本編

11


 同時刻、鎌倉市内の高級料亭にマリオ・カルロス・ナカムラの姿があった。
 名前を告げると、女将に恭しく眺望豊かな離れへと案内された。

「入れ」

 女将が襖の前で声をかけるよりも早く室内から声が聞こえた。
 ナカムラは女将に目で下がるように示した。
 そして、彼は室内に入ると、膝をついて恭しく頭を垂れた。

「よい。顔を上げよ」

 ナカムラが顔を上げると、座敷の上座には和服に身を包んだ高齢の男が杯を片手に腰を下ろしていた。

「お待たせ致しました。松田様」

 ナカムラは老人、松田東前に再度頭を下げた。

「堅苦しい挨拶はよい。我も面を取るとしよう」

 ナカムラが顔を上げると、松田東前の姿は白髪で皺が垂れた老体でなく、若々しい躯体の男に変わっていた。彼は穏やかな表情をして言った。

「この姿では久しいな、ナカムラ」
「四半世紀振りでございます。蛾雷夜様」
「うむ。お前に託した組織の種は成長した様だな」
「しかしながら、麻美帝史は失敗しました」
「吸収の「G」のことか。よい。組織の大半はその機能を失っている。……いや、試しを行うには十分な成果を出している。事実、こうしてお前と我がこうして会することができている。それが何よりの証拠とは思わぬか?」
「感謝の極みにございます」
「……うむ。ナカムラ、これを持っていけ」

 蛾雷夜は右手人指し指をこめかみに当て、ゆっくりと引くとそこに紙が出現した。
 瞬く間に一冊の書類が現われ、ナカムラの手に渡した。

「これは?」
「我が記憶に複製した研究資料だ」

 ナカムラは資料を流し見ると、驚いて顔を上げた。

「人為的に爾落人を生み出す実験を成功させていたのですか?」
「あぁ。お前の記憶から複製したクローン人間製造の研究情報を与えた組織の末端研究所だが、どうやら因果が作用したらしい」

 蛾雷夜の言葉に、ナカムラの顔がゆがみ、笑みをうかべた。

「組織の望みを、蛾雷夜様の望みを叶える時が来たのですね?」
「さよう。今の貴様の会社ならば、複製ではない新たな「神」を生むことが可能だろう。それには目障りな存在が残っているが」
「目障り? 真理のことですか?」
「あんな不完全な古の神など眼中にはないが、我や組織を探っている者がいる。その背後で真理の存在があるのは想像がつく」
「潰すのですか?」
「いいや。それも貴様に不都合が多いだろう? どうやら貴様の部下達が組織を探っている。社会的に表面化させずにことを済ますのは容易いが、身内や爾落が関わっているとなると不都合が多い。ナカムラよ、記憶を渡せ。後は我が処理しよう」
「私の記憶を渡しても、恐らく役には立ちませぬ。部下は我の動向にも目を光らせております。それよりも、今後のあなた様のことが心配です」
「それを決めるのは我だ」

 蛾雷夜は声を低くして手招きした。ナカムラはそれ以上何も言わず、彼に近づいて頭を下げた。
 蛾雷夜は彼の頭に手を置き、目を閉じた。彼の中にナカムラの記憶が流れ込む。

「……なるほど。確かに、有益な情報は少ないな。だが、丁度良い記憶を得られた」
「そのようなものがありましたか?」
「あぁ。蒲生元紀という女がどうやら頭が切れるようだ。2020年の記憶を見る限りでも、あの女が主に動いている。だが、この女を消すことは貴様にも不都合が多いのだろう?」
「蒲生元紀、斎藤和美、関口亮、榊原裕太。この四名はJ.G.R.C.にとって失いがたい存在です」
「その様だ。安心しろ、彼らを殺しはしない。奴らの身近にいる人物を使うまでだ」

 ナカムラに告げると蛾雷夜は立ち上がった。

「蛾雷夜様、その身近な人物というのは!」
「それは別に貴様の知る必要のないことだ。……それから、わしの名は松田東前だ」

 襖に向かって答えた蛾雷夜は、襖に手をかけた時には元の松田東前の姿に戻っていた。
 加齢臭とナカムラを残し、松田は座敷を後にした。それに入れ替わるように、先ほどの女将が現れ、一人分の料理を配膳し始めた。


 

