本編

3


 一方、瀬上も胞子の霧の中で戦っていた。

「視界が悪すぎるぜ。レギオン! ……ちっ、電磁波も妨害するのか」

 レギオンからの返事がない。舌打ちをして、瀬上は地面に手をついた。
 手を引き上げると、地面から砂鉄が剣状となって現れた。

「こういう疲れることは面倒なんだが、しかたねぇ!」

 襲い掛かるマタンゴを砂鉄の剣で切り倒す。

「うぉぉぉぉ……やめてくれぇぇぇ!」
「なっ!」

 次に襲い掛かってきたのは、マタンゴではなく、死んだはずの吾郎であった。

「バカな。五井さんは2000年も前に死んだはずだ!」
「瀬上君……」

 吾郎の出現に動揺しつつも、警戒をする瀬上。
 しかし、吾郎に続いて別の人物も現れた。

「よぅ瀬上! 今日こそお前に引導を渡してやる!」

 それは瀬上と因縁のある転移の能力者、北条翔子であった。当然、約2000年前に寿命を迎えているはずだ。

「なっ……悪霊退散っ!」

 一瞬驚くものの、容赦なく翔子に電撃を放つ。

「ちょっ……誰が悪霊だぁぁぁ!」

 しかし、抵抗も虚しく翔子は電撃によって倒され、焦げた肉の臭いがたつ。

「! ……五井さん、折角再会できたので教えて欲しいことがあるんですが」
「なんだい、瀬上君?」
「中学三年の時の後藤銀河は学級で何係をやっていたんですか?」
「……そ、それは。昔の事だから忘れてしまったよ」
「そうですか。なら、あなたの息子、蒲生凱吾の生年月日は?」
「それは、2024年の冬の………」

 吾郎は口をパクパクとさせ、その先の言葉が出てこない。
 瀬上は吾郎に言った。

「五井さん、家族を何よりも大切に想うあなたが凱吾の生年月日を忘れるはずがない。覚えていないのは、俺の方だ! 北条を出したのが失敗だったな。本物のあいつだったら、俺の電撃なんざ、転移を使ってかすりもしねぇ!」
「!」
「マタンゴ。確か、幻惑の爾落人によって生み出されたミステイカーだったな。随分と酷い真似をしてくれるじゃねぇか! 大方、俺が直前に五井さんの話をして霧を見て、無意識に連想した内容の幻惑を見させているのが胞子の力なんだろうが」

 目の前の吾郎を睨みつけ、砂鉄の剣を球体に変形させる。同時に全身に電磁を帯びさせ、それを鉄球に集約させる。

「死者を……それも五井さんを冒涜するなんざ、万死に値するぜっ! 消えろぉぉぉぉっ!」
「!」

 瀬上は一気に蓄えた力を解放し、鉄球をプラズマ化させて吾郎に化けたマタンゴに放った。
 刹那、激しい閃光と爆裂音を放ち、巨大レールガンが森や胞子諸共マタンゴを一掃した。

「レギオン! 静電気だっ! 雷じゃなくていい。地面に負の電荷を帯びさせろ!」

 瀬上の指示を受けて、マザーレギオンは静電気を帯びた衝撃波を地面に放った。
 一瞬で、霧が晴れる。地面に薄っすらと胞子が積もっている。

「よし!」
「何がよしですか? 今のイオン式花粉除去機能の応用じゃないですか。凄く庶民的な技ですよ」

 瀬上が振り向くと、レイア・マァトが意味深な笑みを浮かべて立っていた。

「大抵の浮遊物は正の電荷を帯びているんだ。負の電荷、つまりは静電気を使って吸着させるって考えにケチをつけるんじゃねぇ。それより、お前らは大丈夫だったのかよ、時空の爾楽人」
「あら、あんな程度の低い攻撃に私とガラテアさんがやられると思って? とっくに裏側の敵は全滅したわよ。でも随分な言い草ね、極東コロニーでは協力した仲なのに」

 レイアに指を突きつけて瀬上は言い放つ。

「俺はお前に協力を求めた記憶は無い。俺はレギオンが草体を建物に植えつけたことを伝えただけだ。それを成長させたのは、お前の勝手だ」
「そうですか。私には瀬上さんが頼んでいた様に感じられましたが、まぁそういうことにしておきましょう」

