本編
10
2039年2月のとある雨の夜、凱吾は学生服と鞄を持った格好で都内を歩いていた。
その手には大型カメラとノート型パソコンが一体化したような形状をした装置が握られていた。
装置の名前は「G」センサー。「G」は周囲へ及ぼす影響が普通の生物と僅かに違い、熟練した爾落人達はそれを気配と呼んでいる。これは、精密計測機器を組み合わせることでそれを擬似的に再現し、「G」の侵入を感知する機能を持たせたセキュリティーシステムとしてJ.G.R.C.で開発されたものである。
凱吾の持つ「G」センサーは更に関口が改良を進め、持ち運びを可能にさせたものの試作品である。ただし、装置の向けた方向にしか感知ができないという問題が残っている。
凱吾はこの装置を関口から借り、それを頼りに進んでいた。
「……こっちか」
凱吾は自宅のマンション近くの廃工場に向かった。
中は人気がなく、外の雨音だけが聞こえる。どこかで雨漏れをしているらしく水の落ちる音が聞こえる。
凱吾は廃工場の入口に鞄を置き、中から合金製の籠手を取り出し、それをはめた。
「よし」
籠手の平とスパイク部分に描かれた「G」封じの方陣を確認して、凱吾は廃工場内に入った。
工場内は至るところで雨漏りをしており、水の滴る音が絶えず聞こえていた。
「……上か」
凱吾は「G」センサーを足元に置き、耳をすました。
これ以降は、道具に頼る必要はない。己の五感が頼りだ。
天井を何かが這う音が聞こえた。
しかし、凱吾は動かない。息を殺し、敵が動くのを待つ。
「……来た!」
凱吾は前転した。刹那、先程まで凱吾がいた場所に何かが落下してきた。
凱吾は身を翻し、それを掴んだ。
二メートルほどの硬い皮膚を持つ「G」、銀河達が草津で遭遇した侵略者であった。
方陣が描かれた籠手で掴まれた侵略者は、金切り声に似た悲鳴が上がる。
「この程度か! うらっ!」
侵略者を掴んだまま凱吾はガラテアに教わった通りに繰り返し拳をぶつけた。侵略者の硬い殻が砕ける。
飛び散った血液が周囲の鉄に付着して刺激臭を放つ。
「酸の血か。面白いじゃねぇか!」
凱吾は酸で煙を上げる籠手を見つめて、目の前に転がる死骸に言った。
「キシャァァァァ!」
「遅いっ!」
そこへ天井から別の侵略者が凱吾に襲い掛かってきた。しかし、凱吾は素早く身を翻し、逆に相手の頭部を掴み、地面に叩きつける。更に、怯んだ隙にその体を籠手のスパイクで乱れ突きする。
「ふっはっほっらっはっやっがっ!」
凱吾の容赦ない攻撃に侵略者の殻は砕け散り、周囲に酸と破片が飛び散る。
「ふぅぅぅ……」
酸によって発生した白煙の中、凱吾はゆっくりと息を吐く。
まだ二箇所から音が聞こえた。
「二体か」
「「キシャァァァァ!」」
侵略者の尾が同時に凱吾へ襲い掛かる。
体を転がして尾を交わすと、一体の尾を掴み、渾身の力でそれを振り回した。
「うおらぁぁぁぁぁっ!」
「グゴッ!」
鈍い音と呻き声を上げ、侵略者は金属製の柱に叩きつけられた。
「キシャッ!」
「ちっ!」
もう一体が凱吾の隙を突いて飛び掛った。地面を転がり、倒れる凱吾。
柱に叩きつけられた侵略者も復活し、二体が獲物を狙う。
凱吾は周囲を見る。死骸の尾が目に留まった。
「よしっ!」
凱吾が動いた瞬間、二体も飛び掛った。
しかし、彼は素早かった。死骸の尾を掴み、素早くそれを構えた。
「スパイラルゥゥゥゥ…アタァァァーック!」
凱吾は鋭い尾の先端を侵略者の腹部に捻り込む様に突いた。
尾は侵略者の背を突き破り、更にもう一体の顎に突き刺さった。
「これでトドメだ……」
尾から手を離した凱吾は手前の侵略者を踏み台に飛び上がり、落下の勢いを加えて拳を振り下ろす。
「砕けろぉぉぉぉっ!」
「グォ……ゴッ!」
凱吾の拳は侵略者の頭部を突き、顎に刺さった尾の先端が頭部を貫通する。侵略者は鈍い声を上げて絶命し、同時に体液が貫通した頭部から噴き出した。
一方、凱吾は死骸に見向きもせず、廃工場を後にした。
「ふぅー……うっ! おえっ!」
廃工場から一歩外へ出た瞬間、凱吾は思わず吐き気をもよおした。排水溝に吐き、顔を上げた凱吾は思わず苦笑した。
「まだまだ、精神修行が足りねぇな」
凱吾は急激に襲う疲労と恐怖にふらつく足取りで学生鞄を掴み、帰路へとついた。
「よし! これできれいさっぱり! ………全部、忘れられる……はずね」
マンションのゴミ捨て場の前で高校の制服を着た五月は、自分が今しがた捨てたゴミ袋を見つめて言いきかせた。
写真、プレゼント、ノート。やっと先日別れた先輩との思い出の品を捨てることができた。
正直、五月が思っていた以上にここまで来るのに時間がかかっていた。
最初は別れたその日に捨てるつもりでダンボールにそれらの品々を入れたが、もしかしたら復縁することがあるかもしれないという期待が脳裏に過ぎり、結局ダンボールごとクローゼットに突っ込んだ。
今日、こうしてダンボールの中身をゴミ袋に入れられたのは、彼が五月の知らない学校の生徒と交際を始めたという話を聞いたからに他ならない。
「何……悔しがってんだろ。………バッカみたい」
携帯電話を取り出してみると、メールが届いていた。母からだ。
『ごめんね。今日は帰れません。明日の夜には帰れる予定なので、今晩は凱吾の夕食をお願いします。ママ』
五月は返信も打たずに携帯電話を学生鞄にしまった。
もう昔のように寂しさを感じることはなく、むしろ自由な時間があることが好都合とも思えていた。
「いつもいつも凱吾を私に押し付けて!」
思わず自分が捨てたゴミ袋を蹴り飛ばした。ゴミ袋は、転がって他のゴミ袋の山を崩し、それらの中に混ざった。
もう一目ではどれが自分の捨てたゴミ袋かわからない。
「ふー……」
五月は呼吸を整えると、ゴミ捨て場を後にした。
