本編

25


「……思い出した。この戦い自体が、なんの理由もないものだったんだ」

 真理と共にかつてアトランティス帝国の神官ジェフティであった時の記憶も取り戻した銀河は、静止したデス・スター内を見渡して一人呟いた。

『遂に蘇ったか。真理の爾落人……ジェフティ』

 突如、和夜の声がデス・スター内に響き渡り、銀河と対称の壁付近に黒い粒子が現われ、黒い鎧を纏うプレデターが姿を現した。

『ブラック!』

 ウルフが忌々しげに叫んだ。

『プレデターの生き残りか。悪魔ノ血というのは中々優れた「G」だな。まさか再生させるとは……。まぁいい。俺の鎧は今の君と同じ様に俺自身と一体化しているから、我が身から離して、ここに出現させることなど容易いんだ。そこのプレデターは良く知っているな? もっとも、あの時の俺は鎧の中に留まっていたが』
「もう戦いをやめろ! お前は騙されていたんだ。そもそも戦う理由自体がないんだ!」

 銀河は真理を使って黒い鎧に叫ぶ。
 しかし、鎧から聞こえる和夜の声は平然と告げる。

『俺がいつまでも真理に支配されると思っているのか? 万物は俺が受ける真理を殺すこともできる。擬似的な万物であったニューヨークの時とは違うんだよ』
「くっ!」
『残念だったな。その君が悔しがる顔を見たかったんだよ。俺は君よりも強いんだ!』
「………」

 銀河はどうすれば和夜の抱えた誤解から生まれた闇を取り払えるかを必死に考えるが、対話に応じる気が相手になく、真理も効果がない以上、どうしようもない。

「これが、既定の事実なのか? ……!」

 悔しがる銀河であったが、その時、制止していたプレデリアンの群に異変が起きた。
 一斉に鎧へ向かって無数の群が壁から飛びあがり、襲いかかったのだ。

『愚かだな。蟲共……消えろ!』

 鎧にプレデリアンが襲いかかる前に和夜は、黒い波動を全てのプレデリアンに向けて放った。
 刹那、全てのプレデリアンは黒い粒子となり、風に飛ばされる砂山の如く消滅した。
 一瞬にしてデス・スターの中はMOGERAと銀河、そして鎧だけになった。

『全く、蟲の考えることはない。所詮は知能だけを与えられた戦う為だけに生み出された命もない蟲ケラか』

 和夜の言葉を銀河は無視することができなかった。
 鎧を伏し目がちの顔立ちとは思えない険しい表情で睨み、彼は言った。

「知能があって、命がない? ……そんな生物があっていいはずがないだろ? 草や虫、どんな生物にも命があるんだ! ただ戦う為だけに生み出された……ふざけんじゃねぇ! 俺は、そんなもん認めねぇ! お前は自分が生み出した命を躊躇なく殺す、ただの下衆だ!」

 銀河は光を纏い、鎧に飛びかかる。光は宇宙戦神となり、鎧に剣で斬りかかる。

『覇帝ぇ紅焔斬っ!』

 しかし、宇宙戦神の剣が鎧を斬る前に、鎧は黒い粒子となって姿を消した。
 空間中に和夜の声が響く。

『ここで決着をつけるつもりはない。俺は本物の月で待っている。この戦いを終わらせたければ来い!』

 そして、和夜の声と気配が消えた。
 銀河はすぐさま和夜の後を追おって月へ行こうとする。
 しかし、それをMOGERAのプラズマメーザービームが阻んだ。

「!」
『凱吾君?』

 ムツキの声が聞こえる。そして、凱吾が叫んだ。

『後藤銀河! 忘れていることがあるだろう? 力を取り戻したんだ。俺と戦え!』
『凱吾、今はその状況ではない』
『こいつは写し身の五月を殺した張本人だ!』

 ウルフも凱吾を制するが、彼は構わずMOGERAの両腕からスパイラルメーザーを宇宙戦神に向けて放つ。それを剣で払う宇宙戦神。
 そして、MOGERAの操縦室から外に出た凱吾は、真スーツを装着し、銀河に叫んだ。

「俺と戦え! 後藤銀河ぁぁぁぁぁっ!」
「………わかった。相手になろう!」

 銀河は宇宙戦神を縮小し、自らの身に纏う鎧にすると、ムジョルニアと蛇韓鋤剣をそれぞれの手に握り、答えた。





 

