本編

5


 2042年12月、アメリカ合衆国マンハッタン島。
 姉の死からの3年、俺は当てもなく放浪の旅を続けていた。アメリカへ渡ってから既に季節が二つも移ったが、目立った大都市へ行かなかった為、摩天楼の灯りが煌びやかに夜の闇を照らすこの街へ着いた時は、妙な感覚にとらわれた。大都市といえる街を訪れたのは、震災前に訪れた東京以来かもしれない。
 しかし、今俺が控えている部屋は、発展を続ける世界経済の中心都市のイメージとはまるで違う、臭く薄暗い牢獄の様な小部屋だった。部屋には錆びたパイプ椅子と鍵の壊れたロッカーが置かれているだけ。テーブルすらなく、その代わりのつもりなのか、俗にみかん箱と言ったりする木の箱が床に転がっている。
 換気扇の回る音だけが、この小部屋に響いている。人として底辺に属する者が行き着く場所は、こういうものなのだと、低音で唸る換気扇の音が俺に告げているような気がした。
 別に自身を悲観しているのではない。むしろ、俺はこの現実を望んでいた。
 パイプ椅子に座る俺は自然と緩む口元に、手を当てた。
 既に、俺は人ですらないのかもしれない。ふと、そんな考えを浮かべていると、木製の扉を叩き、脂ぎった汗を滲ませて太った中年の男が入ってきた。彼はサングラスをかけているが、この薄暗い部屋ではろくに前も見えないだろう。

「出番だ。来い」

 東部の訛りが酷い発音で男は俺に言った。
 俺は立ち上がり、扉の傍に立つ彼の横にまで歩くと、確認をした。

「賞金は約束通り貰えるんだろうな?」
「当然だ。だが、そんな口は勝ってから言うんだな」

 ヤニ臭い息を吐きながら男は言った。俺は思わずニヤリと笑った。

「金を払わずに逃げたら、どうなるか。……これから見せてやるよ」

 俺は男を残し、薄暗い廊下を進んだ。微かに怒声や歓声が廊下の先から聞こえてきた。




 
 

 会場の入口に控えた俺の耳に、司会者の声が聞こえる。俺は金属のプレートを拳にテーピングしながら、その言葉に耳を傾ける。

『淑女紳士の皆様、今宵はお越し頂き、誠にありがとうございます! 先程までの試合は前座に過ぎません。人と人、人と獣の試合も所詮は同じ動物同士。真のデスマッチは、生か死のうち、死のみが与えられた状況での抗う無力な動物の姿を露わにする戦い。今度の賭けは、挑戦者の生死のみを対象に行われます。当然、生のレートは非常に高いです。さぁ、受付開始です』

 司会者の言葉と共に、賭けをする観客達の声が聞こえてきた。一夜で億の単位にも及ぶ金が動く地下の違法賭博試合。長い歴史の中で、この地下世界にも変化が起こっている。

『受付を締め切らせていただきます。これより試合開始までの受付は、手数料が発生しますのでご注意ください』

 過激化の一途を続けたこの賭博試合も、遂に限界を迎えた。それは人では勝てない圧倒的な存在が現れたからだ。それゆえ、従来の賭けのシステムでは採算が合わなく、対戦者の姿を見てから試合直前までの間に行う賭けに莫大な手数料を取り、損が生まれないようにしたのだ。それはつまり、挑戦者に賭けをした者が、挑戦者の姿を見て、賭けをやめる際に利益を生むためだ。男の言うとおり、試合での挑戦者の勝敗ではなく、挑戦者の生存それ自体が賭けの対象となっている。
 そして、その相手こそ、人は愚か、通常の動物とは全く違う、元来の常識ではありえない存在、「G」だ。

『今宵の命知らずの挑戦者をご紹介しましょう! 大洋を越えてやってきた侍こと、蒲生凱吾!』

 同時に、俺の目の前にかかっていた入場カーテンが開かれ、そこから金属フェンスで囲まれたリングまで伸びる道の両脇から花火が点る。リングの周りに集る観客達の中を貫く道を歩き、リングの中へ入った。俺がリングに入ると、後ろで係員が扉を閉じ、俺をリングの中へ閉じ込めた。
 明かりが落とされ、スポットライトがリングを照らす。古い日本の怪獣映画のBGMが流れ、司会者が声を発する。

