本編

8


 草津温泉は夏休み中ということもあり、観光客で賑わっていた。

「あっついわね」
「そりゃ夏休み中に草津は暑いに決まってるだろ?」
「……ねぇ、怪しげな服装さ。いい加減なんとかできない?」

 観光客が記念写真をとっているのを後目に、サングラスと帽子で変装した青年に美少女が呆れ顔で言う。

「まだ汐見や五井さんに追跡されてる気が済んだよ!」

 瀬上はサングラスをズラして菜奈美に言った。

「んな訳ないじゃない」

 菜奈美が一層に呆れた口調で言った。

「そうですよ。今あなた方が捕まっては困りますから」
「ここの温泉饅頭は噂以上にうまいな?」

 背後からかけられた声に二人は同時に振り返った。
 声を聞いた瞬間、二人の脳裏によぎった人物達がそこにいた。
 浴衣姿のクーガーと温泉饅頭を片手に立つ銀河であった。

「なにしてるの、あんた。銀河さんも」
「ん? 男二人で温泉旅行を楽しんでる様に見えるのか?」

 浴衣姿で温泉饅頭を口に運びながら問いかける銀河。ちなみに、二人とも浴衣の帯には温泉マークの描かれた団扇がさしてある。

「それ以外に見えない格好じゃねぇか」
「瀬上さんこそ、何十年前のチンピラですか? ヒドいぞ?」
「やっぱり言われた」
「いいんだよ! 最終的には電磁で姿を消すから」
「でしたら、変装は意味ありませんね」
「うっ!」

 一対三で瀬上が言い負かされていると、観光客達が騒ぎ始めた。

「キャー!」
「! クーガー!」
「えぇ、「G」ですね。おお、これは面白い!」

 人垣から聞こえた悲鳴に銀河はクーガーに聞くと、彼は笑って答えた。

「面白いもんか! 行くぞ、菜奈美!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ! 電磁バカ!」

 瀬上と菜奈美が動いた。銀河も浴衣の袂から護符を取り出して後を追う。

「やれやれ、熱くなる方が多いと大変ですね」

 クーガーが苦笑混じりに呟くと、徐々に混乱状態へと化す人垣の中に自らも身を投じた。




 
 

「なんだなんだ? 何だこいつは!」

 瀬上が駆けつけた広場にいたのは、同種の「G」5体であった。
 しかし、それらは瀬上が今まで見たことのない「G」であった。
 体長は約2メートル。外骨格に近い硬く黒光りする表皮を持ち、前屈みになっているが後足で立ち、長い尾を持つ。頭部は前後に細長く、目は見当たらないが、脊椎動物と同様の口がある。細長い手足には鋭い爪が見受けられ、身の丈以上に長い尾の先端には槍の穂先の様な鋭利な形状をしている。
 その周囲には血に染まった浴衣姿の観光客達が倒れていた。
 彼らに菜奈美が駆け寄る。

「キシャァァァァッ!」
「おらっ!」

 「G」が菜奈美に襲い掛かるが、瀬上が電撃で威嚇し退ける。

「ありがとう」
「気をつけろ。守りながらで倒せる相手じゃなさそうだ」

 瀬上はズボンからパチンコ球を取り出し、菜奈美の前に立つと言った。

「ググググ……」
「クーガー、こいつらは一体何なんだ?」

 護符を構える銀河がクーガーに聞いた。
 既に人垣は散り散りになり、死傷者と銀河達だけが広場に残っていた。

「地球外の「G」です。侵略者といったところでしょうか」
「エイリアンってところか? だが、この感じ……覚えがあるな?」
「キシャァァァァッ!」

 銀河は記憶を辿ろうとするが、侵略者は容赦なく銀河に襲いかかる。

「シャッ!」
「よし、護符は効くな?」

 銀河は襲いかかってきた侵略者に護符を突きつけた。
 もがく侵略者を飛び越し、別の侵略者が銀河に襲いかかる。

「二体目ぇぇぇっ! うっ、しまっ……ぐぎゃ!」

 すかさず銀河が護符を侵略者に突きつける。が、護符を持った手を細長い腕で払われ、逆に自らの胸に護符を付けられ、銀河は悲鳴を上げた。
 更に、侵略者の長い尾に払い飛ばされ、ゴミ袋の様に銀河は吹っ飛ぶ。

