本編

12


 数時間前。東京駅、東海道新幹線改札口前で待つ男に吾郎は改札を通ると、挨拶をした。初めての面識だが、既に顔はお互い知っていた。

「お待たせしました。三重はリニアの駅がないもので。……ニューヨークへ行けなくさせてしまいすみません」
「余計な気を回さなくても構わない。爾落人の親友を公言している刑事が三重県警にいるという噂は、SAT時代にも耳にしていて興味があったからな。こうして会えたことを光栄に思う。……本当にただの人間なんだな」
「えぇ。僕はどこまでも人間のようですから」

 吾郎は相手に苦笑しつつ、握手をした。
 相手の名前は、八重樫大輔。捕捉の爾落人で、元警視庁警備部特殊急襲部隊制圧一班の隊長だ。ニューヨークにいる凌の友人でもあり、その他の爾落人とも面識があるらしい。

「状況は大まかに東條から聞いている。蒲生さんの用件は俺の能力に関係したものだな?」
「えぇ。これを見てください」

 八重樫が聞くと、吾郎はコートのポケットから新聞の切り抜きをとりだした。

「先月の新聞か? ……都内で「G」の死骸。政府担当者は関連を否定」
「これがその死骸の写真です。2年前に、同種が草津温泉にも出現し、仲間が戦っています」

 吾郎は更に写真を八重樫に渡した。
 彼はそれを見て眉を寄せる。

「見たことのない「G」だな」
「まだ非公式の情報ですが、死骸の鑑定結果によると地球以外の物質組成を持っているそうです」
「宇宙から来た「G」……それでいいのか?」
「そこについては断言できませんが、今までの「G」とは違います。エイリアンと呼称する人々もいますが、資料での便宜上の名称はゼノモーフ。だけど、僕はこれを侵略者と呼んでいます」
「侵略者、ゼノモーフ……。これが蒲生さん達の調べている相手に関連があるのか?」
「広い意味ではそうなります」
「広い意味?」

 八重樫が聞き返すと吾郎は頷いた。

「はい。………場所を移しましょう」

 吾郎は周囲を見て、慎重な口調で言った。
 その様子に只ならぬものを感じた八重樫は頷き、二人は東京駅の雑踏の中へと消えていった。





 

 吾郎と八重樫の密会は、神田駅近くのカラオケ店で行われた。防音性の高い個室であるカラオケは守秘義務を守らねば為らない彼らにとって、最適な会合場所である。
 八重樫は終始吾郎の話に驚かされていた。
 組織の過去、その裏にいる複製の爾落人の正体、そして彼らの目的。
 しかし、それらは古今東西からかき集められた無数の資料、吾郎の足で稼いだ情報に裏付けられた納得のできるものであった。

「ここまでわかっているのでしたら、何故ニューヨークにいる彼らに伝えず、俺に?」

 当然というべき疑問を八重樫は吾郎にぶつけた。
 すると、吾郎は真顔で頷き、答えた。

「それはもう一つの意思があるからです。機関でも、組織でも、銀河達でもない。僕らが本来向き合わなければならないのは、その意思だ」
「だが、それならば尚のこと……」

 八重樫が口を開くと、吾郎は首を振った。

「僕の推測が正しければ、それは全ての存在に潜む可能性がある」
「憑依や吸収に近い存在か?」
「いや……もっと恐ろしいものを僕は考えているんです。裏切り者という表現は不適切だけど、その意思と繋がっている者が僕らの仲間の中にもいる。その人物との接点がなく、かつ迫る危険を察することができる君になら、僕の考えているこの事実を伝えることができると判断したんだ」
「死ぬ気なんですか?」

 八重樫が聞くと、吾郎は頷いた。 

「勿論、死ぬつもりはない。けど、僕はもう覚悟ができている。その危険を少しでもまわりに及ばせないためには、単独で動くしかない」
「だが」
「そのために、八重樫さんに頼んだんです。……これは八重樫さんに託します。ここには、この十数年間、僕が調べ続けた全てがあります」

 そう告げると、吾郎は全ての捜査資料を八重樫に渡した。

「しかし、その意思というのは?」
「それについてはこれから話します。恐らく、それでこれまでのことも、これから起こることも理解できると思います」

 そして、吾郎は八重樫に全てを話した。
 それはこれまで以上の衝撃を八重樫に与えた。結局は吾郎の推理であるが、それは吾郎が十数年間かけて調べ上げた執念そのものであった。
 すべてを八重樫に託した吾郎は彼を部屋に残し、一人カラオケ店を後にした。
 その数時間後の深夜、元紀達の帰国を待たずして、蒲生吾郎は遺体となって発見された。




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 こうして親父の死の背景で起こっていた壮大な戦いが繰り広げられていた事実を俺は関口さんから聞かされた。
 その後、帰国した母達は、八重樫が親父から託された資料から真実を知り、姉の正体やその体内に仕掛けられたMM88の存在にも気づいたのだという。
 しかし、あの姉が偽者だとか、親父が数万年に及ぶ陰謀の黒幕を突き止めたから殺されたなど到底理解も信じることもできなかった。
 重要なのは、今、姉が何者かに連れ去られたということだ。
 関口さんからの話をまとめると、Gnosisが病院へ到着する少し前、彼らを名乗る別の人間達が姉を連れて行ったらしい。

