本編
16
かつてアメリカ合衆国ニューヨーク州と呼ばれていた大陸東部の荒野にあるコロニー、「帝国」第二東岸領は「帝国」建国以前に作られた世界最古のコロニーの一つである。
壁に埋め込まれたプレートに刻まれたそんな解説を読みながら、後藤銀河は再度壁を見上げた。そこには要塞都市と表現するのがもっとも適切なコロニーの城壁が万里の長城かと錯覚するほどに続いていた。
銀河は嘆息すると、再度プレートを見た。英文で書かれたそのプレートの隅に『3756年4月 渚ユウジ寄贈』とプレートが設置されていた。
「み・な・ご・ろ・し……覚えやすいな?」
とはいえ、まだ正確な時代がわかっていない銀河にとって、これは重要な情報であった。プレートは合金であることは質感から伺えるが、それが古いものであってもどれほど昔のものかは皆目見当がつかない。少なくとも3756年よりも先の時代であることは間違いない。
城壁の入口を探して、銀河が周囲を見回していると、遠方から光る物体が飛来してきた。
次第にそれははっきりとその全容を見せてきた。飛行機能を有したトレーラー型の乗り物だった。
「……一か八か、やってみるか? おーい!」
銀河はトレーラーに向かって大きく手を振った。
暗がりで手を振る銀河の姿を目視することなどは不可能かと思えたが、意外にもトレーラーは銀河の目の前で着陸した。
側面のドアが開き、男が降りてきた。和服を着て腰に刀を差し、男にしては長い髪を雑に一つに纏めている。無精ひげを生やした頬には刀傷が薄っすらと残っている。
「驚いた。本当に人間とは……ん?」
男が銀河を見て何かを感じ取ったのか、彼は銀河に近づいてきた。
しかし、銀河には男から「G」の気配は感じ取れない。だが、ただの人とは違う異質な気配は感じる。
「どうした? 朱雀、大丈夫か?」
ドアからもう一人老人が降りてきた。白人で眼光が鋭く、腰には年代物の装飾銃がかけられていた。
銀河は盗賊の類に出会ってしまったと瞬時に感じた。
「ボス、この男……恐らく爾落人という者だ」
男が老人をボスと呼び、銀河のことを伝えた。
老人は銀河に近づく、男が腰の刀に手をかける。
「貴様、爾落人か?」
「……あぁ」
老人は銀河を覗き込む様に聞いてきた。銀河が頷くと、更に問いかけた。
「名は?」
「後藤銀河」
「能力は?」
「真理……だった」
「心理? ほぅ……珍しい。先々代が一度会ったというが、貴様か?」
「恐らく違うな? それから、人にあれこれ質問する前に……お前の名を名乗れ!」
「今更名乗る名はない」
老人は、銀河の命令には従わずに答えた。
薄々感づいていたが、銀河はこの時自分が能力を失っていることを理解した。
「なら、その男と同じくボスと呼んでいいか?」
「好きに呼べ。なぜこんな城壁の外でわしらに手を振った?」
「ちょっとした事情でな? 入り方がわからない」
「……くくくっ! ガハハハハッ!」
ボスは突然笑い出した。
そして、男に向かって言った。
「おい、朱雀。お前以外にも、世間知らずがいたぞ!」
「そのようだな」
ひとしきり笑い終えると、ボスは銀河に言った。
「……乗れ。ただし、中でその一寸した事情とやらを聞かせてもらう。事と次第によっては、わしらと共に極北領から避難したことにして、コロニーの中に入れてやる」
ボスは不気味にニヤリと笑った。
その後、銀河は事情を話し、彼らから現在、4010年の状況と極北領壊滅についての話を聞いた。
そして、朱雀と呼ばれていた男は、自らを異世界人の朱雀火漸と名乗った。
第二東岸領内に無事難民として入った銀河達は、レンガ造りの洋館に案内された。
「ここはわしの一族が所有している洋館だ。これがあったから、わしらは極北領姫の指示した中央や「連合」には行かなかった訳だ」
ボスは自慢げに語った。
洋館内の装飾品や壁にかけられている装飾銃器を見て、銀河は自分の勘が全くの間違いではなかったことを理解した。ボスというのは、マフィアのボスという意味だった。
「この館、極北領と全く同じ構造なんだな?」
「わかりやすいからのぅ……。おら、貴様らさっさと運び込め!」
朱雀に答えたボスは、他の手下達に命令し、次々にトレーラーから荷物を運びいれさせた。
その様子を壁に寄りかかり眺める朱雀に近づき、銀河は彼に話しかけた。
「あなたはいつからこの世界に?」
「ん? ……一月程前だ。極北領内に出たのはよかったが、勝手を掴めずにいたところをボスと出会った。……ボス自身ではないが、同じ存在の人物とかつて別の世界で会ったことがある」
「平行世界という奴か?」
「あぁ。それで、ある程度の期待を持って、事情を話して用心棒として雇われた」
「その世界でもボスはマフィアで俺は爾落人なのかね?」
「ボスは同じだ。その勢力展開や時代は違ったが。……お前と同じ者がいるかは知らんが、爾落人や「G」は存在しない。代わりに違う力が世界を滅ぼすほどの影響を与えていた。それは、どの世界も似た様なものだ」
「一体、今までいくつの世界を?」
「大した数ではない。元々の世界で俺は日本の京に生まれ育ち、我が家伝統の朱雀流百式剣法を鍛え改め、世を変える為に藩から抜けて、流浪の旅に出た」
