本編

19


 大爆発は、コロニーの中心部を完全に焦土と化すほどの威力であった。
 そして、爆発によってゴートは一瞬にして炭化し、それを吹き飛ばされたムジョルニアが打ち砕いた。
 ゴートは飛散し、ムジョルニアは地面に落下した。
 幸い、人々は既に中心部から避難しており、被害には遭わなかった。

「大丈夫か?」

 咄嗟に銀河を体で覆い守ったアレックスが声をかけた。

「あぁ。アレックスは大丈夫か?」
「少し背中が焼けたが、問題ないな? 心配するな、俺の体は機械だ」
「……無理するなよ?」

 銀河はアレックスの炭化した背中を一瞥して言った。

「お前、俺の力が効かないのか?」
「自分に他人の心理の影響を受けないという真理をかけているからな。真理を失って、多少の影響を受けているみたいだけど、完全には効かないぜ?」

 銀河はニヤリと笑ってみせた。
 そして、周囲を見渡す。焦げ臭い。
 一面、焦土と化している。

「派手にやってくれたな? まぁ、ロボは倒せたみたいだけど」
「そうだな?」

 数メートル離れたところの瓦礫が動き、下からウルフとスパイダーマンが抜け出してきた。

「うわぁ、酷いなこりゃ」
「滅却」
「わからないよ。相手はあの渚ユウジだから」

 ピーターがスパイダーマンのスーツを脱いで言った。
 そこへ銀河が駆け寄る。

「朱雀は?」
「いや、わからない」
「まさか、巻き込まれたのか?」

 アレックスが周囲を見渡す。
 一方、その言葉を聞いたピーターが驚く。

「本当に心理を取り戻したのか?」
「まぁな? ……! 「G」か?」

 アレックスは空を見上げる。強力な「G」の気配が突如上空から感じた。
 それはピーターも同じであった。

「なんだ、この気配……これほどの「G」があの方以外にいたのか!」

 しかし、銀河も気配を感じつつ、彼らとは反応が違った。

「巫師がこのコロニーにもいるのか?」
「一般人のほとんどは巫師の素質を少なからず持っているが?」
「復活したのか……」
「どういうことだ?」

 アレックスが銀河に問う。
 しかし、銀河が答える前に、地面に積もった灰が舞い上がり、一箇所に集った。

「まさか!」
「そのまさかだ! GR‐1がこの程度の爆発で破壊できると思ったか!」

 焼け朽ちた建物の上に仁王立ちする白衣の老人が声を高らかに言い放った。

「渚ユウジ!」

 アレックスは忌々しげに叫んだ。
 しかし、渚は不敵に笑い、拳を翳した。

「遊びは終わりだ! GR‐1の本当の姿を見せてやろう! チェェェェンジ! ジャイアント・ロボ!」

 渚の言葉に反応し、GR‐1は先のゴートとは違う人型の姿に変形する。
 それはまるで古典SFアニメに出現するロボットの如く姿であった。

「ジャイアント・ロボだと?」
「そうだ。そして、これこそがGR‐1の真の姿!」

 驚くピーターに渚は答える。
 ジャイアント・ロボは両腕を振り上げ、咆哮を上げた。

「夜のまちに……」
「ガオォ! じゃねぇ! もうあなたがこんなことをする理由はねぇんだ!」

 愉快に歌を口ずさむ渚に銀河は叫んだ。

「ん? ……まさか」
「心理の力を封じて、アレックスを奴らから守る必要も! そんな、ロボットを作って、宇宙から来る「G」に備える必要も! もうねぇんだよ! なぜならぁぁぁぁ……」

 銀河の声に呼応して、地面にめり込んだムジョルニアが光り、飛び上がり、彼の手に吸い付いた。
 そして、ムジョルニアを掴んだ銀河は飛び上がる。

「俺が……後藤銀河が戻ってきたからだぁぁぁっ! ごるでぃおん……くらっしゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 銀河の振り下ろしたムジョルニアからは、雷を帯びた衝撃波が放たれ、ジャイアント・ロボを吹き飛ばす。
 あまりにも一瞬の事に、一同は唖然とする。
 しかし、銀河はそれを気にすることなく、立ち上がり、渚にムジョルニアを向けて言った。

