本編

14


 病院は全焼し、写し身の五月は跡形もなく消滅した。
 銀河によって救出された凱吾は、全身に大火傷を負い、すぐさま翔子によって沼津の研究部へと転移され、連絡を受けて待機していた三島芙蓉の紺碧の力によって治療が行なわれた。

「蒲生さん、これは後藤銀河さんの中国で手伝って頂いた借りを返したということで」

 処置室から出て来た紺碧は元紀に告げた。元紀は深々と頭を下げた。
 そして、紺碧は銀河に視線を移して言った。

「彼女の頼み通り、彼の体内にいた「G」は浄化させました。具体的に言うと、既に全身の細胞中のミトコンドリア内に寄生したので、その害を浄化させ、「G」と彼を介する存在にしました。リクエストされたように」
「ありがとうございます」

 銀河も頭を下げた。瞳の色が紺から元に戻った芙蓉は、穏やかに頷くと、マスクを外した。
 事を公にできない状況である為、関口の処分は保留となり、彼はMOGERAと時空の爾落人を生み出すことに専念することになり、開発部長からの降格はないが、事実上の権限は元紀に移され、第二調査部は榊原が管理することとなった。
 また、逃亡したナカムラは今も行方不明状態であるが、何らかの工作で出入国記録上、彼は現在もブラジルにいることとなっており、斉藤も何も対応することができなかった。
 そして、凱吾の意識が戻った直後、彼は再び忽然と姿を消した。
 後に、彼が国内に潜伏していたナカムラの手引きでアメリカに渡ったことが判明するが、それまでには一年近く時間がかかった。
 2039年5月のことであった。




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 2040年4月、ブラジルの某地域のホテル。

「……ついに見つかったか」

 応接用ソファーに深く腰を下ろしたナカムラが、近づく関口と元紀、銀河を見て言った。

「後藤銀河、わしが会うのは初めてだったな?」
「あぁ。はじめまして」
「うむ。……飲むか? 少し小腹がすいていたんだ。我が家直伝のものだ」

 ナカムラはこげ茶色液体が入ったカップを銀河に差し出した。
 銀河は躊躇しつつも、それに口をつけた。

「!」

 すぐに口を離してナカムラを見た。

「やはり同じ味か」
「なぜこれを?」
「それは、当然だ。今は帰化して家は絶えているが、後藤家と我が中村家は共に移民した仲間だったからな。そして、後藤の血は中村家に流れている。元々のわしは蛾雷夜に作られた存在だが、わし以外の兄弟は純粋にナカムラの人間だ。その子どもの一人が後藤家の者と血縁を結んだ。後藤真理が組織に入ったのも、その親戚からの紹介がわしにあったからだ。つまり、お前とわしは血縁こそないが、親戚関係なんだ。だから、接触を回避してきた」
「だが、親戚だろうと俺はお前を許しはしないぞ?」
「それを期待なんざしてないさ。それよりも、そっちは大丈夫か? 日本は大変なんだろう?」

 約一ヶ月前に日本は未曾有の大災害に見舞われ、現在も関東、東海地域一帯は復興の目処の立たないほどの被災を受けており、更に年号も変わり、あらゆる方面で混乱状態のなかにあった。

「なら、少し俺達に楽をさせてくれるか?」
「その気持ちがなければ、手紙を送りつけたりはしないさ」

 3日前、突然ナカムラから斉藤の元へ手紙が届いた。内容は、顧問の辞任と今後の会社の人事についての提案と凱吾の所在についてが書かれていた。
 どこから送られてきたものかはわからなかったが、クーガーの視解を用いれば、その特定はさして難しくなかった。

「あくまであの人事はわしの提案だ。実際に判断するのは、取締役達だよ。社長さん」
「私を社長にして、斉藤社長を会長にしてなにをたくらんでいるんですか?」
「企みなんてない。わしにとっても、J.G.R.C.は宝なんだ。震災程度で失いはしない。それよりも、凱吾は今アメリカ国内にいる。具体的な所在までは不明だが、放浪の旅をしている」

 元紀の問いに答えたナカムラは、銀河に告げた。

「後藤銀河、親戚のよしみでお前に教えてやろう。侵略者は所詮、捨て駒だ。本当の相手は破壊者だ」
「破壊者?」
「そうだ。現在の和夜が用意できる最強の駒だ。すべては真理の爾落人を倒す戦いの場をもうける為の前座にしか過ぎない。……破壊者を送り込んだ時、和夜は主である蛾雷夜を越える。精々、備えることだな」

 ナカムラはフェジョアーダを一気に仰いだ。そして、豆を噛む。

「!」
「しまった!」

 直後、彼の表情が険しくなり、苦しみつつも彼は不敵に笑ったまま死亡した。

「ダメだ。……毒を豆に見せかけて仕込んでいたのか?」

 銀河はナカムラの死体を見て呟いた。
 関口も頷いた。

「油断したな。……自殺か?」
「断定は出来ないが、自殺を警戒していた俺達を油断させる為に俺に飲ませたんだろうな?」
「そうね。わたし達が飲んだら、万が一の可能性があるけど、銀河なら殺してしまうことはないから」
「……破壊者か」