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 一方、ニューヨークでは旅人と複製の爾落人の関係性について議論されていた。

「確かクマソガミを封じたのが、飛鳥文明とかだった気がするんだよな?」

 銀河が頭をかきながら言う。

「やっぱり、銀河が関係してるんじゃないの?」
「そういつもいつも都合よく旅人が現れるわけじゃないぞ?」
「現れてるじゃない。実際」
「そうかも知れないけどなぁ……」
「何となく、朝廷とかに仕えて鬼退治とかをうっかりしてる可能性が大きいのよ」
「元紀の旅人へのイメージがどうも気になるな?」
「銀河がやりそうなことを旅人もやっているだけよ。同じ人間なんだから当然だけど」
「うっ………。待てよ? ガラテア、蛇韓鋤剣を祭ったのは最初今の岡山で、その後南明日香村へ移したんだよな?」
「あぁ。だが、あれは紀元前だ。その後にイエスズと会っただろ?」
「あぁー、そういえば。じゃあやっぱりその後に日本へ行ったのはクマソガミの時か」

 銀河とガラテアが淡々と会話をする。もはや誰がツッコんでいいのかわからない。

「……もう今更だけど、今のイエスズってのは、世界で一番有名なあのイエスズ?」

 菜奈美が聞くと、銀河とガラテアは頷いた。

「そりゃ、そうだろ? イエスズといえば、あの人以外にいないだろ?」
「あの時は主殿も大変だったからな。外見が似ていたから、間違われて処刑されたからな」
「あぁ。刺されて張り付けられて平然としている訳にもいかないから、しばらく眠って、再生したんだ。ガラテアも忙しかったな? おぼえているぞ? イエスズを匿ったり、俺を再生させる為に、準備したり、弟子達にまだ彼が死んではいないって説明したり、男装したり……」
「あぁ~。もうガラテアまで、世界史に思いっきり関わってるよぉ! 聖書にも残っちゃってるわよ……」

 菜奈美がうな垂れる。
 ガラテアはキョトンとした顔で答える。

「だが、一応その後、主殿が辻褄合わせもしたし、私もうまく他の方と混ぜてわからなくさせているぞ?」
「そういう問題じゃないわよ」

 菜奈美が呟く。

「せめて、相手の目的がはっきりとすればいいんだけどな?」
「案外、その原因がお前なんじゃないのか?」

 腕を組んで呟く銀河に瀬上が頬杖をして言った。

「それだったら、今までにもいくらでも俺と戦う機会があったと思うぞ? それとも数千年もかけて機会を待っていたってのか?」

 銀河は呆れ気味に答えた。
 しかし、元紀は釈然としない顔をして、口を開いた。

「銀河、それはあながち間違っていないかもしれないわ。今まで「G」で直接歴史が動く時代は私の知る限りないわ。あるとすれば、それは紀元前の超古代文明と呼ばれるような大昔の話。今までは旅人も敵も、その他の爾落人と同じように歴史の闇の中で生きていた。つまり、本格的な戦いをする舞台がなかった」
「なんとなく、蒲生さんの考えていることが見えてきた。つまり、旅人にとっても本来の力を覚醒させられる時期に来たわけだ。当然、相手にとっても」

 翔子は立ち上がり、元紀のいる前列まで進み、そこにスチール棚ごと資料を転移させた。

「これは事務所で私がスクラップしている「G」関連の記事だ。2020年以降、明らかに増えている。多いときは、一日に複数も大規模な「G」による事件が発生している。今の世界は、それこそ超古代文明とやらと同じくらいに「G」が身近になっている。今なら、大規模な戦いを行える。もし仮に、相手が紳士道を心得ている者なら、倒す相手は最大の力を発揮できる状態で相手をしたいはずだ」
「でも、銀河の力は完全に覚醒されていなかった」
「あぁ。あの時も南極でも、俺はまだ全ての力を取り戻してはいないかった。今もだけどな?」
「そうだ。あいつも彼を覚醒させるための相手側が用意した駒なら、エジプトから約10年たった後であるのも納得できる」
「それだけじゃないわ。もう一つの要因もあったのよ。いいえ、銀河や南極の事は付随してきた要因にすぎなくて、多分こっちが本当の要因よ」

