本編

22


 同時刻、「帝国」第二東岸領にも大量の「G」が天空より落下してきた。
 しかし、それらがコロニー内に落下することはなかった。
 落下の瞬間、第二東岸領から激しい稲妻に酷似した光線が天空へ放たれ、直下するはずの「G」は消滅、あるいは周辺へと衝撃によって吹き飛ばされた。
 第二東岸領周辺に無数のクレーターが作られ、空には光線に巻き込まれた「G」の破片が灰となって黒煙を漂わせる。
 刹那、稲妻が放たれたコロニー城壁上に、金色の鱗に身を包む巨大な三つ首の龍が出現し、周囲を覆い隠すほどの皮膜状の翼を広げて咆哮を上げた。
 その全身からは金色の粒子がオーラの如く広がり、神々しい。

『これからが本番だ』

 金色の龍王の姿となった黄天に宿る黄昏が言った。
 周囲のクレーターからゼノモーフが大量に湧き出す。その中心に一回り大きなゼノモーフ、クイーンが現われた。
 それが無数にできたクレーター全てから現われた。
 それはまるで黒い液体が大地から湧き出すかの様に広がり、瞬く間にその全てが第二東岸領を取り囲んだ。

『戦う為だけに生み出された蟲共よ。死ぬ為に”俺”に挑むか』

 眼下一面を黒く塗り潰す群に彼は言った。
 しかし、群は一切の躊躇もすることなく城壁を登り始める。

『愚かな……。ならば、望み通りにしてやろう!』

 龍王、魏怒羅、キングギドラ、様々な呼称を持つその怪獣は、再び稲妻状の引力光線を放った。
 刹那、周囲一面の群に引力光線が襲い、一瞬にして直撃したゼノモーフは消滅した。
 それは黒い砂地に棒で線を描くように、あるいは曲線を描くように、圧倒的な破壊力によって群のゼノモーフは消滅していく。
 しかし、既に城壁を登っていた群は、城壁を越えて第二東岸領内に侵入し始める。

「ここは僕達のコロニーだ! 戦うのは黄だけじゃないぜ!」

 城壁前の建物の屋上に立つスパイダーマンがポーズを決めながら、侵入したゼノモーフに次々に蜘蛛の糸でできた網を放ち、捕らえる。
 また一方では、腕を巨大な剣に変形させた男が壁を越えてくるゼノモーフを次々に切り裂いていく。
 そして、別の場所では大型戦車が城壁の前に広がる畑に一列で並び、その中央の車輌に乗る黒いマントを羽織った心理の爾落人アレックスが叫んだ。

「俺達は月ノ民に屈しはしない! ここから先に奴らを一歩も進ませはしないぞ!」

 アレックスの心理の力が作用し、一同の士気は最高潮に高まる。
 戦車の攻撃で補いきれない部分は彼の部下である警察官達が補う。
 そして、彼らは指示に従い、あらゆる通信において、アレックスをロボコップという通称を用いずに「真理の爾落人」と呼んだ。
 戦闘の中心となる指示は、外部へ避難せずに残った領民達を中央の城内で保護し、怪我人の治療を行ない続ける三島芙蓉こと紺碧自らが行ない、その指示を一種のテレパシーによって怪獣の姿となっている黄昏へ伝え、彼の力によって全ての者の意識に直接語りかけている。その上での心理が加わり、第二東岸領を護る全ての者が一つの連携した存在になっていた。
 それはまさにゼノモーフに退けをとらぬ群であり、月ノ民に対抗しうる完全な情報戦であった。

『『俺達は必ずここを護りきる!』』

 黄と黄昏の声が重なった。引力光線は絶える事無く放たれ続け、群の数を削り続ける。
 第二東岸領勢は先刻までとはまるで違う、圧倒的な戦力によって戦況を完全に支配していた。





 

 落下した「G」軍団の直撃を受けた「連合」中央コロニーでは、生存者達が被害を受けていない区域へと焦土の中を逃げ惑っていた。
 その流れから外れ、一人佇む白い袴を着た青年は、無言で海を見つめて腰に携えた刀の鞘に付けられた蒼い勾玉を左手で握り締めた。
 大西洋からも大量の「G」が送り込まれており、その気配を彼もひしひしと感じ取っていた。
 しかし、同時に別の気配も彼は感じ取っていた。長らく違えていた線が再び触れたのを感じた。
 全身に込みあがる想いを、勾玉を掴む手に込め、彼は呟いた。