「俺は、ここにいる。……だから、もういいんですよ。関口さん」
「後藤君……」

 渚ユウジと名乗っていた関口亮は、膝を崩して安堵し、笑った。

「知り合いなのか?」

 驚くアレックスに銀河は頷いた。

「あぁ。俺の仲間だ。……あとの問題は、あいつだな?」

 銀河は空を見上げた。
 空から「G」の咆哮が聞こえ、真っ直ぐ急降下する怪鳥の姿が肉眼で見えた。

「こいつは敵か、味方か? ギャオス」

 銀河はムジョルニアを構え、ウルフもグングニルを構える。他の面々も身構える。
 ギャオスは巨大な翼を広げ、月明かりを遮る。

「「「「「!」」」」」

 刹那、一同はギャオスと別に二つの気配を感じ取った。
 一つは西の空から、そしてもう一つは瓦礫の下から。
 そして、瓦礫が吹き飛び、熱風の渦が空に伸びる。
 同時に、西の空から針状の光線が放たれ、彼らとギャオスの間を牽制した。

「「そこまで!」」

 熱風の渦の先端から飛び出してきた朱雀と、西の空から高速で着地した女性が同時に彼らに言った。

「三島さん!」
「ちっ! もう戻ってきたのか」
「あら、私に会えて嬉しくないのですか?」

 空から降りてきた女性に銀河と関口が各々声を上げた。
 その女性、三島芙蓉は紺色の瞳で関口に笑みをかけて嫌味を言うと、銀河を見た。

「やはり後藤さんでしたね。20世紀も女を待たせるとは随分と偉いんですね?」
「毒舌は2000年経っても変わりませんね?」
「たったの2000年で変わるわけがありませんよ」
「矛盾してるぞ?」
「さぁ? それにしても、私のコロニーで随分派手にやりましたね? 渚……いえ、関口亮」

 しれっと、銀河の言葉を交わした紺碧は、関口に言った。

「後藤君が現われて、正体隠す必要がなくなったとわかった途端にフルネームで呼びやがって」
「待ってくれ! 私の?」
「この方が我が第二東岸領妃、領主だ」

 驚く銀河にアレックスが告げる。

「マジで?」

 銀河が聞くと頷くアレックスとピーター。

「俺がここを荒らしたわけじゃねぇ。そいつらが逃したマフィアがN2爆薬をぶっ放したんだよ。まさかの自爆だぞ?」
「ボスが!」

 関口の言葉に朱雀は驚きを隠せない。

「悲しんでいるところ申し訳ないが、疑問があるんだ。なんで、ここにギャオスがいる?」
「……あいつは俺と同じ存在だ」

 朱雀は関口を睨みつつ、答えた。

「同じ存在?」
「あぁ。後藤には話しただろう? 異世界間には同じ存在の者がいると。この世界における俺が、そこにいるギャオスとやらだ。だから、俺はあいつを感じとり、あいつも俺を感じ取れる。長く眠りについていたようだが、俺と突然北部で現われた「G」に反応して覚醒らしい」

 銀河に説明する朱雀。

「俺のことか?」
「いや、恐らくは凱吾だ」
「凱吾君?」
「そうだ。後藤君が戻ってくる時、MOGERAは本当の覚醒をする。その時に、凱吾と動力炉がいる必要がある。だから、彼には後藤君と同じ時代にタイムスリップしてもらった。……桧垣さんの協力で」
「なるほど。……ということは、俺の力も?」
「既にこの時代にある」