弟の凱吾が嫌いな訳ではない。ただ、気持ち悪いのだ。
その理由は、ただ一つ。
「結局、1年半もかかったな?」
娘へのメールを打ち終わり、携帯電話を上着のポケットにしまった元紀の元に銀河が近づきながら声をかけた。
潮の香りを含んだ夜風が彼らの間に流れた。
自由の女神が眺望できる屋上に立つ二人は、柵に肘を当てながら並んで立っていた。
「それでも、上出来よ。流石に日本で集まることはできなかったけど」
「そうだな? 吾郎や関口さんも不在だが、こういう場がある程度表立った形で設けられたんだ。斎藤社長には感謝だな?」
「そうね。……行きましょう、銀河。時間よ」
「あぁ」
二人は同時に柵から離れ、階段に向かった。
2039年3月、まだ冬の寒さが残るニューヨークに彼らは集結した。
銀河と元紀が大会議室の扉を開けると、既に彼らは揃っていた。
「銀河殿、元紀殿。準備はできています」
ガラテアが彼らに耳打ちをすると、二人は頷き、前に立った。
同時に、会議室の椅子に座っていた者達も立ち上がった。
「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。この度、出席出来なかった方もいますが、まず皆様とここで会することができたことに感謝致します」
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ? 俺達はそんな畏まった世界の人間じゃねぇからな」
元紀が頭を下げると、瀬上が声を上げた。
一同が思わず苦笑する。
顔を上げた元紀は頷くと、肩の力を抜いた。
「そうですね。ここにお集まりの皆さんは、普段敵対している方もいるでしょう。でも、今回だけは、わたし達の為、手を結んで下さい!」
元紀の言葉に一同は力強く頷いた。
そして、彼らの自己紹介から始まった。
「まずは俺からだな? 後藤銀河、元『神々の王』でもある真理の爾落人です」
「その守護者、変化の爾落人。ガラテア・ステラだ」
「次は俺かな? 電磁の爾落人、瀬上浩介。「G」ハンターや刑事もしていたんで、どうもさっきから落ち着きのない奴がいるみたいだが、ここは無礼講で頼むぜ?」
「いいか! 時効はまだまだ先だからな!」
警視庁の汐見が立ち上がり、叫んだ。
「日本に帰ってから相手してやるよ!」
「ったく、少しは落ち着きなさいよ。……あ、すみません。今はこの電磁バカの保護者をしています。時間の爾落人の桧垣菜々美です」
菜々美は挑発する瀬上を座らせると、丁寧に頭を下げた。
続いて、隣で菜奈美と瀬上のやり取りをニヤニヤと笑って眺めていた派手な彩色の髪色、服装をしている女性が立ち上がった。
「いや~スゴいわね! この場にいるだけでインスピレーションが沸いちゃう沸いちゃう!」
「ちょ、ちょっと!」
「あははは、ごめんごめん。菜奈美ちゃんやみぃちゃんが面白そうなことに関わってるみたいだからくっついて来ちゃいました!」
「だから、自己紹介を! ……って、なにをあんたは笑ってるのよ」
菜奈美が彼女の服の裾を引っ張り、注意している横で瀬上は机に突っ伏して笑っていた。
「あのー、今更かもしれないけど、自己紹介してくれますか?」
「え~」
「自己紹介してくれ!」
はじめはタジタジであった銀河も仕舞いには力を使った。
「想造の爾落人にして研究者、そして芸術家。それがあたし、パレッタよ!」
自己紹介を済ませると、菜奈美がすぐさまパレッタを座らせた。
すかさず隣に座っていた初老の婦人が立ち上がった。年齢と共に積み重なった貫禄は、教会のシスターや幼稚園の園長先生を想像させる。
「引田深紗です。一応、医師をしていますが、本日はGnosisメンバーを代表して参りました」
引田は恭しく挨拶をした。思わず一同も頭を下げる。
「Gnosisは日本の国家機密組織という性質上、主に今回は後方支援をお願いします」
「つまりは、政府やマスコミへの根回しってことですね?」
元紀が補足で説明すると、瀬上の後ろに座っていたクーガーが愉快そうに言った。
元紀が睨むと、彼は慌てて自己紹介をする。
「おっと失礼しました。私は視解の爾落人、クーガー。銀河さんや菜奈美さんをはじめ、数人の方とはとても古くからのお付き合いをしております。ですよね? ハイダさん」
「えぇ、まぁそうです。……私は思念の爾落人、ハイダです」
クーガーとハイダの自己紹介も流れで済ませ、一つ空席を置いて、隣に座っていた先ほどの汐見が挨拶をしようと立ち上がる。
「えー、本日はお招き頂き誠にありがとうございます。私は警視庁捜査一課で……」
「私は「G」関連の事件や問題を主に請け負う事務所をしています。北条翔子、転移の能力者です」
「えっ!」
言葉の途中で隣の北条翔子に切られた汐見が口をパクパクさせている間に、彼女は慣れた様子で更に隣に続く面々を紹介していく。
「こちらが我が事務所の優秀なる部下達、四ノ宮世莉と円藤桐哉だ」
「ど、ども! よろしきゅっ!」
「宜しくお願い致します」
緊張のあまり思いっきり噛む四ノ宮世莉と対照的な円藤桐哉が挨拶をすると、翔子達三人は着席した。
一人だけ佇む汐見。斜め前では瀬上が腹を抱えて笑っている。
「……汐見秀です」
寂しげに座る汐見。
それを桐哉の隣で同情したまなざしで見つめつつ青年が立ち上がる。
「殆どの方が始めましてになるかと思います。光撃の爾落人、東條凌です。本来はもう一人連れてくる予定だったのですが、沼津の関口さんと気があった様子で……」
すぐさま元紀が銀河を睨む。
「今の言葉で、察してくれるよな?」
「……めでたくトリオが沼津に揃ったってところね」
元紀は溜め息をついた。
その声を耳にしたパレッタが身を乗り出した。
「何々? 面白いこと?」
