本編

1


 満点の星空の下に広がる荒野。
 風もなく、静寂だけがその場を支配している。

「………」

 その大地に腕を組み佇む一人の影。
 その者はただ黙したまま宇宙の闇を見つめ続けている。

「!」

 やがて、その者は目を見開かせた。
 その身に纏う重厚な黒色の鎧を動かし、組んでいた腕を解く。
 荒野全体を覆いつくすほどの巨大な影が迫り、それは鎧を纏う者の前方で静止した。逆光に包まれた巨大な人型に似たそれは、腹部からパラボラ状の物体を突き出させた。
 鎧を纏う者は自身を狙うそれを黙って見上げた。

「待て、あいつは俺が殺る」

 青い星を背に、巨大な影の肩に立つ小さな人影が言った。
 眼下に仁王立ちする黒い鎧を纏う者を見下ろして。

「ジェフティィィィィィ…ッ!」




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 朝日が城壁を越えて水を抜いた田の稲穂に注ぎ、辺りを黄金色に輝かせる。
 私は庇を上げてゆっくりと息を吸い込んだ。田畑の臭いが届くことはないが、こうすることで寝起きの頭が覚めてくるのは、人の面白いところだとつくづく思う。
 この様に清々しくも穏やかな朝は冬季の良さだ。気候の穏やかな春になると、越冬の為に眠りについていた「G」が活動し始める。
 この日々も何週間と保たないだろう、と私は肩に掛からない短さで切りそろえられた髪を櫛でとかしながら考え、櫛を化粧机に戻す頃には鏡に映る顔は十八の少女から「連合」の極東コロニーの若き代表のものになっていた。

「ローシェ様、東北東よりこちらへ向かうレギオンの群を確認しました」

 部屋の戸を叩き、扉越しに代表補佐官が私の名前を呼び、早口に用件を伝えた。

「電磁防壁は?」

 私は代表を示す金色の線が刺繍された薄い白地のローブを掴むと、戸を開き、彼に聞いた。彼の返答を待つ前に、私はローブを羽織りながら管制室へ向かう。

「作動しております。それにより大半は足止めできておりますが、凡そ100匹の群れがそのまま突破しました」

 私の後を追う彼が返答した。まだ廊下に人気はない。
 足を止めずに私は無言で彼に手を出した。彼はすぐに私の手中にリモコンを渡した。リモコンは小さい私の手の中にも納まるほどの大きさの、丸みを帯びた細長い無機質な白い棒だ。
 私は歩きながら、リモコンを操作する。器用なことはない。念じるだけで認識される。
 私の前に平面の映像が浮かぶ。映像はコロニー周辺の地図で、レギオンが黄色い点で示されている。

「多いわね。……マザーは?」
「周囲50キロに確認されていません」

 彼が返答をすると同時に私は突き当たった扉を開いた。
 管制室は円状に並んだ机に向いて十数人の人が、昼夜問わず常に各々が城壁内外の監視を行い、「G」の接近に際する防衛のみならず入出場の管制、城壁内の環境管理を行っているコロニーの総合警備本部の役割を担っている。

「妙ね。……レギオンの実写映像は出せますか?」

 私は管制室の中心に立つと、管制官の一人に聞いた。彼女は振り向く事もなく、すぐさま私の目の前に平面映像を表示させた。
 映像は、山間にある森を黒く塗りつぶすように蠢くレギオンの群れが遠方に見えるものだった。

「遠いわね。それに、羽の生えた群れが移動するには低いわ」

 私は思ったことを口にしながら、リモコンを操作する。
 映像を静止させ、拡大させる。やはりレギオンの群れは低い位置を飛んでいる。群れの先頭は森の中をぬっているとしか考えられない。

「まさか……」

 私は先の女性管制官に近付くと、彼女に耳打ちする。

「飛ばせる?」
「距離は可能ですが、レギオンですから……」

 私の問いに彼女は眉を下げて答えた。偵察用の小型飛行ロボットを使えば、更に具体的な様子を確認できるが、レギオンの特徴に電子機器の持つ電磁波に過剰反応を示すというものがある。彼女はそれを言いたいのだ。

「一機くらい構わないわ。それよりも正確な情報が必要です。……メーザーの準備をしておいて下さい。車両よ」

 すぐさま、偵察ロボットの映像が送られる。白い雪化粧に覆われた平原を越え、黒い巨大な蠢く影を纏う針葉樹林に入った。
 木々の隙間を掻い潜り、森の奥へと進み、静止する。剣山の様に無数に生える木々の闇の先に、森の闇とは違う黒いモノが見えてきた。レギオンの群れだ。
 偵察ロボットはゆっくりと後退を始めるが、迫る群れは予想以上に速い。