『この若き挑戦者と戦う相手を紹介しましょう! ………2010年、世界が騒然となった大発見が南極でありました。「G」と呼ばれることになるその一つ、そしてインドで発見された恐竜にも付けられた王者の名、これらを継ぐ驚異が時空を超えて、今宵、皆様の前に凛然と現れます。……さぁ、刮目してご覧下さい! 驚異の魔獣、ジラ!』

 刹那、聞くものの心臓を鷲掴みする様な咆哮が聞こえ、観客が固唾を呑んで見つめる中、照明に包まれた肉食恐竜を彷彿される2メートルを超えるジラの入った檻が、天井からリング内に降ろされた。
 ジラは飢えた野獣の持つギラギラとした眼で俺を見つめている。

『それでは、受付を完全に終了いたします』

 司会者の声が会場を囂々とさせていた声を静める。

『では、世紀のデスマッチ……凱吾vsジラ! 3、2、1……レディー、ファイト!』

 司会者の声と共に、ジラを囲っていた檻が展開され、ジラがリング内に解き放たれた。
 俺も身構える。
 魔獣は唾液を滴らせた鋭い歯を見せて俺に襲い掛かってくる。俊敏だが、見えない速さではなかった。
 俺は、半歩下がり、腰を下げる。拳を握り締めた。ジラが俺を噛み殺そうと、口を開いた。魚臭い息がムッと俺の顔にかかる。

「魚ばっか……」

 俺は後ろに下げた足を前に踏み出し、体をジラの懐に滑り込ませた。

「食ってんじゃねぇえええええ!」

 俺は拳を振り上げ、ジラの下顎を殴り上げた。
 ジラの動きが乱れた。顎が上を向いたことで、その胴が俺の目の前に露わとなった。
 勝てる!
 俺は確信した。
 握り締めた拳に一層の力を込めると、ジラの胴にその拳を打ち込んだ。
 一発では終わらない。決して相手に反撃や防御の隙を与えることなく、繰り返し拳を打ち込む。
 ジラが一歩後退すれば、俺は一歩前進し、決して間を開かせない。
 やがて、ジラは隅に追い込まれ、逃げる余地がなくなった。

「これでぇ………」

 俺は渾身の力を右手に込めた。

「最後だぁああああああああ!」

 俺の右拳はジラの左下顎にめり込み、同時に鈍い二種類の音が鳴った。
 一つは俺の拳の骨が折れた音。
 そして、もう一つはジラの顎の骨が砕ける音だった。

「つぅ……っ!」

 頭部をフェンスにもたれさせて絶命したジラを見つめ、血が滴る右手をダラリと下げ、一歩下がった俺は痛みが表情に出た。
 しかし、直ぐに騒然としていた周囲が静まり返っていた事に気がつき、俺は勝利した事実を確信した。
 俺は、熱を帯びた右手に今一度力を込めると、ゆっくりとその腕を天上に掲げた。

「「「「「うぉおおおおおおおおおお!」」」」」

 刹那、会場中が沸いた。
 何とも表現のし難い清々しさが心に起こった。

『勝者はぁ、挑戦者のぉぉぉ………おわっ!』
「地震?」

 司会者が俺の名を呼び上げようとしたその瞬間、会場を激しい揺れが襲った。
 俺は床に身を屈めた。

「……いや、違う」

 揺れの一度目は激しい縦揺れで、続く揺れは小刻みに縦に揺れる断続的なものであった。地震というよりも爆発による地響きに似ていた。
 俺の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
 同時に、会場の入口に立つ初老の男が声を張り上げた。

「「G」が現れたぞっ! 逃げろぉおおおおお!」

 刹那、会場内は騒然となった。
 皆、我先に外を目指して走り出した。
 時折、悲鳴や怒声が聞こえる。他者が死のうと今の彼らには関係がなかった。
 俺はその地獄絵図にも近い光景を鍵で閉ざされたリングの檻から、驚きを隠せずに見下ろしていた。
 逃げ惑う人々に対しての驚きではない。先ほど声を上げた男に対してだった。

「なんで関口さんがここにいるんだよ」

 下敷きにされた数人を残し、人々が逃げ去った会場を、黒いロングコートのポケットに両手をつっこんで平然とした表情で近づいてくる初老の日本人の名を俺は呼んだ。

「散々お前を探していた人間に言う台詞かよ」

 彼はリングの入口にかけられた錠に、ポケットから取り出した鍵を差し込みながらぼやいた。
 この白髪混じりの日本人は、関口亮だ。俺の母親の会社の先輩に当たり、多くの「G」に関する物を開発した過去を持つJ.G.R.C.開発部の部長だ。

