本編

3


「ここが、極東コロニーです」

 食後、私は地図を彼の前に表示させ、説明した。

「ロシアの東端ってところか。なんだかんだ、結構いいところまで来れたんだな……」

 彼は地図をしげしげと眺めながら呟く。
 不意に、彼が宙に表示させている平面画像に動じていない事を不思議に思った。それを聞くと、キョトンとした顔をした。

「だって、ここは未来世界だろ。これくらいのことで驚かないさ。それより、この地図はどうやって操作するんだ?」

 彼の返答を聞いた時、私は驚いた。
 しかし、彼にリモコンを渡し、簡単な説明をするとすぐに理解し、操作する様子を見ているうちに彼の考えがわかってきた。
 農耕で驚き、技術では平然としている。それは、彼が人の技術発展に対する好奇心の強さを理解している為なのだろう。こうすれば便利という考えの先にある存在には、既に彼の想像が先行している為、驚かないのだろう。
 しかし、非合理的ともいえる便利よりも充実を求めて発展させた農耕などは彼の想像を超えていて、驚きを素直に出しているのだろう。
 私はますます彼の思考力の高さに驚かされた。

「……シェ? ローシェさん?」
「あ、ごめんなさい。考え事をしていました。……なんでしょうか?」
「この列島は現在、どうなっているかわかりますか?」

 彼が指したのは、極東コロニーから南東に1000キロほど進んだ先にある太平洋上の列島であった。

「ここですか? 確か、異界の中でも危険度の高い地域です。大型の「G」が多数生存し、コロニーも過去数百年で現れては消えてを繰り返す劣悪な環境の地域です。恐らくまともにここの近況を知っているのは「旅団」くらいでしょう」
「旅団?」
「説明がまだでしたね。「旅団」も「連合」とはまた違う意味で他とは異質の存在です。言葉の意味から伺えるように、コロニーを特定の場所に構えずに浮島などで常に移動をする小規模コロニーの総称です」
「総称という事は、「連合」のように一つの組織化されたものではないのか」
「はい。しかし、個々では連携を持っているそうです。情報が曖昧なのは、「旅団」という存在が非常に小規模で、常に移動する特徴もありますが、彼らが「連合」などと必要最小限の交流しか持っていない謎の多い存在だからです」
「それで成り立つのか?」
「「旅団」の異質な所はコロニーの民です」
「まさか全員能力者なのか?」

 冗談めかして凱吾が言ったが、私は真顔で頷いた。

「まさか」
「全く全員ということはないでしょうが、そのほとんどが能力者、または爾落人だと聞きます。しかも、その能力は、聞くところによればかなり特異な能力を持つ方がその長についているそうです」
「特異?」
「はい。自身を異形の姿へ化す者や強力な「G」を使役する者だと聞きます。噂ではなく、これは記録に基づく事実です」

 私は背筋に冷たい汗が流れるのを感じつつ、彼に説明した。
 しかし、彼は私の予想を超えた反応を示した。

「まだ生きてたのか……」

 そして、苦笑する凱吾を見て、私は恐る恐る彼の発言から考えられることを聞いた。

「ご、ご存知なのですか?」
「知っているというか、恩人というか……。ま、確かに変人だが、悪い人達ではない。それは保証する」

 微笑んだ彼に私は結局この言葉を口にする。

「あなたは一体……」

 それに対して彼は同じ問答を繰り返すことなどせず、話を戻す。

「ここへはどうやったら行けますか?」
「行くなんて、危険すぎます! 数十メートル級の「G」がいる異界地域です。命を落とすとわかっている相手を送り出すことなど私にはできません」
「しかし、行かないという選択肢は俺にない。遠路遥々ここまで来たんだ。後少し、何が何でも行かせて貰う」
「そういえば、あなたはどちらから来たんですか?」

 私の疑問に、彼は黙って地図を指し示した。

「え?」

 私は目を疑った。そこは、この極東コロニーを遥か東に位置する別の大陸の最西端の位置であった。

「本当はもっと近い位置で実行する予定だったんだが、諸々の事情で、結局アラスカ側でこっちに飛ばされた。地球が氷河期になっていたのが不幸中の幸いだった。陸続きになっていたから、ここまで大体二日程でたどり着けた」
「では、あなたは「帝国」の方から来たのですか? 本来空路を用いるべき距離ですよ?」

 信じられない。彼はあの古代兵器で大陸間を越えて4000キロ以上の距離を移動してきたと言っているのだ。しかも、僅か二日で。

「ガンヘッド507自体は長距離移動に向いたものではないが、一応向こう……過去から来る際に改造もしているし、G動力炉も積んでいるだ。出来る出来ないは気合いの問題だ」
「き、気合い?」

