狩ル者


<<<狩ル者>>>



 

 遥か昔、遠い宇宙の果てに繁栄を極めた文明が築かれた惑星があった。
 繁栄を続ける文明は歴史の中で幾多の戦争を経験するものの、滅びることはなかった。
 文明を滅ぼしたのは、空から降り立った。
 四禍神と呼ばれる神が降臨し、惑星で争いを始めた。文明の民がその争いを鎮めようとするも、天は乱れ、海は嘆き、地は崩れ、闇は滅び、やがて文明が滅びた。
 四禍神は荒廃した大地を残し、惑星を後にした。
 以後、再びこの惑星で四禍神が現れ争うことはなかったが、かつての文明が再興されることはなく、民は他の部族と争い、他の種族を狩り、やがて自らをプレデター、狩猟者と名乗るようになった。
 彼らの中には、特異な力を持つ存在がいた。その特異者をプレデターは選士と呼んだ。
 惑星唯一の大陸の大半に広がる荒野に点在する部族の長老、エルダーは北部の地、暗黒の谷の部族からの襲撃が激化していることに苦悩し、各地から三人の選士を呼び寄せていた。
 同時にエルダーは密かに部族から疎まれる後始末屋、通称クリーナー達に暗黒の谷を探る様に依頼していた。

「エルダー。南端の地より氷結の選士、スカーが参りました」

 星の望む荒野の下、永劫に大火が灯り続ける遺跡の前に立つエルダーの元に、傷の付いたマスクをつけたプレデター、スカーが現れた。

「流星の跡地よりケルティック、火球の選士も参りました」

 牙を剥き出した様な顎の形をしたマスクをつけたプレデター、ケルティックもスカーの右手に現れた。

「風斬の選士、チョッパー。西部の荒野より参りました」

 両腕に装備したシミター・ブレードをつけたチョッパーがスカーの左手に現れ、三人の選士がエルダーの前に集った。
 エルダーは一同の顔を一人ずつ丁寧に見ると長い髪を揺らして頷き、右手を各々のマスクに触れていった。
 エルダーは黙ったまま、右手を戻し、納得した様子で再び頷いた。
 三人の選士は知っていた。エルダーが部族の長老として今尚も率いる立場にいるのが、勇敢であることや武術に長けることでもなく、その手で触れたあらゆる過去の情報を瞬時に知ることのできる触知の力を持つ選士であった為であることを。
 エルダーは、すべてを理解していた。
 眼前に控える三人の若き選士は、能力も武術も、それを養ってきた豊かな経験も部族で最も優秀であった。

「お前達には、暗黒の谷の部族から我々部族を守ってほしい」
「そのお言葉、お待ちしておりました」

 ケルティックがすかさず応えた。
 エルダーはゆっくりと頷いた。
 そこへ一人のプレデターがエルダーの元へかけてきた。

「後始末屋が戻って参りました!」
「有無。その者達をここへ通すのだ」

 エルダーの命を受けた彼はすぐに遺跡の外へと走っていき、まもなく一人のプレデターを連れて戻ってきた。
 様々な武器を装備するのが一般的であるのに対し、そのプレデターは一切の装備を持たず、マスクすらも脱ぎ捨てて素顔をさらけ出していた。牙の生えた下顎を二つに開き、荒い息を立ててエルダーの前に跪いた。
 無言で頭を下げるプレデター。地面に緑色の血液が滴り落ちる。

「顔を上げよ」

 エルダーの言葉にそのプレデターは顔を上げた。左目に深手を負い、血液で緑に染まったその中心にある瞳は白濁していた。

「お前の名前は?」
「ウルフ」
「他の者達は?」

 エルダーの問いに、ウルフはだまって右手を差し出した。
 エルダーは何も言わずに、その手をにぎった。
 刹那、エルダーの中にウルフの見た全てが流れ込んできた。
 暗黒に包まれた険しい谷へ向かう十数人のプレデター達。隠密行動に優れた彼らは、闇に紛れて谷を進む。次々に消え、殺される仲間達。黒く巨大な鬼、恐怖を知らぬ彼らが恐れを感じ、次々に命を奪われていく。あらゆる武器を喰らい、圧倒的な力でねじ伏せる怪物。鮮やかな光と共に彼らの全てを奪いさる魔女。仲間を失い、3人となった彼らが敵の猛威を掻い潜り、谷の奥へたどり着く。そこには無数のプレデター達を従えた黒く大きなプレデター。岩の陰に隠れていた彼らであったが、次の瞬間。