「あーいや。本日、沼津のJ.G.R.C.開発部から離れられない為、不在の二人がちょっと……」
「開発部ですって! もしかして、「G」の研究中?」
「そういう話よ……って、パレッタさん?」
元紀が答えていると、パレッタは翔子のところへ歩いていった。
「どうした?」
「あなた、転移の「G」が使えるんでしょ? 今すぐあたしをその開発部とやらに転移させて!」
「おいおい、今はそういう場でないだろ?」
「何よ、ケチババア!」
「あ、それは禁句!」
慌てて立ち上がる桐哉。
しかし、遅かった。額に血管を浮き上がらせた翔子が、机を叩いて立ち上がっていた。
「あん! あんたのが私よりも年上だろうが!」
「でも、問題は見た目でしょ? み・た・め!」
「そんな訳の分からない格好した奴にだけは言われたくないわぁ! 沼津でもどこへでも行きやがれ!」
「いえ~い!」
「あっ………」
翔子がうまく担がれたのに気がついた時は、パレッタを沼津へ転移させた後であった。
一同から、白い目が翔子に向けられる。
「トリオじゃなくて、カルテットだな?」
「はぁー」
そんな光景を見つめる銀河に言われて、元紀は深いため息をついた。
彼女は、早くもこの変わり者集団を束ねる自信が揺らぎつつあった。
「つまり、これがMOGERAの試作品になるわけね! すご~い!」
「だろ? プロトモゲラって呼んでるんだ! 今はMOGERA操縦者になる予定の凱吾の訓練用として使ってデータの収集を行ってる」
ニューヨークで銀河達が会合している一方で、沼津の開発部格納庫ではプロトモゲラの前で関口達が対「G」兵器談義で盛り上がっていた。
関口の説明に黄色い声で応えているのは、先ほどニューヨークから転移されてきたパレッタだ。
「おいおい、関口君ばかりがすごい訳じゃないぞ! 僕がいなけりゃ、このロボを作る予算も稼げなかったんだからよぉ!」
関口の肩に腕を回して笑いかけた男性は、彼の友人であり、対「G」兵器理論の第一人者でもある桐生江司だ。かの桐生篤之の息子でもあり、関口がこれまで松田東前の調査、対「G」兵器開発を進める裏で動いていた人物でもある。
「桐生さんには感謝してますって! 人工知能にアンドロイド、ガンヘッドからこの道に入った俺が不得意な分野を見事カバーしてくれる! 最高の友だよ!」
「だが、アレであんなぼろ儲けをするなんて、そういう発想は僕にはできんよ!」
肩を叩き合って笑う二人。
そんな会話に黙っていられるはずもなく、パレッタも話に割り込む。
「人工知能なら私も負けないわよ! 昔だけど、優秀な人工知能を作ったんだから!」
「おぉ、流石は爾落人!」
「でも量産できないけどね。ま、私は芸術だから! 同じものを二度も作るなんてことはしないんだけどね~」
パレッタの意見に関口も江司も頷く。
「それはわかる! やはり、クリエイターたるもの、最終的に求めるのは最高傑作!」
「量産ができるものを作るというのも、開発者としては必要なことだが、浪漫は至高の一品を生み出すことに帰結する!」
「熱いなぁその魂! オレはハッキングして見る専門だけど、その気持ちはなんか分かりますよ」
彼らに尊敬のまなざしを向ける青年、宮代一樹は凌が話していた電脳の爾落人で、以前から開発部の関口について興味があったらしく、ニューヨークへ来る前に立ち寄ったままここに居ついている。
「わかってくれるか?」
「勿論! オレを低脳なクラッカーと一緒にしないでくださいな。開発者の情熱が篭った設計図、機密文書。それらを覗き見て、皆さんと気持ちを共有する。それが一番の楽しみですからね」
「すばらしい! 君みたいな人間にこそ、見て欲しいと思って、我々もあらゆるセキュリティーを組み上げているんだ!」
今度は男三人が肩を叩き合い笑う。
「ねぇねぇ! 趣味がハッキングってことは、秘蔵の「G」研究資料とかもコレクションしてるんじゃないの?」
「勿論ですとも! 見ます?」
パレッタに言われて、頷く一樹。
彼の問いかけに、今度は三人が頷いた。
一樹は、ニヤリと笑って格納庫に置かれていたパソコンに手を置き、秘蔵のコレクションを置いているサーバーを開く。
「うぉおおお! これは「G」cellのデータじゃねぇか! しかも、ビオランテまで!」
「あのGROWが所有していたデータがソースらしいですよ。流出したものを拾っただけですけど」
「おぉ! こっちはミステイカーの研究資料じゃないか!」
「それは10年前の研究施設一斉襲撃時に流出したものですね。一部はオレがオリジナルから拝借したものもありますが」
「すごいなぁ」
「まぁ、それがオレの能力ですから」
「うっそ! あたしのアークちゃんの資料まである! あたしだって持ってないのに!」
「えっ! この人工知能が今話してた作品なんですか?」
「そーよ! スゴいでしょ!」
「あぁああああ! これは蒲生達も回収できなかった革命時のガンヘッド507戦闘データ! ……やべぇ! これでMOGERA完成が1年は早くなるぞ!」
「あなたスゴイわね!」
「うん、天才だ!」
「爾落人万歳! 一樹万歳!」
「いや~照れますよ」
四人はそれからも延々と自分達の世界で盛り上がるのであった。
一方、ニューヨークでは自己紹介を済ませ、銀河と元紀がこれまで調べたことについての説明を終えたところであった。
「なんて大きいヤマなんだ……。俺の人生が短く感じてきたな」
頭を掻きながらボヤく瀬上に菜奈美はバカにした表情で言う。
「何言ってんのよ。ここにいる爾落人の年齢からみたらあんたは他の人達の方に近いんだから」
「あら、私はあなた方に比べたら若いですよ?」
菜奈美を見て、三島芙蓉が言った。
瞳の色が紺色に染まっている。今の人格は、海を司る「G」の精神体、紺碧だ。