「よし、開いたぞ」
「おい、散々探したって……会社は?」
「ん? んなものは辞めてるに決まってるだろ?」
「辞めた?」
「あぁ。お前の母さんに頼まれてな。……昔から探偵とかに憧れてたんだ。金田一耕助とかな」

 関口さんはニヤリと笑って、入口を開いた。

「真面目に聞いてるんだ!」
「なに、ちょっとばかり割のいい仕事の声がかかったんだよ。………ん?」
「またっ!」

 再び激しい揺れが会場を襲った。今度は最初の揺れも遥かに大きい。

「伏せろ!」
「っ!」

 天井が崩れ、巨大なトカゲの足が目の前に現れた。その足に見覚えがあった。
 いや、つい今まで見ていたものだ。

「ジラ?」
「そうだ。……同族の臭いに誘われたかな?」

 平然として言う関口さんだが、状況は決して穏やかではない。
 次の瞬間、天井が完全に吹き飛び、頭上に数十メートルはある巨大なジラの姿が現れた。

「おい、関口さん。これ、マズいだろ?」
「あぁ。最高にマズい!」
「なに笑ってるんだ!」
「凱吾、忘れたのか? こういう危機的状況に現れるものだろ?」
「え?」

 不敵に笑う関口さんの言葉に合わせて新たな地響きが起こった。
 今度はさっきまでのものとはまるで違う。何かが地面から迫ってくる。

「何だ?」
「だから言っているだろ? 主人公の危機的状況に地下から現れるってのが、超合金ロボの王道だってな!」

 刹那、俺達の前方にいる巨大ジラの立つ地面を突き破り、回転する巨大な槍が巨大ジラの腹を下から抉った。

「この槍は……」
「いや、槍ではない!」

 周囲に肉塊が撒き散らせ、それは巨大な槍状の腕の下から全身を地上に現した。

「ドリルだ!」
「……まさか、モゲラ?」

 ジラの死骸を突き飛ばし、目の前にそびえ立つ金色の鋼に身を包んだそのロボットを俺は知っていた。

 


――――――――――――――――――
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 2035年春、静岡県沼津市。
 そこへ初めて俺が行ったのは、小学6年になった春休み中に、母親の仕事先へ連れて行かれた時だった。
 首都圏から車で約3時間弱、高速道路を降りてから一般道でしばらく移動した茶畑に囲まれた山の上に立つ施設であった。

「凱吾、おとなしくしているのよ」

 俺の母、蒲生元紀は車を駐車場に止めると、俺に念を押した。本来俺は、二つ上の姉が中学の合宿でなければ家で留守番するはずであったのだ。

「わかってるよ。部長さんも忙しいんだろ?」
「全く、言うことだけは一人前なんだから」

 母は呆れ気味に行った。当時、母は日本「G」リサーチ株式会社、通称J.G.R.C.の第二調査部部長の職に就いていた。それが年齢に対してかなり早いことは当時の俺も知っていた。
 それ故に、母の仕事を邪魔をしないというのは、姉との約束でもあった。
 しかし、それと好奇心は別の問題だ。

「ほら、早く行こう。相手の人、母さんの先輩なんだろ?」
「全く……。あ、凱吾。そっちじゃないわよ」

 駐車場の目の前に立つ白い建物に向かう俺を母は呼び止めた。

「え?」
「そっちは、別の部署の建物よ。用があるのはあっち」

 母が指を差した先にあるのは古びた体育館であった。

「え! ここ、使ってるの?」
「まぁ、施設維持にお金は殆ど回してないらしいから」

 母は苦笑しながら、体育館に向かって歩いていく。俺は、外壁を綺麗な白色を塗られた建物を惜しみつつ母の後を追った。
 近づくと体育館のボロさが更に強調された。剥げた壁はそのままにされ、地面は割れ、そこから雑草どころか木まで生えている。

「本当にここ、使われてるの?」
「当たり前よ」

 そう言い、母は体育館の中へ入っていった。俺も慌てて中へ入った。

「うわぁ……」

 確かに外観は体育館であったが、中は全く別の目的で使用されているのがよくわかった。
 まず入口に下駄箱がなく、代わりにダンボールや様々な形の金属、旧式のパソコンなどの機械類が乱雑に積み重ねられていた。