「再び君と共に戦う時が来たらしい……」

 その言葉に呼応する様に、勾玉が蒼く光りだす。
 彼の間近のクレーターからゼノモーフのクイーンがゆっくりと這い出し、彼に背後から近づく。
 彼は微かに笑みを浮かべ、静かに右手を刀の柄にそえる。
 クイーンが口を開き、酸の涎を垂らす。地面に煙が立つ。
 彼は、一切その危機を認識していないかのように、背を向けて海を見つめる。海面を押し上げ、巨大な何かが迫る。

「……あぁ、2000年近く経ってしまった。……旅をしていた。色々な時代、色々な人を見て、出会った。……そうか、少し丸くなったかい? ありがとう……だが」

 クイーンが彼を襲いかかる瞬間、彼は言葉を切り、身を翻した。
 刹那、クイーンの頭部が地面に落ちた。彼の刀がクイーンの頸部を貫いている。
 一拍おいて、胴体も地面に崩れた。

「護る為には時として戦わないとならない事もある。そうだろう?」

 そして、言葉を切り、彼は込みあがる全ての想いを込めて、その名を叫んだ。

「ゴジラ!」

 その瞬間、海面に激しい飛沫と共にグリードが蒼い熱線に押され、空中に吹き飛ばされ、爆発四散した。
 そして、海面に青黒い恐竜型の怪獣、ゴジラこと青龍が姿を現し、咆哮を上げた。
 その姿をサーシャの執務室にいた男がコロニー内の瓦礫の山から見つめ、口元に微かな笑みを浮かべた。

「ふっ……まさか復活するとはな。因果は皿の縁ということか……面白い」

 彼は、眼下のクレーターから這い出てくる巨大ジラに視線を移すと、冷笑した。

「写し身の次は紛い物か?」

 ジラは地面を蹴り、巨大な口を開いて彼に襲いかかる。彼は身を翻した。
 次の瞬間、男の姿は海に現われた青龍、ゴジラと同じ姿へと変わり、巨大な尾がジラの胴に叩きつけ、圧力で肉を潰し、骨を砕く。血飛沫と肉塊となったジラが地面に飛び散る。
 それをホワイトオパール色の瞳で見下ろし、もう一体のゴジラは呟いた。

『死を与えすぎたな。戯れにもならん』

 そして、他のクレーターからも次々に姿を現す様々な種類の「G」を眼下に据えて、ゴジラは天を仰ぎ、呟いた。

『愚かな万物よ。お前の敵はここに在らんぞ……。斯様な争いに興味はないが、降りかかる火の粉は払わせてもらう!』

 中央コロニーの地に、二体のゴジラの咆哮が轟いた。





 

「意志を持たない「G」ばかりを和夜は送り込んだようですね」

 レイアは関口に告げた。心理の特性上、相手に心理、意志がなければ無意味である。
 しかし、彼は平然と答える。

「そんなもんはわかりきっているさ。しかし、形勢は変わった。ここまでの和夜は、あんたと銀河をひっぱり出す為の戦争を行なっていた」
「……手段を選びませんね? 相手が手段で起こした戦争を本当の戦争にさせたわけですか。最低ですよ?」
「中途半端なことをされては、こっちがいくら戦略を練っても相手の心臓を貫くことはできない。同じ土俵に出てもらわなきゃな。敵も、味方も」

 そして、関口は瀬上に視線を向けた。

「桧垣さん達は上手くやってくれたかね?」
「俺に聞かれても知るわけないだろ。ずっとここにいるんだからな。……まぁクーガーもいる。ミスはしていないはずだ」
「どういう事ですか?」

 ローシェが問いかける。
 瀬上が頭を掻きながら答えた。

「このジジイの策略さ。自分が生きて戦いに参加することなんざ、一切俺達に黙っておいて、2000年も前にこの戦いの大筋を作り上げていたんだ。それがあったから、俺は凱吾とG動力を追って極東コロニーに現われた訳だ。時間の力で凱吾到着を見つけるよりも、レギオンの数でG動力を見つける方が早いからな」
「しかし、それなら生きていることを我々に伝えてもいいだろう?」

