本編

6


「でも、何故モゲラがここにあるんだ?」

 瓦礫をよじ登りながら、俺は関口さんに聞いた。

「こんなこともあろうかと、ニューヨークの地下にプロトタイプモゲラを仕込んでおいた」
「真面目に答えて下さい!」
「……真面目に言っても同じ意味になるぞ? まぁ、もう少し複雑な説明が増えるけど」
「それを求めているんだよ!」
「全く、口が悪いな。敬語は大事だぞ?」
「さっさと話せ!」

 地上まで上がると関口さんは目の前に立つプロトモゲラを見上げた。
 夕日に照らされた金色の装甲と両腕に手の代わりに付いたドリル。両サイドに突き出た巨大な目型のメーザー照射装置内臓のライト。ドリル状の鼻。透明なクリスタル製の口。
 全てが設計図で見たモゲラの構造と酷似していた。

「プロトタイプって?」
「時間がなかったんだ。こいつは元々あった試作品の寄せ集めだ。最大の特徴であるセパレーションは出来ないし、機動性も構想していたモノよりも遥かに劣る。キャタピラとタイヤ型のローラー回転による高速走行や、光線などの攻撃反射性能も低い。挙句、出力の関係で飛行能力は歩行補助程度の数メートルのホバーリングくらいだ。宇宙戦も想定したモデルだったのに……」
「サイズも小さいですよね? これでも十分すぎる大きさですが」

 愚痴を言う彼に俺が言うと、頷いた。

「そうだ。まぁ巨大ロボットといえば、数十メートルが限界なのは分かるが、やはり宇宙戦だと数百メートルや数キロという単位でのサイズを用意したかった。ま、ここを乗り切れば、真のモゲラを完成させる時間は稼げるだろう!」

 彼は一人納得すると、上を見上げて声を張り上げた。

「おーい、ジン! すまないな、こいつがこっちのパイロットだ!」
『そんな大声出さなくても、こっちは認識できる。しかし、このプロトモゲラだが、力と地下を移動できる長所は良いが、起動性に欠けるな。後、やはり操縦性に問題がある。音声認識は使い勝手こそいいが、発音などの問題もある』
「文句しか言えないのか?」
『いいや、良い経験が出来たと言いたかったんだ。日本の機械系技術力は健在らしい』

 会話を終えると、プロトモゲラの口の部分が動き、中から人が現れた。
 白人のプロレスラーかと思う様な大柄な金髪の青年であった。年齢は俺よりも上で成人しているようだ。彼はガムを噛みながら、声を張り上げた。

「お前が蒲生凱吾か! こいつを動かす天才と聞いてどんな奴かと思えば、細い体をした日本人じゃないか」
「そういうお前は、いつの時代のアメリカ人だ? 今時、コメディーでも見ねぇぞ!」
「んだと!」
「喧嘩は後回しにしたまえ! 凱吾、彼はアメリカ陸軍のある特別な部署に就く兵士で、ジン・ギムレット君だ」
「君付けする柄かよ……。で、なんでプロトモゲラを操縦できるんだ? 大体見当はつくが」
「その予想通りだよ。彼はアメリカ軍の対「G」ロボット兵器、メカニコングのパイロットだ」
「コング? ……てっきり西部劇みたいなガンマンタイプのロボットだと思ったら、パイロットの外見に合わせたのか」
「聞こえたぞ! 日本猿!」

 どうやら彼は日本語が分かるらしい。馬鹿なゴリラではなかったのか、と俺はワイヤーを使ってプロトモゲラから降りてくる彼を見ながら内心で思った。

「あーその発想もありだったなぁ……。凱吾も段々思い出してきたじゃないか!」
「俺は好きであんたの趣味を刷り込まれた訳じゃない!」

 俺は関口さんに勉強の一環と称して見せられた、多種多様なロボットアニメの映像を脳裏に浮かばせながら文句を言った。

「まぁ、時間がない。文句を言うよりも、その手の治療だ」
「痛っ!」

 関口さんは俺の手を触れて言った。麻痺していた痛みが蘇り、俺は顔をゆがめた。

「……お、来た来た。ほら、凱吾。母子の感動的な再会だぞ」
「え?」

 俺は視線を関口さんが指差す上空に向けた。
 騒音と風を周囲に撒き散らしながら、ヘリコプターが俺達の前に着地した。




 
 