「あ、下手に触らない方がいいわよ」
「え……」

 明らかに言い方が普段の注意と違う母の言葉。下手に触ったら何が起こっても知らないよ、と俺は母の言葉を変換し、伸ばしかけた手を引っ込めた。
 母は廊下を進み、体育館のコートに当たる場所に進む金属扉を開いた。
 扉が開かれた瞬間に、騒音が廊下に漏れ出した。工事現場など非ではない。爆発音に近い音が響いている。

「うっ!」
「凱吾、耳、塞いでて!」

 そういう母も両手で耳を塞いでいる。
 ゆっくりと中に入った母の後に続く俺。そして、見た。

「すげぇっ!」

 俺を迎えたのは、数メートルもあるロボットであった。俺は驚きでその場に立ち尽くした。
 一方、母は目的の人物に近づくことができたらしく、しばらくして爆音も止んだ。

「ガンヘッド507だ」
「ガンヘッド?」

 俺は近づいてきた中年の男に聞き返した。男は頷いた。

「そうだ。これは伊達や酔狂でこんな重厚な格好をしているんじゃないんだぞ。20年ちょっと前に旧韓国で実際に「G」と初陣をして勝ったこともある立派な対「G」兵器の初期型だ。通常時は戦車としての活動も行えるが、本領を発揮するのはこのスタンディングモードだ」
「スタンディングモード……」
「俺が設計図に書き込んだ機能だ!」
「えっ? すげっ!」
「勝手にね」

 驚く俺に母は付け足しながら近づいてきた。

「おいおい、結果的には認めさせたし、それが大勝利に繋がったのだから、自慢できるはずだ」
「あの場に何とか三十郎がいた事を忘れていませんか?」
「俺はそんな後藤なんて知らないな。大体、彼は確かに活躍しているかもしれないが、結果的に「G」を倒したのは、ガンヘッドであり、メーザーだ! それに、俺は彼と共に「G」を倒したことが何度もあるんだぞ!」
「はぁ。そうですか。……もう耳にタコですよ、その話」

 母は呆れ気味に男に言った。その様子を見上げる俺に気がついた彼は、しゃがんで俺と目の高さを合わせた。

「あぁ、すまないな。蒲生凱吾君だね? お母さんから話は聞いているよ。俺は関口亮です。これでも、この開発部の部長をしています。よろしく!」
「あ、よろしく! 凱吾です」
「よぉし! 立派な挨拶だ!」

 関口さんは満足気に笑うと立ち上がった。そして、思い立った様子で手を打つと母に向いた。

「あ、そうだ。蒲生、この少年を打ち合わせしている間借りても良いか?」
「えぇ。でも、打ち合わせは?」
「今回の件は俺が直接担当しているわけじゃないし、何でもかんでも会議に同席するような柄じゃない。ということで、担当の者と話をしていてくれ!」
「ちょっと、先輩!」

 関口さんは文句を言う母を背に、俺を連れて体育館から連れ出した。




 
 

 関口さんは、俺を体育館の隣にあるプレハブ小屋の一室に連れてきた。

「実はこの施設、今は沼津支社だけど元々は某大学の一校舎だったんだ。そして、俺は校舎自体は清水にある方だったんだけど、某大学の卒業生なんだ」
「ふーん」
「その卒業研究の一環で、ここにもほぼ毎日通っていた時期があったんだ。結構な偶然だろ?」
「すごいね、それ。じゃあ、やっぱりあれは元体育館?」
「そうだよ。今は我が開発部のラボとして利用しているけどな。そこの壁に貼ってる写真、見てみ」

 俺は壁に貼られている複数の写真を見た。どれも体育館が半壊している写真だ。

「え……えっ?」
「実は、ある時は実験中の事故で、またある時は「G」の襲撃で、またある時は試作機の暴走で……。えぇーと、かれこれ5回は壊れているな。内一回で、ここが全壊したんだ。元々ここはコンクリートの元クラブ棟なんだけど、予算の関係で今はプレハブになってる」

 関口さんは写真の枚数を数えると説明した。

「じゃあ、なんであんなボロいんだ?」
「その方が、次壊れた時に説明しやすいじゃないか。『元々壊れやすかったので、機械が事故でぶつかった力で崩れました』ってな」
「本当は?」
「余った予算を使って、皆の趣味で作った汎用人型ロボが暴走して壁に頭を打ちつけた。あの時はバッテリーが切れるまで大変だった」