 元紀が翔子の前に立ち言った。

「……そうか。あなたの娘か?」
「えぇ。空間と時間が再び戦わせて、時空の力を呼び覚ます。それが目的の一つなら、あのタイミングであったのも納得できるわ。銀河も、力を覚醒させるだけの材料を求めたかもしれない」
「つまり、時空と真理が覚醒することを相手は望んでいる? 何故時空も必要なんだ?」

 翔子は顎に指を当てて自問した。元紀も腕を組んで考えを口にする。

「世界を救うため……。もしくは破壊するためでしょうね。それだけの力があれば、宇宙だって作り出せるかもしれないもの」

 そんな時、銀河がポツリと口を開いた。

「いや……実際に創ったんだ」
「「え?」」

 二人が彼を見た。
 しかし、それ以上を銀河から聞くことはできなくなった。
 突如、ビルの非常ベルが鳴り響き、窓ガラスを破って侵略者、ゼノモーフが次々に会議室内に侵入してきたのだ。





 

 ビルの照明は落ち、非常灯の薄暗い中、彼らは素早く戦闘に切り替えた。
 瀬上と黄、凌が素早く机を飛び越えて襲い掛かる敵から仲間を守り、ガラテアは爪を鋭利に伸ばし、侵入してくる侵略者を片っ端から切り裂く。
 返り血となる酸の液も変化の力を持つガラテアには通用しない。彼女は次々に敵を倒していく。
 その隙に、銀河達は非常口から廊下へと出ようと、扉を開く。

「うわっ!」

 扉を開いた瞬間、廊下から銀河に飛び掛る侵略者。襲われた銀河は、侵略者もろとも机と椅子を豪快に巻き込んで転がる。
 後に続いて廊下から侵略者が会議室内に入ろうとするが、世莉が前に出て両手を突き出す。

「虫けらがぁ!」

 刹那、扉から廊下の見える限りのすべてに結界が発生し、無数に溢れる敵を捕獲した。

「消えろ!」

 両手を振り下ろすと同時に結界は一気に収縮し、それに敵は押し潰されて消滅した。

「イテテテテテッ! 俺の手を噛むんじゃねぇ!」

 椅子と机がグチャグチャに積み重なった山から銀河の声が聞こえ、銀河を標的から除外した侵略者が中から歯を剥き出して現われた。

「私だって、まだまだ現役だ!」

 侵略者の目の前で日本刀を構えた翔子は、叫ぶと同時に刀を振り下ろした。
 一瞬で真っ二つに切られた敵は血しぶきを上げるが、翔子はその全てを転移させ、次の瞬間には腐食する日本刀の代わりに火のついた煙草が手に存在していた。

「あっ! しまった!」

 窓の前で敵の侵入を妨げていたガラテア達の攻撃をすり抜け、一匹の侵略者が侵入し、翔子に襲いかかってきた。
 しかし、一仕事終えて一服する翔子は、それを一瞥すると紫煙を吐きながら、左手を翳して叫んだ。

「いけっ、瀬上! 10万ボルトォ!」
「って、おいっ!」

 左手の翳す先に強制的に転移させられた瀬上は目の前に迫る侵略者に驚きつつも、電撃を放って、相手を倒す。

「危ねぇ真似すんじゃねぇ! 大体俺は電気ネズミじゃねぇ!」
「ふぅー……。お前がそんな可愛い訳がないだろう。電磁らしく、所詮お前は人気投票二位がお似合いだ」
「てめぇ、二位様に謝れ!」
「電磁バカ、戦闘中にそんなことどうでもいいでしょ!」

 菜奈美は怒りながら、瀬上の時間を巻き戻して窓の前へ強制的に戻す。

「だぁぁぁぁ! てめぇら、俺を何だと思ってんだ!」

 瀬上は腹いせとばかりに電撃を侵略者に浴びせた。





 