 真スーツを身に纏った凱吾にもわかっていた。今は銀河と戦う時ではないと。銀河と戦うことに意味などないと。
 しかし、理由はあった。今戦わなければ、彼は後悔すると思った。銀河と戦うことで、ただの写し身であった五月は凱吾が復讐の為に戦った女性になる。戦いそのものでなく、写し身の五月に存在した意味を与えられる。例えそれが復讐の為の戦いであっても。
 そして、銀河と凱吾は同時に動いた。
 真っ直ぐ宙に飛び、接触する。

「覇帝ぇ紅嵐舞っ!」
「大、切、断っ!」

 互いの技が炸裂し、宙に閃光が発し、壁に着地する。
 身を翻し、銀河は剣から稲妻を放つ。

「覇帝ぇ紅雷撃ぃぃぃっ!」

 凱吾は躊躇なく銀河に向かって走る。電撃が襲う。
 しかし、凱吾はそれを拳で受け止める。拳が雷を纏う。

「ライジングゥゥゥ…フィンガァァァァァーッ!」
「ぐはっ!」

 雷の拳を受けた銀河は吹き飛ばされる。が、堪えて足から着地すると、銀河はムジョルニアを足元の壁に打ちつける。

「雷神龍!」

 雷が龍の如く壁を走り、凱吾を襲う。

「がはっ!」

 吹き飛ばされた凱吾は、すぐさま起き上がり、地面を蹴り宙に飛び上がる。
 銀河の真上に達した凱吾は叫ぶ。

「ダァァァー……キィィィック!」
「覇帝ぇ紅焔斬っ!」

 落下の勢いをつけた強烈な飛び蹴りで襲う凱吾に、銀河は剣に炎を纏わせて応戦する。
 激突した瞬間、衝撃で壁が砕ける。

「爆砕っ! バァァァーニングフィンガァァァーッ!」

 着地と同時に炎を纏った拳で銀河を突く。
 しかし、銀河は吹き飛びつつもそれを堪え、ムジョルニアをしまい、両手で蛇韓鋤剣を構えると全身に光を纏う。

「避けろ! 烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉっ!」
「!」

 烈怒爆閃咆と同時に真理を使い、凱吾を強制的に最強の技を回避させた。
 閃光が消えた後、凱吾は地面に無様にも頭を抱えて蹲っていた。真スーツも脱いでいる。
 銀河も鎧を解除し、彼の前に歩き、腰を屈めた。

「決着、着いたな?」
「……なんで、俺を避けさせた? こんな無様な格好を晒させて……そこまでして俺を辱めたいか? 所詮俺には敵わないと!」

 涙を流し、睨みつける凱吾に銀河は首を振った。

「お前を生かしたいからだ。確かに、今のは俺の反則だ。納得いかないのなら、殴ってくれて構わない」
「……くっ!」

 刹那、鈍い音が響き、銀河の頬が凱吾の拳で殴り飛ばされる。
 よろけ腰から倒れた銀河は頬を摩りながら苦笑した。

「めちゃくちゃ痛いな?」
「………お前があの時、あの五月を苦しみから解放したのも、俺を救ったのも知っている。今のはお前のお人よしが事態を面倒にさせたことに対するものだ」