 銀河は小さく呟いた。
 その後、関口はそのまま辞職し、日本に帰国することなく、渡米した。ライムの協力で、メカニコング開発チームに所属しながら、凱吾の捜索を始めた。
 そして、月日が流れ、2042年を迎えた。





 

 2042年、ニューヨーク州沖大西洋上に並ぶアメリカ合衆国海軍艦上に銀河とガラテアは、降り立った。

「ギムレットから話は聞いている。こちらはクローバーとコードをつけた「G」だが、宇宙から大西洋に飛来し、現在こちらへ向かっている。衛星からの情報だと多数の「G」を従えているそうだ」

 艦長は、二人に説明した。
 銀河達は頷き、彼から艦の配置と情報を交換し、握手を交わした。

「俺達は、全力で破壊者……クローバーを倒しますので、皆さんは他の「G」をお願いできます」
「わかった」

 艦長は頷き、二人の元から離れた。
 銀河はマントから能々管を取り出した。ここへ来る際に元紀から預かってもらっていた能々管を受け取っていた。

「銀河殿、本当にやるのか?」
「あぁ。どうなるか俺にもわからないが、全ての力を取り戻す。……安心しろ。ガラテアは死なないように真理で守る。多分、変化も使えるはずだ」
「そういう意味では……」
「皆まで言うなよな? だけど、やるしかない!」

 銀河は左手に蛇韓鋤剣を召還し、空を見上げた。
 天空からアマノシラトリが甲板に降り立ち、ガラテアは躊躇しつつ、銀河の肩に手を置いた。
 銀河は能々管の「G」と刻まれた底を自らの胸に押し付け、叫んだ。

「今こそ、自身にかけた制限を封じる! 真理よ、解放されろ! ……シンクレティズム!」

 刹那、彼らは眩い光に包まれ、甲板に宇宙戦神が現われた。

「ガラテア、お前は生きている! お前は変化の爾落人だ!」

 銀河の叫び声が響き、消滅しかけたガラテアの意識が浮上する。

『すまない、銀河殿』
「気にするな。元々、俺がやったことだろ? ……それよりも、感じるか? 凄い力がみなぎっているぞ?」
『あぁ。これが、本当の真理の力なのか?』
「だろうな? ……よし、行くぞ!」

 銀河が叫んだ刹那、甲板上の宇宙戦神の姿は残像を残し、飛び立った。艦が前後に大きく揺れる。
 そして、飛び立った宇宙戦神は光の残像を上下左右ギザギザに描き、常人には目視すらも不可能な速度で沖へと飛び去った。
 これが、本当のニューヨーク決戦開始の狼煙であった。







 そこからは、俺が記憶していた通りだ。
 ニューヨークで和夜と銀河は決戦をし、マンハッタン島を壊滅させ、双方の力がぶつかった瞬間に俺はG動力炉を解放させた。
 それからどうなったのか、和夜と銀河は死んだのか、生きていたのか、全くわからない。俺もその爆発に巻き込まれ、意識を失った。
 意識が戻った時、俺は船の中にいた。
 目を開く前に、波に揺れる独特の感覚からなんとなく船の中だと気づいた。
 目を開くと、比較的広い船室におかれたベッドの上で寝かされていた。
 ゆっくりと身体を起こすと、丁度ノックの音と共に母と関口さんが入ってきた。

「凱吾!」
「おう、目覚めたか」

 二人はすぐに俺に気づき、駆け寄ってきた。

「あぁ……。それより、ここは船か? ニューヨークはどうなった? 後藤銀河は?」

 真っ先に浮んだ疑問を彼らに投げかけた。
 関口さんがすぐに頷いて説明してくれた。

「ここは太平洋を航行中の米軍の輸送船の中だ。丁度アラスカの沖を航行中だ。ニューヨークはあの激闘だったからな、壊滅だよ。あと、和夜と銀河だが……凱吾、お前に選択するチャンスをやる」
「チャンス? どういうことだ?」
「うん。説明しよう。和夜と銀河だが、あの爆発の瞬間に、物理的に完全な消滅をした。もっとも、その前の段階で既に物理法則なんざ関係ない状態にいた訳だが」
「つまり、死んだのか?」

 俺が問いかけると、関口さんは首を振った。

「いいや。もう彼らは死の概念の外にいる。今は一時的に消失しているに過ぎない。いずれ何らかの形でこの宇宙に現われる。勿論、それが銀河と和夜の意思を持つ存在であるかは不明であったが、残念ながら和夜は万物の「G」として復活する。約2000年後に。そして、MOGERAならば……いや、お前とG動力炉の力を最大限に発揮できるMOGERAがあれば、和夜から人類を守れるかもしれない」
「2000年後だと? 関口さん、それも爾落人の予知とかか?」
「いいや。……未来からのメッセージとでもいうものさ」
「それで、そんな遠い未来に戦いが先延ばしされたってのに、俺に何を選択させるつもりだ? 俺とMOGERAなら人類を守れるって、まさか俺を未来に行かせるつもりか?」
「そうだ」

