本編

21


 遠い昔、広い宇宙のある銀河の片隅に存在する恒星の第三惑星に一つの意思が現われた。
 突如として出現したわけではない。
 幾多の星に現われ、そして去る。その繰り返しがあった。
 しかし、その意思は曖昧であった。ある時は形を持ち、またある時は形を持たない。
 一つの存在であったこともあり、同時に複数の存在であったこともあった。
 曖昧でなければ、この世界を維持することができないからだった。
 始まりは、その意志自身の記憶に残されていない。始まりにその意志は存在していなかった。
 しかし、いつしか意志は現われた。別の意思になった。
 そして、その時確かに意志は個であった。ただ一つの存在であった。
 それでも、意志は知っていた。己が完全なる存在ではなく、完全なる存在より生まれた新たな意志であると。
 また、同時に己の中に、その存在が潜んでいることも。
 故に、意志はその存在が己を生み出した意味を問い、またその存在そのものが存在した意味も問い続けた。
 その答えは見つからず、意志はその惑星に現われた。
 惑星は意志が生まれた元となる存在が蒔いた種の一つであった。
 惑星に現われた時、意志は形ある存在であった。
 それは完全なる存在、神に相当する存在が惑星に蒔いた種と同じ、生物の姿をしていた。
 そして、惑星の生物には、その姿に近い姿をした生物がいた。
 意志は考えた。
 この姿こそ、己が存在する意味を知る為の姿であり、この惑星に蒔かれた種にも意味があり、己も曖昧ではなく、完全なる存在へとなれるのではないかと。
 故に、意志はその生物に己と酷似した姿を与えた。
 後に、生物は意志と酷似した姿、知能、技術を持ち、その生物群は自分達を「人」と名乗り、意志を「神」と呼び、意志の指示に従い「人」は、意志の求める「神」を塔の形で再現しようとした。
 意志は、己が「神」を生み出す、もしくは己が生み出した「人」が「神」を生み出せば、己は「神」を生み出した者となり、意志が求める完全なる存在に己を昇華させられると考えた。
 意志にはそれが叶う希望があった。
 惑星には、多くの意志と似た特異なる力を持つ完全なる存在から落とされた者が出現していた。
 惑星は完全なる存在と同一の力を引き込み易い場所であり、意志は惑星が己と同じ一つの意志の姿であることを知っていた。
 意志の望みは、別の完全なる存在の一つによって砕かれた。
 そして、「人」は文明を生み出した。意志は、文明の一つを用意し、他の多くの「人」の姿をした力を持つ者に紛れ、惑星の力との接触し、完全なる存在を生み出す術を手に入れようした。
 意志が「人」に用意した文明の名は、アトランティス帝国。
 意志は、己を複製の爾落人、蛾雷夜と名乗った。
 そして、完全なる存在を蛾雷夜は「神」と呼び、ある者は「佛」と呼んだ。


 

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「違う! 彼らはお前の道具じゃねぇ! ましてや捨て駒なんかではない!」

 おぞましい咆哮を上げたオルガに銀河は語気を荒げた。

『その声! ……まさか後藤銀河か?』

 蛾雷夜はこの場にいることを予想していなかった銀河の声に驚く。

「そうだ。……例えお前が、霊長類に「人」の姿を与えた人類の創造主であっても、彼らの命を粗末にすることは決して許されない!」

 銀河の言葉に一同驚く。

「蛾雷夜が人類の創造主!」

 ローシェは思わず口に手を当てた。他の者も予想が当たり顔を俯く者、驚きつつも表情に出ない者、様々だ。
 しかし、蛾雷夜本人は全く別の反応をしていた。

『……なるほど、真理の力は失われたか。真理の使えぬ真理の爾落人など恐れるに足らぬわ!』

 そして、蛾雷夜は肩から光線を放つ。

「分解光線か! セパレェェェートッ!」

 凱吾は光線到達よりも早く反応し、MOGERAを分離させ、光線を回避する。

「「『『合体!』』」」

 光線とは違う場所へ高速で移動し、一瞬で合体したMOGERAは、両手を前に突き出す。

「ツインスパイラルビィィィームッ!」

 刹那、両手から光線が放たれた。
 光線を左手の甲で防ぐと、オルガは右手を鞭の如く長く伸ばしMOGERAの頭部を叩き潰す。
 火花が散り、MOGERAの左眼のプラズマメーザー砲が破壊される。

「ぐっ! だが、まだ片目だけだ! ドリィィィールアァァァームッ!」

 足のローラーでオルガの右腕から距離を一瞬とり、両腕のドリルに螺旋状の熱を帯びさせ、ローラーを急加速させてオルガの右腕にドリルアームを炸裂させる。
 火花と破片を撒き散らし、ドリルアームはオルガの右腕を粉砕した。

