‐GHOST‐ 「夢想」者たちの戦い











翌日、ブルームズベリー・ロンドン ユニヴァーシティ、通称LU。
1826年、哲学者ジェレミ・ベンサムが高等教育の大衆化を強く唱え、「すべての人に開かれた大学を」と言う思想の元に開学された大学で、当時のオックスフォード大学・ケンブリッジ大学が男性・イギリス国教徒・貴族出身者のみ入学可能、と言う差別的な入学条件を設けていたのに対し、LUはイギリスで初めて平等な基準によって女性を受け入れ、宗教・政治的思想・人種による入学差別を撤廃。
このような歴史から、LUは自由主義・平等主義を代表する大学として知られており、チャールズ・ダーウィンが「種の起源」を発表する場に選んだのもこの大学である。
他にも、日本から明治維新を機に使節団を派遣、伊藤博文や五代友厚・森有礼などの明治維新に大きく影響を与えた人物達が学んだり、夏目漱石がイギリス留学時に英文学の授業を聴講したり、積極的に日本の大学生の留学を受け入れたり・・・と、日本との繋がりも深い大学でもある。




『おはよー。』
『おはよう!なぁなぁ、昨日ウォーレン・ストリートでまたショック死体が見付かったって聞いたか?』
「聞いた聞いた、もう怖いって・・・折角新しい地下鉄の駅が出来たのに何か近寄りにくくなったよ・・・」
『ラッセル・スクウェアと言い、地下鉄でここに来やすくなったってのになぁ。うちにもロックフェラー・ビルディングが出来たり、図書館が拡張されたりしてるのに、入学者が減らないか心配さ。』
『でもここ、ロンドン大学に管理が移管されたんでしょ?』
『そうだよ、独立法人としての地位を失ったら果たしてどうなるのか・・・』
『けど、一番怖いのはやっぱり「KAIJU」よね・・・』
「そう言えば・・・その『KAIJU』に立ち向かってる人、噂によるとここの生徒らしいよ。ここの話をしてるのを聞いたって。」
『えっ、そうなの?それなんかイイ!』
『何でもいいから、平和に大学生活を楽しませて欲しいっての!』
『学生の本分は勉強とキャンパスライフだもんね~。』






「ンの野郎ォ!もう一回言ってみやがれェ!!」
『おぅ、何回でも言ったるわ!!』
『『『「!?」』』』




そんな名門校の朝、LUの本館にしてシンボルたるウィルキンス・ビルディングの階段の前で、2人の男による一悶着が起こっていた。





「あァん?オレのガバラの方が強ェに決まってンだろうがァ!頭まで後退してンのか、デコォ!!」




1人は寝癖のようにツンツンとした髪型をした、黄色混ざりの黒髪と鋭い目付き、そして勇猛な雰囲気を持った日系の男・タダシ。




『じゃかしぃわ!!ワテのゲハラはガバラなんぞと違ってな、ちゃんとサポートしたり酸の汗で範囲攻撃だって出来るんやぞ!殴るしか能の無いガバラと一緒にすな!』




もう1人は、後ろでローズレンダーポニーに結んだオールバックの艶々とした黒髪が特徴的な、厳つい顔付きの中華系の男・シュガ。
どちらもLU4年生の生徒であり、他の大学に比べて偏差値が高めなLUに何とか在学出来ている落第生にして、度々こうした問題を起こす問題児でもあった。




「髪の毛で捕まえたり、汗撒き散らすバッちいやり方じゃねェかァ!ンなやり方で偉そうにしてンじゃねェ!オレのガバラは正攻法なンだよォ!!」
『じゃから、それしか出来ひんやろうって言っとろうが!!ワテらに何度も助けられとる癖にでしゃばんなや!そう言うのは1人で全部やってから言え!』
「昨日はオレだけでやっただろうがァ!本気で頭後退してンのか、デコォ!」
『一匹カマキリ退治したくらいで威張んな!喧嘩屋言うんなら、十匹くらいまとめてシメてからほざけや!!』





『またやってるよ、あの2人・・・』
『ガラ悪いよねぇ、ほんと。』
『おー、こわいこわい・・・』
『折角ロンドン随一の名門校になれたのに、あんなのがいたらそれも危うくなるのよね。』
「同じアジア系として、恥ずかしいよ・・・」
『なんでアキ先輩もダイコー先輩も、あんな2人とヘンなサークルやってんだろ・・・』
『気にするな、皆の者。俺は喧嘩の仲裁に於いても頂点に立つ男だ。俺が見事に収めてやろう・・・まぁまぁ、2人共落ち着け。不満があるなら俺が聞いてや・・・』
「てめェはすっこンでろォ!!」
『ディスカビル家のボンボンが、黙っとれ!!』
『ぐはっ!!』