「藩って……江戸時代の生まれなのか?」
「後の世ではそう呼ばれている時代らしい。……その旅の道中に、時空をあの世界の力によって飛ばされ、凡そ10万年後の世界に出た。……丁度、今のこの世界はあの世界に似ている。もっとも、あちらの世界はここよりも窮屈な環境だったが」
「その力でこの世界にも?」
「まぁな。その世界で色々あってな。もう一人のボスと出合った例の世界に飛ばされ、俺は一度死んだ」
「死んだ?」
お前もか? という言葉を飲み込んで聞くと、朱雀は苦笑混じりに答えた。
「少々特異な世界だったんだ。『終焉する世界』と俺は呼んでいる。この世界では1999年に人類滅亡の予言とやらは存在するか?」
「あぁ……あったな? 丁度俺が子どもの頃だ。何もなかったけどな?」
「つまりは、そいつが起こった世界だ。その特異故に、幸い俺は生き返った。それ以来、分かりやすく言えば、俺はお前達爾落人と似た様な次元の理から逸脱した存在になった」
「俺が感じたものはそれだったんだな?」
「恐らく。そして、俺は次元の隙間が見えるようになり、別の世界へ渡った。戦国時代で、北の小国だった。そこで、山神と仙人からこの剣、颯霊剣と霊力を授かり、邪神を倒し、この世界へ来た」
「霊力?」
「霊魂や精霊の力だ。神通力とも言われる力に似ている。この世界では、「G」の力が恐らくそれに当たる力だ」
「その剣も何か力があるのか?」
「あぁ。元々は護国聖獣婆羅陀魏山神という……この世界で言うところの怪獣級の「G」を封じていた霊剣だ」
朱雀はゆっくりと腰にかけた颯霊剣の長い刃を抜いた。刃が反対側にとがれた逆刃刀であった。
「長いな?」
「あの世界の伝承で荒ぶる神をも退け封じる十握の剣と語られていたもので、颯霊剣も本来はフツノミタマノツルギの当て字だ。この世界でも同じか?」
銀河はすぐに返事をすることができなかった。同じも何もない。現在は宇宙戦神と共に失われているが、彼の所有する蛇韓鋤剣は別名十握剣であり、伝説上フツノミタマノツルギと同一とされているのだ。
しかし、形状は全く異なり、聞いた限りの性質も若干異なる。
「……あぁ、性質は少し違うみたいだけど、伝説は同じだな?」
「……そうか」
朱雀は銀河の反応に何か気づきつつも、それ以上は言葉を発さずに剣を鞘に戻した。
やがて荷物の搬入が終わり、一同が荷物整理にかかる前の寸暇を過ごしていると、突如コロニー中に警報が鳴り響いた。
警報に真っ先に反応したのは、用心棒の朱雀であった。朱雀は窓を開けて外に飛び出した。続いて、銀河とボスも玄関から外へと飛び出す。
警報はコロニー城壁から発せられており、サーチライトが四方八方に灯っているが、対象を捉えている様子はない。
「一体何が起きているんだ?」
「わからない。……が、何かが侵入したのは間違いない。見ろ、灯りは内部だけを照らしている」
朱雀が城壁の光源を目で示して言った。その両手は刀を握り、いつでも抜ける構えをしている。
銀河も緊張して周囲の気配を探るが、全く異常な気配を感じ取れない。
そうしてキョロキョロと銀河が周囲を見回していると、朱雀が突然刀を銀河に向かって抜いた。
「どけっ!」
「へ? ぐはっ!」
銀河は朱雀に蹴り飛ばされ、庭の植え込みに頭から倒れ込んだ。
一方、朱雀は目にも留まらぬ居合い切りで銀河の立っていた場所に飛んできた何かを切り落とした。一瞬、剣から風が舞い起こり、金属音と共に二つに割れたそれは地面に突き刺さった。
二つに切断された物体は、刃が仕込まれた円盤状の武器であった。
「零式改」
朱雀は小さく型の名を呟き、剣を一方に構える。彼には物体が飛んできた方向を見切っていた。
「……やっぱりこのパターンか? って、うわっ!」
銀河が植え込みの中から這い出して来ると、銀河の目の前に光線が襲ってきた。
慌てて回避するが、光線は次々と銀河を狙う。しかし、まるで避ける銀河を弄ぶように決して銀河に当てようとしない。
「……見えないのか」
そんな銀河を尻目に朱雀は、光線が何もないところから放たれており、僅かに聞こえる足音から敵が姿を見えない細工をしていると見抜いた。
「ならばっ!」
次の瞬間、朱雀は地面を蹴り上げ、足音のする方角に飛び掛り、右手を剣の鍔に押し付けて胴の構えのまま身を翻した。
「三式ぃ……改ぃぃぃっ!」
朱雀は洋館の屋根にまで達し、円を描いた突風が屋根の上に積もった落ち葉を吹き飛ばす。同時に、剣先が何かを切り、空間に蛍光緑の液体が一本の線を引いた。
屋根に着地した朱雀は、再び剣を構える。
「何奴だ?」
「………」
目には見えないが、そこには確かに何者かがいる。そして、相手が自分を遥かに凌ぐ殺気を纏っていることも全身で感じ取っていた。
「答えろ! 何故、後藤を狙う!」
「………!」
それは突如爆発した。それ自身が爆発したのではない。朱雀には見えていた。
隣の敷地の建物の屋上から放たれた弾を、それはギリギリのところで光線で爆発させていた。
咄嗟に朱雀は射撃点に視線を向けた。爆音で自分達の方向に集中したサーチライトの逆光で、その姿ははっきりと見えないが、大型銃器を構えた男であった。