「これで貴殿の怪我は大丈夫ですよ」

 骨折した俺の右手を一瞬にして治した二十歳そこそこの日本人女性は言った。瞳がカラーコンタクトでも入れているかと思うほどに紺色であるのが気になった。

「すみません。ありがとうございます」
「いえいえ、私の治癒の能力でも、その性格は治せませんから。せめて怪我くらいは」

 何か引っかかるものを感じさせる言い方をするが、彼女は微笑んで俺の反論の余地を与えない。

「こっちも治してくれませんか?」
「そっちはわざわざ治癒の力を必要とするほどのものではありませんよ」

 俺は、関口さん曰く感動の再会となった際に、母が物言うよりも先に出した右ストレートを受けて腫れた頬を摩りながら嘆息した。
 どうやら、彼女は怪我を治す代わりに心に毒を与えるらしい。

「全く、三島さんに同行してもらって正解だったわね。素手でジラを倒すなんて無茶苦茶すぎるわよ、この馬鹿息子!」

 母が眉間にしわを寄せて言った。

「それより、いいのかよ。社長がこんなところに居て」
「あら、知ってたの?」
「白々しい。俺が誰の手引きで、アメリカに渡れたのかわかってるんだろ?」
「まぁね。でも、お陰であんたの立場は色々と不味くなっているの、わかってる?」
「分かってなかったら、地下の賭博試合なんかで賞金稼ぎしながら旅をしていないさ」
「………」

 苦笑する俺に母はしばらく黙っていたが、不意に思い出したように話しかけた。

「そういえば、凱吾。三島さん、覚えてないの?」
「ん? この人のこと?」
「指を差さない!」
「あ、すみません。……いいや。以前に面識がありましたか?」

 俺が恐縮しつつ言うと、母と三島さんは顔を見合わせた。

「やっぱり予想通りね。……凱吾。あなた、三年前の記憶が曖昧な状態なんでしょう?」
「え? そんなこと………」

 言いかけて、その自信がないことに気がついた。姉との思い出やその死、その後に俺が家出して日本からアメリカに渡った事は覚えているが、その間に何をしていたのか、姉以外に誰と会っていたかなどの記憶が殆どなかった。

「これではっきりとしたわね」
「何が?」
「あんたが突然家出したの。……先輩から聞いたわよ。アメリカを旅しながら、色々なところで聞いて回っていたんですってね。後藤銀河を知っているか? って」
「それがどうした? 姉貴の仇だぞ!」
「だからそれは……」

 母が言いかけた時に、関口さんが割って入ってきた。

「話し中すまないが、蒲生! 遂に奴が上陸するぞ!」
「嘘っ! あいつは?」
「わからない。負けたとは考えにくいが、状況が状況だ。どうやら多数の巨大ジラが先陣を進んでいるらしい。今、ジン君がライムさんのところへ向かうと……」

 関口さんが言っている途中で、ジンがヘリコプターに乗り込み、そのまま飛び立ってしまった。

「あっ! 俺達を残して……。まぁ仕方ないか。こっちにはプロトモゲラも三島さんもいるし」
「だから、この人は誰なんだ?」

 俺が聞くと、関口さんも一瞬驚いた顔をしたが、頷いてみせる母を見て頷き返した。

「成程な。やっぱり、記憶の断片的な喪失という形で残ったか」
「私の力不足です」
「いいや、三島さんの……。この場合は、紺碧の所為ではありませんよ。むしろ、彼のこの状況を見る限り、成功しているのは間違いないですから」
「だから!」