 その時、突然銀河を初めとする一同が空を見上げた。
 得体の知れぬ気配を感じたのだ。

「なっ!」
「月が……さっきまで一つだったのに」
「二つになっただと?」

 刹那、二つ目の月から光線が放たれ、続いて月ノ民による戦線布告がなされた。
 そして、銀河、朱雀、ウルフ、関口はギャオスに乗って、沼津を目指して超音速で飛び立ち、残る芙蓉達は第二東岸領で戦いに向かった。


 

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「……ざっとこんな感じだな?」

 そして、話し終えた銀河は湯飲みで緑茶を啜り、深く息を吐いた。

「銀河殿、そのムジョルニアは?」
「あぁ、大きさも自在に変わることに気付いてな? 今は、如意棒に習って耳の中に入れてる」

 ガラテアに聞かれた銀河は右耳から小さなムジョルニアを取り出し、目の前で元の大きさに戻して見せた。

「グングニルとは関係のあるものなのか?」
「いや、同じ宇宙に存在していた「G」という以外に関わりがあるものではないだろうな? もともとムジョルニアはコロニーの人達が付けた名前だし、北欧神話でグングニルを持つオーディンってのは俺のことだしな?」
「そうだな」

 ガラテアが納得した様子で頷く。

「流石は銀河さんですね。目ざとく北欧神話にも足跡を残すとは」

 レイアが冷ややかな眼を向けて銀河に言った。
 銀河が苦笑気味に答える。

「五月ちゃん、前に会った時とは随分印象が変わったね?」
「写し身ではありませんか?」
「いやいや、俺が会ったのは赤ん坊の時と高校生の時だよ」
「……あぁ。あの時ですか。私はとっくに忘れてましたよ。通りがかりに会っただけじゃありませんか」

 レイアが呆れ気味に答えると、銀河はその返答に首をかしげ、程なくして手を打った。

「……あぁ! なるほどな? 何年後に会うんだ?」
「相変わらず、理解が早いですね。果てしなく遠い未来ですよ」
「そうか。そいつは楽しみだな?」

 銀河とレイアは意味深に笑いあう。

「……って、それは今関係ないだろ!」

 瀬上が堪え切れずつっこむ。

「そういや、関口殿は凱吾殿も銀河殿もいつ現われるのか知っていたのではないか?」
「あー? そんなもん2000年も覚えてられないよ。わしは身尽によって生かされているが、本体はただの人間だ。それにわしがどんなに天才でも4010年前後のいつになるか正確な日時まではわからないからな。桧垣さんには、時間のゆがみに合わせて凱吾を飛ばしてもらっただけだ」

 凱吾の腕を直す関口が顔を向けずに答えた。

「だーかーらー! てめぇらは、今の状況がわかってんのか?」

 声を荒げる瀬上に関口は冷静な口調で返す。

「彼女達から聞いたからわかってるさ。オルガが再びここを落そうとし、お前らはレギオンと共に戦ったが、完敗して今俺は凱吾の腕を直している。オルガは五月……レイアの力で足止めしているが、それも時間の問題」
「そこまでわかってるだったら、なんでお前らはそんなにまったりとしてられるんだ?」
「瀬上さん」

 苛立つ瀬上の肩に銀河が手をポンと置いた。

「ここに集っているのが誰だか思い出すんだ。確かに数では、2046年に蛾雷夜と戦った時よりも少ないのかもしれない。だけど、多分ここは今、地球で最強の集団になってるんじゃないか?」
「だが、時空は戦闘意欲なし、真理は力を失い、凱吾はやられ、Jは破壊されて、今戦えるのは俺とガラテア、それと異星人と異世界人。これで何が最強だ!」
「瀬上、わしを忘れちゃ困るぜ?」