「来ます」

 管制官が言った刹那、木々を薙ぎ倒し、そのまま偵察ロボットを横切った巨大な物体が映った。
 次の瞬間、偵察ロボットの映像は消えた。レギオンに襲われたのだ。

「今のは? 解析できる?」
「今終わります」

 偵察ロボットが映した影は一瞬であったが、「連合」の技術ならばそれを解析し、どこに所属する機体かを即座にデータベースから確認することができるのだ。

「所属不明! 製造元不明!」
「え? データにないの?」

 私が聞くと彼女は首を振り、解析結果の画面を私の前に出す。

「ガンヘッド507?」

 表示された機体データは、まともな対「G」装備や設計もなされていない針金細工の様な形をした見たこともないものであった。

「でも、データがあるのに……え?」

 私は疑問を言い終わる前に、答えが得られた。データがあるにも関わらず、所属も製造元も不明である理由は、データに記載されている機体情報に記されていた。

「嘘。2000年近く昔の兵器なんて!」
「事実です。解析された製造番号も一致しています。2043年にアメリカ合衆国陸軍に配備された機体と一致しました」

 彼女はそれを証明する様に、その照会リストを表示させた。確かに解析されたものと一致している。

「戦闘による損傷は多いようですが、構成金属の損傷は解析上、確認されていません」
「つまり、「G」によって保護されていた可能性があるわね。……有人機ね?」
「はい」

 私は彼女の返事を聞くと、声を張った。

「メーザー部隊出撃。レギオンからガンヘッドのパイロットを救出、コロニーにお連れして下さい。爾落人、能力者である可能性があります、くれぐれも丁重に!」




 
 

 雪の積もる針葉樹林を抜け、視界の拓けた盆地地帯に出た。
 俺は舌打ちすると、進行方向と速度を維持したままスタンディングモードのガンヘッド507の上部を反転させた。

「六連装地対地ミサイルは?」
『損傷り……ガガ………』

 オペレーションシステムの返答がノイズによって聞こえない。画面に表示された情報を確認する。残弾は後一度使用できるが、損傷率は使用不可能を示している。

「だが………、ここで死ぬわけにはいかねぇんだよっ! 六連装地対地ミサイル、照射!」
『ガガガ………』

 オペレーションの復唱が聞こえないが、機体に衝撃が走り、ミサイルがレギオンの群れに注ぐ。
 画面に表示される機体の損傷を示すレッドマークは、機体全体を染めている。
 俺はすぐさま緊急用のレバーを引き、同時に操縦桿を掴む。

「弾切れが武器の終わりだと思うなっ!」

 ガンヘッドの右肩に換装されていた六連装地対地ミサイルが火花と共に強制離脱される。同時にガンヘッドの胴体を回転させ、落下するミサイル発射装置を右腕で打ち飛ばす。
 ミサイル発射装置は迫るレギオン数体を巻き込み、雪原に落ち、砕け散った。
 刹那、ミサイルの爆発がレギオンの群れを襲う。

「次っ! ………散れっ!」

 群れの中心に照準を合わせたまま、左肩のリコイルキャノンを放つ。数瞬の後、閃光と共に群れは中央にいる塊が落ち、一度四散するもすぐに黒い群集に戻る。

「全く、巨大な蜂の群れかよ? ………畜生、弾切れか!」

 更にリコイルキャノンを放とうとするが、残弾切れになっていた。
 俺は、武器をマシンガンに切り替え、弾幕を張る。

「ならぁああああああ!」

 マシンガンが連続的な振動音を上げ、ガンヘッドを取り囲もうとする群れに次々と銃弾を注ぐ。しかし、すぐに弾が切れた。
 俺は、操縦桿を思いっきり引く。同時に、リコイルキャノンの砲身も強制離脱させる。

「タンク……モォォォード! てぇっ!」

 砲身が空中に解放されると同時に、ガンヘッドの重心がタンクモードに切り替わり下がる。
 照準を合わせる余裕はない。照準の中に、砲身が落下した瞬間に、頭部のチェーンガンを放った。
 頭部のカメラが破壊され、映像が波打つ。しかし、チェーンガンの20mm弾に至近距離で直撃した砲身は爆砕し、それは散弾となって襲い掛かるレギオンの群れに降りかかった。

