本編

26


 満点の星空の下に広がる荒野の如き月面は、風もなく、静寂だけがその場を支配している。

「………」

 その大地に腕を組み佇む一人の影。
 その者、和夜はただ黙したまま宇宙の闇を見つめ続けている。

「!」

 やがて、和夜は目を見開かせた。
 その身に纏う重厚な黒色の鎧を動かし、組んでいた腕を解く。
 周囲一面を覆いつくすほどの巨大な影が迫り、それは和夜の前方で静止した。逆光に包まれたMOGERAは、腹部からパラボラ状のプラズマメーザー砲を突き出させた。
 和夜は自身を狙うMOGERAを黙って見上げた。

「待て、あいつは俺が殺る」

 地球を背に、巨大なMOGERAの肩に立つ銀河が言った。
 眼下に仁王立ちする和夜を見下ろして。

「ジェフティィィィィィ…ッ!」

 和夜は憎悪を込めて、旅人の真名を叫んだ。
 銀河はMOGERAから飛び降り、月面に着地すると和夜を真名で呼んだ。

「待たせたな、ゴゥダヴァ」
「思い出したか……マイトレアのことも!」
「あぁ。今更、お前に彼女は自ら命を絶ったと伝えても、この戦いは避けられないのだろうな?」
「その言葉を信じるわけがないだろう! 真理の化身である貴様の言葉など!」

 激怒する和夜に銀河は嘆息すると、その身を宇宙戦神に変えた。その手には蛇韓鋤剣が握られている。
 ムジョルニアによって放った魔砕厳魂撞は、見事にデス・スターを消滅させ、地球を救った。だが、その際にムジョルニア自体も砕け散った。
 即ち、もう一度和夜がデス・スターを出現させた場合、それを一撃で破壊する武器は銀河に残されていない。
 しかし、銀河には秘策があった。
 和夜もその身を巨大な黒い鎧を纏った武人に変える。

『それが鎧の本来の姿か?』
『そうだ。貴様には小細工なしで、この大魔神、阿羅羯磨で相手をしてやる!』

 阿羅羯磨はゆっくりと右腕を顔の前で回した。顔が隠れた一瞬で、阿羅羯磨の表情はおぞましい怒りの形相に変わった。

『大魔神だか知らないが、お前に俺は倒せない!』
『真理か……懲りぬな? 俺に真理は通用しない!』
『だが、お前の力も俺の前では無力だ! 例え、何を壊そうと、誰を殺そうと、俺はその全ての理を司れる!』
『ふっ……如何に真理といえども、絶対はありえんな』
『どうかな? お前の起こしたこの戦いの元凶すらも俺には操れる!』
『元凶? 宣戦布告に消滅させた中華コロニー群のことか?』
『あぁ。例え、数億人、数千ヘクタールの土地だろうと関係ねぇ! 中華コロニー群とそこに生きる命よ、今こそ蘇れ!』
『……! まさか!』

 和夜はすぐに感じ取った。消滅させたはずの中華コロニー群とそこに暮らす人間が突然、蘇った。
 勿論、全ては関口とレイア、そして日本丸の「旅団」が仕組んだトリックだ。レイアは時空で現在の月面の様子を地球で窺い、銀河が叫んだ瞬間に日本丸へ伝え、今まで隠していた中華コロニー群の姿を現しただけだ。
 全てはこれ以上和夜の暴挙で被害を拡大させないようにする為だ。
 そして、全てを銀河と和夜の一騎打ちで終わらせようとするレイアと関口の策略だ。

『諦めて投降しろ!』
『ふっ! 応じる訳がないだろう! 貴様がここに来たんだ、別に今更地球を攻撃する理由などない! 俺は貴様を倒す!』
『どうやら、戦うしかなさそうだな? ……仕方ない。和夜、俺はお前を倒す!』

 結果的に彼らの思惑は見事に成功し、和夜と銀河は約2000年ぶりの決戦が遂に始まった。
 二体は同時に動いた。
 宇宙戦神は刃が赤く染まり炎を纏った剣で、阿羅羯磨は剣の刃を青く染めて斬りかかる。

