本編
スタルカ・ザルロフ。
この人物名は2020年代に入って世界中の諜報機関に名前が知れ渡った。
ザルロフは有名なサッカーチームのプレーヤーでもないし、人類の技術革新に貢献した科学者でもない。
活発に活動を始めた国際的テロ組織の最高指導者という、極めて不名誉な形で各国家からマークされている。
General Radical Of World、世界総体急進主義。それが彼の掲げる思想だった。
世界中で活動しているGROWは徐々にその影響力を強めている。このままのペースでは5年以内に世界大戦を誘発できる程になると、ある軍事評論家は語っている。
2022年4月の時点で、ザルロフは某国沿岸地帯の廃棄工業ブロックに潜伏していた。
他国の海軍非正規部隊がザルロフを殺害しようと上陸しているその裏で、彼に接触しようとする女がいた。
「あなたがスタルカ・ザルロフね」
狙撃防止の一環で窓の死角に座っていたザルロフに、女は姿を現した。いきなり現れた女に、居合わせたザルロフの部下は銃器を向ける。
女1人の侵入を許すとは、歩哨は何をやっていたのか。女への興味より先に部下の怠慢に呆れた。
「誰だ?」
「言うなれば…ファンね」
女が血のように紅い唇を動かして発声した。ホホジロザメにも似た無感情な瞳でザルロフを見据える。
「ファン?」
ザルロフは怪訝そうに女の頭から足まで、値踏みするように一瞥した。
女は黒いコートとブーツを着用しており、露出する肌は不健康なほど真っ白い。黒く長い髪は全て下ろしており、武器と思われる物は所持していない。丸腰だ。
GROWに賛同した活動家はいたが、どの組織にも属していなさそうな女性が1人で自分を訪ねて来たのは初めてだ。
「あなたが掲げる世界総体急進主義、感銘を受けたわ」
ザルロフは女を試すように先を促す。
「だけど、全てを覆すのは困難。世界を変えるには「G」の力が必要不可欠。だから「G」の力が蔓延する前に世界は早急に1つになるべき」
「驚いた。私と全く同じ考えだとは」
ザルロフは笑った。ただ笑ったのではない、何年振りかに見せる素直な笑いだ。純粋な同志と出逢えた瞬間だった。
その時だ。覆面をした武装兵数人が窓を突き破って突入してきた。某国の非正規部隊である。
GROW構成員は咄嗟にザルロフの盾になるもすぐに射殺される。
ザルロフは死んだ構成員を盾にしつつ、己に秘められた力を解放しようとしたが女に先を越された。
女の左腕から伸びた光の鞭が、武装兵を貫いたのだ。
しかし武装兵の目的はあくまでもザルロフ殺害のようで、女には目もくれずザルロフに銃を向けた。
すると女はつまらなさそうに指先からの電撃で武装兵を沈黙させる。
続けて7、8人の武装兵がザルロフらを包囲するように突入してきた。
「伏せなさい」
そう呟いた女の背中から生えたのは、白い大蛇のような触手だ。計2本の触手は女を支点に円を描く様に回転し、包囲している武装兵を凪ぎ払う。
壁に叩きつけれた武装兵に、女は光弾を容赦なく撃ち込んだ。
「見事だな。私を殺さないのか?」
少数精鋭の部隊だったのだろう。次の襲撃はない。
武装兵の生死を確める構成員の傍ら、ザルロフは女に問いかけた。
「言った筈よ。私はあなたのファン、殺すなんて有り得ないわ」
「私と接触した目的はなんだ」
「目的達成に協力してあげてもいい。そう思っただけよ」
「…移動する。空爆される前に脱出だ」
ザルロフは女を認めた。GROWに迎え入れるということだろうが、構成員は女に警戒したままだ。ザルロフ以外は皆、害虫を見るような眼差しで女を見つめた。
その1人はいきなり、ザルロフに射殺された。驚く構成員にザルロフは告げる。
「「G」の力を信用しない同志はGROWに必要ない。他にこうなりたい者はいるか?」
構成員は何も言わない。それを異議なしと解釈したザルロフが部屋を出ようとすると、構成員が先行してルート上の警戒を行った。
ザルロフと並んで歩く女は疑問を呈す。
「会って分かったけど、あなたはただの人間ではないのね」
「そう言うお前はそもそも人間ではないのだろう?」
逆に指摘された女は何が可笑しいのか、蛇のような笑みを浮かべた。深淵そのもの、爬虫類のような女、そう印象付ける人物だ。外見と笑みだけで、内面が歪んでいると分かる雰囲気を醸していた。
女の名は、ベイオネットと言う。