「まだ……っ!」

 スタンディングモードに戻った瞬間、機体に大きな衝撃が走る。レギオンが遂に纏わり付いてきたらしい。しかし、構う余裕はない。
 ガンヘッドの右腕を頭部のチェーンガン根元に突き刺す。先端の三本爪はチェーンガンの砲台部に突き刺さっているのは間違いない。

「死なば諸共だっ!」

 チェーンガン発砲と同時に、ガンヘッドの右腕を思いっきり振り下ろす。
 刹那、激しい衝撃と操縦席内に迸った火花が俺を襲う。
 しかし、胴部に纏わり、動力に襲い掛かろうとしていたレギオンはチェーンガンの弾丸によって塵となり雪原に黒く舞った。
 ガンヘッドが激しく振動する。

「ちっ! 脚部も撃ったか。………残弾、なし。全体損傷は……70%越えたか」

 絶望的な状況を示す画面を見て、俺の脳裏に死が現実味を帯びて浮かぶ。
 しかし、恐怖以上に、不思議な高揚感が俺を包んでいた。
 まだ、いける。

「肉弾戦は師匠の直伝だっ!」

 振動が鈍くなり、代わりに金属の軋む音が伝わる。雪原から凍った氷面に達した証拠だ。勝機はある。
 俺は余計な操作の一切を排除し、両腕のマニュアル操作に完全移行させた。すでにガンヘッドは最高速度に達している。氷の上ならば、四足のガンヘッドは滑走する。
 レギオンの群れはこれを好機に、一斉に襲い掛かってきた。
 思わず、俺は師匠が浮かべたものと同じ、殺戮の高揚感に悦を噛み締める笑みを浮かべた。

「いけぇぇぇええええっ!」

 俺に連動し、ガンヘッドは両手の爪を広げる。
 まずは、右腕。その爪は的確に最短の距離にいるレギオンの頭部を砕き、その破片諸共、連鎖的に数体のレギオンを切り裂く。負荷をかけ過ぎた右腕の爪はこの瞬間に砕け散った。
 まだ左腕がある。右の勢いを殺さず、そのまま左の爪が左翼に迫ったレギオンを次々に切り裂く。
 攻撃はまだ終わりではない。半壊した右腕を正面に迫ったレギオンにまっすぐ突き、その体を貫通させる。そのまま右翼から襲うレギオンに叩きつける。蟲と同様の硬い外骨格を持つレギオンの体は、それ自体が武器になる。
 鈍い音がし、機体が傾き、下方に火花が映る。損傷の大きかった脚部の一本が今の衝撃で破損したらしい。

「まだ……10はいるか」

 索敵装置などは遥か以前にその機能を失っている。全てはカメラの映像による目視だが、すでにその数を把握できる程度の数にまで減らせた。
 しかし、右腕はもはやギミックから損傷している。振り回せても攻撃の力はない。左腕も良くて五体が限界だ。

「残り五体を生身か……キツイな。………だが、諦めるには早い!」

 俺は今一度左手に力を込めた。
 ガンヘッドの左爪がレギオンの羽を裂いた。まず一体。
 レギオンが地面に落ちることを確認する暇もなく、続いて直上から迫るレギオンを突き飛ばす。更に、右腕を振り回し、吹き飛ぶレギオンと腕で右側にいたレギオン一体を叩きつける。これで三体。

「!」

 一瞬の隙で、後方に回ったレギオンが電磁衝撃波を放つ。衝撃と爆発がガンヘッドを遅い、氷上に脚部が転がる。今ので足が二本損傷。残り一本ではなにも役に立たない。機体は火花を散らしながら氷上を滑る。

「よくもっ!」

 言葉を吐くと共に、ガンヘッドの爪を広げ、攻撃を仕掛けたレギオンの頭部を三本の爪で挟む。レギオンも頭部の爪で腕を挟むが、好都合。そのまま攻撃範囲を広げた腕を振るう。
 数回振った後、レギオン一体にぶつかり、そのまま二体とも氷上に押し付ける。氷を砕きながら二体は体内の気体を噴出して潰れた。これで五体。
 まだ左腕は生きている。ひしゃげた爪を構え、レギオンを牽制する。

