本編

「…っ……」



壁にもたれる綾のスーツは次第に赤黒く染まり、血を吸った繊維が重くなる。
次第に自分の血が失われていくのが分かる。既に止血する行動に至らないほど思考が働かなかった。そして意識が朦朧としてきた時、誰かの声が聞こえ我に帰った。



「綾さん!」



彼女の元に走ってきたのは今一番頼っている同僚だった。
綾の表情に自然と安堵の笑みがこぼれる。不思議だ。笑っている場合ではないというのに。



「!」



凌が今の綾を見て驚いたのは彼女が止血をしてなかった事だ。最低限の措置は自分でしていると思っていただけに焦燥感を煽られる。
それほど切羽詰まっていたのか。とにかく、失血の程度によっては命に関わる。



凌は自分のベルトを抜き取ると、綾の左腕をきつく縛って止血した。



「救急車は手配しました。直に来るはずです」
「ありがとう…」



弱々しく礼を言う綾の姿は痛々しかった。凌は何とも言えない心情だ。それが顔に出ていたのか、綾は凌を励ます。



「大丈夫だから……そんな顔しないで……」
「必要以上に、喋らないでください…」
「………」



その時、パトカーとは違う緊急車輌のサイレンが聞こてきえた。
凌は表の通りに向かう。案の定、救急車がこちらの近くに停車しようとしていた。凌は降りてきた救急隊員を即座に誘導する。



「傷病者はどのような状況ですか?」
「女性で、左腕を銃撃されて弾は貫通、出血が酷く止血しました」



凌は救急隊員に綾の状態を説明するが、実際に傷病を確認した救急隊員は芳しくない表情になる。



「仙田、早いとこ運ぼう」
「はい」



救急隊員が綾をストレッチャーに移し、救急車に運んだ。凌は心配そうについて行き、救急車に同行しようとした。だが、職務を思い出しどうにかその場に思い留まる。



「行かないのですか?」



救急隊員は意外そうに聞く。



「…はい」
「呼び掛けてもらえればこちらとしては助かるのですが」



救急隊員の言葉に、救急車に乗せられた綾を一瞥した。
呼吸制御用のマスクをつけられ、処置を受けている綾に普段の凛々しさはない。その姿は弱々しく、傍についていたいのが本音だ。



「…行きます」



凌は、倉島に後で咎められる覚悟で救急車に乗った。
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