「って、あなたは私と桁違いの歳月を存在しているでしょ」
「しかし、芙蓉はあなたの年齢より桁違いに若いですよ?」
「うっ……」
思わず言いよどむ菜奈美はかれこれ4000歳。
「それを言い始めると俺は何歳だかわからないぞ? 何回も死んだり生き返ったりしてるからな?」
銀河は苦笑いしつつ紺碧と菜奈美に言った。
それを見て、元紀が両手を打って口を開いた。
「はい。この話はここまで! 話を戻すわよ? 現在私たちがわかっている事は、複製の爾落人が長年この世界に暗躍する組織を操り、同時に様々な「G」を生み出していた可能性が高いということ」
「プルガサリやクマソガミ、それに「G」の力を奪い、与える銃というのもその組織が関わっていると考えられるな?」
銀河が元紀の言葉に補足をする。
そのとき、芙蓉の隣に座る金髪の東洋人が頭を掻きながら手を上げた。芙蓉と同じく南極調査に参加し、現在は魏怒羅と云われている「G」とその精神体、黄昏を宿す巫師の黄天だ。
「俺も少し混乱してるんだけどよ。そのプルガサリもクマソガミも一度、大昔に暴れていたのをそいつ……じゃないんだよな。そいつの前の旅人って奴が封印したんだろ? じゃあ何だって、また復活して、今度は消滅させることができたんだ?」
「それは消滅できなかったというよりもしなかったんだろうな? 俺も昔の記憶は客観的なものが多すぎてはっきりと言えないけどな?」
「なんじゃそりゃ?」
銀河がボソリと答えたが、黄は納得しない。
曖昧な返答をする銀河に代わって、ガラテアが答える。
「銀河殿は記憶を共有させたとはいえ、その生きた歳月は元紀殿と同じだ。対して、かつての主殿はファラオと一体化し分離をしているが、私よりも長い時間を生きている。当然、考え方も違う。何よりも己を旅人と名乗る様になってからの主殿は、可能性にかける方だった」
「どういうこった?」
「つまり、消滅させて全てを終わらせるのではなく、封じて歳月と共に変わる可能性を選んだんだ。そして実際、封印をした銀河殿に呼応してそれらは復活している」
「ふーん……って、そりゃ丸投げじゃねぇかぁぁぁあ!」
「そうとも言うな。実際、主殿の力は銀河殿よりも劣っていたしな」
「今も十分にヘタレだろ?」
ガラテアが答えを聞いた翔子がボソッと言った。
「うっ……」
軽くショックを受ける銀河。それを見て慌ててガラテアがフォローをする。
「何を言う! 銀河殿は確かに戦いとなると踏み潰されたり」
「うっ……」
「投げられたり」
「うぅ!」
「それこそボロ雑巾の様にやられることも多い!」
「ぎゃっ!」
「だが、コリアではプルガサリを、エジプトでは私を苦しみから解放してくれた。……銀河殿は宇宙戦神なしで戦えないほどに弱いかもしれないが、争いそのものを解決する力と心を持つ方だ!」
「……あ、ありがとう。ガラテア、嬉しいけど、もうそれ以上言わないでくれるか?」
壁に体を支えながら銀河がガラテアに言った。
「そうか? わかった」
「銀河、今更あんたがヘタレだってことなんて周知の事実なんだし、気にすることないわよ」
笑顔で銀河の肩をポンと叩き、元紀がとどめを刺した。
会議室の隅で体育座りをして渦巻きを床に書き始めた銀河を無視して、元紀は話を再開する。
「すみません。一つ疑問があるんですが、その我来也と名乗っていた複製の爾落人と旅人に個人的な関係はないんですか?」
凌が手をあげて発言した。
「というと?」
「プルガサリとクマソガミはどちらも国の滅亡時に覚醒しています。複製の爾落人が国の滅亡に関わる時に「G」を介入させる理由があると考えられるんです。もしかしたら、エジプトで人類を滅亡させようとした過去がある旅人と関連があるように思えまして。例えば、旅人の出現を見越した上での罠とは考えられませんか?」
「なるほどね。もしも罠だとしたら、クマソガミは能々管の封印の為に日本へ渡った旅人を待ち構える為ね。プルガサリに関しては、説話を事実と考えれば、高麗でなく宋に仕掛けられるはずの罠だったということになるわね。……銀河、13世紀の旅人の居所を覚えている?」
会議室の隅に座り込んでいた銀河が顔を上げる。
「へ? その頃か? ……確か12世紀末からドイツで今でいう小説家みたいなことをしてたら、魔女狩りがはじまって、ヨーロッパを転々としつつ色々やってたんだ。そうこうしていたら、元に行くっていうマルコと知り合って、久しぶりにアジアへ移動して……あ、宋が滅亡した時にいたのか?」
「自分の記憶で疑問形になってるわよ、銀河。全く、何やってるんだか……」
「って、ぬぁにをスルーしてるんだっ! 今さらっと出たマルコってあのマルコだろぉぉぉ!」
「黄君、そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえるわよ。それにちびまる子ちゃんでそんなに騒がないの!」
引田がシャウトする黄に向いて指を立て、メッ! をする。
それによって言葉を失う黄に代わって、瀬上がツッコミを入れた。
「色々と間違ってるが……。なに、世界史に影響を与えまくってんだっ!」
「いやぁ、俺も今話してて気づいたんだよ。……そっか、あのおっさんは俺の話を聞いて東方見聞録を書いたんだな?」
「銀河、お前が気づいていないのか、わざと逃げてるのかしらねぇけど、最初にドイツでうんぬんはニーベルンゲンの歌のことだろ?」
「そういや、そんなタイトルだったな?」
「はぁ、8世紀にも及ぶ謎がこうもあっさりと」
ツッコミ疲れた瀬上は額に手を当てながらうな垂れる。
「脱線どころか横転したけど、こいつが現れるのはある程度予想ができていた、旅人と複製の爾落人が敵対関係にあった可能性は考慮しておく価値があるわね?」
元紀が話を戻すと、凌は頷いた。