「! ……なんと恐ろしい選士だ」

 エルダーは思わず手を離し、後退った。

「一瞬にして、仲間を粉砕した。何が起きたのかわからなかったが、あの黒い選士は見ただけで俺一人が残っていた」
「なぜ、お前一人を生かしたと思う?」
「伝える為だ。部族に、自らの力を。そして、支配する為だ」
「お前の言うとおりだろう。……しかし、我々は誇り高きプレデターだ。敗北にあるのは服従ではない。死だ」

 エルダーはゆっくりと三人の選士を見回した。
 彼らはマスクを取り、血の滾る闘志を剥き出しにした顔をエルダーに見せた。

「うむ。選士達よ、暗黒の谷に向かうがよい」

 エルダーの言葉に、三人の選士は雄々しく吼えた。





 

 選士達が出発した。
 それを見届けたエルダーは、脇に控えるウルフに言った。

「ウルフよ。お前は敗れた。我々へ敵のことを伝える役割も終えた」
「もう覚悟はできている」

 ウルフはエルダーの前に跪き、頭を垂れた。
 エルダーは黙って、リスト・ブレイドの刃を出して構え、彼の首へ振り下ろした。

「……! 何故生かす?」

 刃は彼の首を落とさず、その手前で止まっていた。ウルフは頭を垂れたままエルダーに聞いた。

「お前にはただのプレデターにも、クリーナーにも、また選士にも無い得体の知れぬ素質を感じる。敵に己が姿を見られ、挙句生かされたお前は既にプレデターとしても、後始末屋としても死んでいる。だが、今一度問おう。もう一度、戦いたいか?」
「条件は?」
「悪魔に魂を売り、呪いと引き換えに力を与える。しかし、呪いを受けて生きていられるかはわからない」
「……俺は既に死んだ。だが、尚もあの黒い選士への闘志は消えない。その条件、受けて地獄の底から帰ってこよう。黒い選士を狩れなかった始末をする為に」
「よかろう。顔を上げよ」

 ゆっくりと顔を上げたウルフの目の前にエルダーは青い液体の入ったカプセルを置いた。

「太古の文明の残した悪魔ノ血だ」

 ウルフは躊躇することなく、カプセルの液体を飲んだ。

「!」

 異変は瞬時に始まった。体に燃え盛るような熱を帯びた痛みが走り、彼がこの世に生を受けてからの全ての記憶が忘却のかなたへと消えうせる。胸に不気味なコブが現れ、悪臭を漂わせて皮膚を朽ちらせる。
 もがき苦しむウルフ。何故自分はここにいるのか、何をしてきたのか、何故この痛みに苦しんでいるのか。呻き声を上げながら、彼は自問していた。
 記憶を失い、生きながらに朽ちる苦しみを味わう彼に尚残っていたものは、黒き選士への復讐心だけであった。


 


 

 意識が戻ったウルフは、ゆっくりと体を起こした。遺跡にある石の台に寝かされていた。視界に大火が入る。
 夜の闇は更け、周囲の温度が下がり、視界が悪い。
 しかし、彼は台の前に並べられた装備品に手を伸ばした。
 まずはマスクを付け、視界を良くさせる。
 ガントレットを左腕に装着させる。肩にもプラズマ砲を装着する。
 次々に装備品を身に付ける彼には疑問を抱くこともなかった。

「ウルフ。ウルフ・ザ・クリーナー」
「!」
「それが、お前の名前だ」

 エルダーがいた。記憶を失ったウルフはエルダーを警戒し、鞭を握りしめる。

「やはり記憶も失っているな。お前が地獄から蘇った目的、それも忘れているか?」
「黒い選士を殺す」
「それを覚えていればよい。今、お前が装備した物は通常のプレデターが装備している物とは違う。それらを我々が作りだす元となった旧文明の遺品。選士同様に異能の力を持つ神器だ。悪魔ノ血を取り込んだお前ならば、使いこなせるはずだ」
「………」
「質問はあるか?」
「奴は、黒き選士はどこにいる?」
「ここから北へ進んだ暗黒の谷にいる。既に、我が部族の優れた選士が三人、向かっている」
「関係ない。奴は俺が始末する。……まだ何か言う事があるか?」
「それはこちらの台詞だ。何も気にならないのか? 自分のこと、我々のこと、敵のこともだ」
「そんなものに興味はない。敵は黒き選士、味方は俺。それ以外の者も、邪魔をすれば全て敵だ。他に気にするものは何も無い」