 関口がすかさず声を挟むが、それを無視して瀬上は頭を抱える。

「全く、これなら紺碧が来てくれた方が良かったぜ……」
「それはまだわからないぞ? なぁ、関口さん?」

 銀河は関口をみる。彼は満足そうに頷く。

「凱吾抜きでMOGERAが動くのか?」
「動きはする」
「それじゃ!」

 瀬上が関口の言葉に期待の眼差しを向ける。

「動くが、凱吾以外にMOGERAの本領を発揮できる奴はいない。ウルフも悪魔ノ血というMM88と同様の「G」を体内に宿しているが、それでも完全にはその力を引き出せないだろう。当然、わしも同じだ」

 その言葉に瀬上は落胆する。

「それじゃ、意味ねぇだろ」
「! ……来ましたよ」

 突然、レイアが声をあげ、銀河と瀬上の間にレイアが感知した外の景色を浮かび上がらせる。
 愛鷹山に近づくメカゴジラⅡの姿が森の中にあった。

「自分が動けないから壊れかけのメカゴジラⅡを送ったという訳ね。姑息ね」

 レイアに瀬上が苛立つ。

「そんなことを言ってる場合か! さっさと片付けろ! レギオンはまだ戦えないぞ?」
「瀬上さん、あんたが不安なのはわかるが、さっきと違って今はここにわしがいることをよもや忘れたか?」

 関口がニヤリと笑う。

「人の話は最後まで聞くものだぞ? 確かにMOGERAは使えない。だが、わしらにはもう一つロボットがある」
「どこにあんだよ?」

 瀬上が聞くと、関口は黙って天井をさした。

「え?」
「人の話はちゃんと聞いておくものだぞ? もう一つ、わしの新作があっただろ?」
「GR-1とやらのことか? あれは第二東岸領でムジョルニアに破壊されたんだろ?」
「あの程度でGR-1が壊れるわけがなかろう! 来ぉぉぉいっ! ジャイアントォォォ……ロボッ!」

 関口が叫ぶとそれに反応して、上空の雲が竜巻となって地上に降りてきた。そして、竜巻はやがてジャイアント・ロボの姿に変形した。

「GR-1は宇宙戦神を解析して作り出したいわば、予備機。後藤君がいる今、鎧としての役割はない! GR-1、凱吾を、後藤君を、世界を守る楯となれ!」

 関口が叫ぶと、ジャイアント・ロボはメカゴジラⅡに向かった。
 それを見送る関口の背中に銀河が声を漏らす。

「関口さん……」
「後藤君、わし……俺は偽善者だ。だが、偽善であっても結果的に悪にならないのなら、それは善となれるかもれない。凱吾の処置は終わった。後は目覚めるのを待つだけだ。それまでに、俺のできる全てをする」

 そして、関口はジャイアント・ロボに腕時計の端末から指示を出しながら、MOGERAの操縦席に向かう。

「何をするつもりだ?」
「MOGERAはまだ眠ったままだ。凱吾が目覚める前に、こいつを起こさなきゃいけない。後藤君、一緒に来てくれ。あとウルフも、君の悪魔ノ血でG動力炉の試運転をする」
「把握」

 ウルフが関口の後を追ってMOGERAに向かう。
 一方、銀河は関口に聞く。

「何故俺も必要なんだ?」
「君なら、MOGERAのOSを目覚めさせる要素を持っているからだ」
「え?」

 戸惑う銀河だが、刹那レイアが声を上げた。

「新手よ! 蛾雷夜が馬鹿の一つ覚えにマタンゴとジラ、グラボウズの群れを差し向けてきたわ」

 メカゴジラⅡの後に続く「G」の群れを映し出し、レイアが告げる。
 それを受けて、朱雀と瀬上、ガラテアが立ち上がった。

「ウルフ、後藤。先に行ってる」
「といっても、遅れて来ても残り物があるかはわからないけどな」
「銀河殿達はMOGERAを頼むぞ」
「お、おい!」

 呼び止めようとする銀河だが、彼らは何も答えずに外へと向かっていった。

「……二人とも、中に入るぞ」

 操縦席の扉を開いた関口が二人を呼んだ。





 