 目の前に立つ男が人である事そのものを私は疑いたくなった。

「しかし、頼りのガンヘッドはレギオンの襲撃で使えない。……差し出がましいとはわかっていますが、移動艇の類を一つ譲って頂くことはできますか? 勿論、何らかの形で対価を支払いますので」
「先ほど言った言葉を忘れましたか? 凱吾、私はあなたがこの列島へ向かうことを許さないと言ったのです。如何なる対価を用意されても、あなたに移動艇を渡すことはできません」

 私ははっきりと断言した。

「代表としての責務か?」
「はい。あなたは私と上下のある関係ではないと言いましたが、同時にあなたが客人であるのも事実です。客人の身の安全を守るのも、私の義務です」

 彼は私の目を見つめる。いや、睨むというべきだ。鋭い眼光で、私の瞳を見つめている。
 しかし、私も立場がある。それに屈することは許されない。
 先に折れたのは、凱吾であった。彼は息を吐くと、張っていた肩を下げた。

「………どうやら、今は交渉の余地すらないらしい。しかし、俺の義務はあの動力炉を列島に、日本に運ぶ事だ。俺も引けないことだけは知っておいてほしい」

 彼はそれだけ言い残すと、応接室から出て行った。



 

 

 応接室を出た俺は、ガンヘッド507とG動力炉が気になり、入口に待機していた俺の警備担当員という青年、イヴァンに整備区画に入れるかを聞くと、すでに許可は出ているので案内してくれるという。
 利便性の関係だろう。整備区画は本部と城壁を結ぶ地下空間を格納庫と併用で利用しているらしい。
 したがって、本部内にいる俺達は直接地下格納庫へエレベーターと同意の乗り物で降下した。
 格納庫は地下という言葉に対してのイメージを裏切り、非常に明るい。薄暗い倉庫を想像していたが、これは屋内競技場に近い広さと明るさを有していた。

「整備長!」

 イヴァンが声をかけると、壮年の体躯の良い男が振り向いた。

「おう、イーヴァか。そちらがこいつの持ち主さんかい?」

 整備長と呼ばれた男は気さくに笑いかけた。どうやらイヴァンとも親しいらしい。
 イヴァンに代わり、俺が彼に答えた。

「はい。蒲生凱吾といいます。ガンヘッドは?」
「見事なものだ。現在の技術の根幹となった代物を触れるとは思わなかったが、それ以上にここまで大破させておきながら、操縦席は無事と来た。長年様々な兵器の整備をしてきたが、ここまで見事なものは初めてだ」
「ほめ言葉と受け取っていいですね?」
「あぁ勿論だ。しかし、こいつを見たときはどんな化け物が使っていたのかと思ったが、今お前さんを見て納得した。見事に鍛えられた体だ。イーヴァとも渡り合えるだろうな」

 彼の言葉を聞いた俺は、予想が的中していたことを確信した。
 俺はイヴァンを見た。俺と同年代、もしかしたら若干年上なのかもしれない青年で、警備の制服らしい黒のタキシードに似た上着で隠されているものの、その下にある体はかなりの熟練者のものである。

「やはり、相当な実力を持っていたのか」
「お気づきでしたか。……しかし、恐らく凱吾さんの方が実戦においては上でしょう。先日の戦いで、あなたを救出した一人として自分はあの場にいたのでよくわかります」

 俺は頷いた。技術面では彼の腕は俺を上回るかもしれないが、生死を賭けた実戦においては手段を問わない俺の方が上であろう。
 俺の頷きの意味を察したのだろう、彼も頷いた。

「ま、お前さん方が実力を認めあうのは構わないが、先にこいつの事でいくつか相談させてくれ」

 整備長が大破したガンヘッドを顎で示して言った。

「はい」
「このG動力炉とやらだが、電磁波が漏れていて周囲の計器に影響するんだ。どうにかならないものか?」
「あぁ……」

 それならば俺にも出来る。周囲を見渡し、近くに置かれていた工具箱から必要な工具を取り出した。
 工具がこの時代にも使われていたのかと驚いたが、他の機器や兵器を整備している人々が持っている工具が全く俺の知るものと異なっていたところを見て、ガンヘッドに合わせてどこからか用意したものである事に気がついた。
 恐らく彼らにとっては、電気調理器しか使ったことのない人が見よう見まねで竃で料理をしようとする心境なのだろう。