 ウルフはそれだけ言い残すと、姿を消した。

「早速神器を使いこなしおったか……」

 エルダーは一人呟くと、大火へ祈りを捧げた。四禍神の滅びが敵に降りかかり、三人の選士とウルフに神の加護がある様にと。




 
 

 三人の選士は暗黒の谷に到着していた。
 彼らは闇にまぎれ、敵に悟られぬように谷の奥へと進んだ。
 見張りのプレデターが彼らの気配を感じ、歩いてくる。大きく長いスピナを構えている。
 三人は互いに頷き、三方向へと散った。
 ゆっくりと彼らのいた岩陰へ近づくプレデターだが、その場には既に彼らはいない。
 しかし、何者かがいた痕跡がそこには、熱となって残っていた。

「!」

 プレデターは気配を感じ、振り返った。

「………」

 しかし、プレデターは何もする暇もなく、スカーのランスに胸を刺され、悲鳴を上げることもなく凍りついた。
 スカーはランスを引き抜いた。凍りついたプレデターはその衝撃で砕け散り、緑色の結晶だけがその場に残った。

「!」

 チョッパーが敵の気配に気がつき、スカーに合図する。スカーはすぐに身をかくした。
 谷に足音が響く。ゆっくりとしかし、確実に彼らに迫っている。

「あれが、後始末屋の話していた鬼か」

 スカーがチョッパーに囁いた。
 プレデターと同じ二足歩行を行い、尾の無い姿をした黒い岩の様な皮膚には、溶岩を彷彿させる赤い血管が浮き上がっていた。
 鬼はゆっくりと先ほどのプレデターが死んだ場所を眺める。

「確か、恐怖と魂を喰らう鬼神とエルダーは言っていた。先の者の恐怖を感じ取ったのだろう」
「やるか?」
「いや。今は暗黒の谷の支配者、ブラックを狩る任務を優先させよう」

 スカーは別の岩陰に潜んでいるケルティックに合図を送った。彼は頷き、先へと進む。
 二人も別の道から先へと進んだ。




 
 

 彼らは以降、敵に遭遇することなく奥へ進み、遂に敵の本陣へと足を踏み入れた。

「……妙だ。静か過ぎる」

 最初に違和感を口にしたのはスカーであった。
 しかし、彼らはゆっくりと足を一歩ずつ踏み出した。

「この俺に隠密行動が通用すると思っているのだから、お前達は本当に愚かだな」
「「「!」」」

 彼らの背後から声が聞こえ、振り返ると黒き選士、ブラックが立っていた。
 彼らよりも一回り大きな躯体をしたブラックはゆっくりと彼らに近づく。

「ブラック、覚悟!」

 チョッパーがシミター・ブレードを振るった。刃先から風の刃が放たれ、ブラックを襲う。
 しかし、ブラックは避けるようともせず、片手を翳した。風の刃は見えない壁に阻まれる。

「何!」
「ぬるいな。……やはり、お前達も駄作だ!」
「がっ!」

 ブラックの手がチョッパーに向かって翳され、一瞬にしてチョッパーの体は砂の如く崩れ、風に舞った。

「風の爾を持つ者ならば、やはりその亡骸は風と共にあるべきであろう」
「何をした!」

 ブラックにケルティックが怒鳴った。

「威勢がいいな。……なに、体を形作っている物質をバラバラにしただけだ。物質としては何一つ変わっていない。これよりは、今の奴が使った風を殺した事の方が圧倒的に高度なことなのだがな」
「風を殺しただと?」
「一体、お前は何者なんだ?」

 スカーが驚くケルティックの隣で聞いた。
 ブラックはマスクの下から不気味な笑い声をもらし、スカーの問いに答えた。

「万物を司る者。かつてお前達の祖先を生み出した神と同位の存在だ」
「神? 四禍神の事か?」
「残念ながら、彼らは俺の干渉外の存在だ。俺の力を、お前達はなんと呼ぶ?」
「知ったことか!」

