じ立場の人間を教えてくれないかい?」
「なぜですか?」
「瀬上君か桧垣さんの居所の手がかりを知っているかもしれないし、より詳細な600年前の事件について、聞けるかもしれないからさ」
「……わかりました。しかし、二つ条件があります。一つは僕が告げた相手の事は当人達の了解なく、漏らさないでください。勿論、自分との繋がりについても」
「勿論さ。もう一つは?」
「何のために調べているのか、その答えをまだ聞いてません」
「そうだったね。単純な話さ、次の戦いを防ぐ為だよ」
「しかし、それを一介の刑事である五井警部がなぜ?」
「単純に争いを避けたいという気持ちだけど、もしかしたら次は僕も当事者の一人になるかもしれないから」
汐見にそれ以上吾郎は話さなかったが、彼は知り合いの北条翔子の元へ吾郎を案内した。
そこで話を聞けたものの瀬上の手がかりは途絶えてしまった。
しかし、彼は諦めず桧垣菜奈美の足取りを追い続け、翌年の5月に瀬上と再会を果たした。