「あいつは何がしたいんだ?」

 呆れる瀬上に対し、銀河ははだけた浴衣を整えつつ、立ち上がる。

「痛てて……あいつは不死身か?」
「お前が言うか? おっと、……くらえっ!」

 余所見をしていた瀬上に別の侵略者が襲い掛かるが、即座にパチンコ球を弾き飛ばした。閃光をまとい、侵略者に放たれるパチンコ球。
 侵略者は回避できず直撃し、四散する。同時に体液が周囲に飛び散り、体液が付着した石畳は白い煙を上げて溶けた。

「なっ!」
「気をつけてください。それは強力な酸です」
「酸の体液かよ。とんでもねぇ化け物だな」
「だが、それなら尚更ここで倒さないといけないな? 蛇韓鋤剣!」

 銀河は両手を合わせて言った。合わせた手を広げると、両手の間に十握剣、蛇韓鋤剣が現れ、それを銀河は構える。

「便利な奴だぜ」
「まぁな? といっても、今はただの剣だ」

 銀河は右手に蛇韓鋤剣を、左手に護符を構え、侵略者に向かった。
 侵略者の長い尾を剣で払い、護符を貼り付ける。

「シャッ!」
「死ねっ!」

 侵略者が呻いて動きが止まった瞬間、銀河はその首を切り落とす。
 頭部がごろりと落ち、銀河の腕に返り血がかかる。

「うぎゃぁぁぁっ! 痛ぇっ!」
「だから、それは酸なんだって言ってるだろ!」

 瀬上が突っ込むが、必死に浴衣の袖をちぎり捨てる銀河の耳には届いていない。
 まだ侵略者は三体残っている。既に護符を貼られた侵略者も護符を剥がし、復活していた。

「……ちっ! 球が尽きた」

 瀬上がポケットに手を入れて言った。
 その様子を見て、銀河は意を決し、剣を持つ右手を天にかざした。

「こうなったら………」
「何をするつもりだ?」
「アマノシラトリ! 行くぞ、宇宙戦神!」
「!」
「なんか飛んできたぞ!」
「おぉ! これが!」
「ちょっと待って、ここ草津温泉のど真ん中よ!」
「うぉおおおお!」

 突風が巻き上がり、思い思いに感想を言う彼らの前で、銀河は召喚した宇宙戦神と一体になり、草津の大地に立った。

「これで一気にけりをつける! 皆はケガ人を連れて離れるんだ!」

 銀河は宇宙戦神で飛び掛る侵略者を殴り飛ばしながら、菜奈美達に言った。
 彼らは慌てて死傷者を連れて広場から離れる。
 それを見届けた宇宙戦神は額にある太陽の飾りに力を溜める。

「今だ、魔砕天照光ぉおおおおおっ!」

 銀河の叫び声と同時に、宇宙戦神の額から光線が放たれた。
 魔砕天照光は三体の侵略者を一撃で消滅させ、衝撃で粉砕した石畳が土煙となって周囲に舞い上がった。

「よし……」

 銀河の姿に戻った彼は一人満足げにクレーターとなった石畳を見つめて頷いた。

「よしじゃねぇ! やり過ぎだ!」
「跡形もなく消滅させることはないでしょ!」
「いやはや、いいものを見せてもらいました。これが『神々の王』が封じた力の一片ですか」

 瀬上と菜奈美は銀河を非難し、クーガーは宇宙戦神を視解できて満足し、思い思いの反応を示す。

「ばーろ。それくらいは考えてやってるぜ?」

 銀河はボロボロになった浴衣を整えながら、瀬上と菜奈美に対して答える。

「考えてるって、これはどう収拾するのよ!」
「大丈夫。このくらいなら問題ないぜ?」

 銀河は目撃者の通報を受けた警察のサイレンを背景音に気楽な表情で言った。





 