 ケルティックはランスをブラックへ向けて投げた。
 しかし、ブラックは動じることなく指先から雷を放ち、ランスを破壊した。

「プラズマ砲も使わずに指からだと!」
「この程度で驚かれたら楽しめぬな」

 ブラックが手を翳すと、何も無い空中に5本のランスが現れ、ケルティックに向かって放たれた。

「うぐっ!」

 咄嗟に避けたケルティックであったが、一本が彼の右脇腹を貫いた。血が吹き出る。

「ケルティック!」
「さて、退屈を紛らわせて貰おう。選士達よ」





 

 一方、暗黒の谷の入口には多数のプレデターが陣を形成していた。
 皆、色が違うだけでブラックと同じ姿をしている。
 彼らは誰かが合図するのでもなく、一斉に南下を始めた。
 その進行方向にあるのは、夜の闇を照らす遺跡の大火であった。

「……!」
「っ!」
「…がっ!」

 プレデターの大群の中で、一人、また一人と殺されていくが、彼らはそのことに気づかない。
 しかし、数秒後。先頭の集団が爆発に巻き込まれて吹き飛んだことで、彼らも敵の存在を悟った。
 だが、それについて考える余裕を与えることなく相次ぐ爆発。プレデター達の秩序だった陣は混乱し始める。

「がっ!」
「ぎゃっ!」
「がぁぁぁぁぁあ!」

 無差別に上がる断末魔と吹き上がる緑色の液体。そして、全く気配を探ることのできない完全に見えない敵。
 空気を裂く音が聞こえ、次々に首が飛ぶプレデター達。
 無数の死体が転がった荒野に、谷へ向かう足音が聞こえたのはまもなくのことであった。





 

「……! ほぅ。なかなか面白そうな奴が来たようだな。仲間か?」
「何のことだ」

 巨大な岩の中に取り込まれたスカーがブラックを睨みつけて言う。
 既にマスクも砕け散り、下顎も折られているスカーに戦う術は残されていない。自爆装置も岩の中にあり、起動させることもままならない。
 そして、彼の眼下には液体となったケルティックが血溜りとなっていた。
 彼は敗北を認めていた。

「選士ではないようだな。……しかし、面白そうだ」

 ブラックは地面に爪で円を描いた。
 たちまち、その円は形を変え、巨大な目球となった。

「千里眼。久しぶりにつくったが、うまくいった。これで、見物だ」

 巨大な目玉に、暗黒の谷の様子が映しだされた。
 谷に立つ鬼神。
 谷を吹き抜ける風を背に、前から来る敵を迎える。

「オソレロ………」

 鬼神は低く不気味な篭った声で呟いた。それは、聞く者に恐怖を思い出させる。
 鬼神の言葉にどこからともなく声が返る。

「恐怖なぞ、地獄に置いてきた」

 岩の陰から赤い光がのびる。鬼神がそれに気がつき、顔をむけた瞬間。

「!」

 プラズマ砲が鬼神の頭部を吹き飛ばした。
 更に、全く別の方向から円盤が飛び、鬼神の体を八つ裂きにする。
 円盤はまた違う岩陰に飛んでいき、崩れ落ちる鬼神の横を何者かが通り過ぎる足音だけが聞こえた。

「完全に姿を消すとは、神器も侮れないようだ」

 ブラックは千里眼を見下ろしながら、淡々とした口調で言った。
 そして、千里眼の映す位置を変えた。

「だが、次は魔神だ。どう戦うか、見ものだ」

 千里眼は大きな岩が連なる広い谷間と、その中央を堂々と歩く巨大な魔神の姿を映し出した。
 魔神は重厚な鎧を背負った竜に似た姿をして直立二足歩行をし、気配を感じ、巨大な腕で岩を殴り砕いた。
 粉砕された岩が周囲に飛び散り、一瞬その粉塵の中に人影が浮かぶものの、すぐにその姿は周囲に溶け込み、魔神はその姿をつかめない。