周りで噂する生徒達の声を意にも返さず、仲裁に入ったイギリス屈指の貴族一家出身の男子生徒を妙に足並みが揃ったパンチで撃退し、なおも睨み合うタダシとシュガ。
今にもLUをリングにした、2人の本気のスパーリングが始まりかねない、ピリピリとした空気がキャンパス中に流れる。




『はいはい、そこまでだ。バカ男子2人。』




が、そんな2人の間に堂々と割って入って来たのは、本館からやや呆れ気味な様子で腕組みをしながら現れた、シュガ同様の艶やかで長い黒髪を後ろでポニーテールにし、左手に持った赤いキセルと縁なし眼鏡が目を惹く凛とした女教師・トーチュンであった。




「げッ・・・」
『もう来よったんか・・・』
『おい、喜べよ男子。みんな大好きバツイチ女教師のトーチュン先生がわざわざ来てやったんだぞ?』
『オカン、邪魔すんなよ?今このボケとワテ、どっちがホンマに強いんか・・・』
『今まさにお前らが生徒達の邪魔になってんだよ、いいから黙って授業の準備してろ。』
『『『トーチュンせんせ~い!おはようございま~す!』』』
『おはよう。みんなすまねぇな、ここはアタシが収めとくから気にせず中に入っててくれ。』
『・・・けっ、何がみんな大好きバツイチ女教師や。その割にえぐれ胸の癖に・・・』
『あぁん?何が色気もクソもねぇ絶壁貧乳女だってぇ?』




自分へ向けられた黄色い声援の中、シュガ・・・我が子による軽い侮辱の小言を聞き逃さなかったトーチュンは、何故か小言の内容を大幅に盛りながらキセルを赤いスーツの胸ポケットに仕舞い、早足で即座にシュガに接近。
シュガがそれに気付いて逃げの体勢を取ろうとした時には既に遅く、トーチュンは右手でシュガの左手首を掴み、シュガに密着しつつ左手をシュガの左肘の下を通し、自分の右腕を掴んで一気に捻り上げる・・・所謂「アームロック」を一瞬で決めた。




『がああああ!は・な・せ、この暴力教師がぁ!!』
『お母様に逆らうなんて、いつの間にそんなに偉くなったんだ?シュガ坊よぉ?』
『あががっ!!』
『おいタダシ、こいつ黙らせたら次はお前の番だからな?』
「いやいや、オレはもう矛収めてるッスけど?」
『てんめぇ、タダシ!!なに日和見っとるんじゃ、ワレ・・・ぎゃああああ!』
『トーチュン先生、これ以上いけないんだな。』
「先生、そろそろ許してあげましょうよ~?」




先程の威勢は何処へやら、母親からの正確な関節技を受けて悲鳴を上げる事しか出来ないシュガを見かねたかのように、トーチュンへの静止の言葉と共に歩み寄って来たのは、2人の男女であった。
ショートヘアーの黒髪と、お手製と分かる桃色の髪飾りを前髪に付けた、日本人としては等身の高いスタイルと相反する緩やかなオーラを纏う女・アキ。
ソビエト人特有の黒混じりの金髪ストレートヘアーと白肌、左側が前髪で隠れた線のように細い目をした穏やかな男・ダイコー。
当然2人もLU4年の生徒であり、タダシ・シュガの友人でもある。




『アキにダイコーじゃねぇか。んじゃあ、こいつら引き取ってくれ?』
「はい、分かりました~。」
『がはっ!ぐうう・・・』
「ッたく、だらしねぇなデコォ?」
『じゃあ、おどれももう一回あのアームロック喰らってみろやぁ・・・』
『もう、今やいつもの光景になっちゃったけど喧嘩は駄目なんだな。多分、KAIJUの事で揉めたんだな?』
「おう!よく分かったなァ?流石はダイコー!」
「わたしでも分かるよ~?」
『アタシは忙しいから、中戻るぞ?あと、あんまりバカやってると「オカ研」なんざすぐ無くなるからな?』
『先生、もう何回目か分かりませんがご迷惑をお掛けしましたんだな。』
「あっ、それと出来れば今日の歴史の範囲教えてくださ~い。」
『オルレアン奪還辺りだ、図書館で予習しとけよ?じゃあ、後でな。』
「ありがとうございま~す。」