「……なっ!」
視線を戻した朱雀は絶句した。爆発の影響で相手の光学迷彩がとけ、姿が露見していた。
人型だが、人間よりも一回り大きな筋肉質な躯体に爬虫類などのうろこ状の皮膚、金属質であり威嚇的なマスクと後頭部から伸びる無数の管がドレッドヘアーの様に伸びている。左肩には光線の発射装置があり、背中にはスピア、腰には鞭、右腕のガントレットには鍵爪状の刃が、左腕には別の形状のガントレットが装備されている。
戦士や狩猟者、暗殺者という言葉が似合うそれは、朱雀を一瞥すると笑うかの様に低い顫動音を鳴らし、屋根を走って隣の建物へと飛び移った。
朱雀は追跡を躊躇すると、下からボスが叫んだ。
「朱雀! わしらのことを気にするな! それよりも、わしの庭を荒らしたのみならず、わしの客人を狙った罪は万死に値する! 追うんだ!」
その一言を聞くや否や、朱雀も屋根から隣の建物に向かって走り出した。
「無茶だ、遠すぎるぞ?」
銀河が叫ぶが、朱雀は構わず剣を構え、喉が千切れんばかりに叫びながら屋根を蹴った。
「朱雀流百式剣法改奥義………百式かぁぁぁぁいっ!」
飛び上がった瞬間、颯霊剣から竜巻が巻き起こり、朱雀の全身を包んで、隣の建物の屋上まで上昇していった。
「風の力?」
銀河が呆けていると、ボスが言った。
「爾落人よ、すまないが出入りに付き合ってもらう」
そして、彼は眼光を一層強く輝かせ、手下達に叫んだ。
「野郎どもっ! 対空地艦ミサイル砲を用意しろぉぉぉっ!」
朱雀が屋上に着地すると、目の前では謎の敵と男が戦闘を繰り広げていた。
男は、白人の筋肉質が服の上からでも分かる躯体で、全身を黒革の上下で包み、黒いサングラスをかけたオールバックヘアーの姿で、ショットガン型のレールガンを使って、周囲をかけまわる敵に向かって攻撃していた。
しかし、敵も素早く身をこなし、銃撃を回避し、隙を見て肩のプラズマ砲から砲撃で応戦する。
遂に一発が男に直撃し、その体が壁にめり込んだ。衝撃と共に壁にヒビが入る。
「………!」
男が割れたサングラスの奥から赤い光を点して敵を見つめる中、敵は腰の鞭で男の首を壁もろとも切り落とした。
崩れ落ちる壁の下敷きになり、男は沈黙した。
「……刃が仕込まれている訳か。面白い」
朱雀は剣を構えて、敵に言った。
敵は、次の獲物を見つけたかのように、朱雀に向かってマスクから三点の赤いレーザーを当ててロックオンする。
「俺をやるなら、やる前に名を名乗れ」
『名を名乗れ』
朱雀の言葉を敵はオウム返しした。
「いいだろう。姓は朱雀、名は火漸」
『うぐふ……うるふ……』
「ウルフ?」
『ウルフ・ザ・クリーナー』
「よかろう! 参れ、ウルフ!」
朱雀の言葉を理解したウルフ・ザ・クリーナーはロックオンを解除し、鞭で攻撃を仕掛けてきた。朱雀は手首を捻り、鞭をはじく。
「遅い! 四十四式ぃぃぃぃ改っ!」
朱雀は突きの構えでウルフにかかるが、ウルフは身を翻してそれを回避する。
しかし、朱雀の攻撃は突きだけでなく、その周囲の空気を切り裂き、ウルフの体を無数に傷つける。
再びウルフは顫動音を立て、朱雀を挑発する。全身が蛍光緑の血液に染まっているが、全ての傷が浅い。
「ウルフ、貴様も「G」か?」
『忘れた』
鞭を振るうウルフ。
「忘れた? 故郷は?」
剣で防ぐ朱雀。
『ない』
「ないだと?」
朱雀は牽制しながら問う。
『我が母星、我が滅した』
「何故?」
『狩る為』
ウルフは鞭を自在に操り、朱雀に隙が生まれるのを狙う。
「後藤をか?」
『和夜』
「あいつは後藤銀河だ。お前の仇ではない!」
『同じ』
その時、朱雀とは別の声が叫んだ。
「違う!」
息を切らせた銀河が階段の出口に立っていた。
「隙あり! 三式改!」
ウルフが銀河に注意がそれた瞬間、朱雀は三式改で斬りかかり、ウルフの鞭を根元から切り捨てた。
そして、朱雀は剣先をウルフの首に突き立てる。
「俺は和夜じゃない。俺は真理の爾落人、後藤銀河。和夜と戦って相打ちになって、ここにいる。和夜は、生きているのか?」
『生きている。この星に、いる』
「!」
衝撃を受ける銀河に、事情を飲み込め切れない朱雀が聞く。
「どういうことだ? ここにいるということは、お前が戦ったという爾落人がその和夜という者なのか?」
「そうだ。同化の爾落人、和夜だ」
『違う』
「え?」
『万物の爾落人、和夜』
「……そういうことか」
「どういうことだ?」
朱雀が聞くと、銀河は答えた。
「奴は本物の万物の爾落人になったんだ。俺と戦った時は、万物の力を模擬したに過ぎなかったが、あいつは俺との戦いで一度死んで、蘇ったんだ。そして、万物の爾落人に、なった」
「少し話についていけないが、お前とこいつの仇は同じということか?」
「そうなるな?」
銀河の返事を聞くと、朱雀は剣をウルフの首から下ろした。
「ならば、殺す理由はない。誤解ならば、それも解けた」
『……奴ら、理由ある』
「あ? ……っ!」
朱雀は視線をボスの庭に向けて愕然とした。巨大なミサイル発射砲台が自分達に向けられていた。
「ボス! 後藤を狙ったのは誤解だった!」