「作ったのが癖のある人だから、これも癖があるんだ……」

 俺は自動車のエンジンを大きくさせた様な外観をしたG動力炉の下に潜り込むと、工具を駆使してエネルギー漏れを止める。

「こんなもんかな?」

 動力の下から抜け出してきた俺が言うと、整備長は感心した様子で聞く。

「大したもんだ。指南を受けてから来たのか?」
「いいや。餓鬼の頃、開発部を遊び場にしてたから、そこの部長が面白がって俺に色々と教えだんだ。こういう形で役に立つとは考えてなかったけどな」

 俺は脳裏にその分野では天才と云われる俗世的には異端科学者が笑っている姿が浮かんだ。
 兵器の整備技術など、こういう機会がなければ、一生縁のないはずの知識であっただろう。
 しかし、ここでは古代の技術だ。今更、動力炉以外で役立つ事などないだろう。と、考えながら、整備区画内を見回すと、妙なモノが目に留まった。

「アレは?」
「……あぁ、アレですか」

 すぐにイヴァンが気がついた。
 周囲にあるものは、まさに未来兵器という想像を写した様に無駄のない形状をしているなどが並んでいるが、全て共通して乗り物が基本となっている。
 「G」との戦闘を考慮すれば、当然の展開といえる。
 しかし、俺の視線の先にあるのは、等身大のプロテクターに似た人型のものであった。

「スーツです。「G」の中には、等身大で戦闘力の高いものもいます。爾落人や能力者とは違い、技術を用いても所詮は単身では人です。白兵戦に際して、必ずしも巫師の力で使える「G」や技術による兵器だけでは限界があります。そういう状況下で、我々も爾落人の様に単身でも戦闘を可能にさせる為に開発されたものです。凱吾さんも、所持していたプロテクターと同意のものです」

 イヴァンは説明したが、近くに寄ってみると、プロテクトスーツという言葉で形容される存在とは全く別の物であると俺は思った。
 子ども向けの戦隊ヒーローではないが、全身を包む構造になっているらしい。

「触っても構いませんよ。それは元々修練に使用しているものですから」
「修練? これを着て?」
「はい。それは、ZOと呼称しているスーツです。実戦は、各員の巫師の適正にあった技術を施した専用のスーツを使用します」
「技術ってのは、例えば火を出したりするってことか?」
「はい。最適な「G」技術のスーツを着用する事で、能力者でない人でもそれに匹敵、あるいは爾落人に近い戦闘を可能にするんです。そのZOは、修練用とは言いましたが、その技術が装備されていないだけで、その強度などは他のスーツと同じです」
「つまり、他のスーツはこのZOにオプションで技術をつけているということか」
「それが基本となっています」
「ふーん」

 俺は、実際にZOのスーツを手にとってみる。皮の服の様に重そうな印象であったが、実際に手に取るとかなり軽い。
 試しに着てみたいと思ったが、変身ヒーローの着ぐるみとは違い、背中にチャックがついている訳ではなかった。これでは着ぐるみというよりも、空気の入っていないビニール風船だ。

「あぁ、スーツは衣類とは少し違いまして、気密性を可能な限り高める為に、装着するんです」
「装着?」

 俺が意味がわからずにいると、制服の上着を脱いだイヴァンが実際に他のZOスーツを手に取り、実演してみせる。

「今は整備の為に展開してましたが、本来は圧縮されているんです。腹部にあるボタンを押すと……」

 イヴァンが腹部にあるベルトのバックルの様な部分を押すと、一瞬でスーツがバックルの中に消えてしまった。

「そして、このバックルを腹部に当てて、再びボタンを押すと……装着される」

 一瞬にしてイヴァンの体がZOのスーツに包まれた。彼は装着と呼称したが、ヒーローが行う変身そのものであった。

「勿論、体系に合わせて伸縮します。これを装着していれば、模擬の稽古や修練でも、実戦で使用するものを用いて行えるんです」
「成程な……」

 試しに俺も手に持っていたZOスーツを圧縮させ、それをへその辺りに当てる。

「装着」

 バックルを押しながら、俺は呟いた。
 それ自体は、あまりにも一瞬であった為、装着した実感はなかったが、その気密性の高さ故の服を着ていない様な感覚で、装着したのがわかった。

「服の上からでも大丈夫なんだな?」
「一般的に着用する衣類なら、スーツの力で違和感なく肌と共に張り付きますが、この制服の上着などの丈幅などが大きいものやそれ自体に耐圧加工などの技術が施されているものは上手く装着できません」