「うっ! ……雪?」

 氷上が終わり、雪面に戻り、機体は雪を巻き上げると激しい振動の後、雪を積んで止まった。

「最悪だな」

 まだ生きていた左腕は今の衝撃で破壊されていた。
 雪上に着地したレギオン五体がじりじりと迫る。
 俺は操縦席の昇降口を開いた。流れ込む冷気が顔を刺す。
 邪魔な防具であるヘルメットやプロテクターを外す。体を昇降口から出し、周囲を見渡す。
 肉眼で見る雪原は、驚くほどに白く、まぶしかった。目を細めつつ、俺は機体から手ごろな鉄棒を抜き取る。
 レギオンの狙いはわかっている。俺ではない。しかし、それを渡すわけにもいかない。
 ゆっくりと息を吸った。冷気が注がれた肺が痛い。しかし、肺に残っていた古い空気を全て吐き出す。
 耳の奥がピンと張り詰めた。雪原は恐ろしく静かだった。
 今度は短く息を吸った。いける。

「来いっ!」

 両手で冷たい鉄棒を構え、俺は白い息と共に声を張った。
 刹那、空気が揺れた。

「!」

 俺ではない。背後からの光線が周囲にいたレギオンを一瞬で蒸発させた。

「メーザー?」

 俺は脳裏に浮かんだ存在を口に出しつつ、振り返った。白い息が一瞬、視界を遮ったが、その先に見えたのは俺の知るメーザー殺獣光線車とは比較にならないほどに小型の砲身を装備した車両であった。
 よく見ると、車両はタイヤなどがなく、雪原のわずかに上空に浮かんでいた。

「流石は未来だな?」

 思わず呟いた言葉は、命が救われた事や人に会えた事でもなく、この世界へ来た実感であった。
 次の瞬間、俺の意識は落ちた。




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 夕日に赤く染められた病室に風鈴の音が広がった。

「風が冷たくなったな。……窓、閉めようか? 姉さん」

 俺は部屋の窓枠に手をおいて姉に振り向きざまに聞いた。個室の真ん中に置かれた夕焼けに色付かれたベッドに黒い陰を刻んで、姉がその身を縮こまらせていた。
 ほんの一瞬で姉の容態は急変した。

「姉さん!」
「うぐぐ……熱い、熱いよ……!」
「姉さん……!」

 俺は姉に駆け寄り、もがく彼女の肩を掴んだ。だが、その肌の熱さに思わずその手を引っ込めた。まるで焼けた石のように熱く、白い肌からは湯気が立ち上っていた。

「うぐ……あぁ!」

 姉が呻き声を上げると同時に彼女の服と布団から炎が上がった。

「うわっ!」

 炎は瞬く間に大きくなり、姉の体を包み込む。病室全体に炎は広がり、俺は熱風にその身を床へと叩きつけられた。
 炎が立てる轟音の中で、窓ガラスや蛍光灯の割れる音が聞こえた。床に倒れる俺の目の前に風鈴の欠片が転がった。
 火災報知器のベルの音とスプリンクラーの水が俺と姉を包む。しかし、燃え移った火は消えても、姉を包む劫火は消えない。

「姉さん……」

 熱さに動くこともできないにも関わらず、不思議と俺の体はこの炎の中で火傷の痛みはない。あまりの熱さで感覚が麻痺しているのかもしれない。いずれにしても、燃えたぎる炎の中で、俺と姉だけがいた。それは、どこか心地の良い時間であった。
 ぼんやりとした意識の中で、俺は炎の衣を身にまとい、部屋の真ん中に立つ姉に見とれていた。燃え盛る炎の中にいることすら忘れるほどに姉の肌は瑞々しく、炎の衣の下に透けるその体はビーナス像の如く美しかった。

「綺麗だよ、姉さん」

 俺が呟くと、姉は微笑んだ。周囲が砕ける音が遠く俺の耳に届く。視界の隅にある風鈴の欠片は水飴のように溶けていた。
 このまま世界が終わるとすら思えた。

「終わりの時間だ」

 どこからか声が聞こえた。
 そう考えた直後、天井を貫いて巨大な剣が姉を斬った。豆腐を切るように、姉は音もなく、あまりにあっさりと真っ二つに切り裂かれた。縦に半々で分かれた姉の体は、そのまま床に崩れた。
 床に転がった姉の体は一瞬にしてみれば黒く焼けていく。

「……うわぁあああああ!」

 刹那、全身に激痛が走った。もがき、床を引っ掻く真っ赤に肥大した手が見えた。俺の手だ。
 咳き込み、涙で視界が歪む。その眼が見るのは、黒い炭となった姉と、姉を殺した巨大な剣。
 しかし、ぼやける視界だが、確かに俺は見た。剣が光の粒子になって消滅し、一人の男が代わりに現れた。
 黒いマントを首から被ったその男は、黒い髪から覗かせた金色の眼を俺に向け、口を動かした。

「お前にはまだ生きてもらう」
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