本編

2


「つまり、彼は爾落人でも能力者でもないのですね?」

 廊下に出て私が医師の報告を聞き終えると、再度確認した。
 彼は頷いた。そして、その視線を病室に向けて言葉を補足させる。

「ただし、彼の血液中に微弱ながら「G」の反応が確認されています。現在詳細を検査中ですが」
「血中に「G」? 寄生されているの?」
「それを調べているところですが、ここの検査技術で即座に認められないことを考えると、既にその機能を失っている可能性が高いです」
「それは、彼が先刻見せた戦闘技術に関わっているのかしら?」
「それは断定の出来ないことです。治癒能力は人としては高いですが、能力者以上の力を持つそれとはまるで違います。……いえ、「G」に対する適性という面では、我々よりも劣っています」
「どういう意味ですか?」

 彼は黙って、私の前に彼のDNA検査結果のデータを表示させた。

「あら?」
「お気づきになられましたね」

 気づくもなにも、私の様な医学と無縁の者が他人のDNA情報を見る際に確認する部位は一連のモノだけだ。
 その者の「G」に対する適性、即ち巫師の能力の指標になるアトランティス人に対する遺伝的な距離だ。それは習慣として身についている為、DNA情報を渡されれば無意識にそこから見てしまう。
 もっとも、「G」が歴史の表舞台に出てきてから2000年。「G」が生きていく上で必ずついてくる存在となって久しい現在において、巫師の素質の薄い者自体が存在しない。何かの意思ではなく、自然な淘汰の結果だった。
 しかし、今私の見ているDNA情報は、巫師の能力が極めて薄いことを示している。それは、学窓や博物館で見られる太古の、「G」発見以前の人の資料として紹介されるものに近かった。

「爾落人の中には時間を移動できる方がいると伺います。……これは医師としての見解ではありませんが、収容された機体の話と合わせて考えると、彼は過去から来た者という可能性があります」

 彼の意見に私は頷いた。

「その可能性は十分に考慮しておくべきですね。……彼は今?」
「眠っています。別に身体的な異常ではありません。疲労と睡眠不足です」

 一体、彼は何の為に、どこから来たのだろうか。どうしても浮かぶこの疑問は、彼の目覚めを待つ以外にはない。
 私はDNA情報の画面を閉じると、医師に聞く。

「……会えますか?」

 それを返答する代わりに扉を開いた。
 私は頷くと、病室に入った。消毒液の臭いが鼻についた。治療の基本は、技術の変化に関わらず、消毒による衛生の確保から始まる。これはどれほど歳月経ても変わらないことなのだろう。
 彼は病室の窓辺に置かれたベッドの上に寝かされていた。治療用のカプセル式のものでなく、何の変哲もないベッドの上だ。
 つまり、医師の言うとおり、単純な疲労なのだろう。
 私は彼に近付く。

「若い……」

 私の想像よりも彼は若かった。頬の張りや髪の艶は、二十歳を越えていない者のものであった。
 もしかしたら、彼は私と同じくらいの歳なのかもしれない。
 彼に着せられた薄地の検査服に浮かぶ肉体は、呼吸に合わせて胸の辺りが上下する。立場上、戦闘に身をささげる男性の肉体を見る機会が多いが、彼ほどに無駄を排除した肉体は他に類がない。贅肉がなく筋肉が浮き出ているのは当然であるが、行動に不自由をきたす様な余剰な筋肉もない。
 肩にかかるほどの長さの髪は、私よりも長い。その艶は男性特有の油分を持ったもので、太さもあるが、漆黒に波を描くその髪は比較的端正な顔立ちをしている彼に、その肉体に見合った野性的な印象を与えている。
 悠久の時を生きた爾落人でも、この様に美的な体を持つ者は少ないだろう。
 耳の奥で胎動が聞こえる。高まり、早まる心拍であることはすぐにわかった。