 笑みを浮かべたままレイアは、視線をマタンゴの山に向けた。瀬上もそれに気づく。

「って、あの中にいるの、凱吾だろ!」
「全く、世話の焼ける弟ね」

 レイアは巨大キノコの山に歩み寄り、右手を翳した。
 刹那、マタンゴ達が見えない壁に押される様に吹き飛び、地面に落ちる前に空間に押し潰されて消滅した。

「ざっとこんなものね。……凱吾、大丈夫?」

 地面に倒れる凱吾に声をかけるレイア。
 しかし、凱吾は装着が解除されており、虚ろな眼をして仰向けに倒れたまま返事をしない。

「随分とやられたみたいね。精神面が相変わらず弱いわね」
「いや、お前らが図太すぎるんだろ」
「あら、人の事が言えて?」
「うるせぇ。とりあえず、こいつを中に転移させてくれ」
「仕方ないわね」

 レイアは凱吾の額に手を置き、格納庫へ転移させた。

「後は森に残ってる奴らを……」

 瀬上が森に視線を移すと、森が一瞬の内に巨大な火球に包まれた。
 火球が消滅し、溶解する大地から悠然とガラテアが歩いてきた。

「コウ殿、レイア殿、これでマタンゴは全滅した」
「お、おう」



 

 

 格納庫に戻った三人は、凱吾を介抱するローシェとイヴァンに状況を伝えた。

「幻惑による精神攻撃ですか。……なんて恐ろしい」

 ローシェが口に手を当てて驚く。

「そうなんだが……お前らは大丈夫だったのか?」

 瀬上はガラテアとレイアに視線を向ける。

「胞子の霧とは言うが、私の場合は常に周囲を空気の層で守っているからな」
「私もあんな怪しげな霧が出てきたら体に結界の一つも張るわよ」
「あぁ、愚問をして悪うございました」

 溜め息をしつつ、瀬上は凱吾の隣に腰を下ろした。

「問題はコイツだな。……正直、あまりに人間離れしていて忘れてたが、中身はただのガキなんだよな。何を見たのか知らないが、本当に何か手を打たないとまずいぞ」
「瀬上さんは何を見たのですか?」
「俺は……」

 ローシェに聞かれ、瀬上は幻とわかっていても吾郎を攻撃したことを思い出す。

「なぁに? 美女に言い寄られる幻でも見たの?」
「色仕掛けでこんな気分の悪い思いをするか! 幽霊……というか、死んだ人間の幻だ。よりにもよって、五井さんの」
「お父さん?」
「あぁ。……わかっただろ? あの霧の幻惑がどれだけ陰湿なのか」
「っ!」

 流石のレイアも絶句した。そして、凱吾を見て言葉を搾り出した。

「……そ、そうね。……どうする? 凱吾の時間を戻せば、精神をやられる前に戻せるけど」
「そうだな。こういう状況下だ。それしかないか」

 レイアの提案に瀬上は頷く。
 その時、ローシェが声を上げた。

「……凱吾!」
「うぅ……」
「大丈夫か?」

 瀬上が聞くと、頭に手を当てながら凱吾は体を起こした。

「悪い、夢を見たのか?」
「そうだ」
「マタンゴは?」
「全て倒した。どんな幻惑を見たのかは知らないが、全ては敵の幻だ。現実ではない」
「いや……現実だ。あのマタンゴは極東コロニーの人達だった」

 凱吾の言葉から何を見たのか察した瀬上は凱吾の両肩を掴んだ。

「あれは確かにコロニーにいた人間達の成れの果てだ。だが、俺達が倒さなかったら、彼らはこれからも操られるだけの怪物として生き地獄を味わい続けていた」
「正当化……できねぇよ。あいつらは意思とは関係なく戦っていたんだ! それを殺したのは事実だ」
「やっぱり、お前は五井さんの子どもだな」
「え?」
「お前が生まれる前に、「G」による後味の悪い事件があったんだ。そして、やむを得ない事情で彼は犯人を射殺した。一度は辞表を出そうとしたが、あの人は最期まで刑事であり続けた」
「……俺にも、親父みたいに殺した人への報いに奴らと戦い続けろってことか?」
「偽善か?」
「この上なく」
「だろうな。……だが、悪いが甘いことを言ってる余裕もない。この際、偽善だろうと、自分を納得させろ。相手は待っちゃくれねぇ。そろそろ、蛾雷夜が本気で襲ってくる。俺とガラテアはあいつと一度戦ったことがある。正直、俺達だけで勝てる相手じゃない。お前の意思とは関係なく、戦ってもらう」
「………拒否権がないとは、いつからそんなに偉くなったんだ? コソ泥」
「偉いさ、お前の大先輩だからな。クソ餓鬼」