2039年2月のとある雨の夜、凱吾は学生服と鞄を持った格好で都内を歩いていた。
その手には大型カメラとノート型パソコンが一体化したような形状をした装置が握られていた。
装置の名前は「G」センサー。「G」は周囲へ及ぼす影響が普通の生物と僅かに違い、熟練した爾落人達はそれを気配と呼んでいる。これは、精密計測機器を組み合わせることでそれを擬似的に再現し、「G」の侵入を感知する機能を持たせたセキュリティーシステムとしてJ.G.R.C.で開発されたものである。
凱吾の持つ「G」センサーは更に関口が改良を進め、持ち運びを可能にさせたものの試作品である。ただし、装置の向けた方向にしか感知ができないという問題が残っている。
凱吾はこの装置を関口から借り、それを頼りに進んでいた。
「……こっちか」
凱吾は自宅のマンション近くの廃工場に向かった。
中は人気がなく、外の雨音だけが聞こえる。どこかで雨漏れをしているらしく水の落ちる音が聞こえる。
凱吾は廃工場の入口に鞄を置き、中から合金製の籠手を取り出し、それをはめた。
「よし」
籠手の平とスパイク部分に描かれた「G」封じの方陣を確認して、凱吾は廃工場内に入った。
工場内は至るところで雨漏りをしており、水の滴る音が絶えず聞こえていた。
「……上か」
凱吾は「G」センサーを足元に置き、耳をすました。
これ以降は、道具に頼る必要はない。己の五感が頼りだ。
天井を何かが這う音が聞こえた。
しかし、凱吾は動かない。息を殺し、敵が動くのを待つ。
「……来た!」
凱吾は前転した。刹那、先程まで凱吾がいた場所に何かが落下してきた。
凱吾は身を翻し、それを掴んだ。
二メートルほどの硬い皮膚を持つ「G」、銀河達が草津で遭遇した侵略者であった。
方陣が描かれた籠手で掴まれた侵略者は、金切り声に似た悲鳴が上がる。
「この程度か! うらっ!」
侵略者を掴んだまま凱吾はガラテアに教わった通りに繰り返し拳をぶつけた。侵略者の硬い殻が砕ける。
飛び散った血液が周囲の鉄に付着して刺激臭を放つ。
「酸の血か。面白いじゃねぇか!」
凱吾は酸で煙を上げる籠手を見つめて、目の前に転がる死骸に言った。
「キシャァァァァ!」
「遅いっ!」
そこへ天井から別の侵略者が凱吾に襲い掛かってきた。しかし、凱吾は素早く身を翻し、逆に相手の頭部を掴み、地面に叩きつける。更に、怯んだ隙にその体を籠手のスパイクで乱れ突きする。
「ふっはっほっらっはっやっがっ!」
凱吾の容赦ない攻撃に侵略者の殻は砕け散り、周囲に酸と破片が飛び散る。
「ふぅぅぅ……」
酸によって発生した白煙の中、凱吾はゆっくりと息を吐く。
まだ二箇所から音が聞こえた。
「二体か」
「「キシャァァァァ!」」
侵略者の尾が同時に凱吾へ襲い掛かる。
体を転がして尾を交わすと、一体の尾を掴み、渾身の力でそれを振り回した。
「うおらぁぁぁぁぁっ!」
「グゴッ!」
鈍い音と呻き声を上げ、侵略者は金属製の柱に叩きつけられた。
「キシャッ!」
「ちっ!」
もう一体が凱吾の隙を突いて飛び掛った。地面を転がり、倒れる凱吾。
柱に叩きつけられた侵略者も復活し、二体が獲物を狙う。
凱吾は周囲を見る。死骸の尾が目に留まった。
「よしっ!」
凱吾が動いた瞬間、二体も飛び掛った。
しかし、彼は素早かった。死骸の尾を掴み、素早くそれを構えた。
「スパイラルゥゥゥゥ…アタァァァーック!」
凱吾は鋭い尾の先端を侵略者の腹部に捻り込む様に突いた。
尾は侵略者の背を突き破り、更にもう一体の顎に突き刺さった。
「これでトドメだ……」
尾から手を離した凱吾は手前の侵略者を踏み台に飛び上がり、落下の勢いを加えて拳を振り下ろす。
「砕けろぉぉぉぉっ!」
「グォ……ゴッ!」
凱吾の拳は侵略者の頭部を突き、顎に刺さった尾の先端が頭部を貫通する。侵略者は鈍い声を上げて絶命し、同時に体液が貫通した頭部から噴き出した。
一方、凱吾は死骸に見向きもせず、廃工場を後にした。
「ふぅー……うっ! おえっ!」
廃工場から一歩外へ出た瞬間、凱吾は思わず吐き気をもよおした。排水溝に吐き、顔を上げた凱吾は思わず苦笑した。
「まだまだ、精神修行が足りねぇな」
凱吾は急激に襲う疲労と恐怖にふらつく足取りで学生鞄を掴み、帰路へとついた。
「よし! これできれいさっぱり! ………全部、忘れられる……はずね」
マンションのゴミ捨て場の前で高校の制服を着た五月は、自分が今しがた捨てたゴミ袋を見つめて言いきかせた。
写真、プレゼント、ノート。やっと先日別れた先輩との思い出の品を捨てることができた。
正直、五月が思っていた以上にここまで来るのに時間がかかっていた。
最初は別れたその日に捨てるつもりでダンボールにそれらの品々を入れたが、もしかしたら復縁することがあるかもしれないという期待が脳裏に過ぎり、結局ダンボールごとクローゼットに突っ込んだ。
今日、こうしてダンボールの中身をゴミ袋に入れられたのは、彼が五月の知らない学校の生徒と交際を始めたという話を聞いたからに他ならない。
「何……悔しがってんだろ。………バッカみたい」
携帯電話を取り出してみると、メールが届いていた。母からだ。
『ごめんね。今日は帰れません。明日の夜には帰れる予定なので、今晩は凱吾の夕食をお願いします。ママ』
五月は返信も打たずに携帯電話を学生鞄にしまった。
もう昔のように寂しさを感じることはなく、むしろ自由な時間があることが好都合とも思えていた。
「いつもいつも凱吾を私に押し付けて!」
思わず自分が捨てたゴミ袋を蹴り飛ばした。ゴミ袋は、転がって他のゴミ袋の山を崩し、それらの中に混ざった。
もう一目ではどれが自分の捨てたゴミ袋かわからない。
「ふー……」
五月は呼吸を整えると、ゴミ捨て場を後にした。