 関口さんは真顔で頷いた。
 次の瞬間、俺は立ち上がり、彼の胸ぐらを掴んでいた。

「ふざけるな! 今回は自分の身を守る為に戦ったんだ! それに、後藤銀河が姉貴の仇だってこともまだ納得してねぇ! それなのに、何を選択するチャンスをやるだ? 偽善者め!」
「いい目になったじゃねぇか。……あぁ。俺は偽善者だ。だがな、俺はただの偽善者じゃねぇよ? 意義ある事をする偽善者だ」
「どういうことだ?」
「俺の持論だ。意義ある事をする偽善者と何もしない善人なら、偽善者の方がずっとマシだ。それに、偽善も長く続けていけば、本当の善になる。お前はどっちだ?」
「その言葉で俺が動くとでも思うのか? 俺は、もう戦う理由も生きる目的もなくしているんだ。この先どうなろうと関係ない」

 俺が関口さんを睨んで答えると、彼は俺の両手を掴み、上着を掴んでいた手を離させると、一瞬笑いかけた。そして、俺を突き飛ばした。
 ベッドに倒れる俺を見下ろして、関口さんが告げた。

「いいだろう。ならば、教えてやるよ。今のお前は、アメリカへの不法入国と不法滞在、日本では公務執行妨害とかの諸々軽犯罪がたまっているが、国外逃亡は重大犯罪だ。日本に着いたら、法廷行きだ。今までは事態が事態だったから色々なところが動いてお前を守っていたが、社会的に見たらお前は警察官の父親を殺した娘の弟で、その娘と心中をしかけた上に、海外へ逃亡した最低の男だ。日本で真っ当な生活はまず不可能だが、海外へは恐らく二度と行くことを認められないだろうな。そんな人生を選ぶのも、お前の一つの選択だ。そして、もう一つは未来へ行き、人類を守る為に戦う偽善者になるか?」
「……それじゃあ、どっちを選んでも地獄じゃねぇか」
「未来なら、英雄になれるかもしれないぞ?」
「あんな化け物と戦ったら死ぬに決まってるだろ?」

 俺は関口さんを睨みつけるが、彼は笑って聞く。

「それは本心か? お前は戦いの中でしか生きれない人間だ」
「今の時代でも、地下に潜って「G」退治を生業にすれば生きていける」
「なるほどな。……つまり、未来には行かない?」
「あぁ」
「そうか。……ならば、後藤君が2000年後の戦いに現われるというのも、別に関係がないな」
「! どういうことだ?」

 立ち上がった俺を見て、関口さんは笑った。

「後藤君は今の世界に存在しない。あの爆発の影響で4010年にタイムスリップしたんだ。未来からの情報もあるが、こっちもあの瞬間に時空の歪みが生まれていたのを確認している。どうする?」
「……いいだろう。行ってやる。行って、和夜を倒して、後藤銀河を捕まえて姉貴の死の真実を吐かせてやる!」
「凱吾……」

 事実を知っている母が俺に話しかけようとするが、それを関口さんは制して俺に行った。

「ならば、アメリカ合衆国領海から出る前にタイムスリップして貰わなきゃならない。残念ながら、船は止められない。約20分以内に未来へ行ってもらう」
「わかった。……で、どうやって行くんだ?」
「その心配はない。この船に時間のヒト「G」、桧垣さんがいる。凱吾がやるのは、G動力炉をMOGERAに積み、和夜と戦う。俺からの頼みはそれだけだ。後は好きにやって構わない」
「つまり、後藤銀河をどうしようと文句はないんだな?」
「好きにしろ。……あぁ! 移動手段が問題だ!」
「無計画かよ!」
「そういうな。プロトモゲラもメカニコングも大破したんだ。……よし、蒲生! ガンヘッド507を急ピッチで改造するぞ! アメリカから一機積んでるだろ?」
「何を言ってるんですか! この船はあの機体を運ぶ為に米軍が用意したものなんですよ?」
「よし、あの機体は俺が買う! それなら問題ないだろう? あの女将校に伝えてくれ。金はスイス銀行経由でネット送金する。あ、新古品だから、それなりに値引いてくれるように! 凱吾、お前も改造を手伝え! G動力を積めば永久機関になる。武装を改造する手間はかけられないから、機動性能だけに絞った改造を施すぞ! あ、蒲生! 桧垣さんを呼んでくれ! 時間を止めれば、とりあえず俺達二人でも何とかなる!」

 意義ある偽善、それともただの暴走男なのか。関口さんは、格納庫へ俺と例の時間の爾落人を連れていき、G動力炉に動力を交換し、脚部を重点的に改造し、雪上や氷上に対応させ、回転数を限界以上にし、実に6時間ほどの時を止めた結果、ガンヘッド507は設計者自身の手で完全に蘇った。
 そして、俺はMOGERAを未来にまで守るからG動力炉を届けに行けと言う関口さんの言葉に送られ、4010年に旅立った。
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