 瀬上の言葉に、凱吾は立ち上がった。瀬上も立ち上がり、睨み合う。

「………」
「………」

 しばし無言で睨みあっていた二人だが、わずかに凱吾が動いた瞬間、瀬上は電撃を帯びた拳で凱吾の頬を思いっきり殴った。
 ぶっ飛ぶ凱吾。

「痛ぅ……」
「少しはすっきりしたか?」
「テメェ! 装着!」

 凱吾は装着し、瀬上に飛び掛る。しかし、瀬上は豆粒大の鉄球を指で弾く。

「ぐはっ!」

 レールガンを至近距離で直撃し、凱吾は再びぶっ飛び、床を転がる。

「その程度の強さで口答えをするな。お前は弱いんだ!」
「弱くねぇ! 俺は、弱くねぇ!」
「だったら、強さを見せてみろ! お前の親父は強かったぞ。偽善だと承知の上で刑事を続けた。戦い続けた」
「俺は弱くねぇ。偽善者でもねぇ! ただ、本当の敵を倒すだけだ! 俺達を苦しめた本当の敵を見つけて復讐するだけだ!」
「なら、復讐鬼になりきれ! 簡単に外れちまう様な仮面なら初めから付けるな! 自分も周りも全てを偽り通せ! それもできねぇ人間が、戦いに、「G」に関わるんじゃねぇ!」

 瀬上は起き上がる凱吾に駆け寄ると、走る勢いのまま電撃の拳で彼を殴り飛ばした。
 宙を回りながら舞い、壁に叩きつけられる凱吾。それを見届けると、背を向けて出口に向かって歩き去る。

「ご苦労様。でも、瀬上さんがこういう役回りをするとは意外ね」
「黙れ。今の俺は機嫌が悪いんだ」

 すれ違いざまに話しかけたレイアに吐き捨てるように言うと、瀬上はそのまま格納庫から出て行った。



 

 

 同刻、「旅団」の島に残っていた蛾雷夜は、マタンゴ軍団全滅を感知していた。

「やはり、奴らに小手先の手段は通用せぬか。……主よ」

 島の頂で蛾雷夜が月を見上げて呟くと、和夜の幻が彼の前に現れた。

「主よ、我が真の力を解放致します」
「いいだろう。蛾雷夜よ、組織者として世界を導くがよい」
「御意」

 和夜の幻が消えると、蛾雷夜は地面に両手をついた。
 刹那、島は分解され、跡形もなく消滅した。
 そして、宙に浮ぶ巨大な楕円板状の金属が姿を現した。蛾雷夜の数十倍とある巨大な金属板の表面は鏡の如く滑らかであり、音も立てず空中に静止している様はまるでUFOのようであった。

「今こそ、再び我が身に真の姿を与えよ」

 蛾雷夜は金属板に映る自らの姿を重ねる様に、それに手をのばす。手はそのまま金属板の中へと潜り、腕、足、そして全身を中へと入れてしまった。
 次の瞬間、富士山麓の樹海にあった金属板は形を変え、巨大な影が姿を現した。




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 2029年5月、大分県別府温泉。
 地獄巡りといわれる名湯の地に、年間多くの人が集り、連休となると九州以外からも足を運ぶ利用者は少なくない。
 温泉街を浴衣姿で歩く老若男女の中に紛れて、若い男女の姿があった。

「ちょっと、少しはゆっくりと景色を見ながら歩きなさいよ!」
「うるせぇな。見てるだろ? それより、湯冷めしそうだ。宿に戻るぞ」
「全く、同じ日本生まれとは思えない発言ね。これだから電磁バカは……」
「それとこれは関係ねぇだろ!」
「何よ! ……こっちは折角あんたとゆっくりと歩けると思っていたのに」
「……ったく。ほら、これで湯冷めもしないだろ」