トーチュンは胸ポケットからキセルを取って左手を添えながら口に咥え、白煙を吐きながら本館内へと去って行った。
それと同時に、トーチュンのアームロックから解放された拍子に地面に落とされたシュガが、ダイコーの手を借りながら弱々しく立ち上がる。




『ほら、シュガ君。立つんだな。』
『すまんのう、ダイコー・・・しっかし、なんちゅう母親じゃけぇ・・・あれで人気あるんが息子ながら全く分からんわ。』
「当たり前だよ~、だってトーチュン先生って教え方面白いし、美人だし、シュガとかタダシより強いし~?」
『それ言うなや、アキ!』
「あン時は不意を突かれて右腕シメられたからだァ!タイマンなら負けねェ!」
『それを「負け惜しみ」と言うんだな。先生が来てすぐに喧嘩を止めるくらいには、先生に怯えてるんだな?』
「怯えてなンかねェ!元ケンカ屋として女にビビるなんざ・・・」
「だから、それが負け惜しみなんだよ~?いいから中入ろうよ~?ちなみに、最強のKAIJUはわたしのギロンだけどね~♪」
「『なにぃ!!』」
「それか、ダイコーのガンQかなぁ?だってバオーン、バオーン、って眠たくしたら何にも出来ないしね~?」
「それは聞き捨てならねェなァ、アキ!眠気なんざ、気合いとビリビリでどうにでもなるンだよォ!」
『つうかご自慢のギロンも包丁頭じゃろうがスリケンじゃろうが、当たらなきゃ意味無いんじゃあ!』
『もう、アキちゃんも折角収まりかけてた火に油を注いじゃ駄目なんだな。』
「だったら~、次はみんなで行って早い者勝ちにしようよ?恨みっこ無しでね~?」
『それ、ええじゃけぇのう!最初にKAIJUぶちのめした奴勝ちじゃあ!』
「そうだなァ、お前らよーく覚えとけよォ!」
「・・・これで丸く収まった、でしょ~?」
『うーん・・・そう言う事にしておくんだな・・・』




4人は言い合いながら階段を上がり、本館へと入って行くのだった。








『サトシのお兄さん、またやってるし・・・先週もやってたのに。』
「そうだね。でも今日は終息が早かったから、トーチュン先生が早く来てくれたみたいだよ。」




館内では既にタダシとシュガの一件が広まっており、もはや日常茶飯事な件である事から大抵の者が呆れ気味な表情をしながら2人について話し合う。
そんな中、図書館では各々が蔵書を借りながら自習に耽りつつ、周りの迷惑にならない程度の小声でタダシとシュガの一件を持て囃しており、借りた蔵書をベンチに腰掛けながら読む2人の男女もまた例外ではなかった。




『生まれも育ちもイギリス民な私が言うのも何だけど、サトシはこんなに出来た子なのにさ、この弟にしてあのお兄さんって・・・』




1人は他の者達と同じく呆れた様子を見せながら話す、露出度の高い服を着た赤髪のアップショートの女子生徒、ジューネ。




「ジューネ、それは言わない約束だろう?ボクはタダシ兄さんみたいになりたいって、ずっと言っているでしょ?」




もう1人はタダシに少々似た顔立ちと髪型ながら、一目見て善人だと分かる温和な目付きと声色をした男子生徒、サトシ。
どちらもLU3年生で、サトシはタダシの弟である。




『そう言うと思った。サトシって、ほんとお兄さんの事が好きだよね?』
「当たり前だよ。タダシ兄さんはボクにとって・・・」
『ユーケツ(勇傑)、でしょ?そんなに家族と仲良しで、羨ましいっちゃ羨ましいよ。私は・・・いや、なんでもない。』
「どうしたの?」
『なんでもないの!いいから早く科学の予習やるよ!私が飽きる前に・・・って、サトシまた「伝説の生物」借りてんじゃん。優等生だからって余裕で羨ましいわ~。』
「別にサボってるわけじゃないよ。これもまた、ボクの『夢』に必要な事だから。」
『ふ~ん・・・それにしても、早くサワー先生帰って来ないかなぁ。今の音楽の教師、教え方がつまんなくってすぐ飽きるのよね・・・』
「そろそろ出産するだろうから、復帰する日も近いんじゃないかな?それに、堅実に教えてるホリー先生の事をつまらないって言うのは・・・」
『はい、余計な事言ってごめんなさいっ!飽き性で悪うござんしたっ!』
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