「つまり、情報が漏れたってことか?」

 窓を開けて顔を外に出し、煙草をふかす関口さんに聞くと、彼はベッドに腰を下ろす俺に顔を向け、頷いた。
 紫煙を外に向けて吐くと、彼は答える。

「……そうだ。現在、色々な奴らが漏洩元を探しているが、現実問題としてそこからの特定は難しいだろう。俺達以外にも、病院内部、警察内部、あと司法、政府関係といくらでもその気になれば情報をつかめる。感染型の超微細な「G」となっちゃ、一般への規制は徹底させるだろうが、関係各所のお偉いさんはむしろ真っ先に知らなきゃならない話だ」
「だけど、そういう人達がなんでそんなことをするんだ?」
「お前はまだ話が飲み込めてないな。そういうお偉いさん達をも手駒にしている様な奴がいるんだよ」

 再び外に顔を向けて煙草を吸う関口さんに俺は聞いた。

「そもそも姉貴はなんで連れ去られたんだ?」
「知るか。もともと警察が相手より先に捕まえてチャンスをうかがっていたのかもしれないし、MM88が発見されたから回収することにしたのかもしれない」
「だが、全く見当がつかないって訳でもないんだろ?」
「まぁな」
「誰だ?」

 俺が問うと、彼は吸殻を携帯灰皿にしまい、答えた。

「J.G.R.C.顧問、マリオ・カルロス・ナカムラだ」





 

 その夜、俺は関口さんと共にマリオ・カルロス・ナカムラ顧問の自宅へ向かった。

「どうする?」
「どうするとは?」
「どうやって侵入するんだ?」
「そんなことか。正面から入ればいい」

 関口さんは車を堂々と彼の自宅の駐車場に止めると、呼び鈴を鳴らした。

「誰だ?」
「開発部長の関口です」
「入れ」

 そして、関口さんは扉を開け、俺を見た。

「顧問の家に部長が訪ねるのに、下手な小細工はいらないだろ?」
「そういうことか」

 俺は関口さんと共に、リビングへと進んだ。
 リビングは広い洋間になっており、ナカムラ顧問は安楽椅子に座っていた。

「彼が蒲生凱吾です」
「よく来た。かけたまえ」

 彼はソファーを手で示し、俺達はそこに腰を下ろした。

「さて、関口は彼に何か話したか?」
「いいえ。余計なことを話して逃げられたら厄介ですから」
「賢明だな」

 彼らの会話に違和感を覚え、その時やっと俺は気がついた。

「関口さん、俺をはめたな?」
「言葉が悪いが、正解だ。しかし、嘘はついていない。彼女を連れ去った奴らの黒幕は、彼だ」
「そして、情報を伝えたのは、……裏切り者は、関口さんだったということですね?」
「そうだ」

 関口さんは平然とした顔で答えた。

「なんでこんな真似を?」
「俺にも、俺の事情があるんだ。目的の為なら、多少の手段は選ばない」
「多少? 姉貴を連れ去ることが?」
「安心しろ。君の姉は医療設備の整った施設で保護している。それにこれは彼女自身が望んだことでもある」

 答えたのはナカムラ顧問であった。

「関口さん、あなたのことはとりあえず後にします。ナカムラさん、何故ですか?」
「彼女をおいそれと殺させない為だ」
「殺す? 誰が?」
「それはわからない。彼女をつくったあの方かもしれないし、お前の母親達かもしれない。誰がというのはこの際どうでもいいんだ。問題は、あの娘がいずれにしても殺される運命にあるということだ」
「説明しろ! あなたと関口さんは何を考えているんだ?」
「お前と同じだよ。あの子を……正確には、彼女の死をもう二度と見たくない。それだけだ」
「ナカムラさん、あなたは何者だ? 「G」なのか?」
「いいや、人間だ。少しばかり特殊な事情を抱えてはいるが、異能を持つ訳でも、永遠の命を持つ訳でもない」
「………。それで、何故俺をここに連れてきた」

 俺は話題を変えた。彼らも頷き、ナカムラ顧問は俺に告げた。

「彼女の支えになってほしい」
「え?」
「あの少女、蒲生五月にとっての支えになる者はお前だった。それ以外に理由はない」
「それで納得できるわけがないだろ?」
「確かにな。……関口、本物の蒲生五月の正体について話したか?」
「いや、その部分は避けて説明しました」
「話してやれ」
「しかし……」
「話すんだ!」