「な、問題なかったろ?」

 銀河とクーガーが利用していた宿の部屋に瀬上達を招き入れ、腰を落とした銀河はインスタントのお茶を用意しながら言った。
 瀬上も菜奈美も銀河の手際の良さに馴染めきれなかった。
 あれから、菜奈美は銀河に言われるがまま破損した物の時間を戻した。
 そこへ駆けつけてきた県警や野次馬によって、彼らは逃げ道をなくしてしまったが、銀河はなれた様子で警官に状況を説明すると、その場にいる全員に叫んだ。

「この場にいる俺達は事件に関係ない! だから、気にするな!」

 そして、最後に警官へ素知らぬ顔で、怪物を倒したのは謎の「G」だと話して、瀬上の力で自分達の姿を消すとその場を悠々と後にしたのだった。
 注ぎ終わった湯のみを並べる銀河に菜奈美は呆れ顔で聞いた。

「銀河さん、だんだんやり方が雑になってませんか?」
「ん? そういや、この十年ばかりはガラテアや宇宙戦神で収拾することが多いな?」
「便利を知ると、面倒をしたがらないのは人の性ですね」
「そうだな?」
「ところで、宿泊記録の名前は何ですか? あれ」
「偽名。ミトサンジュウロウとサルタサスケ、ハヤテギン、ハチヤヘイタ」

 と、銀河は自分、クーガー、菜奈美、瀬上を順に指差した。

「喧嘩売ってるだろ?」

 瀬上が頬をひきつらせて言うが、銀河は何も気にしない様子でお茶を啜る。

「旅人もよくわからない奴だったが、お前は輪をかけてよくわからねぇ。弱いんだか強いんだか、スゴいんだか卑怯なのか」
「瀬上さんだって、人生長いんだからわかるだろ? 多分、修羅場を抜けてくる内に段々図太くなるんだろうな?」
「一緒にするんじゃねぇよ。……んで、図々しくおしかけて来て、草津で暴れたかったわけじゃないだろ?」
「そうだったな? まぁ今回は菜奈美さんに用があったんだけどな?」

 銀河の言葉に瀬上は頭をかきむしると、湯のみを口に運んだ。
 その動きが勝手に話せという意思表示と認識した銀河は菜奈美を見た。

「いいわよ。まずは話して」
「あぁ。今回、俺達が来た理由はかつて吾郎が君達を訪ねた時の内容の続きになるんだ。600年前のフランスも、南極での一件も、共通していることがあるんだが、わかるか?」
「私達?」
「いいえ。私達に関しては、フランスの事があって南極へ向かったという方が正しいでしょう。しかし、別の意思が働いて集った存在があります」
「別の意思? ジャンヌ……というか、彼女の力ね」
「そうです。菜奈美さんも彼女の意思が関わったから戦いに参加しました。そのきっかけは旅人の意思ですが、彼が時間と空間の戦いに関わったのは、彼が語ったこととは別の理由が存在したと今は思います」
「旅人だった俺は、時間と空間が対立した場合、最悪の事態となることを恐れつつ、別の可能性を考えた」
「別の可能性?」
「二つの力が一つになるかもしれないだろ?」
「嫌よ、あんなオッサン!」

 銀河の言葉に菜奈美は即座に反論する。

「多分、お前が考えたのとは違う意味だと思うぞ?」
「あぁ。後、それを実際にやったのは、菜奈美さん自身ですよ?」
「私が? ……南極のこと?」
「そういうことさ。時間と空間を合わせた時空の力をあなた達は使った。そして、既に時空の爾落人は生まれている」
「本当か?」