 メカゴジラⅡと「G」軍団は地響きと土煙を伴って、旧沼津地域北部まで迫っていた。
 しかし、まだ旧開発部までは距離があり、人の足で接触すると時間もかかり、2046年同様に篭城戦を強いられることになる。

「山岳部か沼津盆地で食い止めたいところだな」

 外へ出た瀬上が、遥か東方で立ち上る土煙を見て言った。

「それなら、問題はない。……飛ぶぞ!」

 朱雀が待機していたギャオスに向かって声をかけた。
 ギャオスは翼を広げ、片足を彼らの前に差し出した。

「なら、俺も……ソルジャーを借りるぞ!」

 瀬上が傷ついたマザーレギオンに言うと、その腹部から一体のソルジャーレギオンが飛んできて、彼の背中を掴んだ。

「有無」

 朱雀は頷くと、ギャオスの足に飛び乗った。ガラテアもその後に続く。

「待ってくれ!」

 ギャオスが飛び立とうとするところに、イヴァンがメーザーライフルを持って走ってきた。

「自分も行く」
「それはここにあった骨董品だぞ? 死ぬぞ?」

 ガラテアが言うと、イヴァンは笑った。

「弘法は筆を選ばぬものですよ」
「凱吾殿は?」
「ローシェ様がついています。今、自分にできることは、ここを守ることです」
「しかし……」
「乗れ!」

 ガラテアが躊躇していると、朱雀が顎を上げて言った。イヴァンはそれに従って、ギャオスの足に乗る。

「火漸殿!」
「こいつは死なせない。それで問題はなかろう。……戦に参るぞ!」

 刹那、ギャオスとソルジャーレギオンは東方の空へ向けて飛び立った。





 

 一方、MOGERAの操縦席へと入った関口は、三席ある内の中央奥の席に座り、電源を立ち上げた。

「灯りがついた」

 室内の灯りが点いたことに銀河が感嘆の声を上げた。

「当たり前だ。……さて、ここからが本番だ。電源はガラテアのお陰で20世紀前のままだが、この鉄の城を機動させるにはG動力炉とここランドモゲラーに直結させ、下部のスターファルコンと連動、分離時用のマイクロウェーブ変換システムと同期させないといけねぇ!」

 次々に中央モニターに表示されていくウィンドウの文字を見ながら、関口が言った。

「そんなこと、短時間でできるのか?」
「不可能」
「その不可能を可能にするのが、MOGERAのOSだ! どこで眠ってやがる!」
「OSって、これを起動させているLi何とかじゃないのか?」
「こいつは、下地だ。フリーOSでMOGERAを掌握しきれるわけがない。あいつが、この京をパク……参考にして作ったサーバーのディレクトリのどこかに眠ってるんだ! そして、それを起こすのに、後藤君、君が必要なんだ! 音声認証を採用して正解だったぜ!」

 関口は早口で話しながら、音声認証システムを起動させた。

「これで、ここで発した音声は高感度マイクから直接サーバー内に届く。別ユニットとしてガンヘッドのものを直接移植しているから、問題ないはずだ!」

 関口はそう言うが、当の銀河は話が飲み込めていない。

「何を言えばいいんだ?」
「後藤君には一寸父親役になってもらう。想像してみてくれ。愛娘を起こす父親なら、なんていう?」
「それは……おはよう。朝だよ、そろそろおきなさい」