「っ!」

 唐突に私を現実に引き戻したのは、格納庫からの呼び出し音であった。
 私はリモコンを掴み、それに応じる。

「どうしましたか?」

 宙に浮かんだ平面画面には、収容したガンヘッド507を調べるように依頼した整備長の顔があった。

『どうもこうもありません。こんな骨董品、生まれて初めてです。学窓で見た太古の機械構造がそのまま実物であるんですよ。損傷が酷くて、修復は不可能です』
「わざわざそれを連絡したのではないのでしょう?」
『はい。至急に伝えておきたいのは、動力です』
「動力?」
『はい。Gがそのまま動力とされているんです』
「それは古代文明の生み出した「G」という意味ですか?」

 私が聞くと、思わず彼は苦笑した。白髪の混じった髭を指でさすりながら訂正する。

『失礼しました。語弊がありました。Gというのは、重力の意味です。物体には必ず存在する万有引力の重力です』
「意味はわかりますが、それがどういう意味を成すことなのか理解できません」
『失礼。……正直、今も混乱気味なのですが、重力には光と同じ様に、粒子としての特徴があるらしいのです。それを重力子と呼ぶのですが、これを凝縮し、そこからエネルギーを出しているという動力を使っているようです』
「曖昧な説明ですね?」
『正直に言って、立派なロストテクノロジーなんですよ。構造が全くわからないんです。そういう意味では、「G」です。しかし、それが生み出されたのは、アトランティス文明などの超古代文明ではなく、科学文明です』
「つまり、ガンヘッドと同じ2000年前のものなのですか?」
『はい。しかも、不可解なことに動力は、装置そのものの金属の重さのみなんです。つまり、動力源になっている重力子なるものは、何らかの理由で質量を全く持っていない状態にあるのです』
「……中にブラックホールが入っているという意味でしょうか?」
『もっとややこしい代物でしょうな。レギオンに襲われていたというのも納得といえる、相当な電磁波を発している。これが、エネルギーとして使用される形のようですが、全く不可解です。強いてこれを言葉で説明するならば、宇宙そのものがこの中に閉じ込められているという印象です』
「そんなものが?」
『爾落人や怪獣、オーパーツ……。「G」という存在は現在の技術を支える柱ですが、どうやらその根元にある土台に出会ったようです』
「科学と「G」を合わせた初期の存在ですか?」
『原子をばらばらにして兵器や動力に利用していた時代の科学が「G」と融合した代物です。当時の科学も、我々の技術の常識も通用しない、でたらめな存在が一つ生まれても不思議ではないでしょう』
「危険はないのですか?」
『今のところありません。恐らく、人類史上最初に生み出された永久機関ですよ』
「わかりました。後ほど、そちらへ伺います」

 私は整備長との通信を切ると、再びベッドに寝る彼を見た。
 身分を示すものは一切持っていない。所持品は謎の古代兵器と薄汚れた布地の衣類のみ。
 私はベッドの脇に置かれた衣類を手に取った。耐久加工や保温機能などが一切施されていない、純粋な布地の衣類。私達の衣類と形は似ているが、ボタンが着いた上着や赤い毛糸のマフラーは全て古代人の服装として記録されているものと同じであった。

「……あなたは、何者なの?」

 当然、眠る彼は私の問いに答えることなく、寝息を立てていた。
 汗や煤で汚れた衣類を抱えたまま、私は病室を後にした。


 

――――――――――――――――――
――――――――――――――


 

 俺の目に飛び込んできたのは、病院のベッドに寝る姉の姿であった。姉は気怠そうに天井を見つめていた。

「姉貴……」
「貴方の前から消えるつもりだったのに、こんな形でまた会うとはね。……あまり近づかない方がいいわ。一応、濃厚接触でも体液を介さない限り感染はしないみたいだけど、まだはっきりと正体も掴めていない奇病中の奇病だから」
「だからどうした。「G」を恐れてどうする」