 つまり、着膨れするのだろう。

「そういえば、これは男女共に同じなのか?」
「……あぁ、見ればわかる通り、気密性は高いですが、実際には装甲があるので、体系が完全に浮き出る事はないので、男女兼用です。もっとも、その気密性の高いスーツの着心地のなさから、嫌悪を示す方は女に限らずいます」
「だろうな。………どうだろう? 折角だから、一つ手合わせしないか?」

 俺は、イヴァンに提案した。彼は頷いた。

「喜んで。何で致しましょう? 修練の項目には実戦で使用可能なあらゆる方法があります」
「なら、接近戦。折角なら、武器も使ってみたい。刀の様なものもあるだろう?」
「はい。なら、剣を用いた接近戦でお手合わせお願いします」

 スーツの仮面によって、彼の表情はわからないが、声は笑っていた。

「こいつは面白そうだ」

 整備長がニヤリと笑い、周囲の者を呼び集め始めた。恐らく賭けでもやるつもりなのだろう。人とは数千年でそう変われるものではないらしい。



 

 

 一時間後、俺達は本部敷地内にある修練場にいた。
 用意された場は、シンプルな正方形をした将棋盤の様な舞台であった。しかし、広さはざっと10メートル四方はある。二人の人間が戦うには十分な広さだ。
 周りの芝生の上には、観客が集まっていた。整備長が集めただけでなく、噂を聞きつけて集まってきた者も多くいるようだ。

「準備はいいですか?」

 場の反対側に立つイヴァンが聞いた。俺も彼も今は上着を脱いだ軽装でいる。一応、公正を守る為に、スーツは試合をするまで装着しない決まりになっているらしい。
 唯一、持ち物で俺とイヴァンが違うのは、選択した武器である。修練試合の細かい規則を知らない俺に合わせて、武器は各々が事前に選択した接近戦用の物を一種類持つことにした。俺は中国の双七首に似た短剣二本を選び、イヴァンは騎兵用のランスに似た形をした長い円錐に笠状の鍔がつき、柄も長い武器を選んだ。
 お互いの独特な選択に観客の興味を惹いているようだ。

「接近戦用武器一種という条件で、これらを選ぶというのは面白いな」
「一方は二本の武器で、一方は射程の長い槍か」
「普通に刀や剣を選ばないのは、なんか俺には卑怯に見えるぜ?」
「いいや。卑怯というよりも、本気で勝つ戦いをする為の選択というべきだな。客人は知らないが、ランスを選んでいるのはあのイヴァンだ。相手を並みの相手にあぁいう選択をしないはずだ」
「これは、凄い試合が見れるかもな」

 聞こえてくる観客の話から、イヴァンが相当な実力者として認知されている事が伺える。
 当のイヴァンは真剣な表情で声をあげた。

「ルールの確認をします。細かい決まりは凱吾さんが初めてである事を考慮して、無視します。つまり、戦う上での礼儀や作法はありません。一つだけあるのは、試合に持ち込めるのは、予めお互いが選択した「G」加工の施されていない通常武器のみということだけです。また、勝敗の条件は、一方が敗北を認めた場合、もしくは気絶やスーツに損傷が確認された場合、または場から外れた場合。場の範囲は、地下、空中に及びます」
「わかった。……スーツが損傷というが」
「実際にこのスーツの強度をご存じないから仕方ありませんね。スーツが損傷を受ける程のダメージを受けるというのは、装着者の生命に危険があるほどのダメージを受けたということを意味してます」

 成程。つまり、本当に実戦さながらの試合をするわけか。

「理解した。いいぞ」

 俺が頷いて答えると、イヴァンも頷き、スーツのバックルを前にかざした。俺も彼に習い、バックルをかざす。
 そして、同時にバックルを腹に当てた。

「「装着!」」

 俺達はZOスーツに身を包んだ。今回はどちらがどちらかとわかるように、俺は赤、イヴァンは緑の布を首に巻いている。

「では、僭越ながら、試合開始の合図をさせて頂こう」

 整備長が場の前に立ち、挨拶をすると手を空に上げた。

「ファイトッ!」

 整備長が腕を振り下ろした直後、俺とイヴァンは動いた。
 俺は双剣を逆手に持ち、先手を取ろうと接近する。
 イヴァンもランスを両手で構え、先端を前に突き構えたまま走りこむ。
 すぐに場の中央で金属音が鳴った。俺の右手の刃とランスがぶつかったのだ。俺はランスを返し、その隙に潜り込もうとする。
 しかし、弾き上げられたランスの柄を床に突きたてたイヴァンは、それを軸に身を翻し、回し蹴りをし、牽制する。