 関口さんはしばらく躊躇していたが、やがて嘆息し、重い口を開いた。

「本物の蒲生五月は、お前の実の姉じゃない。彼女は時空の爾落人であり、俺が7年後の2046年に時間と空間の「G」を吸収したイリスとレギオン草体から生み出したキメラだ。しかし、何らかの事情で2022年にタイムスリップし、お前の両親が引き取った」
「何っ!」
「いいリアクションだ。事実、俺は現在沼津で彼女を作り出すための研究をMOGERA開発と並行して進めている。重要なのはここからだ。今のままでは、どうやってもそのキメラは化け物以外の何者にもならない。だから、俺はそれに人の体を与えようと考えている」
「そんなことが可能なのか?」
「まだ仮説に過ぎない。恐らく、これからの7年間でそれを成功させるんだろうな。……話を戻そう。その為に、俺はある人間の組織を元にするつもりだ」
「ある人物?」
「あぁ。俺が最後に愛した女性だ」
「なっ! それって……」
「麻美前社長と全く同じ考えだ。失った女を再び生まれさせる。……凱吾、お前は不思議に思わないか? 海洋学部で微生物を研究していた俺が、卒業と同時に「G」の開発部に入ったことを。しかも、それが「G」発見と同時に創設され、その第一期入社だ」
「あなたが協力者だったのか?」
「あぁ。入社時に俺は麻美前社長に全てを話した。そして、俺は彼が既に俺と同じ目的を叶えていたことを知った。しかし、彼の生み出した最愛の人のクローンは、死にかけていた。そこで、彼と様々な方法を考えた。そして、出した結論が「G」との融合だった」
「だけど、関口さんがそんなことをしていれば、母さんが調べたときに気づいたはずじゃないですか?」
「俺は無神論者だ。その行為に崇高さなんざ求めてない。より完全なクローンを生み出す方法を見つけ、俺もあの人を生き返らせる。その為には、俺の思惑を誰かに悟られるわけにはいかない。俺は当時、福島県内にあった旧開発部にいた。そして、アリバイを作りつつ、沼津の研究部で麻美前社長と麻美睦月を「G」と融合させた」
「それが本当の話なら、あなたはずっと嘘をついていたんですね」
「当然だ。まぁ、麻美睦月の肉体と精神が分かれていたと知ったときは少し驚いたがな。……凱吾、知っているか? もっとも上手に嘘をつく方法は、99%の真実に1%の嘘を混ぜることだ」
「それで、あなたは母さん達を何十年も騙していたのか?」
「周りの人間だけじゃない。俺自身も欺き続けていた。本当に俺を理解していたのはもしかしたら、蒲生さん……あんたの親父だけだったのかもしれない」

 関口さんは苦笑混じりに言った。

「え?」
「話しただろ? 蒲生さんは、全てを調べ上げていたんだ。俺が何者で、何の為に、何をしようとしていたのかも。その上で、あの人は娘の命を守る為に、俺をも協力者にしたんだ。……もっとも、その事実を知ったのは、彼の死後だが」
「守るだ? 守ったっていうのか? 姉貴はあんな状態になってんだぞ!」
「あぁ。写し身は、蛾雷夜の複製によって生み出された。そして、その時点で恐らくあの状態だ。本物の五月を守ったのは、後藤君の真理だしな」

 関口さんは額に手をあてて、ソファーに深くもたれかかり、天井を仰いだ。涙がうっすらと見えた。

「凱吾、俺とナカムラ顧問……いや、その意識の奥で同化している彼の目的は同じだった。愛した者を守る。ただ、それだけなんだ」

 俺はナカムラ顧問を見た。

「俺は、あなたの正体をまだ聞いていません。人間とは信じ難いのですが」
「人間だ。ただし、純粋な人間ではない。作られた人間だ」
「複製の爾落人によって?」
「もともとはそうだったが、1980年に別の存在によって上書きされている。したがって、わしはその意思に従って行動をしている」
「1980年?」
「話さなかったか? 麻美前社長が少年時代に宇宙人と名乗る少年と出会った話を」

 関口さんが隣で言った。その目は少し赤くなっている。

「聞いた気もするが……」

 そこまで覚えていない。

「細かいことは、後で関口に聞くといい。重要なのはその宇宙人、和夜がかつて蛾雷夜の生み出した同化の爾落人であるということと、彼は蛾雷夜の意思とは別に、宇宙を旅して一つの力を探し求めていたことだ」
「力?」
「時空だ。正しくは、時空の力を持つ女だ」
「……姉貴?」
「そうだ。同一人物なのかはわからない。しかし、わしに刻まれた遥か古の記憶に残る時空の爾落人は、蒲生五月と瓜二つだった」
「つまり、俺も和夜という爾落人も蒲生五月を絶対に死なさない為に行動してきたんだ。そこに、蛾雷夜や組織も未来の戦いも関係ない。……お前もだろ?」

 関口さんはじっと俺を見て言った。
 自己中心的で身勝手な話であった。だが、それは俺も同じだった。
 関口さん達の話が本当ならば、今の姉貴は母さん達にとって娘の皮を被った偽者で、敵の手先になる。命を奪うことまではしないにしても、彼女を守る為に何かをするとは考えられない。
 つまり、彼女を守れるのは、俺だけなのだ。

「姉貴は……彼女は、どこにいるんだ?」

 俺も、彼らと同じ最低の人間だった。
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