 関口さんは懐かしむ目をして言った。
 俺は、関口さんを会社の偉いおじさんではなく、ゲームの敵キャラとして登場する悪の科学者と同列だと認識した。

「まぁ、おしゃべりは終わりだ。準備ができたよ」

 関口さんは、部屋の中央に鎮座する一、二昔前のゲームセンターにあるフライトシュミレーションゲーム機に似た機械を起動させた。

「やっぱりこのゲーム機を流用したのは正解だな。テンションが上がる。……うん」
「何? これ?」
「ベースは俺が大学時代に流行ったゲーム機なんだが、中身はある兵器の適正検査用シュミレーターになっている。昔のものの内容を少し書き換えて、別のモノにも対応できる様にしたんだけど、モニター数が足りなくてね」
「え、でも俺に出来るかな?」
「難しく考えなくていいよ。ただ、ゲーセンのゲームをやるつもりでさ。レクチャー機能もあるから、それで操作法を覚えて、試験……まぁ、本番のステージで敵キャラと戦うだけだ」

 確かに聞く限り、俺の知るゲーセンのゲームと同じ流れだ。

「体のサイズに一応合わせて調整しておいたから、微調整は自分でやってくれ。座席のレバーでできるから」
「わかった」

 中に入ると、車の座席とその勝手は同じだった。コントローラーになっているレバーが両サイドにあり、その他の操作パネルは左右と前方にある。それ以外の前方はプラネタリウムのようにドーム状になっている。

「そのドームに映像が表示されるから。映像酔いには気をつけて。もし気分が悪くなったら、直ぐに教えてくれ」
「わかった」
「OK。じゃあ、後は映像に従ってくれ。……あ、大事なことを伝え忘れた!」

 一度閉めたドアを開き、関口さんが顔を出す。

「何?」
「操縦するロボットが起動した時は、『こいつ、動くぞ!』って言う事! これは絶対厳守だ!」
「……あ、はい」
「じゃ、健闘を祈る!」

 言うだけ言うと関口さんは、呆れ顔の俺に笑顔で敬礼するとドアを閉めた。
 そして、シュミレーターが起動した。



 

 

 母と合流したのは、3時間後であった。
 凝り固まった体を伸ばしながら歩いてきた母を迎える俺もへとへとであった。
 なぜなら、一回きりかと思ったシュミレーションは、あれから何パターンものシチュエーションに分けたもので行うことになったからだ。

「もういいでしょ? ジュースでも飲んで待ってるよ」
「いいや、駄目だ! 次は、このシチュエーションのパターンをやってくれ!」
「えぇー」

 そういうやり取りを繰り返し、気がつくと3時間が経過していた。

「あんた、私よりも疲れた顔してない?」
「俺、ゲームが嫌いになった……」

 ジュースを飲みながら呟く俺を見て苦笑する母に、関口さんが真剣な顔で近づいてきた。

「先輩、ありがとうございます。結果的に、ちょっと一人で待たせる訳にはいかない時間を要してしまいました」
「いや、それはいい。……蒲生。凱吾だが、ここに来る時は必ず連れてきてくれるか? いや、場合によっては凱吾に用があって連れてきてもらうこともあるかもしれない」
「え?」

 母が首をかしげた。俺も顔を上げる。
 関口さんは真剣な顔のまま、片手に持つ紙の束を母に渡した。それは先ほど俺のシュミレーションをした際に収集したデータであった。

「これは?」
「かつて韓国陸軍で天才と評された操縦士がいた。その人物の同じシュミレーションで出した最高数値が、手書きしてある数字だ。そして、印字されている数値が先ほど凱吾が出した数値だ」
「……これ、数字の小さい方が優れているんですか?」
「な訳があるか! ……古いデータを使っているからと思って、新しく組みなおしている別のデータも使用した。結果は比較数が少ないが、それでも明らかなダントツの最高数値だ」

 一度言葉を切ると、関口さんは母の肩に両手を置いた。

「蒲生、これは冗談なんかじゃない! マジでお前の息子は天才なんだよ! ……この年齢でこの数値だ。この先、訓練をすれば世界最高の操縦士になれる!」
「え………」
「………お、俺が?」

 その日は、そのまま俺達は帰った。
 しかし、数ヵ月後から俺は定期的に沼津に呼ばれることになり、関口さんからあらゆる機械の操縦法を叩き込まれた。
 そして、俺も自分の才能を理解していった。
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