「グォオオオ!」

 魔神は咆哮を上げ、我武者羅に周囲の岩という岩を破壊し、周囲に砕かれた岩が散乱する。
 しかし、相手も素早く移動をし、その位置を魔神はとらえられない。

「グォォォォォ」

 遂に、最後となった岩の前に魔神は立ち、拳を握り締めた。
 岩陰に淡い光が点った。魔神はすかさずその岩陰目掛けて拳を振り下ろした。
 刹那、激しい閃光と爆音が岩陰から発せられ、魔神はその爆発によって、ゴツゴツとした岩肌の壁に吹き飛ばされた。
 更に、光線が対岸の壁から放たれ、魔神の倒れる壁の上部を破壊。それによって砕かれた岩石が魔神に降りかかり、その巨体は岩の中に埋もれた。
 しかし、魔神はすぐさま岩を投げ飛ばし、身を起こし、続けざまに岩を対岸の壁に投げつける。
 無数の岩が打ち付けられ、その一つが何かに直撃した。

「ぐっ!」

 鈍い音と声がして、一瞬プレデターの姿が見え、以降も完全に姿を消せず曖昧ながらもその像が残っている。
 魔神はそこに狙いを定め、次々に岩を投げつける。
 相手も逃げ回るのを止め、複数の光線で岩を破壊しながらその距離を縮める。
 十分に距離を縮めると、相手はレイザーディスクを放つが、魔神はそれに喰らいつき、噛み砕く。

「所詮は獣よ」

 相手の声が呟いた。
 次の瞬間、魔神の身体は木っ端微塵に吹き飛んだ。レイザーディスクに爆弾を仕込んでいたのだ。
 残骸となった魔神を残し、彼はその場を後にした。





 

 千里眼でその光景を見ていたブラックは憤りを隠せなかった。
 ブラックはスカーの下顎の残り一本を掴むと、へしり折った。

「ぎゃぁあああああ!」
「言え! 何者だ! あのプレデターは、誰だ? 何故、我々の手の内を知っている?」

 緑色の血を滴らせながら、スカーは笑った。

「俺も知らぬ。選士としても、プレデターとしても、俺達が部族最強だ」
「何者だ……。選士でもない一介のプレデターが吸魂と噛金の爾を倒すとは……」
「お前を狩る為に地獄の淵より蘇った。それが答えだ」

 声と同時に腹部をスピアに貫かれ、七色に輝く薄膜状の翅を切断された貝の様な怪物がブラックの足元に転がった。

「女神……。吸収の爾も倒したのか」
「前の二体よりも手応えがなかった。氷や雷、炎を使ってくるので、もう少し張り合いがあるかと思ったが、鞭とスピナで十分に戦えた」

 足音と共に聞こえた声に向かってブラックが顔を上げると、一人のプレデターがその姿を現した。
 それは彼が生かしたクリーナーであった。

「お前は、あの時のプレデター……」
「ウルフ。……己が撒いた種は己が手で枯らせる。それがクリーナーとしての責務。それが、悪魔の手を借りて蘇った我の生きる唯一の理由」

 ブラックはウルフへ顔を向けて忌々しげに言った。

「ウルフ・ザ・クリーナー……。自らを爾によって、堕ちた者」
「ブラック……お前の真名は知らぬが、この名で呼ばせてもらう。お前に受けた屈辱、全ての過去を失っても、決して忘れはしない」
「よせ! 生身のクリーナー如きが勝てる相手ではない!」
「黙れ、雑魚が」

 声を上げるスカーにブラックは一言告げると、拳を握った。
 刹那、スカー諸共岩が粉砕し、砂の山と化した。

「また同じことを……」
「安心しろ。お前にこの様な安易な死を与えはしない。万物を司る者として、お前にはお前としての死を与える」

 ブラックは武器を捨てながら言い、ゆっくりとマスクを外した。
 ウルフも武器を捨て、マスクをゆっくりと外した。朽ちた片目があらわになる。

「なんと醜い顔なんだ」
「力に穢れて醜い顔が言えたことか」

 一瞬、静寂が流れた。
 しかし、次の瞬間、二体はお互いを掴みあった。
 拳で互いの顔を殴り、倒れ、起き上がる。
 すぐさま蹴りと拳がぶつかりあい、倒れる。
 互角の戦いに、二体は牽制しあう。