 男性は赤面しつつ、自身の肩に羽織っていたハンテンを広げて、隣を歩く少女の肩にかけ、身を寄せる。

「いつもそう素直なら文句言わないのに」
「それはお互い様だろ。……!」
「ん? どうしたの?」

 男性、瀬上浩介は道の先に立つ男、吾郎を見て、足を止めた。隣にいた桧垣菜奈美は怪訝な様子で瀬上と彼を見比べた。

「久しぶりだね、瀬上君」
「五井さん………」
「瀬上君、探したよ。でも、僕は君を逮捕するつもりで来たわけじゃない」

 吾郎は両手を広げてみせて言った。

「では、なぜ現れたんですか?」
「君に詳しい話を聞く必要があるんだ。……そちらの方は、桧垣菜奈美さんだよね?」
「私のことを知っているの?」
「うん、汐見警部から少しだけね。申し送れました、三重県警の蒲生吾郎です」

 吾郎は三重県警察刑事部特異犯捜査課課長代理警部を示す身分証を見せ、目尻に皺を寄せて笑った。





 

 三人は、瀬上達が宿泊している部屋に移動した。

「瀬上君が刑事をしていた時の知り合いを当たるのは、基本だからね。一人目に一課の汐見君を選んだのは正解だったみたいだ。昨年の南極での事も掻い摘んでだけど、聞けたよ」
「あのおしゃべりめ」
「それで、このバカを捕まえるつもりですか?」
「いいえ。僕は先ほども言いましたが、彼を捕まえる意思はありませんし、むしろ共犯者に近い立場ですから。ちゃんと約束を守ってくれていたようだしね」
「流石だわ、五井さん。理解が他の奴らと違う」

 瀬上が腕を組んで頷いている隣で、菜奈美が手を上げて吾郎に聞く。

「あのー、先程お名前を蒲生さんとうかがいましたが、真理の爾落人さんのお知り合いですか?」
「うん。銀河とは同郷の親友だよ」

 それを聞いて菜奈美は瀬上を睨む。

「あの時、蒲生って名前を聞いても知らん顔してなかった?」
「当たり前だ。五井さんが婿養子だって知らなかったんだ」
「あっそ。……じゃあ、女性の蒲生さんというのは、奥さんですか?」
「はい。多分、それは家内の元紀の事です。J.G.R.C.の第二調査部で部長をしているので」
「なるほどな」
「何がなるほどなよ! 恩のある人の本名くらい知っておきなさいよ。それに、迷惑かけてたなら、挨拶に言っておくべきでしょ!」
「何の挨拶だよ! いくらなんでも刑事相手にノコノコ顔を出せるわけ無いだろ!」
「まぁまぁ」

 口論を始めた二人を吾郎は笑顔で制する。

「先ほども言いましたが、僕は瀬上君と桧垣さんに伺いたい話はこの数年のことではありません」
「「!」」
「普通の人間である僕には、汐見君から聞いた情報だけでは漠然としすぎて理解が追いつきません。お二人の口から直接、600年前のフランスで起きたことをお聞きしたいと思い、ここへ参った次第です」
「……なんで、五井さんがあの戦いの事を知りたいんだ?」
「それは、まだ話せません。瀬上君たちがどの位置になるかがわからないので」
「どういうことですか?」
「僕が二人の敵になるかも知れないからです」
「……それを聞いていて、話せと?」
「はい。それだけの交渉材料はあるはずだよ?」

 吾郎は懐から護符と手錠を取り出し、机に置いた。
 護符の力を知っている瀬上は、舌打ちした。
 二人の間に緊張が走った。

「ちょっと二人とも! ……話せばこの人を見逃してくれるんですよね?」
「おい!」
「黙って、電磁バカ! 今の私にはこんな奴でも傍にいて欲しい人なんです。見逃してもらえるなら、そちらのご要望に応えます」

 菜奈美の言葉に、吾郎は護符と手錠をしまった。
 瀬上は諦めた様子で、その場に寝転んだ。
 その様子を咎める目つきで睨みつつも、菜奈美は吾郎に600年前のフランスで起こった空間と時間の爾落人の戦いについて話し始めた。