「知るか! わしの庭を荒らしたこと、それが罪名だ! そして、判決は下されておる。死刑だ! ガハハハハハッ!」
ボスは拡声器で大笑いをする。
「……やはり、この世界でもあの男はこうだということか」
「朱雀、彼奴を庇うか? ならば、用心棒はお役御免だ! 貴様諸共死刑確定よ!」
「く、狂ってるな?」
「いや、あの男にとっては普通のことだ。……ならば、俺達は今から敵同士だ!」
「よかろう! お前ら三人などわしにかかれば瞬殺じゃ!」
ボスの言葉に銀河は慌てて人数を確認する。
「ちょっ! 俺は違っ!」
「逃げるぞ!」
「撃てぇぇぇぇっ! ガハハハハッ!」
「へっ? ぎゃぁぁぁぁ!」
銀河はウルフに首根っこを掴まれ、朱雀と共に屋上から隣の建物に飛び移った。
刹那、彼らがいた建物はボスの放った対地空艦ミサイル砲によって爆発、粉砕された。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
晴天の下、庭園にマイトレヤがあの日と同じ様に立っていた。
違うのは、彼女の纏う衣が神官のみに許されたものであることだ。
「また来たのか?」
庭園に来たジェフティが彼女に話しかけた。
「えぇ。いけませんか?」
「いや、今は何も咎める理由がない」
「ならば、お黙り下さい。私の安楽の時間なのですから」
「……アトラス王に取り入るとは、貴様もやるな?」
ジェフティは彼女の隣に立つと、淡々とした口調で言った。
「人聞きの悪いことを申しますね」
「しかし、アトラス王は貴様を妃にと考えていると聞いたぞ?」
「ふっ……1万年早いですね。私はこの国の滅亡を予言する為に来たと申したはずです」
「語彙が変わったな? 貴様もその一人だろ?」
「記憶力が良いこと。……たった一万年前の事も忘れる癖に」
「ん?」
「なんでもありません。独り言です」
そして、マイトレヤは再び遥か霞みの先に見える塔を眺めた。
「あれはおそらく完成は叶わぬだろう」
ジェフティがおもむろに言った。
「聞きました。あの塔は遥か遠くの地にあるのですね」
「あぁ。この都が栄える前、あそこ……バベルの地が最も栄えていた。世界のすべてが、バベルに集まっていた」
「バベルの塔……」
「そうだ。塔は神の世界へ達するまで伸ばそうと人々の挑戦、繁栄の象徴だった」
「しかし、完成はしない?」
「あぁ」
ジェフティは石畳を歩いていき、庭園の端で立ち止まり、塔を指差した。
「遥か昔の話だ。塔建設の全盛期にバベルの外れに生まれた一人の少年が塔へ向かった。知識を求めていた。彼の望みはすぐに叶った。まだ人々は同じ言葉を解し、同じことを考え、思っていた。少年もはじめは同じだった。しかし、知識を得て、日々築かれる塔を見上げる内に、彼は疑問を抱いた」
「疑問?」
「己は何者なのか? 少年も、他の者達も、男女の違いはあったが、個ではなかった。名前もなく、服も同じ。集団の中での優劣位が自他を分ける唯一のものであったが、それすらも曖昧なものだった。当時、まだ人は神の傀儡にしか過ぎなかった。やがて少年は知識を昇華させて悟った。……いや、自問した」
ジェフティはマイトレヤを見て、口を開いた。
「一体、何を?」
「生まれる前の己が何であったか? そして、彼は啓示を受けた……というのも違うな? 自答したのだ。周囲にいる者達と己が違う存在であると。彼は人を創造した神ではなかったが、神たる存在の化身だった。同時に、神の傀儡から離れられぬ人を嘆き、少年は塔の頂に立ち叫んだ。
『俺は俺だっ! お前たちも、誰一人同じじゃねぇ! 人は集団で一つの命じゃねぇ! 一人一人が違う心のある別の命だっ! バラバラな生き方だって、考え方だって、いいじゃねぇか! 姿も、名前も、言葉も、食事も違くてもいいじゃねぇか! それでも、素晴らしいものには誰でも心は動くし、志や愛が通えば仲間や家族はできるはずだ! それが人の生まれ持った力だ! だから、自分に気付ぇぇぇええええええええっ!』
少年の声は瞬時に人々の心を目覚めさせ、バベルから人々は去った。そして、一部の志を持った者は仲間達と共にこの地に渡り、都を築いた。それが、このアトランティス帝国だ」
「その少年が、後の貴方ですね?」
「あぁ。我も幾多の国や大陸を渡り、この地に流れ着いた。そして、人の知識を求めて神官になった。他の国とも言葉を交わし、知識の繁栄を促している」
「繁栄ですか。……貴方の知識がどこで培われ、何を生み出したのかは見当がつきます。ニライカナイにでもいたのでしょう」
「如何にも。……やはり、貴様は例の研究を悟ってこの地に来たのか?」
「だとしたら? 貴方はまだ事の詳細を知らないのでしょう?」
「貴様は知っているのだな? ガイアの「G」が何をもたらすのか?」
「当然です。それが私の役割ですから」
「アトラス王と科学者達が何をしようとしているのか?」
「えぇ」
「教えろ!」
ジェフティは真理を使うが、マイトレヤは以前同様に時空の力で真理を無視し、涼しい顔で告げた。
「私に真理は通用しないと申したはずよ? それにまだ教えることはできません。それが私の役割ですから」