弟の凱吾が嫌いな訳ではない。ただ、気持ち悪いのだ。
その理由は、ただ一つ。
「結局、1年半もかかったな?」
娘へのメールを打ち終わり、携帯電話を上着のポケットにしまった元紀の元に銀河が近づきながら声をかけた。
潮の香りを含んだ夜風が彼らの間に流れた。
自由の女神が眺望できる屋上に立つ二人は、柵に肘を当てながら並んで立っていた。
「それでも、上出来よ。流石に日本で集まることはできなかったけど」
「そうだな? 吾郎や関口さんも不在だが、こういう場がある程度表立った形で設けられたんだ。斎藤社長には感謝だな?」
「そうね。……行きましょう、銀河。時間よ」
「あぁ」
二人は同時に柵から離れ、階段に向かった。
2039年3月、まだ冬の寒さが残るニューヨークに彼らは集結した。
銀河と元紀が大会議室の扉を開けると、既に彼らは揃っていた。
「銀河殿、元紀殿。準備はできています」
ガラテアが彼らに耳打ちをすると、二人は頷き、前に立った。
同時に、会議室の椅子に座っていた者達も立ち上がった。
「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。この度、出席出来なかった方もいますが、まず皆様とここで会することができたことに感謝致します」
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ? 俺達はそんな畏まった世界の人間じゃねぇからな」
元紀が頭を下げると、瀬上が声を上げた。
一同が思わず苦笑する。
顔を上げた元紀は頷くと、肩の力を抜いた。
「そうですね。ここにお集まりの皆さんは、普段敵対している方もいるでしょう。でも、今回だけは、わたし達の為、手を結んで下さい!」
元紀の言葉に一同は力強く頷いた。
そして、彼らの自己紹介から始まった。
「まずは俺からだな? 後藤銀河、元『神々の王』でもある真理の爾落人です」
「その守護者、変化の爾落人。ガラテア・ステラだ」
「次は俺かな? 電磁の爾落人、瀬上浩介。「G」ハンターや刑事もしていたんで、どうもさっきから落ち着きのない奴がいるみたいだが、ここは無礼講で頼むぜ?」
「いいか! 時効はまだまだ先だからな!」
警視庁の汐見が立ち上がり、叫んだ。
「日本に帰ってから相手してやるよ!」
「ったく、少しは落ち着きなさいよ。……あ、すみません。今はこの電磁バカの保護者をしています。時間の爾落人の桧垣菜々美です」
菜々美は挑発する瀬上を座らせると、丁寧に頭を下げた。
続いて、隣で菜奈美と瀬上のやり取りをニヤニヤと笑って眺めていた派手な彩色の髪色、服装をしている女性が立ち上がった。
「いや~スゴいわね! この場にいるだけでインスピレーションが沸いちゃう沸いちゃう!」
「ちょ、ちょっと!」
「あははは、ごめんごめん。菜奈美ちゃんやみぃちゃんが面白そうなことに関わってるみたいだからくっついて来ちゃいました!」
「だから、自己紹介を! ……って、なにをあんたは笑ってるのよ」
菜奈美が彼女の服の裾を引っ張り、注意している横で瀬上は机に突っ伏して笑っていた。
「あのー、今更かもしれないけど、自己紹介してくれますか?」
「え~」
「自己紹介してくれ!」
はじめはタジタジであった銀河も仕舞いには力を使った。
「想造の爾落人にして研究者、そして芸術家。それがあたし、パレッタよ!」
自己紹介を済ませると、菜奈美がすぐさまパレッタを座らせた。
すかさず隣に座っていた初老の婦人が立ち上がった。年齢と共に積み重なった貫禄は、教会のシスターや幼稚園の園長先生を想像させる。
「引田深紗です。一応、医師をしていますが、本日はGnosisメンバーを代表して参りました」
引田は恭しく挨拶をした。思わず一同も頭を下げる。
「Gnosisは日本の国家機密組織という性質上、主に今回は後方支援をお願いします」
「つまりは、政府やマスコミへの根回しってことですね?」
元紀が補足で説明すると、瀬上の後ろに座っていたクーガーが愉快そうに言った。
元紀が睨むと、彼は慌てて自己紹介をする。
「おっと失礼しました。私は視解の爾落人、クーガー。銀河さんや菜奈美さんをはじめ、数人の方とはとても古くからのお付き合いをしております。ですよね? ハイダさん」
「えぇ、まぁそうです。……私は思念の爾落人、ハイダです」
クーガーとハイダの自己紹介も流れで済ませ、一つ空席を置いて、隣に座っていた先ほどの汐見が挨拶をしようと立ち上がる。
「えー、本日はお招き頂き誠にありがとうございます。私は警視庁捜査一課で……」
「私は「G」関連の事件や問題を主に請け負う事務所をしています。北条翔子、転移の能力者です」
「えっ!」
言葉の途中で隣の北条翔子に切られた汐見が口をパクパクさせている間に、彼女は慣れた様子で更に隣に続く面々を紹介していく。
「こちらが我が事務所の優秀なる部下達、四ノ宮世莉と円藤桐哉だ」
「ど、ども! よろしきゅっ!」
「宜しくお願い致します」
緊張のあまり思いっきり噛む四ノ宮世莉と対照的な円藤桐哉が挨拶をすると、翔子達三人は着席した。
一人だけ佇む汐見。斜め前では瀬上が腹を抱えて笑っている。
「……汐見秀です」
寂しげに座る汐見。
それを桐哉の隣で同情したまなざしで見つめつつ青年が立ち上がる。
「殆どの方が始めましてになるかと思います。光撃の爾落人、東條凌です。本来はもう一人連れてくる予定だったのですが、沼津の関口さんと気があった様子で……」
すぐさま元紀が銀河を睨む。
「今の言葉で、察してくれるよな?」
「……めでたくトリオが沼津に揃ったってところね」
元紀は溜め息をついた。
その声を耳にしたパレッタが身を乗り出した。
「何々? 面白いこと?」