『覇帝ぇぇぇ紅ぉ焔斬っ!』
『火など消してくれる!』

 阿羅羯磨の剣から激流が放たれ、宇宙戦神の剣から放たれる炎をかき消す。
 二体は交差し、距離を取ると、間髪入れずに身を翻し、同時に宇宙戦神の額から光線が放たれる。

『魔砕ぃぃぃ天照光ぉぉぉぉっ!』
『暗黒物質っ!』

 阿羅羯磨も身を翻し、右手を翳すと黒色の粒子を束ねた光線を放つ。
 光と闇の帯が一点で激突し、衝撃波が月面に起こる。
 衝撃波に飛ばされ、MOGERAは月面から離れた。

『なんて破壊力だ……』
『月面から一時撤退しよう』

 ウルフに促され、凱吾はMOGERAを月から距離を取る。
 その間も二体は激しくぶつかり合う。

『覇帝ぇぇぇ紅ぉ雷撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』
『金剛石壁っ!』

 阿羅羯磨はダイヤモンドの壁を出現させ、雷を防ぐ。
 続いて、壁を消滅させると同時に周囲に無数の黒色の金属球体を出現させ、それらを一斉に宇宙戦神に向けて放つ。

『流星群っ!』
『時裂空斬波っ!』

 宇宙戦神の手前の空間が歪み、無数に襲いかかる金属球体からその身を守る。

『この程度の攻撃で俺はやられねぇぇぇぇっ! 光神烈斬っ!』

 剣を連続で振るい、光の剣戟が次々に放たれ、流星群を破壊し、阿羅羯磨に達する。
 しかし、阿羅羯磨は剣の先から黒いオーラを放つ。攻撃を受けているにも関わらず、阿羅羯磨は一切ダメージを負わない。

『面白い、異世界から来たという侍の動きを真似たか……。だが、付け焼刃の攻撃で俺は倒せない! 俺に「G」は所詮無力!』
『殺ス力か! だが、その死の理すらも変えてやるっ! 烈怒ぉ爆閃咆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
『真理を万物は超える! 万物消滅斬っ!』

 宇宙戦神の全身が光に包まれ、蛇韓鋤剣の切っ先から放たれた烈怒爆閃咆を、阿羅羯磨は全身を黒い粒子に包み、剣の刃から黒色の光の剣戟を放ち、応戦する。

『光になれぇぇぇぇっ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
『闇にかえれぇぇぇっ! おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 二体は白と黒、それぞれの光の粒子に包まれ、遂に鎧はその存在を維持できずに消滅する。

「「まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 ゆっくりと距離を詰めていく銀河と和夜の叫び声が重なる。
 既に二人の体の輪郭すらも光にかき消されている。
 月面に太陽光すらも超える激しい閃光が起こる。
 月面が砕け、巨大なクレーターができる。真空の月に存在しえない二人の声だけが響き渡る。
 そして、遂に二人の体は完全に消滅し、二つの光となり、空間に巨大な穴を開けた。

「「!」」
『……昇華したわね』

 時空の限界まで達して完全な佛へと昇華し、実体を失った二人の耳にレイアの声が響いた。
 刹那、二人は佛誕生の、この世界誕生の瞬間の記憶が蘇った。





 

 世界は一つではない。無数の世界、宇宙が様々な次元に存在していた。
 そして、全ては無でも有でもない根源から起こった。
 しかし、それは自然に生まれたものではない。
 宇宙があるから星があり、星があるから生物があるのと同じように、根源が存在するから世界は生まれ、そこに宇宙が形成された。
 その世界を形成させたものこそ、次元と万物と真理の三佛だ。
 無の中に世界が生み出された。
 しかし、場所があってもゲーム盤がなければゲームは行なえない。宇宙に時空がなれば宇宙は始まらない。
 ゲーム盤があっても駒がなければゲームは行なえない。宇宙に物質がなければ、宇宙は始まらない。
 駒があってもルールがなければゲームは行なえない。宇宙に理がなければ、宇宙は始まらない。
 だから、三佛は生まれた。いや、つくられた。
 そして、三佛が存在したことで誕生した世界、それが「G」の世界。彼らの世界。
 しかし、その世界は完璧ではなかった。故に、不安定な世界を司る為に、佛は宇宙に干渉した。時には星に命を与え、時には化身として鎧を使い、そして時には自らの力を命や物に宿らせた。
 世界誕生から佛はこの世界の維持を続け、崩壊を阻止し続けた。
 それが137億年前に世界と佛をつくった根源の意志であった。