かつてアメリカ合衆国ニューヨーク州と呼ばれていた大陸東部の荒野にあるコロニー、「帝国」第二東岸領は「帝国」建国以前に作られた世界最古のコロニーの一つである。
壁に埋め込まれたプレートに刻まれたそんな解説を読みながら、後藤銀河は再度壁を見上げた。そこには要塞都市と表現するのがもっとも適切なコロニーの城壁が万里の長城かと錯覚するほどに続いていた。
銀河は嘆息すると、再度プレートを見た。英文で書かれたそのプレートの隅に『3756年4月 渚ユウジ寄贈』とプレートが設置されていた。
「み・な・ご・ろ・し……覚えやすいな?」
とはいえ、まだ正確な時代がわかっていない銀河にとって、これは重要な情報であった。プレートは合金であることは質感から伺えるが、それが古いものであってもどれほど昔のものかは皆目見当がつかない。少なくとも3756年よりも先の時代であることは間違いない。
城壁の入口を探して、銀河が周囲を見回していると、遠方から光る物体が飛来してきた。
次第にそれははっきりとその全容を見せてきた。飛行機能を有したトレーラー型の乗り物だった。
「……一か八か、やってみるか? おーい!」
銀河はトレーラーに向かって大きく手を振った。
暗がりで手を振る銀河の姿を目視することなどは不可能かと思えたが、意外にもトレーラーは銀河の目の前で着陸した。
側面のドアが開き、男が降りてきた。和服を着て腰に刀を差し、男にしては長い髪を雑に一つに纏めている。無精ひげを生やした頬には刀傷が薄っすらと残っている。
「驚いた。本当に人間とは……ん?」
男が銀河を見て何かを感じ取ったのか、彼は銀河に近づいてきた。
しかし、銀河には男から「G」の気配は感じ取れない。だが、ただの人とは違う異質な気配は感じる。
「どうした? 朱雀、大丈夫か?」
ドアからもう一人老人が降りてきた。白人で眼光が鋭く、腰には年代物の装飾銃がかけられていた。
銀河は盗賊の類に出会ってしまったと瞬時に感じた。
「ボス、この男……恐らく爾落人という者だ」
男が老人をボスと呼び、銀河のことを伝えた。
老人は銀河に近づく、男が腰の刀に手をかける。
「貴様、爾落人か?」
「……あぁ」
老人は銀河を覗き込む様に聞いてきた。銀河が頷くと、更に問いかけた。
「名は?」
「後藤銀河」
「能力は?」
「真理……だった」
「心理? ほぅ……珍しい。先々代が一度会ったというが、貴様か?」
「恐らく違うな? それから、人にあれこれ質問する前に……お前の名を名乗れ!」
「今更名乗る名はない」
老人は、銀河の命令には従わずに答えた。
薄々感づいていたが、銀河はこの時自分が能力を失っていることを理解した。
「なら、その男と同じくボスと呼んでいいか?」
「好きに呼べ。なぜこんな城壁の外でわしらに手を振った?」
「ちょっとした事情でな? 入り方がわからない」
「……くくくっ! ガハハハハッ!」
ボスは突然笑い出した。
そして、男に向かって言った。
「おい、朱雀。お前以外にも、世間知らずがいたぞ!」
「そのようだな」
ひとしきり笑い終えると、ボスは銀河に言った。
「……乗れ。ただし、中でその一寸した事情とやらを聞かせてもらう。事と次第によっては、わしらと共に極北領から避難したことにして、コロニーの中に入れてやる」
ボスは不気味にニヤリと笑った。
その後、銀河は事情を話し、彼らから現在、4010年の状況と極北領壊滅についての話を聞いた。
そして、朱雀と呼ばれていた男は、自らを異世界人の朱雀火漸と名乗った。
第二東岸領内に無事難民として入った銀河達は、レンガ造りの洋館に案内された。
「ここはわしの一族が所有している洋館だ。これがあったから、わしらは極北領姫の指示した中央や「連合」には行かなかった訳だ」
ボスは自慢げに語った。
洋館内の装飾品や壁にかけられている装飾銃器を見て、銀河は自分の勘が全くの間違いではなかったことを理解した。ボスというのは、マフィアのボスという意味だった。
「この館、極北領と全く同じ構造なんだな?」
「わかりやすいからのぅ……。おら、貴様らさっさと運び込め!」
朱雀に答えたボスは、他の手下達に命令し、次々にトレーラーから荷物を運びいれさせた。
その様子を壁に寄りかかり眺める朱雀に近づき、銀河は彼に話しかけた。
「あなたはいつからこの世界に?」
「ん? ……一月程前だ。極北領内に出たのはよかったが、勝手を掴めずにいたところをボスと出会った。……ボス自身ではないが、同じ存在の人物とかつて別の世界で会ったことがある」
「平行世界という奴か?」
「あぁ。それで、ある程度の期待を持って、事情を話して用心棒として雇われた」
「その世界でもボスはマフィアで俺は爾落人なのかね?」
「ボスは同じだ。その勢力展開や時代は違ったが。……お前と同じ者がいるかは知らんが、爾落人や「G」は存在しない。代わりに違う力が世界を滅ぼすほどの影響を与えていた。それは、どの世界も似た様なものだ」
「一体、今までいくつの世界を?」
「大した数ではない。元々の世界で俺は日本の京に生まれ育ち、我が家伝統の朱雀流百式剣法を鍛え改め、世を変える為に藩から抜けて、流浪の旅に出た」