「あーいや。本日、沼津のJ.G.R.C.開発部から離れられない為、不在の二人がちょっと……」
「開発部ですって! もしかして、「G」の研究中?」
「そういう話よ……って、パレッタさん?」
元紀が答えていると、パレッタは翔子のところへ歩いていった。
「どうした?」
「あなた、転移の「G」が使えるんでしょ? 今すぐあたしをその開発部とやらに転移させて!」
「おいおい、今はそういう場でないだろ?」
「何よ、ケチババア!」
「あ、それは禁句!」
慌てて立ち上がる桐哉。
しかし、遅かった。額に血管を浮き上がらせた翔子が、机を叩いて立ち上がっていた。
「あん! あんたのが私よりも年上だろうが!」
「でも、問題は見た目でしょ? み・た・め!」
「そんな訳の分からない格好した奴にだけは言われたくないわぁ! 沼津でもどこへでも行きやがれ!」
「いえ~い!」
「あっ………」
翔子がうまく担がれたのに気がついた時は、パレッタを沼津へ転移させた後であった。
一同から、白い目が翔子に向けられる。
「トリオじゃなくて、カルテットだな?」
「はぁー」
そんな光景を見つめる銀河に言われて、元紀は深いため息をついた。
彼女は、早くもこの変わり者集団を束ねる自信が揺らぎつつあった。
「つまり、これがMOGERAの試作品になるわけね! すご~い!」
「だろ? プロトモゲラって呼んでるんだ! 今はMOGERA操縦者になる予定の凱吾の訓練用として使ってデータの収集を行ってる」
ニューヨークで銀河達が会合している一方で、沼津の開発部格納庫ではプロトモゲラの前で関口達が対「G」兵器談義で盛り上がっていた。
関口の説明に黄色い声で応えているのは、先ほどニューヨークから転移されてきたパレッタだ。
「おいおい、関口君ばかりがすごい訳じゃないぞ! 僕がいなけりゃ、このロボを作る予算も稼げなかったんだからよぉ!」
関口の肩に腕を回して笑いかけた男性は、彼の友人であり、対「G」兵器理論の第一人者でもある桐生江司だ。かの桐生篤之の息子でもあり、関口がこれまで松田東前の調査、対「G」兵器開発を進める裏で動いていた人物でもある。
「桐生さんには感謝してますって! 人工知能にアンドロイド、ガンヘッドからこの道に入った俺が不得意な分野を見事カバーしてくれる! 最高の友だよ!」
「だが、アレであんなぼろ儲けをするなんて、そういう発想は僕にはできんよ!」
肩を叩き合って笑う二人。
そんな会話に黙っていられるはずもなく、パレッタも話に割り込む。
「人工知能なら私も負けないわよ! 昔だけど、優秀な人工知能を作ったんだから!」
「おぉ、流石は爾落人!」
「でも量産できないけどね。ま、私は芸術だから! 同じものを二度も作るなんてことはしないんだけどね~」
パレッタの意見に関口も江司も頷く。
「それはわかる! やはり、クリエイターたるもの、最終的に求めるのは最高傑作!」
「量産ができるものを作るというのも、開発者としては必要なことだが、浪漫は至高の一品を生み出すことに帰結する!」
「熱いなぁその魂! オレはハッキングして見る専門だけど、その気持ちはなんか分かりますよ」
彼らに尊敬のまなざしを向ける青年、宮代一樹は凌が話していた電脳の爾落人で、以前から開発部の関口について興味があったらしく、ニューヨークへ来る前に立ち寄ったままここに居ついている。
「わかってくれるか?」
「勿論! オレを低脳なクラッカーと一緒にしないでくださいな。開発者の情熱が篭った設計図、機密文書。それらを覗き見て、皆さんと気持ちを共有する。それが一番の楽しみですからね」
「すばらしい! 君みたいな人間にこそ、見て欲しいと思って、我々もあらゆるセキュリティーを組み上げているんだ!」
今度は男三人が肩を叩き合い笑う。
「ねぇねぇ! 趣味がハッキングってことは、秘蔵の「G」研究資料とかもコレクションしてるんじゃないの?」
「勿論ですとも! 見ます?」
パレッタに言われて、頷く一樹。
彼の問いかけに、今度は三人が頷いた。
一樹は、ニヤリと笑って格納庫に置かれていたパソコンに手を置き、秘蔵のコレクションを置いているサーバーを開く。
「うぉおおお! これは「G」cellのデータじゃねぇか! しかも、ビオランテまで!」
「あのGROWが所有していたデータがソースらしいですよ。流出したものを拾っただけですけど」
「おぉ! こっちはミステイカーの研究資料じゃないか!」
「それは10年前の研究施設一斉襲撃時に流出したものですね。一部はオレがオリジナルから拝借したものもありますが」
「すごいなぁ」
「まぁ、それがオレの能力ですから」
「うっそ! あたしのアークちゃんの資料まである! あたしだって持ってないのに!」
「えっ! この人工知能が今話してた作品なんですか?」
「そーよ! スゴいでしょ!」
「あぁああああ! これは蒲生達も回収できなかった革命時のガンヘッド507戦闘データ! ……やべぇ! これでMOGERA完成が1年は早くなるぞ!」
「あなたスゴイわね!」
「うん、天才だ!」
「爾落人万歳! 一樹万歳!」
「いや~照れますよ」
四人はそれからも延々と自分達の世界で盛り上がるのであった。
一方、ニューヨークでは自己紹介を済ませ、銀河と元紀がこれまで調べたことについての説明を終えたところであった。
「なんて大きいヤマなんだ……。俺の人生が短く感じてきたな」
頭を掻きながらボヤく瀬上に菜奈美はバカにした表情で言う。
「何言ってんのよ。ここにいる爾落人の年齢からみたらあんたは他の人達の方に近いんだから」
「あら、私はあなた方に比べたら若いですよ?」
菜奈美を見て、三島芙蓉が言った。
瞳の色が紺色に染まっている。今の人格は、海を司る「G」の精神体、紺碧だ。