 そして、MOGERAに向かって歩きながら、凱吾は小声で銀河に告げた。

「ありがとう」

 銀河は柔らかく微笑んだ。
 その時、デス・スターが大きく揺れた。
 二人ともすぐさま警戒する。

「! なんだ?」
『大変! デス・スターが月の軌道から外れているわ! 地球に向かって高速で移動している! このままだと、地球に激突するわ!』

 ムツキが伝える。
 同時に、デス・スターが激しく揺れる。

『小惑星帯を通過中! これを抜けたらもうデス・スターの質量では地球直撃は避けられないわ!』

 ムツキの言葉が終わる前に、デス・スターの揺れは収まった。

『凱吾、早く乗れ! 銀河、まずここから脱出するぞ!』

 ウルフに促され、凱吾はMOGERAに乗り込む。同時に銀河は宇宙戦神となり、両手で蛇韓鋤剣を構える。

『烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉっ!』

 刹那、デス・スターの厚さ約2キロの壁に穴が開き、空気と共にMOGERAと宇宙戦神は脱出を図る。
 しかし、その時ウルフが思いがけない行動をとった。

『ウルフ!』
『後は任せた』

 ウルフは脱出艇に移り、デス・スターの中に残ったのだ。

『まさか! ……お前らは先に行け!』

 銀河は真理を使い、MOGERAを先に脱出させるとウルフの乗る脱出艇を追って、デス・スター内に戻った。
 脱出艇は壁に突き刺さっていた。銀河は宇宙戦神から生身に戻り、脱出艇の扉をこじ開ける。真理の力で真空中でも銀河は死なない。

「ウルフ!」

 銀河は二重になっている気密扉を開き、ウルフのいる操縦室内に入ると叫んだ。

「……去れ」

 ウルフは赤いランプを点滅させながら音を立てるガントレッドを銀河に見せて言った。
 すぐに彼にもそれが自爆装置だとわかった。
 銀河は何も言わず、ガントレッドを掴む。
 刹那、ガントレッドのランプは消え、音も止んだ。

「!」
「悪いな? だが、自爆なんてさせねぇぞ?」
「真理……」
「あぁ。これも神器とやらだろ? それならば、声を出さずとも止められる。……それが真理だ。それとも、心理でお前に解除させた方がよかったか?」
「………」
「脱出するぞ! お前は真空の宇宙空間でも死なない!」

 沈黙を肯定と判断した銀河はウルフに真理を使うと、ウルフを手に乗せて宇宙戦神はデス・スターから脱出した。





 

 宇宙空間に脱出した銀河は、ウルフをMOGERAに乗せると眼前の巨大なデス・スターを眺めた。
 月とほぼ同じ大きさの兵器。仮にウルフが自爆したところでその破片は地球に注ぎ、大規模な被害を与えるのは間違いがない。
 しかし、それは外部からの攻撃も同じである。現在、銀河とMOGERAはデス・スターと同じ高速で地球に向かっている。物理的影響が大きすぎる為、真理でもこれを阻止することは宇宙全体の真理を歪めるほどの力を使う必要があるであろう。

「ムツキ、デス・スターが突然現われたことで影響はなかったのか?」
『あったはずよ。でも、和夜がこれまでに地球に影響を与えないように微粒子単位で調整をしていた可能性が高いわ。例えば、衛星軌道上の物質を組み合わせて作りだすとか。それにこの速度で一度当てはまった軌道から外れて地球に向かっているのは、あらゆる物理的干渉が作用した可能性が高いわ』
「つまり、別にデス・スター自体に何か物理法則を超越した細工が施されているわけじゃないのか? ……勝手に太陽系をいじくりやがって、面倒なことをしやがるぜ」

 銀河は頭を掻きながら、デス・スターを見つめる。
 そして、不意に思ったことを口にした。

「ってことは、こいつを地球に被害を与えることがないほどに木っ端微塵に破壊して、真理を使って太陽系のバランスがそれによって崩れないようにすればいいのか?」
『確かに、元の状態に戻るだけだから何も問題はないけど……。この大きさを破壊木っ端微塵になんて……』

 ムツキが心配するが、銀河は無邪気な笑顔で答えた。

「真理ってのは、口先と想像力があればなんだってできる力なんだぜ? こいつを持っていてアレを考えるなってのが無理な話だろ?」

 後半は自分に対して言っているようだった。
 ムジョルニアを取り出した銀河に、凱吾が問いかける。

『何をするつもりだ?』
「なぁに、少し童心に返るだけさ」

 ニカッと笑った銀河は、宇宙戦神となり、その手に持つムジョルニアも巨大化する。宇宙戦神よりも遥かに大きく、デス・スターにも匹敵する大きさだ。

『……よし!』

 一瞬で名称が決まった銀河は、宇宙戦神の腕の先にある超巨大なムジョルニアを振り上げて叫んだ。

『魔砕ぃ厳魂撞ぅぅぅぅぅっ! 光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

 宇宙戦神は雷撃を帯びた重力衝撃波を伴った超々弩級の大槌をデス・スターに振り下ろした。
 刹那、デス・スターは粉砕どころでなく、文字通り光子レベルにまで分解されて、消滅した。
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