「藩って……江戸時代の生まれなのか?」
「後の世ではそう呼ばれている時代らしい。……その旅の道中に、時空をあの世界の力によって飛ばされ、凡そ10万年後の世界に出た。……丁度、今のこの世界はあの世界に似ている。もっとも、あちらの世界はここよりも窮屈な環境だったが」
「その力でこの世界にも?」
「まぁな。その世界で色々あってな。もう一人のボスと出合った例の世界に飛ばされ、俺は一度死んだ」
「死んだ?」
お前もか? という言葉を飲み込んで聞くと、朱雀は苦笑混じりに答えた。
「少々特異な世界だったんだ。『終焉する世界』と俺は呼んでいる。この世界では1999年に人類滅亡の予言とやらは存在するか?」
「あぁ……あったな? 丁度俺が子どもの頃だ。何もなかったけどな?」
「つまりは、そいつが起こった世界だ。その特異故に、幸い俺は生き返った。それ以来、分かりやすく言えば、俺はお前達爾落人と似た様な次元の理から逸脱した存在になった」
「俺が感じたものはそれだったんだな?」
「恐らく。そして、俺は次元の隙間が見えるようになり、別の世界へ渡った。戦国時代で、北の小国だった。そこで、山神と仙人からこの剣、颯霊剣と霊力を授かり、邪神を倒し、この世界へ来た」
「霊力?」
「霊魂や精霊の力だ。神通力とも言われる力に似ている。この世界では、「G」の力が恐らくそれに当たる力だ」
「その剣も何か力があるのか?」
「あぁ。元々は護国聖獣婆羅陀魏山神という……この世界で言うところの怪獣級の「G」を封じていた霊剣だ」
朱雀はゆっくりと腰にかけた颯霊剣の長い刃を抜いた。刃が反対側にとがれた逆刃刀であった。
「長いな?」
「あの世界の伝承で荒ぶる神をも退け封じる十握の剣と語られていたもので、颯霊剣も本来はフツノミタマノツルギの当て字だ。この世界でも同じか?」
銀河はすぐに返事をすることができなかった。同じも何もない。現在は宇宙戦神と共に失われているが、彼の所有する蛇韓鋤剣は別名十握剣であり、伝説上フツノミタマノツルギと同一とされているのだ。
しかし、形状は全く異なり、聞いた限りの性質も若干異なる。
「……あぁ、性質は少し違うみたいだけど、伝説は同じだな?」
「……そうか」
朱雀は銀河の反応に何か気づきつつも、それ以上は言葉を発さずに剣を鞘に戻した。
やがて荷物の搬入が終わり、一同が荷物整理にかかる前の寸暇を過ごしていると、突如コロニー中に警報が鳴り響いた。
警報に真っ先に反応したのは、用心棒の朱雀であった。朱雀は窓を開けて外に飛び出した。続いて、銀河とボスも玄関から外へと飛び出す。
警報はコロニー城壁から発せられており、サーチライトが四方八方に灯っているが、対象を捉えている様子はない。
「一体何が起きているんだ?」
「わからない。……が、何かが侵入したのは間違いない。見ろ、灯りは内部だけを照らしている」
朱雀が城壁の光源を目で示して言った。その両手は刀を握り、いつでも抜ける構えをしている。
銀河も緊張して周囲の気配を探るが、全く異常な気配を感じ取れない。
そうしてキョロキョロと銀河が周囲を見回していると、朱雀が突然刀を銀河に向かって抜いた。
「どけっ!」
「へ? ぐはっ!」
銀河は朱雀に蹴り飛ばされ、庭の植え込みに頭から倒れ込んだ。
一方、朱雀は目にも留まらぬ居合い切りで銀河の立っていた場所に飛んできた何かを切り落とした。一瞬、剣から風が舞い起こり、金属音と共に二つに割れたそれは地面に突き刺さった。
二つに切断された物体は、刃が仕込まれた円盤状の武器であった。
「零式改」
朱雀は小さく型の名を呟き、剣を一方に構える。彼には物体が飛んできた方向を見切っていた。
「……やっぱりこのパターンか? って、うわっ!」
銀河が植え込みの中から這い出して来ると、銀河の目の前に光線が襲ってきた。
慌てて回避するが、光線は次々と銀河を狙う。しかし、まるで避ける銀河を弄ぶように決して銀河に当てようとしない。
「……見えないのか」
そんな銀河を尻目に朱雀は、光線が何もないところから放たれており、僅かに聞こえる足音から敵が姿を見えない細工をしていると見抜いた。
「ならばっ!」
次の瞬間、朱雀は地面を蹴り上げ、足音のする方角に飛び掛り、右手を剣の鍔に押し付けて胴の構えのまま身を翻した。
「三式ぃ……改ぃぃぃっ!」
朱雀は洋館の屋根にまで達し、円を描いた突風が屋根の上に積もった落ち葉を吹き飛ばす。同時に、剣先が何かを切り、空間に蛍光緑の液体が一本の線を引いた。
屋根に着地した朱雀は、再び剣を構える。
「何奴だ?」
「………」
目には見えないが、そこには確かに何者かがいる。そして、相手が自分を遥かに凌ぐ殺気を纏っていることも全身で感じ取っていた。
「答えろ! 何故、後藤を狙う!」
「………!」
それは突如爆発した。それ自身が爆発したのではない。朱雀には見えていた。
隣の敷地の建物の屋上から放たれた弾を、それはギリギリのところで光線で爆発させていた。
咄嗟に朱雀は射撃点に視線を向けた。爆音で自分達の方向に集中したサーチライトの逆光で、その姿ははっきりと見えないが、大型銃器を構えた男であった。