 俺は会話の内容が全くわからず、声を荒げた。

「細かく説明をする時間はない。必要な情報だけ言うぞ。そちらの女性は、紺碧という「G」を宿す巫子の三島芙蓉さん。3年前にお前の命を救った恩人だ。そして、凱吾はとある壮大な計画に巻き込まれた駒だ。俺達はその状況を好転させる為に動いてきた。そして、お前の仇は後藤君でなく、別にいる! 以上!」
「ちょっと待て! 全く話についていけないぞ!」
「凱吾、この状況でこれ以上の説明をしている余裕はないわ」
「母さん。……どういう状況なんだ?」
「あんたも聞いたでしょ? 巨大ジラの群れがこのニューヨークに迫っているのよ。そして、その後には更に強大な「G」が続いているわ」
「強大な「G」?」
「想定はしていたけど、実際に確認されたのは今回が初めての存在よ。軍の識別名はクローバー。私達は破壊者として想定していた存在よ」
「クローバー……破壊者?」

 次々に語られる新しい情報に俺は混乱気味に呟いた。
 母は頷いた。

「そうよ。今私達が倒すべき敵よ」
「……まさか、母さん」
「当然よ。あなたにはこの都市を守る力があるわ」

 母はその視線を瓦礫の上に佇むプロトモゲラに向けた。

「……拒否権は?」
「ないと言いたいけど、一応あるわ。それに米軍にはジンもいる。……でも、それで逃げ出せる?」

 母は俺を試すような表情で聞いた。
 俺は苦笑した。流石は母だ。俺をよく理解していた。

「そんな訳があるか! 誰かが「G」の犠牲になるかもしれないというのが分かっていて、俺が尻尾を巻いて逃げる訳があるか! モゲラに乗れなければ、素手でも戦う!」
「この性格、誰の影響かしら?」
「鏡貸そうか?」
「関口さん、起動コードは?」
「既に凱吾に合わせある。お前の声紋と掌紋で自動認識される。操縦法は同じだ」
「わかった!」

 俺はまっすぐプロトモゲラに向けて歩いていく。関口さんが後を追う。

「プロトモゲラのスペックは?」
「それだけ聞けば十分だ! 後は何とかする!」

 それだけ言い残すと、俺はプロトモゲラのワイヤーに掴まり、操縦席に向かった。




 
 

 プロトモゲラの地上移動性能は、関口さんの言葉通り、かなり低いらしい。二足歩行のみの移動では原付スクーター程度の速度しか出せない。

「……成程な。だから、ジンは地下を」

 しばらく大通りを進んだところで、俺はプロトモゲラを地中に潜らせた。地中での移動速度の方が速い。
 位置情報はほぼ正確に把握できるようになっているらしい。目的地は、埠頭だ。

『君が蒲生凱吾君ね?』

 地中を進んでいると、映像付きの通信が入った。相手は年配の金髪白人女性だ。アメリカ軍服を着ており、俺は腕章の示す階級を知らないが、状況から察するに将校なのだろう。

「あなたは?」
『本作戦指揮をとっているライム・ギムレットだ』
「ギムレット?」
『そうだ。ジン・ギムレットは私の息子だ』
「成程な。……で、何ですか?」
『本防衛作戦において、君が乗るプロトモゲラは一時的に我がアメリカ軍指揮下に置かれている。したがって、君も私の指示で動いてもらう。……いいわね?』
「悪いが、俺は軍の指揮下に入ったつもりはない。そちらの指示で動くかは、その内容次第だ」
『……威勢はいいようね。では、先に状況を説明しよう。現在、海軍の防衛線は壊滅的状態だ。したがって、マンハッタンの防衛はメカニコングを含む我が軍の戦力と君のプロトモゲラに委ねる他はない』
「わかった。……で、指示というのは?」

 俺が聞くとライム・ギムレットは口を細く伸ばした。

『上陸するジラとクローバーを片っ端から倒す!』

 それを聞いて、俺もニヤリと笑った。

「その指示、乗ったぜ!」

 俺は埠頭直下に到達し、プロトモゲラを地上目指して掘り上げた。





 

 地上出現位置の真上に巨大な物体があるのが、画面に表示されている。その形状は、ジラだ。

「ジン、聞こえるか?」
『遅いぞ日本人!』

 俺はメカニコングのジンに映像付き通信を開いた。ライムの通信から予想した通り、軍との通信は自由に開ける状態になっているらしい。
 ジンは切羽詰った様子で返事をした。