 

 

「とまぁ、これが600年前の出来事です」
「………」

 菜奈美の長い話が終わり、部屋に沈黙が流れ、庭の獅子おどしの音が彼らの耳に届いた。
 それを合図に、吾郎は口を開いた。

「ありがとうございます」

 座布団をどかして、土下座して礼を言った吾郎に菜奈美は当惑する。

「そんな、私はただ昔話をしただけです」
「いえ。これで一歩前進できました」
「……五井さんは何を調べているんですか?」

 瀬上が体を起こして聞いた。

「それを話したら、瀬上君達も巻き込むことになる。今はまだ、その時期じゃない」
「一体、何の戦いですか?」
「家族を守る父親の戦いですよ」

 微笑んだ吾郎はそれだけ言い残すと、荷物を持ち、立ち上がった。
 退室しようとする吾郎を菜奈美は呼び止めた。

「待ってください」
「はい?」
「もしかして、そのご家族というのは爾……」
「桧垣さん、瀬上君を宜しく頼むよ。……瀬上君、幸せを信じるんだよ」
「は、はい!」
「うん。……では、失礼します」

 吾郎は一礼して、部屋から出て行った。


 

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「ふぅー……」

 夜風に当たる瀬上は深く息を吐いた。凱吾とのやりとりで、吾郎と再会した別府温泉の記憶まで蘇ってしまった。あの時の菜奈美も傷心していた。戦いは戦いを思い出させるのだと改めて感じた。

「ここの眺めは2000年前と変わらねぇな」

 海を眺めながらポツリと呟いた。先程ガラテアが周辺に生い茂っていた森を焼き払った為、建物から真っ直ぐに駿河湾が見下ろせるようになっていた。

「これでも天変地異で海岸線は結構変化しているぞ?」
「ガラテアか」

 声でわかった為、海を見たまま言った。
 ガラテアは断わりなしで瀬上を後ろから抱きしめた。

「お、おい!」

 突然の行動に瀬上は声を上ずらせる。背中にガラテアの体温を感じる。久しい感覚だ。

「心が安らぐだろう?」
「え……あぁ」

 ガラテアの声が耳元で囁かれる。息がかかり、年甲斐もなく顔が熱くなる。

「以前、私に辛いことがあった時、銀河殿がこうしてくれたんだ。炎とは違う、体の中が暖かくなった。コウ殿はどうだ? 暖かいか?」
「……あぁ、暖かい。忘れちまった、懐かしい感覚だ」
「うむ」
「………」
「………」
「…………」
「…………」

 だんだん恥ずかしさが込みあがってきた。落ち着いてくると客観的な感覚が戻ってくる。
 傍から見たら、美女に抱きしめられている男だ。それに気づくと、余計な煩悩が浮び始めた。ガラテアの服装や、体型等々。

「ガ、ガラテア、もう大丈夫だ。は、離れてくれ」
「気にしなくてもいいのだぞ? 心拍が早いし、体温も高い。私からは見えぬのだから、泣いてもかまわん」
「いやいや、そういう意味じゃない! 頼むから離れてくれ!」
「そうか。やはり強いな、コウ殿は」

 完全に勘違いしているが、ガラテアに説明をするのは彼の尊厳が許せなかった。

「いや、違ぁ………! アレを見ろ!」

 何と訂正しようかと思案して海に視線を向けた瀬上は、海中を移動する巨大な影と波に気がついた。
 ガラテアも瀬上が海を指し示すと、理解した。

「あの大きさ、「G」だな」
「恐らくな。今度は海からか」
「……いや、山からも」

 ガラテアは山側に振り返った。
 瀬上も振り返る。山の上には更に一号館がある為、姿は見えないが、何かが木々をなぎ倒す音が近付いていた。グラウンドにいるレギオンを見ると、やはり山側を警戒している。

「アイツだな」
「恐らく。……私は中の者に伝えてくる」
「わかった。………レギオン! 時間を稼ぐぞ!」

 格納庫へと入るガラテアを見送り、瀬上はレギオンに叫んだ。レギオンは咆哮を上げ、瀬上を掴み、飛翔した。
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