「……なっ!」
視線を戻した朱雀は絶句した。爆発の影響で相手の光学迷彩がとけ、姿が露見していた。
人型だが、人間よりも一回り大きな筋肉質な躯体に爬虫類などのうろこ状の皮膚、金属質であり威嚇的なマスクと後頭部から伸びる無数の管がドレッドヘアーの様に伸びている。左肩には光線の発射装置があり、背中にはスピア、腰には鞭、右腕のガントレットには鍵爪状の刃が、左腕には別の形状のガントレットが装備されている。
戦士や狩猟者、暗殺者という言葉が似合うそれは、朱雀を一瞥すると笑うかの様に低い顫動音を鳴らし、屋根を走って隣の建物へと飛び移った。
朱雀は追跡を躊躇すると、下からボスが叫んだ。
「朱雀! わしらのことを気にするな! それよりも、わしの庭を荒らしたのみならず、わしの客人を狙った罪は万死に値する! 追うんだ!」
その一言を聞くや否や、朱雀も屋根から隣の建物に向かって走り出した。
「無茶だ、遠すぎるぞ?」
銀河が叫ぶが、朱雀は構わず剣を構え、喉が千切れんばかりに叫びながら屋根を蹴った。
「朱雀流百式剣法改奥義………百式かぁぁぁぁいっ!」
飛び上がった瞬間、颯霊剣から竜巻が巻き起こり、朱雀の全身を包んで、隣の建物の屋上まで上昇していった。
「風の力?」
銀河が呆けていると、ボスが言った。
「爾落人よ、すまないが出入りに付き合ってもらう」
そして、彼は眼光を一層強く輝かせ、手下達に叫んだ。
「野郎どもっ! 対空地艦ミサイル砲を用意しろぉぉぉっ!」
朱雀が屋上に着地すると、目の前では謎の敵と男が戦闘を繰り広げていた。
男は、白人の筋肉質が服の上からでも分かる躯体で、全身を黒革の上下で包み、黒いサングラスをかけたオールバックヘアーの姿で、ショットガン型のレールガンを使って、周囲をかけまわる敵に向かって攻撃していた。
しかし、敵も素早く身をこなし、銃撃を回避し、隙を見て肩のプラズマ砲から砲撃で応戦する。
遂に一発が男に直撃し、その体が壁にめり込んだ。衝撃と共に壁にヒビが入る。
「………!」
男が割れたサングラスの奥から赤い光を点して敵を見つめる中、敵は腰の鞭で男の首を壁もろとも切り落とした。
崩れ落ちる壁の下敷きになり、男は沈黙した。
「……刃が仕込まれている訳か。面白い」
朱雀は剣を構えて、敵に言った。
敵は、次の獲物を見つけたかのように、朱雀に向かってマスクから三点の赤いレーザーを当ててロックオンする。
「俺をやるなら、やる前に名を名乗れ」
『名を名乗れ』
朱雀の言葉を敵はオウム返しした。
「いいだろう。姓は朱雀、名は火漸」
『うぐふ……うるふ……』
「ウルフ?」
『ウルフ・ザ・クリーナー』
「よかろう! 参れ、ウルフ!」
朱雀の言葉を理解したウルフ・ザ・クリーナーはロックオンを解除し、鞭で攻撃を仕掛けてきた。朱雀は手首を捻り、鞭をはじく。
「遅い! 四十四式ぃぃぃぃ改っ!」
朱雀は突きの構えでウルフにかかるが、ウルフは身を翻してそれを回避する。
しかし、朱雀の攻撃は突きだけでなく、その周囲の空気を切り裂き、ウルフの体を無数に傷つける。
再びウルフは顫動音を立て、朱雀を挑発する。全身が蛍光緑の血液に染まっているが、全ての傷が浅い。
「ウルフ、貴様も「G」か?」
『忘れた』
鞭を振るうウルフ。
「忘れた? 故郷は?」
剣で防ぐ朱雀。
『ない』
「ないだと?」
朱雀は牽制しながら問う。
『我が母星、我が滅した』
「何故?」
『狩る為』
ウルフは鞭を自在に操り、朱雀に隙が生まれるのを狙う。
「後藤をか?」
『和夜』
「あいつは後藤銀河だ。お前の仇ではない!」
『同じ』
その時、朱雀とは別の声が叫んだ。
「違う!」
息を切らせた銀河が階段の出口に立っていた。
「隙あり! 三式改!」
ウルフが銀河に注意がそれた瞬間、朱雀は三式改で斬りかかり、ウルフの鞭を根元から切り捨てた。
そして、朱雀は剣先をウルフの首に突き立てる。
「俺は和夜じゃない。俺は真理の爾落人、後藤銀河。和夜と戦って相打ちになって、ここにいる。和夜は、生きているのか?」
『生きている。この星に、いる』
「!」
衝撃を受ける銀河に、事情を飲み込め切れない朱雀が聞く。
「どういうことだ? ここにいるということは、お前が戦ったという爾落人がその和夜という者なのか?」
「そうだ。同化の爾落人、和夜だ」
『違う』
「え?」
『万物の爾落人、和夜』
「……そういうことか」
「どういうことだ?」
朱雀が聞くと、銀河は答えた。
「奴は本物の万物の爾落人になったんだ。俺と戦った時は、万物の力を模擬したに過ぎなかったが、あいつは俺との戦いで一度死んで、蘇ったんだ。そして、万物の爾落人に、なった」
「少し話についていけないが、お前とこいつの仇は同じということか?」
「そうなるな?」
銀河の返事を聞くと、朱雀は剣をウルフの首から下ろした。
「ならば、殺す理由はない。誤解ならば、それも解けた」
『……奴ら、理由ある』
「あ? ……っ!」
朱雀は視線をボスの庭に向けて愕然とした。巨大なミサイル発射砲台が自分達に向けられていた。
「ボス! 後藤を狙ったのは誤解だった!」