「中々やるじゃねぇか」
「無駄口を叩く暇なんか、ありませんよ!」

 言葉の通り、イヴァンは床を蹴ると、飛び上がり斜め上からランスを突き立ててきた。俺は床を転がって攻撃を回避する。床に衝撃が走った。
 見ると、床に穴が開き、正方形の床板が砕け散っている。

「おい! 当たってたら死んでるぞ!」
「それを防ぐ為の細かい決まりが本来はあるんです。……でも、こっちのがいいでしょう?」
「……違いない。怪我しても文句言うなよ?」
「それは、こっちの台詞です!」

 イヴァンは重いはずのランスを巧みに操り、乱れ突きで俺の足元を攻撃する。想像以上の素早さに防戦一方になる。
 スーツによる身体能力補助が俺の予想よりも高いという訳ではない。使用しているイヴァン自身の身体能力が想像を遥かに上回っていたのだ。

「流石は「G」の世界にいるだけ……あるな」
「息が切れてますよ?」
「ふっ! 確かに俺は経験こそ少ないが、師匠に習った「G」との戦い方は体が覚えている!」

 俺は身を翻し、ランスを回避すると、双剣を交互にランスへ繰り返し攻撃する。激しい金属音が響く。

「その程度でランスは壊せないですよ」

 そんな事はわかっている。スーツで身体能力も強化されているのは、お互い同じ。
 そして、巫師の素質が弱い俺に合わせて「G」加工の施されていない武器を使用しているが、それは対「G」として「連合」の技術で作られたもの。俺の知る金属の強度よりも圧倒的に高い。

「しかし! 武器も力も強化されていても、それを操る体はお互い生身! そして、その強化はお互い五分と五分!」
「……うっ!」

 ランスの軸線がぶれ始めた。
 一点に加えられる攻撃を受け続けるランスを支える手首の負荷は、攻撃を加える俺よりも大きい。

「その関節の負荷の差が、勝負を分かつ!」
「くっ!」

 ランスの軸線はぶれ、揺れている。今だ。
 俺は両腕に渾身の力を込め、身を翻した。

「うぉおおおお!」
「っ!」

 激しい金属音が二つ鳴り、一音程低い金属音が後に続いた。ランスが床に落ちた音だ。

「トドメだっ!」
「まだだっ!」

 床を蹴り、イヴァンに双剣を突き立てるが、その切先が彼に触れる前に、イヴァンは垂直に飛び上がった。
 そして、一瞬の隙が俺に生まれた。彼はそれを逃さない。

「とぉおおお!」

 イヴァンの蹴りが、落下速度を加えて、俺を襲う。
 咄嗟に俺は短剣を離し、床を叩き、受身を取った。

「……手ごたえがない!」

 砕け散った床が粉塵となり、悪くなった視界の中、イヴァンが声を発した。
 そこか。
 ギリギリのところで直撃を避けた俺は、床を転がった。体制を立て直そうとした時に聞こえたのが彼の声であった。そして、俺の右手に触れたもの。俺は迷わずそれを掴んだ。

「スパイラルゥゥゥゥ………」
「なっ!」

 イヴァンが声に反応し、体を構える。遅い。

「アタァァァーック!」

 俺は、右手に握るランスを、捻り込む様に突いた。
 衝撃が周囲の空気を震わせた。

「………」

 沈黙が流れるが、既に俺の目には勝負が決していた。

「イヴァンは?」
「消えた?」
「違う! あそこだ! 場外だ!」
「突き飛ばされたのか?」
「なんて早さ……、力だ」
「あの男の勝ちだ」

 次第にぽつりぽつりと聞こえてきた観衆の声であったが、誰かの発した俺の勝利を伝えた言葉がきっかけとなり、一瞬にして大喝采が修練場に轟いた。
 俺は右手に持つランスを空に掲げ、彼らに応えると、それを床に突き刺してZOスーツを脱いだ。
 急激に体を疲労が襲うが、俺は構わず場外の地面に横たわったままのイヴァンに駆け寄った。

「すまない。つい本気を出してしまった」
「……それでなくては、修練になりません。実戦での相手は「G」なんですから」

 それだけ言うと、イヴァンは気絶した。俺は再びZOを装着し、彼を担いだ。
 集まる観衆達をかき分けて本部へ進む。

「流石はあいつらが執心するだけあるな、蒲生凱吾?」

 耳元で囁かれた男の声に俺はすぐさま振り向いた。しかし、観衆の中に、声の主らしき人物は見あたらなかった。

「………」

 気にはなったが、今はイヴァンを医療室へ運ぶことを優先させた。
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