『でも、根源……「 」は太陽系が終わりを迎える56億7千万年後に、この「G」の世界を終焉させようとする』

 レイアの声が記憶を遡る銀河と和夜の意識に響いた。
 銀河はレイアに問う。

『「 」? 名前はないのか?』
『私達には理解できない概念すらも超越した次元の存在ですよ? 認識した瞬間に「 」は何かに変わる。だから、根源は「 」なのよ』

 和夜も問う。

『なぜつくった世界を滅ぼす?』
『不完全な「G」の世界をリセットする為よ。恐らく、三佛すべてが爾落人に転生した太陽系の終焉をその判断の期限に定めていたのでしょうね。世界を滅ぼす理由は「 」自身にしか理解できないわ。所詮、私達も「 」につくられたモノに過ぎない。創造物を駒として扱っていたあなたにとっては皮肉な話ね』
『この世界はそれで終わりになるのか?』

 銀河が問う。

『形あるものはいつか滅びるわ。それ自体は自然なことだわ。問題は、「 」が世界を終わらすのでなく、リセットしようとすること』
『……この世界が存在したことすらもなかったことにするのか?』
『そうです。一つの世界が終わりを迎えるのではなく、初めからなかったことにする。他の次元や世界、根源にとっては何も影響はない』
『だが、それを俺達は受け入れる訳にはいかない』

 和夜がいった。

『自分の身に関わるとなると、今までやっていたことを棚に上げるのね。……でも、それでいいわ。それこそが人の性だから』

 そこまで聞いて銀河はレイアにいう。

『そして、その終焉の時からお前はきたんだな? 俺達を佛に覚醒させ、その時の事を伝える為に』
『えぇ』
『何をすればいいんだ?』
『もう既に始めていますよ。あなた達は佛に戻った。佛として、時が来るまでこの世界を維持させるのです。そして、終焉の時に「 」と戦い、この世界のリセットを阻止するのです。全てはそこで終わり、そこから始まります。それは、この次元の知る未来ではなく、あなた達とその時の私の意志です』
『創造主に道具が牙を剥く……俺には考えられない話だ』

 和夜が呟いた。

『和夜!』

 銀河が声を上げた。和夜は言葉を続ける。

『だが、それでも俺はこの世界をなかったことになどさせるわけにはいかない。56億7千万年か、準備をするには少し長すぎるが……やろう! 俺は支配者だ。支配されるのではないからな』
『そうだな。俺は当然やる。この世界が大好きだ! リセットボタンなんざ押させはしない!』

 和夜と銀河の言葉を聞いたレイアは満足そうに告げる。

『わかりました。それでは、56億7千万年後に現われる過去の私をよろしくお願いします。今の地球の……あとの事は私にお任せください』

 そして、一度区切り、和夜にレイアは告げた。

『……私は後始末を終えたら、1万4千年前のアトランティス帝国にいき、ジェフティに殺されたように自殺します』
『!』
『それでは、この世界を宜しくお願いしますね』

 そして、レイアの声が消えると視界がひらけ、太陽系が周囲に広がった。
 記憶を取り戻した銀河と和夜は実体を持たぬ佛となった。

『……守る。この世界を、ここに生きてきた全ての命の記憶を』

 月を見つめた銀河は、不意に幼い頃の記憶を思い出し、力強くいった。







『戦いは終わりました』

 レイアの声が世界中の人々の耳に届いた。
 「帝国」第二東岸領で、巨大な蜘蛛の屍骸の山に腰をかけるピーターとアレックスは、笑って互いの拳を当てた。
 その下に立つ芙蓉は、門に向かって歩く黄達に気づき声をかけた。

「もう行くの?」
「あぁ。これだけの被害を受けているんだ、長湯も迷惑だろ?」
「また来て。今度は遊びに」
「おぅ!」

 黄は笑って答えると、手を振って第二東岸領を後にした。
 芙蓉は軽く微笑み、空を見上げた。
 厚い雲が晴れて、月が輝いていた。





 