「知るか! わしの庭を荒らしたこと、それが罪名だ! そして、判決は下されておる。死刑だ! ガハハハハハッ!」
ボスは拡声器で大笑いをする。
「……やはり、この世界でもあの男はこうだということか」
「朱雀、彼奴を庇うか? ならば、用心棒はお役御免だ! 貴様諸共死刑確定よ!」
「く、狂ってるな?」
「いや、あの男にとっては普通のことだ。……ならば、俺達は今から敵同士だ!」
「よかろう! お前ら三人などわしにかかれば瞬殺じゃ!」
ボスの言葉に銀河は慌てて人数を確認する。
「ちょっ! 俺は違っ!」
「逃げるぞ!」
「撃てぇぇぇぇっ! ガハハハハッ!」
「へっ? ぎゃぁぁぁぁ!」
銀河はウルフに首根っこを掴まれ、朱雀と共に屋上から隣の建物に飛び移った。
刹那、彼らがいた建物はボスの放った対地空艦ミサイル砲によって爆発、粉砕された。
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晴天の下、庭園にマイトレヤがあの日と同じ様に立っていた。
違うのは、彼女の纏う衣が神官のみに許されたものであることだ。
「また来たのか?」
庭園に来たジェフティが彼女に話しかけた。
「えぇ。いけませんか?」
「いや、今は何も咎める理由がない」
「ならば、お黙り下さい。私の安楽の時間なのですから」
「……アトラス王に取り入るとは、貴様もやるな?」
ジェフティは彼女の隣に立つと、淡々とした口調で言った。
「人聞きの悪いことを申しますね」
「しかし、アトラス王は貴様を妃にと考えていると聞いたぞ?」
「ふっ……1万年早いですね。私はこの国の滅亡を予言する為に来たと申したはずです」
「語彙が変わったな? 貴様もその一人だろ?」
「記憶力が良いこと。……たった一万年前の事も忘れる癖に」
「ん?」
「なんでもありません。独り言です」
そして、マイトレヤは再び遥か霞みの先に見える塔を眺めた。
「あれはおそらく完成は叶わぬだろう」
ジェフティがおもむろに言った。
「聞きました。あの塔は遥か遠くの地にあるのですね」
「あぁ。この都が栄える前、あそこ……バベルの地が最も栄えていた。世界のすべてが、バベルに集まっていた」
「バベルの塔……」
「そうだ。塔は神の世界へ達するまで伸ばそうと人々の挑戦、繁栄の象徴だった」
「しかし、完成はしない?」
「あぁ」
ジェフティは石畳を歩いていき、庭園の端で立ち止まり、塔を指差した。
「遥か昔の話だ。塔建設の全盛期にバベルの外れに生まれた一人の少年が塔へ向かった。知識を求めていた。彼の望みはすぐに叶った。まだ人々は同じ言葉を解し、同じことを考え、思っていた。少年もはじめは同じだった。しかし、知識を得て、日々築かれる塔を見上げる内に、彼は疑問を抱いた」
「疑問?」
「己は何者なのか? 少年も、他の者達も、男女の違いはあったが、個ではなかった。名前もなく、服も同じ。集団の中での優劣位が自他を分ける唯一のものであったが、それすらも曖昧なものだった。当時、まだ人は神の傀儡にしか過ぎなかった。やがて少年は知識を昇華させて悟った。……いや、自問した」
ジェフティはマイトレヤを見て、口を開いた。
「一体、何を?」
「生まれる前の己が何であったか? そして、彼は啓示を受けた……というのも違うな? 自答したのだ。周囲にいる者達と己が違う存在であると。彼は人を創造した神ではなかったが、神たる存在の化身だった。同時に、神の傀儡から離れられぬ人を嘆き、少年は塔の頂に立ち叫んだ。
『俺は俺だっ! お前たちも、誰一人同じじゃねぇ! 人は集団で一つの命じゃねぇ! 一人一人が違う心のある別の命だっ! バラバラな生き方だって、考え方だって、いいじゃねぇか! 姿も、名前も、言葉も、食事も違くてもいいじゃねぇか! それでも、素晴らしいものには誰でも心は動くし、志や愛が通えば仲間や家族はできるはずだ! それが人の生まれ持った力だ! だから、自分に気付ぇぇぇええええええええっ!』
少年の声は瞬時に人々の心を目覚めさせ、バベルから人々は去った。そして、一部の志を持った者は仲間達と共にこの地に渡り、都を築いた。それが、このアトランティス帝国だ」
「その少年が、後の貴方ですね?」
「あぁ。我も幾多の国や大陸を渡り、この地に流れ着いた。そして、人の知識を求めて神官になった。他の国とも言葉を交わし、知識の繁栄を促している」
「繁栄ですか。……貴方の知識がどこで培われ、何を生み出したのかは見当がつきます。ニライカナイにでもいたのでしょう」
「如何にも。……やはり、貴様は例の研究を悟ってこの地に来たのか?」
「だとしたら? 貴方はまだ事の詳細を知らないのでしょう?」
「貴様は知っているのだな? ガイアの「G」が何をもたらすのか?」
「当然です。それが私の役割ですから」
「アトラス王と科学者達が何をしようとしているのか?」
「えぇ」
「教えろ!」
ジェフティは真理を使うが、マイトレヤは以前同様に時空の力で真理を無視し、涼しい顔で告げた。
「私に真理は通用しないと申したはずよ? それにまだ教えることはできません。それが私の役割ですから」