 一方、非常階段へ向かって廊下を進む元紀達は、世莉の結界によって順調に前進していた。非常階段はもう廊下の直線の先に見えていた。

「あぁ! キリがない!」
「世莉、そんなにイライラしない方がいいよ。いつかは収まるだろうし、もう階段は目の前だから」

 桐哉が世莉をなだめるように言うが、実際に侵略者は無制限に現われていた。

「大丈夫です。そろそろ終わります」

 クーガーが口を開いた。

「視えるのか?」
「えぇ。援軍です」

 銀河が聞くと、クーガーは頷いた。
 しかし、その言葉とは裏腹に突如目の前の天井が崩れ、天井裏から多数の侵略者が廊下に一気に現われた。

「ちっ!」

 世莉は舌打ちをして、再び結界に敵を包んで消滅させる。
 しかし、タイミングの差で一体が結界に入らずに汐見に襲い掛かる。

「うわぁぁぁ!」

 汐見が悲鳴を上げて、床にうずくまると同時に非常階段の扉が開かれ、銃器を持った人々が廊下になだれ込んできた。

「てぇぇぇぇ!」

 野太い声と同時に彼らの銃器は火を吹き、侵略者の頭部を一斉射撃した。
 侵略者の頭部は血も噴き出すことなく吹き飛ばされ、汐見の目の前にゆっくりと倒れた。

「うわっ!」

 腰を抜かして驚く汐見を他所に、元紀達は廊下に現われた彼らに駆け寄った。

「助かりました」
「いや、予定より到着が遅れて申し訳ない」
「でも、そのお陰で退避経路を確保できましたよ。お久しぶりです、皆さん」

 防護ヘルメットを外し、グリーンベレー第7グループ隊のラリー・ランバートは挨拶した。
 先に答えた隊長のジョン・マクスウェルも防護ヘルメットを外して、挨拶した。

「ラリーの予知能力に感謝しろよ。出発前に武装が必要だと言ったのはコイツだからな」
「はい。ありがとうございます」

 桐哉が代表して礼を言った。
 そこへ、彼らに続いて非常階段から米陸軍服を着た中年女性が現れた。胸には勲章が多数付いている。

「ターゲットは現在屋上とビル壁面にいるのが最後よ、サンジューロー」
「ライムさん。助かりました、ありがとうございます」

 銀河がライム・ギムレットに礼を言うと、彼女は苦笑して答えた。

「この程度ならあなたには大した敵ではなくて?」
「いやぁ……俺は口の通じない相手は苦手だからな?」

 銀河が頭をかきながら答えていると、ビルの屋上から大きな衝撃が起こった。

「うわっ、なんだ?」

 身を屈めて驚く銀河達に、ライムはニヤリと笑って答えた。

「今日、紹介する予定だったうちの用意した操縦者よ」





 

 ジョン達の先導で非常階段を上り、屋上に出た銀河達の目に飛び込んできた光景は、衝撃的なものであった。

「ガンヘッド……?」
「基本はそう。倉庫で眠っていた507の時代遅れな武装を外して、針金みたいなアームは開発中の超合金製大型アームに変更した。いわば、ガンヘッド改だ」

 屋上のヘリポート上で次々に侵略者を握りつぶすガンヘッド型のロボットに驚く銀河達にライムは自信満々に答えた。

「アレ、モード変更できないだろ?」
「当然の代償よ」
「……関口さんが聞いたら発狂するな?」
「………」

 銀河がライムの返答を聞いて元紀に呟いたが、彼女は何も言えなかった。
 チェーンガンの代わりに球体のカメラが登載された頭部に、武装を外した代わりにより霊長類の腕に近づいた巨大な銀色の両腕、大型化された脚部のキャタピラーはもはやガンヘッドとは違うロボットに変わり果てていた。

『OK! ムシケラ共、テメェらの[ピー]に火をつけてやるぜ!』

 ガンヘッド改からガムを噛む音と共に下品な言葉が聞こえてきた。

「……あの声が操縦者か?」
「そうよ。私の息子、ジン・ギムレット。バカだが、我が軍一のロボット兵器操縦者だ」

 銀河の疑問に、ライムは淡々と答える。
 一方、ガンヘッド改は両腰に手を回し、脚部の外装に搭載されている巨大なショットガンを手に取り構えた。

「……何あれ?」
「世界最大のショットガンと称されるパントガンだ。かつては船に乗せて水鳥を撃つために使われていたとされるが、今回はガンヘッド改に合わせてトリガー部を巨大化させた」

 冷静に解説するライム。
 そして、二丁のパントガンを構えたガンヘッド改は、ガムを噛む音と共に叫んだ。

『俺様の銃が火を吹くぜ!』

 刹那、爆音が次々にニューヨーク中に響き渡り、四散した侵略者の死骸を残して戦闘は終結した。
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