本編


「各員配置に着け。くれぐれも存在を悟られるな」



廃工場を包囲する配置につくSAT。ザルロフが潜伏していると思われる建物の屋上にはパラボラアンテナが置かれ、人はいないはずなのに灯が点灯している。誰かがいる証拠だ。



しかし、八重樫は捕捉の能力故に異変に気付いた。
目標の工場には人の気配がない。それに痕跡があからさますぎる。



「ここはおかしい」
「確かに。本拠地のわりには歩哨がいない」



菅波や他の隊員も異変を感じていたらしい。八重樫は突入作戦を見守っているであろう警備部長に通信を繋ぐ。



「警備部長、ここは罠の可能性が濃厚です。構成員を再度尋問、正しい本拠地を吐かせてください」
『何を言っている? 罠である確たる情報はないだろう。早く突入して制圧、ザルロフを拘束しろ』



自国の危機を糧にして米国を出し抜こうという魂胆が丸見えだ。ここまで露骨に言われてしまうと考えなしの無能である、八重樫は内心蔑んだ。



「偵察を出します」
『偵察も良いが、確実にな』



八重樫は通話を切る。今は罠である証拠を警備部長に突きつけて突入を回避するしかない。敵はテロリストだけではなかった。



「宮下、池田。コンクリートマイクで偵察に行け」
「了解」



罠だと分かっていて突入するのが御免なのは、八重樫も部下も同じようだ。
2人の隊員は偵察用の装備を持って工場に向かう。いるはずもない歩哨を警戒しながら工場の死角から接近し、装置を壁に取り付ける。



もっとも、工場を透視できれば早い話だが、生憎八重樫にそんな便利な能力はない。
ふと長年活動を共にした爾落人の存在が頭を過るも、すぐに記憶の奥底に押し込んだ。



「生活音、会話、その他物音を感知できず。屋内に人はいないと思われます」
「よくやった」



八重樫は報告を聞くと再度警備部長に繋ぐ。



「工場に人間はいません」
『なら危険はなかろう。突入しろ』
「無闇に突入して爆弾でも仕掛けられていれば全滅です」
『……』



そんな単純な事も予想できないのか。この警備部長は何を以て今の役職に就けたのだろう。今八重樫と話しているのは、目先の手柄を立てる事しか考えられない、ただの税金泥棒だ。



「隊員の選抜、育成は時間と予算がかかります。ここでSATが全滅しては再編に何ヵ月かかるか、お分かりになりませんか?」



警備部長と八重樫のやり取りは隊員間の無線でも流れている。
上層部の思惑に現場が振り回されるのは堪ったものではない。言うだけは簡単だが実際に苦労やリスクを負うのは現場なのだから。
隊員は誰もがそう思っている。それを代弁してくれる八重樫が頼もしかった。



「警備部長、ご決断を」
『…分かった。危険物処理班を寄越そう』
「ありがとうございます」


現場の総意を理解し、上層部に意見する。それが普段厳しい扱いをしている部下から信頼されている理由だ。
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