 ガラテアが関口を睨む。

「俺は和夜にとって元共犯だ。生きていることが万が一事前に知られれば、利用されるか、消されるかのどっちかだ。俺の得ている情報はあくまでも断片的な未来の事象についてのものだけだ。細かな戦況の変化までは知りえない。相手の懐に飛び込んで仕掛けを施すには別人になっている方が都合いいからな」

 関口は上着から手製の巻き煙草を取り出し、火を付ける。

「……実際的な話をする。和夜と蛾雷夜とでは戦略の好みが違う。兵力もその一つだ。蛾雷夜は意思を持つ人すらも駒として使うが、意志のない駒よりも好んで用いる。仮にも人類の創造主であり、組織や「旅団」を束ねていた組織者の傾向だろう。対して、和夜は完全に物として扱えるものを用いることを好む。そして、人間的であり、稚拙な部分も多い。恐らく、知識、能力が優れた支配者の傾向なのだろう。つまり、嗜好を把握された場合、餌にかかりやすい。しかも、関心の有無で行動は全く違う」
「どういうことだ?」

 朱雀が聞くと、関口は説明を続けた。

「第二東岸領に黄を呼んだのは、能力に天空を司る力があるからだ。具体的にその能力の範囲が大気圏内なのか宇宙にも及ぶのかは知らないが、和夜はデス・スターにいる。ならば、単純に後藤君の抹殺ならばデス・スターを使えばいい。それをした場合は、彼にあそこを護ってもらう予定だった。最悪怪我しても、死なない限り三島さんがいれば大丈夫だからな。しかし、予想通り和夜は意思のない「G」を送り込み、数と情報に頼った戦いをしてきた。お陰で、俺が味方の数に含めていない「G」も戦いに関わったようだ。つまり、和夜は関心のある相手には戦術的な攻撃よりも戦略的な攻撃を好む。これは蛾雷夜にも共通することだがな」
「でも、そんな分析がなんの役に立つんだ?」

 瀬上が欠伸をして問いかける。
 関口が溜め息を吐いた。

「全く、それが爾落人の弱点なんだよ。結局のところ、爾落人ってのは、ほぼ不老不死で、超能力を有する超人だ。緻密な分析とあらゆる戦況を計算する軍略を行なう必要がない。万が一危機的状況に陥った際はその時の機転程度でどうにかなる。そういう経験を積んでいるからだ。そして、月ノ民は実質、和夜と蛾雷夜二人だけの勢力だ。幾ら兵力、武力が無限に近いとはいえ、実際の戦いで無限の戦力を投入というのはありえない。物理的に限界の数がある。しかし、和夜も蛾雷夜もそれを計算にいれている節はない。数が減れば増やせばいいというのが基本だ。そして、力押しだ。これは大国が弱小国を圧倒的武力で侵略する以外に本来は現実ありえない単純すぎる軍略だ」
「つまり、赤子の手を捻る様な真似なら通用するが、他においては知略を用いれば勝機があるということだな?」

 朱雀がいうと、関口は頷いた。

「そうだ。陽動や心理戦、戦術的な攻撃を用いれば優位性は完全にひっくり返る。そして、奴は陽動に見事かかった。後藤銀河の所在地にデス・スターの脅威で潰す戦術ではなく、物量にものをいわせて自分の壇上に引っ張りだそうと揺さぶりをかける単純な戦略を用いた。もうデス・スターは人質に突きつけたナイフ程度の脅威でしかない。万が一の可能性はあるが、あくまでも自分の思惑通りにことを運ばせる道具にしかすぎない。そして、和夜は後藤君が第二東岸領にいると思い込み、その窮地への援護を潰し、更なる脅威で一気に畳み込もうとした。しかし、それらは全て逆転された」
「高みの見物をしていた和夜にとって、盤上のチェスの駒が自分の知らない動きをしたようなものですからね」
「この分析を利用して、心理戦に持ち込む。五月、面倒なフィルタリングはもういい。蛾雷夜と和夜のつながりを完全に遮断し、代わりに中華コロニー群にいる桧垣さん達と空間をつなげてくれ」
「もう畳みかけるんですか?」

 レイアは言われた通りにしながら、関口に言う。

「まだ、こちらの手の内全てを晒しはしないさ。それに強襲は相手の必要以上に刺激する。目的は終戦交渉、ないし行動の掌握だ。勿論、落とし時まではそれを気づかせないのも戦術だ」