「かつて、この地には二種の神が降りた」

 ウルフを殴り飛ばしたブラックが言った。
 ウルフはすぐさま立ち上がり、ブラックを蹴り飛ばす。

「文明を滅ぼした神々か?」
「それが一種。その遥か昔にこの地へ降り、お前達の祖先を作った神がいた。それが俺だ」
「知ったことか!」

 ウルフは跳び蹴りをするが、ブラックにその足を掴まれ、逆に投げ飛ばされる。

「俺はその後、二度この地に来た。二度目は今回。そして一度目は、想定外の者達によってこの星が滅ぼされた時。……面白い者だった。同化の爾に破壊者の姿を与えようと考えたのもあの者にあったからだったな」
「まだ、他にもいるのか?」

 ブラックの顔を殴り飛ばすウルフ。

「当然だ。俺は万物。この世のあらゆるものを生み出し、殺す者だ。俺も一人ではない」

 ブラックはウルフに飛び掛り、その肩を噛み付く。

「ならば、その全てを俺は狩る!」

 ブラックを突き飛ばし、血が噴き出す肩を庇いながら、拳を構える。

「この辺境の星に住むお前には到底無理なことだ。俺の敵も仲間も、この辺境にはいない。ここは所詮、実験をする為の地。お前達は所詮、実験の一環で生まれただけの存在にしか過ぎない」
「して、それがどうした? 己が命を得た瞬間より、我が命尽きるまで、生きるのみ! そこに如何なる意味もない!」

 ウルフは渾身の力を込めて拳を突く。
 拳はブラックの腹を突き破った。

「ぐおっ!」
「生と死に意味を求めるお前にはわからぬかも知れぬが、我は命尽きるまで狩る! それが我が命の意味!」

 拳を引き抜き、ゆっくりと倒れるブラックを見下ろしながらウルフは言った。

『ならば、ウルフ・ザ・クリーナー』

 突如、どこからともなく、声が聞こえた。

「!」

 ウルフは周囲を見回す。その声は今倒したブラックのものだった。

『俺を倒しに来い! その万物は所詮、我が鎧。万物の一部分に過ぎない』

 声に呼応するように、ブラックの姿が消え、黒い光が現れ、天に飛び去った。

「………。貴様がブラックの本体か?」
『俺もまた、その一部とも言える。いや、核を成す存在でもあるか。……もとい、お前一人は、その実験で唯一、興味深い存在となったようだ』
「貴様はどこにいる?」
『その星から遥か彼方にある地球にいる。お前達が選士と呼ぶ存在と同位置にいる者もいるが、所詮は想定内の存在。本当に俺が求める敵はこの地球に集まっている。暗にそうなるように仕向けていたのもあるが』
「いいだろう。……貴様を狩る!」
『ふふふ。待っているよ。俺の名を教えておこう。万物の爾落人、和夜』

 声は不気味な笑い声を残して消えた。


 


 

 その後、ウルフは谷の更に先へと歩いていった。
 谷の奥は、旧文明の遺跡が広がっていた。
 全てが朽ちていたが、ウルフは何かに導かれる様に、一つの建造物の前に立った。入口らしいものはないオベリスクであった。
 ウルフは自らの身体を流れる悪魔ノ血の意思を感じ、その手をオベリスクに翳した。
 刹那、オベリスクは唸りを上げて崩れ、地中から宇宙船が姿を現した。
 操作法など彼の知識にはなかったが、全てが悪魔ノ血によって導かれた。

「これも、神器か……」

 宇宙船の中に立ったウルフは、宇宙船を遥か宇宙の彼方にある地球へ飛び立たせた。
 次第に遠ざかり、小さくなる故郷の星。
 しかし、彼にはまだ残していることがあった。
 宇宙船の見知らぬ操作盤には、それを行うことができた。
 彼は、躊躇することなく、それを行った。

「我は、ウルフ・ザ・クリーナー。全ての過去を捨て去り、己が後始末をする為だけに地獄の淵より蘇った者。故に、帰る地も、故郷も、仲間も、何一つとして、過去に我がいた痕跡を残してはいけない。それが、我が罪なり」

 無数の星々が輝く漆黒の海を進む船の後方で、一つの惑星が爆発し、消滅した。
 宇宙にただ一人のプレデターとなったウルフを乗せて、宇宙船は地球を目指して数千年の旅を始めたのであった。
 これは、遠い昔、宇宙のどこかで起こった物語の序章の一つにしか過ぎない。



【To Be Continued】
2/2ページ
スキ