 瀬上が驚いて身を起こす。
 銀河とクーガーが頷く。

「その時空の爾落人をクーガーに視解してもらった結果、彼女の力を封印をした人物がいた」
「誰なんだ?」
「俺さ」

 瀬上が聞くと、銀河はノンキな顔で自分を指差した。

「え?」
「何言ってんだ?」

 二人は目を点にして銀河を見る。

「正しくは、過去へ移動した銀河さんの真理によって封印されたというべきです」

 クーガーが補足した。

「そういうことだな? そして、彼女が両親の前に現れる少し前、俺と菜奈美さんが現われたらしい。実際、俺も知る限り過去へ渡れる力を持つのは菜奈美さんだけだしな?」
「それで、私に会いに来たってこと?」
「あぁ」
「……まぁお安い御用よ。それが既に確定している歴史なら、その過去に干渉することはむしろ予定調和なんでしょ?」
「助かるよ。ありがとう」
「で、いつに行くの?」
「2022年5月の三重県蒲生村です」
「細かいタイミングは?」
「大丈夫ですよ、ナナミさん。私の視解は既に成功することがみえています」
「ということらしい。お願いします」

 銀河は菜奈美に頭を下げた。
 菜奈美は断る理由もなく、頷いた。

「わかりました。じゃあ、銀河さん。私の手を握って」

 菜奈美は立ち上がると銀河に手を差し出した。銀河は頷くと、その手を握った。




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 2022年5月、三重県蒲生村。
 関口が蒲生家を後にした後、元紀は縁側で先程レイアから預かった乳呑み児の爾落人をあやしていた。
 吾郎は台所でミルク用のお湯を沸かしている。

「あらあら……オムツを替えましょうね」

 元紀は赤子の様子に気づき、微笑を浮かべると近くに置いた鞄の中から紙オムツとタオル、肌に優しいペーパータオルとかぶれ防止のパウダーを取り出した。
 元紀は慣れた手つきでオムツの交換をする。本番は初めてだったが、講習で何度も練習をしていたので問題ではなかった。

「あっちぃ!」
「大丈夫! ちょっと待ってて」

 恐らく火傷をしたのだろう。吾郎の様子を見に行こうと元紀は赤子を抱いたまま台所へ向かおうとしたが、オムツを交換してもらった赤子はすやすやと眠っており、動かすことができなかった。
 少し思案したが、元紀は床に毛布で包んだ赤子を置き、周囲を確認して台所へ向かった。

「よし、行ったな?」

 物陰から現れた銀河と菜奈美は赤子に近付いた。
 赤子はすやすやと眠っている。

「可愛い寝顔ですね」
「あぁ。……この後、一体どれほど長い人生でどれほどの出来事を経験するのかは俺にもわからないが、きっと元紀と吾郎に育てられれば大丈夫だ。この子は立派に育つ」
「断言しましたね」
「当然だろ? ……さて、さっさと済ませてしまうかな?」

 銀河は赤子の頬を優しく指で撫でると、ゆっくりとその手を離し、赤子の前に立って口を開いた。

「幼き時空の爾落人、お前は今から命の危険が迫るまで、時空の力を使えない! そして、その力も爾落人であることも、その時まで察知されることはない! 時空の爾落人であることは、この瞬間からその時まで、俺が封じる!」
「! ……気配が変わったわ」

 別に目に見えた変化はない。しかし、確かに菜奈美には先程までこの赤子に感じていた気配が変わったのを察した。

「これで無作為に時空の爾落人を察知しようとしても、悟られることはない。……まぁ、クーガーや封印した俺自身が直接当人を見れば、感じ取れてしまうけどな?」
「そうね」

 気配は変わったが、何の力を持たない人とはやはり異質なものを感じる。多くの爾落人や人と出合った菜奈美だから感じ取れるものであるが。
 すやすやと眠り続けている赤子をしばらく眺めていたいと思った二人であったが、吾郎達の話し声と足音が近付いて来た為、二人はすぐさま時間を移動した。

「銀河の声が聞こえた? 僕は気づかなかったよ」
「でも確かに聞こえた気がするのよ」
「まぁ、様子を見に来たのかもしれないけど、……誰もいないみたいだね」

 障子を開いて吾郎は言った。

「そんな気がしたんだけどなぁ……」

 元紀はミルクを机の上において、眠る赤子を抱き上げて言った。

「その内、会いに来てくれるさ。この子は銀河のお陰で僕らの子どもになったようなものなんだから」
「そうね」

 暖かい五月の太陽の下、赤子は小さくあくびをした。
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