 そう言っている内に、彼らの前の空間が裂け、菜奈美達の姿が現われた。

「え……関口さん?」
「よう。上手くやってくれたみたいだな? 今はそこを隠すだけにしているんだよな?」

 驚いて目を見開いたままの菜奈美に代わり、クーガーが顔を出す。

「お久しぶりです。……ほほぅ! そういうことですか。中々やりますね、関口さん」
「話の早い奴がいてくれて助かる。んで、どうなんだ?」
「はい。全て計画通りです。現在我々の行なっているのは隠すのみです」
「じゃあ、思念のお姉さんもパレッタさんもそこにいるんだな?」
「こちらの情報は把握済みというわけですね?」

 クーガーが笑って頷いた。

「まぁ、「旅団」の代名詞が蛾雷夜一派か、あなた達だったからな」
「そうですね。……ハイダさん、パレッタさん」
「はい?」
「あっ! おひさ~☆」

 ハイダとパレッタがクーガーの横にやってきた。パレッタは笑顔で空間の裂け目を越えようとする。菜奈美が慌ててそれを制する。

「もぅーいいじゃん。どこでもドアみたいなものでしょ?」
「いや、ドラえもんよりも意地悪だ」
「空間閉じましょうか?」

 関口の返しにレイアは笑顔で問いかける。今回は本気で気に障ったらしい。

「……まぁ、本題に入ろう。細かい経由はクーガーに視解してもらって聞いてくれ。重要事項だけを伝える。ハイダさんには、真理の爾落人後藤銀河のフリをして欲しい。すでに第二東岸領に心理の爾落人に後藤銀河役をやってもらっている」
「つまり、情報を混乱させるわけね?」
「そうです。恐らく大量の「G」が送り込まれますが、戦力的に対応可能ですか?」
「2046年の戦いよりも過酷?」

 菜奈美が聞くと、関口は首をかしげた。

「あの時とは状況がまるで違います。防御ではなく、攻撃です。それに、30分と要さずに次の段階に進めます」
「次の段階?」
「本物の後藤君を出します」

 関口は勝機に確信を持った表情で告げた。





 

 「連合」中央コロニー周辺では、二体のゴジラとそれぞれの周辺に「G」の残骸が広がっていた。
 数ではなく、圧倒的な力の差によって大半の「G」がほぼ瞬殺で倒されていた。
 その一部始終を執務室から見つめていたサーシャはトーウンに問いかけた。

「これほどの力を見せ付けられてしまうと、所詮「連合」も力のない人の集まりであることを思い知らされる……」
「いえ、彼らが規格外なのですよ。……そう、信じたいです。そうでなければ、我々人類が、文明が無力な存在であることを認めてしまいます」

 トーウンが言う。

「いや、文明は無力だよ。しかし、価値のある尊いものだ。だから、人は人であり続けられる。……トーウン様、中華コロニー群の消滅、アレの予見はありませんでしたよね?」
「はい。ありませんでしたよ」
「……やはりか。その上で第二東岸領に「真理の爾落人」を存在させたのか……。勝算をもってのことだろうとは思うが、なんと恐ろしく危険な手段を……」
「どういうことですか?」

 サーシャはトーウンを一瞥し、答えた。

「デス・スターの宣戦布告はそれ自体が失敗していたんだ。今も中華コロニー群は存在する」
「まさか!」
「爾落人の中には空間すらも司れる力を持つ者がいると聞く。恐らく、レイア様以外にもいたのだろう。……つまり、宣戦布告そのものを無効にできたのだ。しかし、それをせずにレイア様を囮にし、第二東岸領を囮にして戦況を自らのペースに引き込みつつある」
「た、確かに恐ろしいですね」
「しかも、その上で切り札になるレイア様も真理の爾落人も自らの手中に置き、中華コロニー群が無事である事実を伏せている。そして、それは人命を護るという単純な理由では決してない」
「そうですね。……そういう方ならば、このコロニーの惨状も想定していたでしょう」
「むしろ、彼をここに留めさせるようにしたのは、彼の提案だ。これら根回しを宣戦布告の前後で瞬時に行ったことになる。……それを考えると、レイア様、白眼のゴジラを宿す彼、そして関口亮の三人は、決して敵に回したくはない人物だ」

 サーシャは心の底からそう感じた。
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