 腕を組みながら銀河が答えた瞬間、モニターの表示形式が変わり、室内の全制御パネルが機動を始めた。

「!」
「ど、どういうことだ?」
「成功だ!」

 驚くウルフと銀河を尻目に、関口はニヤリと笑った。
 そして、モニターに突如、寝ぼけ眼を指でこする若い女性の姿が現われた。

『ん~? お父さん、あと5分寝かせてぇ~』
「母さん! ……いや、睦月?」
『ふぁ? ……えっ! 誰っ? きゃぁぁぁっ! 変態っ!』
「………へ?」

 悲鳴を上げる女性の映像に銀河は頬を引きつらせながら、関口を見る。

「紹介しよう。彼女こそ、本当の麻美睦月。イリスに肉体を奪われて電送の爾落人となった少女、ムツキだ」
『ひやぁぁぁっ! キモイ老人が私の名前呼んだぁぁぁっ!』

 しかし、当のムツキ本人は悲鳴を上げ続けている。

「……寝ぼけやがって! 関口亮だ! 2046年の戦いを忘れたのか?」
『え……? えぇ~っ! 嘘! そんな老けちゃったの? 元々老けてたけど』
「ナイスミドルと呼びやがれ! ……まぁいい。今は4010年だ。そして、お前を起こしたパパ代理が、この後藤君だ」
「どうも、後藤銀河です」

 関口に紹介されて会釈をする銀河を、ムツキはまじまじと見つめる。

『本当に、お父さんの若い頃にそっくりなのね』
「それを言ったら、あなたは母さんの若い頃にそっくりだぞ?」

 ムツキの顔は電送の爾落人となった際に、当時の年齢に見合った容姿に変更されている。その為、老化やイリスと融合していた麻美睦月の肉体よりも、後藤真理の容姿に酷似していた。

『まぁ、その辺の事情は聞いているわ。お父さんが失踪した後に、一度ゴシップサイトでサンジューローがお父さんではないか? って噂が流れたこともあったし。冷静になれば、驚くほどの事でもないのよねぇ~』
「初耳だな? ゴシップサイトって……流石は電送人間だな?」
『電送人間ってホラーの怪人みたいじゃないの! 私は、電送の爾落人よ。ヤフオクから免税サイトまであらゆる通販サイトに精通し、懸賞サイトとSNSやブログで稼いだお小遣いで、株やFXを当てて、会社員の旦那の老後を保障したカリスマ主婦ムツキよ!』
「……それ、本当にただのカリスマ主婦だろ?」

 胸を張るムツキに銀河が呆れ気味につっこむ。
 隣で関口が額に手を当てて溜め息をつく。

「まぁ……なんだ。このムツキは一見極普通のカリスマ主婦であるが」
「いや、どう考えても普通じゃないぞ?」

 すかさずつっこむ銀河を無視して関口は続ける。

「このムツキには秘密がありました。カリスマ主婦ムツキは、なんと電送の爾落人だったのです」
「いやいや。だから、逆だろ? 電送の爾落人の正体がカリスマ主婦だったんだろ?」
『でへへぇ~。そんなにカリスマ主婦って褒めないでよぉ~。お父さん似のイケメンに言われると照れるわぁ~。でも未亡人とはいえ、私は永遠に旦那一筋だからぁ~』
「完全に論点がずれてるぞ?」
「そうだ。後藤君は伏し目がちでマニア受けしやすいイケメンだが、ヘタレだ!」
「あなたに言われたくはない!」
「………」

 コント状態になった会話にいい加減苛立ったウルフが、無言でグングニルを掴む。
 突如、一同は会話を改める。

「さて、つまりは彼女がMOGERAのOSなのだよ」
『OSのムツキです!』
「なるほどな? それで凱吾一人でもMOGERAは操縦可能だってことなんだな?」

 そして、力強く頷く一同。
ウルフがグングニルから手を離す。
 安堵する一同。

「粗方の情報は、開発部のデータベースに入っているから参照してくれ。操縦者の凱吾もこの時代にいるが、今は負傷して眠っている。彼が目覚めるまでにMOGERAを完成させたい」
『G動力炉を直結させて連動すればいいのよね? あと、マイクロウェーブだっけ?』
「そういうことだ」
『任せて! こんなのお茶の子サイサイよ。…………できたわ♪』
「えっ、もう?」
「早っ!」
『当然よ。ここは私の家よ。新しい家具や家電を掌握しないでカリスマ主婦は名乗れないわ!』
「「「………」」」

 もう誰もつっこまなかった。
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