 俺が先に続く言葉を飲み込んで言い放つと、姉は俺をやっと見た。

「またたくましくなったわね、凱吾は」
「姉貴が、……姉ちゃんが弱くなっただけだ」
「そうかもね。……でもね。一人で強くなっても、孤独になるだけよ。それは、貴方が一番よくわかっているはずよ?」
「……それでも、俺はこうすることでしか生きていけない。それに、姉貴は俺が救う」
「貴方でも、無理よ。例え「G」を素手で倒せたり、「G」の技術を使いこなせても、私の命を蝕むこの「G」から私を救うことなんて、できないわ」
「………」

 それでも、救う。何としても。
 しかし、その言葉を口にすることは、俺にできなかった。まだ、俺は強く成らねばならなかった。
 姉はウィルスよりも小さい病原体、MM88という謎の「G」に感染していた。

 


――――――――――――――――――
――――――――――――――


 

 私の元へ医師からの連絡が来たのは、彼が収容された翌日の夜であった。
 自室にいた私は、すぐさまローブを羽織り、病室へ向かった。

「彼は?」

 病室に行くと、入口の前に医師が立っていた。私が聞くと、彼は黙って扉を開いた。
 病室の窓が解放されており、かすかに夜風が病室に流れ込んでいた。
 彼は、窓辺に身を寄せて立ち、夜空を見上げていた。

「夜空の見え方は違うかしら?」

 私は彼に近付きながら聞いた。
 彼はゆっくりと首を振り、私を見ずに、夜空を見上げたまま言った。

「いいや、星の位置も大してかわらない。強いて言えば、空がこっちのが澄んでいて星がよく見えるというくらいだ。……ここは英語圏なのか?」

 彼は私に聞いた。このとき初めて、私を見た。

「私達が使う言語は遥か昔にこの言語に統一されたわ。地域的な方言はあるけれど」
「ということは、この言葉はわからないのか? KONBANWA」

 聞いたことのない単語が彼の口から発せられた。

「今のはどういう意味?」
「俺の故郷で、こんばんわ、という意味の言葉だ。そうか、既に日本語は滅びたのか」

 彼は少し寂しげに言った。後半は独り言のようだった。

「あなたの名前を教えてください。私は、ローシェ。ここ、「連合」極東コロニーの代表です」
「ローシェ様か、若いのに大したものだな。俺は、蒲生凱吾。……今は西暦4010年の2月であっているか?」

 私は頷いた。凱吾は安堵した表情をした。
 私は疑問を彼に聞くことにした。

「あなたは2000年前から来たのですか?」
「あぁ。西暦2043年から来た。……ガンヘッド。……俺の乗っていた機体は?」
「ちゃんと収容してあります。動力炉も無事です」

 私の返答を聞くと、彼は一瞬眉を上げたが、すぐに微笑んだ。

「そうだよな。アレの異質性には気づくに決まっているな。……アレは下手に弄らないで欲しい」
「それは既に理解しております。私達の技術でも扱えるものではありませんので。……アレは一体?」
「俺の口からはうまく説明できない。ただ、俺がここにいる理由は、アレを運ぶ為だ」
「どこに?」

 私が聞くと、彼は再び微笑んだ。

「俺の故郷だ」




 
 

 翌朝、朝食前に私が凱吾の病室に向かうと彼の姿はなかった。医師に聞くと、今朝早くに田畑へ行けるかと聞かれ、警備担当員の案内で農耕地区に向かったと答えた。
 私は農耕地区へ向かった。この数日、本部から出ていなかった為、少し距離はあったが、歩いて向かうことにした。
 ローブで私が代表のローシェであると遠目でも判る為、道行く人々が私に近付いてきては挨拶をしてきた。
 やがて農耕地区に着くと、すぐに凱吾の居場所はわかった。田畑の一角で、彼を囲むように人だかりが出来ていたのだ。

「こんな豊作の畑は初めて見た」
「科学文明の方が見ればそうも思いますわ」
「実りも大きい。味は?」
「我々の努力の結晶です。悪いが、太古の農業とは比べてもらわんでくれ」