「って、あなたは私と桁違いの歳月を存在しているでしょ」
「しかし、芙蓉はあなたの年齢より桁違いに若いですよ?」
「うっ……」
思わず言いよどむ菜奈美はかれこれ4000歳。
「それを言い始めると俺は何歳だかわからないぞ? 何回も死んだり生き返ったりしてるからな?」
銀河は苦笑いしつつ紺碧と菜奈美に言った。
それを見て、元紀が両手を打って口を開いた。
「はい。この話はここまで! 話を戻すわよ? 現在私たちがわかっている事は、複製の爾落人が長年この世界に暗躍する組織を操り、同時に様々な「G」を生み出していた可能性が高いということ」
「プルガサリやクマソガミ、それに「G」の力を奪い、与える銃というのもその組織が関わっていると考えられるな?」
銀河が元紀の言葉に補足をする。
そのとき、芙蓉の隣に座る金髪の東洋人が頭を掻きながら手を上げた。芙蓉と同じく南極調査に参加し、現在は魏怒羅と云われている「G」とその精神体、黄昏を宿す巫師の黄天だ。
「俺も少し混乱してるんだけどよ。そのプルガサリもクマソガミも一度、大昔に暴れていたのをそいつ……じゃないんだよな。そいつの前の旅人って奴が封印したんだろ? じゃあ何だって、また復活して、今度は消滅させることができたんだ?」
「それは消滅できなかったというよりもしなかったんだろうな? 俺も昔の記憶は客観的なものが多すぎてはっきりと言えないけどな?」
「なんじゃそりゃ?」
銀河がボソリと答えたが、黄は納得しない。
曖昧な返答をする銀河に代わって、ガラテアが答える。
「銀河殿は記憶を共有させたとはいえ、その生きた歳月は元紀殿と同じだ。対して、かつての主殿はファラオと一体化し分離をしているが、私よりも長い時間を生きている。当然、考え方も違う。何よりも己を旅人と名乗る様になってからの主殿は、可能性にかける方だった」
「どういうこった?」
「つまり、消滅させて全てを終わらせるのではなく、封じて歳月と共に変わる可能性を選んだんだ。そして実際、封印をした銀河殿に呼応してそれらは復活している」
「ふーん……って、そりゃ丸投げじゃねぇかぁぁぁあ!」
「そうとも言うな。実際、主殿の力は銀河殿よりも劣っていたしな」
「今も十分にヘタレだろ?」
ガラテアが答えを聞いた翔子がボソッと言った。
「うっ……」
軽くショックを受ける銀河。それを見て慌ててガラテアがフォローをする。
「何を言う! 銀河殿は確かに戦いとなると踏み潰されたり」
「うっ……」
「投げられたり」
「うぅ!」
「それこそボロ雑巾の様にやられることも多い!」
「ぎゃっ!」
「だが、コリアではプルガサリを、エジプトでは私を苦しみから解放してくれた。……銀河殿は宇宙戦神なしで戦えないほどに弱いかもしれないが、争いそのものを解決する力と心を持つ方だ!」
「……あ、ありがとう。ガラテア、嬉しいけど、もうそれ以上言わないでくれるか?」
壁に体を支えながら銀河がガラテアに言った。
「そうか? わかった」
「銀河、今更あんたがヘタレだってことなんて周知の事実なんだし、気にすることないわよ」
笑顔で銀河の肩をポンと叩き、元紀がとどめを刺した。
会議室の隅で体育座りをして渦巻きを床に書き始めた銀河を無視して、元紀は話を再開する。
「すみません。一つ疑問があるんですが、その我来也と名乗っていた複製の爾落人と旅人に個人的な関係はないんですか?」
凌が手をあげて発言した。
「というと?」
「プルガサリとクマソガミはどちらも国の滅亡時に覚醒しています。複製の爾落人が国の滅亡に関わる時に「G」を介入させる理由があると考えられるんです。もしかしたら、エジプトで人類を滅亡させようとした過去がある旅人と関連があるように思えまして。例えば、旅人の出現を見越した上での罠とは考えられませんか?」
「なるほどね。もしも罠だとしたら、クマソガミは能々管の封印の為に日本へ渡った旅人を待ち構える為ね。プルガサリに関しては、説話を事実と考えれば、高麗でなく宋に仕掛けられるはずの罠だったということになるわね。……銀河、13世紀の旅人の居所を覚えている?」
会議室の隅に座り込んでいた銀河が顔を上げる。
「へ? その頃か? ……確か12世紀末からドイツで今でいう小説家みたいなことをしてたら、魔女狩りがはじまって、ヨーロッパを転々としつつ色々やってたんだ。そうこうしていたら、元に行くっていうマルコと知り合って、久しぶりにアジアへ移動して……あ、宋が滅亡した時にいたのか?」
「自分の記憶で疑問形になってるわよ、銀河。全く、何やってるんだか……」
「って、ぬぁにをスルーしてるんだっ! 今さらっと出たマルコってあのマルコだろぉぉぉ!」
「黄君、そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえるわよ。それにちびまる子ちゃんでそんなに騒がないの!」
引田がシャウトする黄に向いて指を立て、メッ! をする。
それによって言葉を失う黄に代わって、瀬上がツッコミを入れた。
「色々と間違ってるが……。なに、世界史に影響を与えまくってんだっ!」
「いやぁ、俺も今話してて気づいたんだよ。……そっか、あのおっさんは俺の話を聞いて東方見聞録を書いたんだな?」
「銀河、お前が気づいていないのか、わざと逃げてるのかしらねぇけど、最初にドイツでうんぬんはニーベルンゲンの歌のことだろ?」
「そういや、そんなタイトルだったな?」
「はぁ、8世紀にも及ぶ謎がこうもあっさりと」
ツッコミ疲れた瀬上は額に手を当てながらうな垂れる。
「脱線どころか横転したけど、こいつが現れるのはある程度予想ができていた、旅人と複製の爾落人が敵対関係にあった可能性は考慮しておく価値があるわね?」
元紀が話を戻すと、凌は頷いた。