 「連合」中央コロニーには既に二体のゴジラの姿は消えていた。

「二人とも行ってしまったか」

 執務室から外に出て、無数の「G」の屍骸が転がるコロニー内を歩き呟いた。
 城壁の先に見える海には巨大なサメやイカなどの「G」の屍骸が今も外洋から流れてきていた。

「いや、三人だったのかも知れないな……」

 サーシャは一人頷くと、恭しく海に向かって頭を下げた。
 そして、頭を上げ、振り向くとトーウンが近づいてきた。

「トーウン様、この辺りはまだ危ないですよ」

 注意するサーシャだが、語気はそれほど強くない。

「これが戦争なんだね?」
「はい。……これから元通り、いえ元よりも良くするのが我々の戦いです」

 サーシャはゆっくりとコロニーを守った者達の残した景色を眺めながら、力強く言った。





 

 中華コロニー群では、人々が上空を飛ぶ日本丸に手を振っていた。
 一方、その船内では外装の様子を見てきたパレッタが悲鳴を上げていた。

「随分日本丸ちゃん傷ついちゃってるよ~!」
「はいはい。傷つく前の状態に戻すから」

 菜奈美がパレッタをなだめながら、クーガーに言った。

「ちょっとクーガー! ヘラヘラ笑ってないで甲板で戦ってた皆におにぎりでも握ってあげなさいよ!」
「私は別にへらへら笑ってなどいませんよ! まぁいいでしょう。しかし、おにぎりのつくり方なんてしりませんよ?」
「うぐっ! あんたこの船に乗っててその発言は追放に値するわよ!」
「私、菜奈美ちゃんの手作りおにぎりが食べたいなぁー」

 パレッタが猫なで声で菜奈美にねだる。

「ちょっとパレッタ! なんで私がつくらないといけないのよ!」
「あ~そうよね☆ 菜奈美ちゃんの手作り料理を食べられるのは、二位ちゃんだけだもんね~」
「何よ、その二位ちゃんって……なんとなく誰だかわかるけど」
「副船長で電磁の爾落人だから~☆」
「絶対あいつ怒るわよ。……っていうか、私はあの電磁バカの専属シェフじゃないわ!」
「じゃぁ、専属の何なのぉ?」
「なっ! 何の専属でもないわよっ!」
「じゃぁ、お・に・ぎ・り♪」
「うっ! ……はぁ~。クーガー、ここは任せたわよ」

 菜奈美は嘆息するとパレッタを連れて厨房へと向かった。
 それを見送ったクーガーは窓から空を見上げた。
 厚い暗雲は晴れ、青空が広がっていた。

「遂に「神」になりましたね」

 クーガーは空に向かって呟くと、舵に向かった。





 

 そして、沼津では朱雀が外洋へと飛び去っていくギャオスを見送っていた。

「ギャオスはこれからどうするんですか?」

 イヴァンが聞くと、朱雀は視線をギャオスから離さず答える。

「また眠りにつく。それだけだ」
「朱雀さんはどうされるんですか?」

 ギャオスが見えなくなるのを見届けると、視線をイヴァンに移した。

「また旅を続ける。それだけだ」
「そうですか。……もう行くんですか?」
「もう俺がここにいる理由もない。それに、すでに俺の前には次の世界への入口が開いている」
「え?」

 イヴァンは驚く。周囲を見渡しても入口などない。
 朱雀は微笑むと颯霊剣を抜いた。
 そこに関口が歩いてくる。

「行くのか?」
「あぁ。世話になったな」
「もしどこかの世界で俺に会ったときはよろしくな。どうせ何かをやらかしているだろうから」
「自覚、あったのか?」
「どうかな? まぁ、達者でな」
「あぁ」

 そして、朱雀は何もないところを颯霊剣で斬った。
 刹那、空間が切り裂かれ、一瞬にして朱雀はその中へと消えた。

「……行ったか。じゃぁ、俺もそろそろ行くかな?」

 大きく伸びをしながら言う関口にイヴァンは驚く。

「行くって……どちらへ?」
「まぁちょっとな。このまま一人で死ぬっての寂しいから、少し婚活してくる」
「はぁ?」

 呆気に取られるイヴァンから離れ、関口はレイアに向かう。
 レイアは振り返る。

「終わったか?」
「えぇ。今、凱吾に伝えることも伝えたので、ここでやるべきことは全て」
「わかった。じゃあ、道中俺も少しの間連れて行ってくれ」

 関口の言葉に、イヴァンの他に、ガラテア、ローシェ、瀬上も驚く。
 慌てて瀬上が聞く。

「どういうことだ?」
「まぁ長生きしすぎたからな。死に場所を作りにいくだけだ。そのついでに伝言があるから2042年にも寄ってくれ」
「いいですよ」

 レイアは平然とした顔で快諾する。
 ガラテアは聞く。

「もしかして、関口殿が凱吾殿を送る前に未来から受け取ったという伝言は、関口殿自身からのものなのか?」
「あぁ。事実なんてそういうもんさ」
「その後はいつに行くつもりなんだ?」