『ぐはっ! こしゃくなぁぁぁ!』

 右腕をゴムのように引き戻したオルガは、咆哮を上げ、失われた腕を再生させる。

「ちっ! 何度でも再生するってことか……このトカゲ野郎がっ!」

 凱吾は叫び、右腕のドリルアームを展開し、スパイラルグレネイドミサイルを放つ。
 続いて、左足を前に出し、左腕からもスパイラルグレネイドミサイルを放った。

「……うまくいったか?」

 MOGERAのスパイラルグレネイドミサイルがオルガに命中して爆発が起こる一方で、MOGERAの背後にいる関口がレイアに問いかけた。
 レイアは平然とした表情で答える。

「えぇ。関口さんに頼まれた通り、蛾雷夜と和夜の繋がりを突き止めて、後藤銀河、心理、真理の情報は全て封じたわ」
「よし。これで、和夜は後藤君がここにいることを知ることはできない」

 関口はニヤリと笑い、頷いた。
 レイアはそんな彼の様子を見て言う。

「関口さん、とても悪い顔ですよ。顔も悪いですが。……あと、この作業は結構集中力を使うので、もう時空の力を使って蛾雷夜の攻撃を阻止することは困難ですから」
「顔は生まれつきだ。……はじめから時空を戦闘に使わないつもりだ。さっきの光線も、GR-1で楯にするつもりだった」
「あの……話が見えないんですが」

 レイアとどんどん話を進める関口にローシェが恐る恐る聞く。
 それに対し、関口は彼女の肩に手を置く。

「勿論、説明するさ。ここからはあなた様の協力も不可欠なので」
「私の?」
「あぁ。……これは和夜の引き起こした個人的な動機によるただの喧嘩だ。だが、それを奴は月ノ民という勢力を使い、全地球人との戦争にしちまったのが今の状況だ。そして、宣戦布告時に奴はデス・スターによって圧倒的な武力を見せた。その上で、条件をつきつけた。つまり、戦争を引き起こす段階でこちら側より優位に立った訳だ。この意味、わかるな?」
「はい。デス・スターは宇宙からの攻撃で地球上にあるコロニーを消滅させられる。圧倒的な威圧をしているんですね」

 ローシェの返答に関口は満足気に頷く。

「そうだ。しかし、いくら奴らでも地球や地球人の全てを滅ぼすつもりはない。だから、条件を飲まない場合は、地球を滅亡させると言ったんだ。恐らく、如何に万物であっても惑星一つ分の生命を作るのは労力が大きいんだろう。あるいは、「G」のメッカである地球を復元しても、再びメッカとなる確証がないのかもしれない。……何れにしても、むやみやたらにデス・スターで地球を攻撃できないのは確かだ。しかし、それでも地球が和夜の人質に取られている状況に変わりはない」
「そうですね」
「だが、先の蛾雷夜の反応で、その優位性が変わった」
「どういうことですか?」
「彼らの条件は、レイア・マァトの降伏と後藤銀河の身柄引き渡し、もしくは死だ。レイアの所在は奴らも知っている。だから、和夜に次ぐ力を持つ蛾雷夜が俺達と戦っている。しかし、奴らにとって危惧すべきは真理の爾落人、つまり後藤君だ。彼が真理を使い、戦況をひっくり返されれば、月ノ民は劣位になりかねない」
「しかし、今真理は使えないのでは?」

 ローシェが言うと、関口は指を振って舌を鳴らした。

「それを和夜は知らない。つまり、和夜にしてみても、後藤君の存在は我々にとってのデス・スターに匹敵する脅威になっている訳だ。そして、先の蛾雷夜は後藤君がここにいることを知らなかった。つまり、和夜も知らない。ここで先の優劣関係は対等になったわけだ。後は、如何にこちらが優位に立てる戦況に持ち込むかだ」
「しかし、それをどうやって?」

 ローシェが聞くと、関口はニヤリと笑った。その言葉を彼は待っていたのだ。

「こんなこともあろうかと、既に策は講じてある。そこでローシェ様の協力が必要なんだ」
「私に何を?」
「サーシャ様に連絡をとってほしい。「帝国」第二東岸領にいる真理の爾落人を援護して欲しいと」
「それはどういう意味ですか?」
「宣戦布告の際に和夜はあなた達の通信に侵入してきた。つまり、通信は奴の監視下だ。ならば、そこで真理の爾落人という言葉がでれば、必ず奴はそれを聞く」
「撹乱ですか? しかし、そんなのはすぐにばれてしまうのでは?」
「いいや。そうとは限らない」

 関口はレイアに合図を送る。
 レイアは頷き、関口達の目の前に空間を開いた。その先に見えるのは、第二東岸領の城壁の前で指揮をとるロボコップと紺碧の青い眼をした三島芙蓉の姿であった。
 彼らはすぐに関口達に気づいた。

「関口さん、レイア様も」
「待たせたな。そっちの状況は?」

 関口が聞くと、紺碧が淡々とした口調で答えた。

「それなりに月ノ民の「G」軍団に苦戦しています。いえ、苦戦しているように見せていますよ。関口さんのよこした援軍も到着しましたし」
「おう! わざわざここまで飛んできたんだ。俺達にいつまで待機をさせてるんだ?」