「モゲラの音声認識について異論を唱えていたな?」
『だからどうしたっ!』
「一つ言っておきたくてな。そいつは、音声認識の使い方を知らない者の発言だってなっ!」
『あぁ?』

 俺は息を吸うと、操縦レバーのボタンを押した。

「見やがれ、これがモゲラだっ! ドォリィィィル……アァァァームッ!」

 同時に、画面正面にドリルアームと表示され、プロトモゲラの両腕のドリルが高速回転する。
 そして、プロトモゲラはその右腕を突き上げたまま地上へ飛び出した。ドリルアームは頭上にいたジラの腸を抉り、そのまま下顎を砕き、頭部を突き抜けた。

『………』
「まだだっ!」

 即座に周囲にいるジラの位置を確認した俺は、前に押し出していた右レバーを引くと同時に、左レバーを押した。
 高速回転をする左のドリルアームがプロトモゲラの右手にいたジラの胸部を抉る。ジラが断末魔を上げ、絶命する。
 更に、前方から口を空けて迫るジラに気づき、再度レバーのボタンを押した。

「来い、トカゲ共! プラズマレェェェザァァァ……キャノンッ!」

 刹那、プロトモゲラの両目が光り、迫りかかるジラに光線が放たれた。
 従来のメーザー殺獣光線を遥かに凌駕する破壊力はすさまじい。プラズマレーザーキャノンを受けたジラは一撃で吹き飛んだ。

「火力は問題なしだな。だが、連射性能が予定よりも低いか。だったら………」

 俺は、ドリルアームに使用されている超合金の反射性と耐久性を確認する。予想通り、プロトモゲラに使用されている超合金の中でも最も耐久性の高い部位の一つだった。

「この耐久性なら大丈夫だな……」

 俺は周囲を確認する。数キロ離れた場所で、銀色の巨大なゴリラがジラの顎を両手で広げていた。あれがメカニコングらしい。

「おい、そっちはもういいか?」
『あぁっ! 今終わった……』

 メカニコングはジラの口を裂いて、その手を顎から離していた。だが、別のジラが飛び掛ってくる。

『ちょっと待て! ……いいぜ』

 しかし、そのジラの頭部をメカニコングは組み合わせた両手を叩き潰し、一撃で倒した。
 どうやら、メカニコングの腕力はドリルアームと匹敵するほどの力を持つらしい。

「少し離れてろ。……ちょっとこの邪魔なトカゲ共を片付ける」
『あん?』
「いいから!」

 前方にある埠頭には、海から上陸してきた大小様々なジラが群れを成して現れていた。
 俺は、メカニコングが一定以上離れたことを確認すると、プロトモゲラをジラの群れにめがけて突進させた。

『おい!』
「黙って見てろ! ドリルアァァァムッ!」

 両腕のドリルアームが再び高速回転を始めた。その両腕を頭部の前に出す。
 そのままプロトモゲラはジラの群れに突入した。白兵戦だ。

「今だっ! プラズマレェェェザァァァ……キャノンッ!」

 刹那、両目から放たれたプラズマレーザーキャノンはドリルアームに直撃し、その光線が高速回転するドリルアームによって拡散した。
 拡散したプラズマレーザーキャノンは周囲にいるジラの群れを一気に殲滅する。残ったのは巨大ジラ四体だけだ。

「いけるっ! ……うぉぉぉおおおおおおお!」

 プロトモゲラはドリルアームを左右交互に突き出し、ジラを手前から順に倒していく。

「三、二……一っ!」

 最後の一体の腸を突き破ると、プロトモゲラの動きを静止させた。

「ジン、これがモゲラだ」
『あぁ……。こんなクレイジーな戦い、初めて見たぜ。日本はそんな戦法をプログラムに入れているのか?』
「いいや。師匠の直伝だ」
『その師匠、一体何者なんだ?』

 引きつった表情で聞いたジンに俺は答えた。

「王の守護者だ」
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