 彼は農耕地域で働く人々としきりに話しながら、畑を見ている。
 凱吾は近付く私に気がついたらしく、畑から出てきて私に頭を下げた。彼は用意しておいた外出用の白地の衣類に着替えていたが、既に若干土ぼこりで煤けている。

「おはようございます。すみません、無理を言って見学させてもらっていました」
「いいえ、構いません。……意外でした。化学文明の方が、農耕に興味を示すとは。……あ、失礼しました」

 私は素直な感想を口にしてしまい、すぐに失言と気づき謝る。
 しかし、彼はそれを特に気にする様子もなく答えた。

「母の実家が農業もやっていて、小さい頃は毎年の様に手伝っていたんです。正直、感動です。俺が餓鬼の頃に考えていた未来世界という奴は、食料なんてものは栄養補給さえできればいい、薬の様なものでしたから」
「過去にはそういう食料が主体となった時代もあったと聞きます。しかし、人は所詮生物です。衣食住は、本能的に形式を求める様です」

 私の言葉に彼は、本部やその手前に立ち並ぶ居住地区に視線を向けた。

「確かに。幸せってのは、美味いものを食べて、柔らかい布団で眠る。そういう日常にあるのだろうな。……ここの気候は、常にこのままなのか?」
「いいえ。基本は快適と考えられる27℃前後ですが、朝晩は下がり、日中は上昇しますし、季節でも多少の変化を与えています。しかし、この地域は外界が少々過酷な環境ですので、その差はなるべく小さくしています」
「………そうだ。ここの位置情報がはっきりとわからないんだ。説明してもらえないでしょうか?」
「無理に丁寧な言葉を使わないで下さい。あなたは客人です。立場上、私とあなたに上下はありません」

 凱吾が眉を下げて、無理に丁寧な言い回しを使っているような気がした私は、彼に微笑みかけて言った。
 彼も顔をほころばせた。

「ありがとうございます。両親のしつけは身に染み付いているのだが、後の育ち方が悪かったらしく、丁寧な言葉遣いというものが苦手になってしまっていたんです。では、ローシェ様も俺には気楽な話し方をしてください」
「そうですね。上下がないと言った私が、堅苦しい言葉遣いでは気にしますね。では、凱吾とお呼びしますので、あなたもローシェと呼んでください」

 彼は頷いた。

「わかった、ローシェ」

 そして、彼が差し出した右手に一瞬、戸惑ったが、それが握手であると気づき、それを握った。

「よろしく、凱吾。では、諸々の説明やあなたの事情を詳しく聞きたいので、本部……あなたがいたあそこの建物に、戻りましょう」
「わかった」

 彼は私の意向に応じると、農耕地区の人々に礼を言い、私と本部に向かった。




 
 

「このパンは今朝焼いたものか? 美味い」

 本部内にある応接室で私と向かい合って座り、机に出された朝食のパンを食べると目を丸くさせて凱吾は言った。

「はい。保存食は別で貯蔵しているので、基本的な日々の食事は毎日製造しています」
「このバターも美味い。農耕地で聞いたが、畜産もこの中で行っているとか」
「はい。全ての資源をこのコロニー内で生み、消費しているので」
「肥料も排泄物を原料に製造されたと聞いた。理想的な循環構造を構築しているとは……。あ、食事中に失礼しました」

 彼は謝罪をしたが、その様なことを私は気にしない。むしろ、彼の関心の高さに私は驚かされていた。

「いいえ。褒めて下さるのは嬉しいです。「連合」は人による科学と「G」の共生による維持が理念ですから」
「その「連合」というのは、国家という認識でいいのですか?」
「かつての社会構造と、現在の社会構造が違うというのは私も知っていますが、それがどれほど違うものかは計りかねます。しかし、私の想像では国家というよりは細かい集団の集まり、組織に近い存在であると考えています」
「成程な。……それは「G」の為か?」