 ガラテアに聞かれ、関口は少し照れ笑いをしつつ答えた。

「平安時代だ。……さ、五月。連れて行ってくれ」
「ふふっ。では、皆さん、お世話になりました」

 レイアは微笑むと、関口と共に過去へと行ってしまった。
 そして、残されたローシェ、ガラテア、瀬上、イヴァンの四人は空を見上げた。

「後は凱吾殿達だな?」
「えぇ。……さて、凱吾達を迎える準備をしましょう!」

 ガラテアにローシェは、体をくるりを回し、満面の笑みで言った。




 
 

 数分前、月の周囲に浮ぶMOGERAに乗る凱吾達はレイアから銀河達が佛となったことなどを伝えられていた。

『つまり、もうあいつらは俺達が手出しできるような存在じゃなくなったのか?』
『そういうことです。……ウルフ、ごめんなさい』
『構わん。狩れぬ存在ならば、狩りようがない。当然のことだ』

 ウルフは少し悔しそうにしているものの、諦めをつけたらしい。
 更にレイアが凱吾に告げた。

『凱吾、私もこれから次の時代に行くわ。もうあなたに会うことはないけど、その気になれば時間の爾落人である菜奈美さんに頼めば元の時代に戻れるわ』
『いいや、俺はこの時代で生きていく。ここには、守りたい奴らが沢山いる』
『わかったわ。なら、凱吾に伝えておくべきことがあるわ』
『なんだ?』
『これで凱吾を巻き込んだこの戦いは終わりだけど、後一つだけあなた達に試練があるわ。勿論、それは凱吾にとって直接関わりのないことだから、それに関わるかはあなたの自由よ』
『姉貴、今更何を言っているんだ? 俺がそれを言われて無視できるわけねぇだろ?』
『そうね。私はこの時代からいなくなるけど、最強の魔女の鎧であるゾグは残されているわ。次元の化身が私の代わりにあなた達を見守っているわ。……じゃぁ、ローシェを幸せにね』
『えっ?』
『ふふっ。皆が地球で待っているわよ。さようなら』
『あぁ。ありがとう、姉貴』

 そして、レイアの声は消えた。
 残された凱吾、ウルフ、ムツキはゆっくりと地球を見つめた。
 彼らの眼前で地球は青く輝いていた。

『綺麗……これが私達の守った地球』
『あぁそうだ。……ウルフはこの後どうするんだ?』
『別に目的もない。宇宙を放浪してもいいが、試練とやらがあるのだろう? ならば、我もその試練にうけてたとう』
『わかった。……よし! ムツキ、ウルフ、地球に帰るぞ!』

 彼らを乗せたMOGERAは、地球に向けて出発した。




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 遥かな未来、かつて太陽系と呼ばれていた恒星系は巨大な矮星を残し、周辺には星屑もない空間が広がっていた。
 その空間に突如、一人の高校の制服を着た少女が現われた。

「!」

 咄嗟に、自分自身を結界で守り、真空の宇宙で即死することを防いだ。
 しかし、全く見知らぬ空間に少女は不安気に周囲を見渡す。

「待っていたよ、蒲生五月ちゃん」
「56億7千万年の時を経てよくぞ来た」

 蒲生五月の目の前に銀河と和夜が姿を現した。

「! あなた達は一体? 私を殺そうとした奴の仲間?」

 突然現われた二人を警戒する五月に、銀河は首を振った。

「いいや、俺達は五月ちゃんの仲間だ」
「! ……あなた、もしかして後藤銀河?」

 両親から聞いていた真理の爾落人の名前を言った。
 銀河は笑顔で頷いた。

「あぁ。そうだ」

 そして、五月の背後に巨大なゾグが現われた。

「これは?」

 驚く五月に和夜が告げた。

「全ての記憶はゾグが覚えている。時が来たのだ。次元の佛、今こそ覚醒せよ!」




【終】
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