 紺碧の後ろから黄天が顔を出し、文句を言う。彼の後ろに立つ剣を構えた青年も関口の返答に耳を立てている。

「どういうことですか?」

 ローシェが問いかけると、関口は口元を歪める。不敵な笑みを浮かべ、彼は答えた。

「GR-1だよ。太平洋上で宣戦布告を聞き、一部を彼らに第二東岸領へ応援に行くように頼むメッセージを届けさせていたんだ。勿論、紺碧達にこの芝居を頼むメッセージもな」

 そして、関口はロボコップに視線を向ける。

「ロボコップ……いや、心理の爾落人アレックス。これで駒は揃った。今度はこちら側が月ノ民を欺く番だ。真理の爾落人後藤銀河の名で心理を使い、戦闘を終了させろ! 戦況をひっくり返すぞ!」




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 地球の衛星軌道上に浮ぶもう一つの月、デス・スター。その内部から青い地球を見つめる和夜には地球上の人類と戦う月ノ民の「G」の情報が直接意識の中に流れ込んでいた。
 万物を司る力を持つ彼には、己の力によって生み出した存在の状況を把握することなど造作もないことであった。
 遥か1万4000年前、アトランティス帝国の最高統治者アトラス王になる存在として、蛾雷夜に生み出された時、彼はまだこれほどの力を有していなかった。
 全ては真理の爾落人への復讐をする為に、歳月をかけて集めた力であり、2000年前に銀河との戦いで転生した際に得たものであった。万物の爾落人として、銀河と再び戦う為に手に入れた力であった。
 そして、今の彼にはかつて蛾雷夜から継承された断片的な記憶ではなく、万物の佛が宇宙誕生からこの宇宙中に残した記憶を知ることさえもできる存在へとなりつつあった。
 しかし、まだそれは完璧なものではなかった。事実、銀河の存在を感知することや宇宙誕生以前の世界の記憶は彼も知ることができない。

「……だが、俺は万物の佛になれる存在だ。必ず突き止める」

 和夜は糸の様に細く長い目を鋭く光らせ、意識を地球中に巡らせる。

「!」

 その時、彼の耳が真理の爾落人という言葉を掴んだ。「連合」の通信回線だ。
 和夜は口元を吊り上げた。旧沼津にいるローシェと「連合」総合代表サーシャとの秘匿通信だった。

『わかった。では、真理の爾落人のいる「帝国」第二東岸領に我々からも援護しよう』

 サーシャが頷いた。

『ありがとうございます。蛾雷夜は我々で何とか食い止めますので、真理の爾落人の援護をお願いします。この圧倒的不利な現状を変えられるのは、真理の力以外にありませんので』

 ローシェが申し訳なさそうに言った。

『いや、彼が我々に残された切り札であるのは承知している。君も健闘を祈る』
『ありがとうございます』

 通信は終わった。
 和夜は、細い目を開き、腕を地球に向けてかざした。場所は、アメリカ大陸の「帝国」第二東岸領と「連合」中央コロニーのあるユーラシア西部、かつてヨーロッパと呼ばれていた地域、そしてその間に広がる大西洋であった。

「さぁ、どうする地球人? どうする……ジェフティ?」

 目的地に「G」を送り込んだ和夜は優越感に浸っていた。


 

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「……さて、どうかな?」

 通信を終え、執務室の椅子に深く背をもたれかかせたサーシャは、両手を組んで背後の窓辺にいるトーウンに問いかけた。
 一面張りの窓から中央コロニーを見下ろすトーウンは静かに答えた。

「近く、大量の「G」が死滅します」
「第二東岸領か?」
「他に大西洋上、中華コロニー群周辺、この近くでも」
「見事にかかってくれたということか。……消滅したはずの中華コロニー群周辺というのが気になるが」

 サーシャは視線を前方、執務室の扉の前にいる人物に向ける。
 扉脇の壁に腕を組んで寄りかかって立っていた男は、閉じていた目を開く。サーシャを見るその瞳はホワイトオパール色であった。

「……俺には関係のないことだ」
「そうですか? 既に彼にも見えていない未来が見えているように見えますが?」
「………」

 男は無言でサーシャを睨みつける。
 サーシャも黙って彼を見つめる。

「! そんなっ!」

 サーシャの後ろでトーウンが叫んだ。突如彼は新たな予見をしたのだ。

「どうしましたか?」

 サーシャは男から視線をそらさずに聞いた。

「大変です! このコロニーで大量の人間がまもなく死亡します!」

 トーウンは血相をかいてサーシャに伝える。
 しかし、それを聞いても彼は表情も視線も変えることなく、男に話しかけた。

「それが沈黙の理由ですか。……では、あなた自身、私やトーウンの死は如何ですか?」
「………」

 男は再び無言でサーシャを睨みつつも、今度は舌打ちをして壁から離れると扉を開いた。

「民を殺さないで下さいね」
「確約できんな」

 一言だけ答えると、「旅団」ですらない孤高の男は執務室を後にした。
 まもなく、中央コロニーを上空から月ノ民の「G」軍団が落下し、人口の四分の一が死亡した。
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