 彼の問いに、私は口に含んだパンを租借し、呑み込んでから答えた。

「はい。歴史学者ではないので、詳しい経由や展開などはわかりませんが、学窓で学んだ範囲での見解ですと、そうなります。これまでの歴史の中で様々な形の国家やそれを総括した文明が存在していたと聞きます。中には、軍事力の強い巨大な統一国家が生まれたことや、激しい戦乱もあったと聞きますが、それらは長続きしなかったそうです」
「だろうな」
「現在に関しては、世界の分布は元来の地球が持っていた自然。歴史の中で「G」が多く生存する地域、これを私達は異界と呼称しています。林ならば、自然林と異界林という具合に。この二つに分けられた環境の中に、私達は「G」から生命と生活を守る様にそれぞれの方法で暮らしています」
「つまり、他にも違う形で暮らすコロニーがあるのか?」
「はい。むしろ「連合」が特異といえます。統治の基本が人で、科学と「G」を合わせた科学文明の系譜を継ぐ形になっている技術を用いているので。こことほぼ同規模のコロニーがこの大陸に無数に点在して、互いが連携をとりながら維持しているのが「連合」の特徴です。他のコロニーは、戦闘能力や寿命、知識などの素量の関係で、爾落人や能力者によって統治されているところが大半です」
「確かに、優れたものに人々は付き従うものだからな。……じゃあ、この「連合」で能力者や爾落人が生まれた場合は?」
「稀に、「連合」内に残る場合はありますが、やはりその性質上でしょう。息苦しさを感じて、他のコロニーに移住するというのがほとんどです」
「……あぁ、当然な流れか」

 どうやらすぐに想像がついたらしい。彼は納得した様子で、手に持っていたパンの残りを口に入れた。

「まぁ余計な争いをする必要はないに越したことはない。住み分けって奴だな。爾落に守られている所に住む人も、それをよしと思うからそっちで暮らしているんだろ?」
「はい。そもそも、人の共通した天敵に「G」がいるので、争う理由よりも協力体制を築く理由の方が優先されるんです」
「そいつは、ある意味では理想的なバランスなのかもしれないな。……しかし、異界という存在は不可解だな」
「というと?」
「確かに、「G」は特異な存在だ。しかし、だからと言って、元来の自然とそんな隔たりが生まれるというのが不思議だ。……あぁ、パンドラの箱か」

 彼は自身で答えを見つけたのか、一人納得する。

「何を納得されたのですか?」
「あぁすみません。古い物語でパンドラの箱というのがあるのですが、ご存知で?」

 私は頷く。別に文明が変わっても、歴史そのものは連続しているのだ。
 決して開けてはいけない箱を開けてしまい、禍いがこの世に溢れ、最後に箱の中に残っていた希望で救われるというパンドラの物語は、私も幼い頃に聞いた。

「つまり、「G」はパンドラの箱と同じさ。開けてしまえば、以前とは違う世界になってしまう。考えてみれば、2010年の「G」発見から突然世界中に「G」が現れた。現出すると、その環境は「G」を許容してしまう環境になってしまう、つまりは異界になってしまうという事さ。だから、「G」があってバランスが保たれる異界は、それで自然な状態なんだろうさ」
「……その考え方は太古から学者の中で出ています」
「そりゃ、こう都合のいい展開になれば、考える者も出てくるさ。でも、どっちみち開けた箱を閉じても開けた事実はひっくり返らないんだ。なんでどうなったのかよりも、これからどうするという考えの方が必要だ。そう考えると、この「連合」っていうのは、一つの答えなのかもしれないな」

 凱吾は笑い、ミルクを口に流し込んだ。
 何気なく会話を交わしていたが、この時になって私は初めて、学窓の中でも上層が交わす議論であったことに気がついた。
 彼は、私の言葉からの情報だけで的確に現在の文明の構造を読み取ったのだ。

「凱吾。あなたは、一体何者なのですか?」

 私の疑問に、彼は笑った。

「蒲生凱吾だよ。生まれた時代が違うだけで、人に変わりない。爪も伸ばせなきゃ、火も出せない。頼りは、この体だけ。そういう弱い、ただの人さ」
2/15ページ
スキ