本編
15
「……そして、俺はこの時代に来た」
「………」
全てを話し終えた俺を姉さんも、ローシェも、勿論イヴァンと瀬上も驚きを隠せない様子であった。
唯一終始平静に聞いていたのは、俺と共にその場にいた師匠だけだ。
そうなのだ。あの時に銀河の存在は消え、俺の運命は本当に決まった。
『ローシェ、無事か?』
沈黙を破ったのは、ローシェを呼ぶ男性の通信であった。
「サーシャ様!」
『無事でよかった。レイア様も無事ですね』
「はい」
サーシャということは彼が「連合」の総合代表らしい。
ローシェと姉さんが応答し、俺達の無事も確認すると、彼は口早に話を切り出した。
『君達が敵の捕虜となっている可能性も考えれて心配していたが、やはりレイア様がいてよかった』
「その口ぶりですと、私達の乗っていた「旅団」の島が中華コロニー郡に向かっていないということがご存知のようですね?」
『あぁ。それに今のレイア様の一言で君達がまだ今の状況が伝わっていないとも理解できた』
「というと?」
『つい先刻、「帝国」のホーリーナイト氏、及び「旅団」の蛾雷夜氏より、「連合」への宣戦布告がなされた。同刻、東亜コロニーを中心としたコロニー群の大半が消滅した』
「消滅?」
『そうだ。消滅をまぬがれたコロニーからの報告によると、空から光線が落ちて一瞬にして東亜コロニーは消滅、クレーターとなり、周辺のコロニーも焦土と化したそうだ』
「そんな………」
黙って話を聞いていた俺達であったが、どうやら穏やかな話ではないらしい。
「すみません。それを行ったのが、「帝国」と「連合」の代表であるという宣戦布告が?」
『君が凱吾君だね? ……そうだ。ただし、彼らが名乗った団体名は、月ノ民だ』
「月ノ民だと?」
蛾雷夜が月ノ民であるというのは、予想ができていた。だが、なぜそこにホーリーナイトという「帝国」の統治者がいるのだろうか。
「遂に彼らも本性を表したということですね」
姉さんは納得した様子で言った。
どうやら、彼らの正体を知っていたようだ。もう今更姉さんが何を隠していても驚くことではない。それに、それを言わない理由と目的があると彼女は既に明言している。
「だが、どうやったらあれだけの広大な土地を一瞬で?」
『君は?』
「電磁の爾落人、瀬上浩介。所属は特にない。……俺は以前に東亜コロニーで生活した。あの地域の広さは理解できる」
「どれくらいの広さなんだ?」
「あそこは元々の中国だ。日本は丸々すっぽりと入る広さがある」
「なっ!」
俺の疑問に瀬上は早口で説明する。日本よりも広い土地を一瞬で消滅させたのか。
『……月は見えるか?』
「え?」
『月は見えるかと聞いている』
俺たちは窓の外を見た。まだ昼だが、晴天だ。外に出れば見えるかもしれない。
ローシェが答える。
「こっちはまだ昼ですが、月の周期を考えると、目を凝らせば見えると思います」
『うん。ならば、外に出て直に見た方が早い』
俺たちは言われるがままに外に向かった。
一号館の外に出た俺達は空を見上げた。
月は薄いが、見える。
「何も変哲はないな」
『もう少し目を凝らしてくれ。月の恐らく隣に見える』
「月の隣? ……え?」
俺はその目を疑った。
しかし、他の者も同じ反応をしている。
「なんで、月がもう一つあるんだ?」
「どういうことですか?」
瀬上とローシェが疑問を口にする。
『あれが、東亜コロニーを消滅させたもう一つの月だ。彼らはデス・スターと呼称した。……東亜コロニー消滅の直前に突然、月の衛星軌道上に出現した』
「そんな……月が攻撃したのか?」
『そういうことだ……』
『すまないが、会話に割り込ませてもらうよ』
突然、通信に割り込みが入ってきた。見知らぬ男だ。
姉さんが叫んだ。
「ホーリーナイト!」
『レイア、無事で何よりだ。……これより、君達と全地球人類に対して、我々月ノ民は宣戦布告をする。目的は人類の抹殺とレイアの引渡し。そして、後藤銀河との決着だ』
「どういうことだ? アイツはニューヨークで死んだのだろう?」
『確かに、一時的にはな。俺も含めて』
「え?」
瀬上が言うと、ホーリーナイトは答えた。そして、視線を俺と師匠に向ける。
『なぜ、我々が君が現れた時に行動を起こしたと思う? ……答えは、これだ』
ホーリーナイトは右腕を動かし、顔を隠した。
「なっ!」
「そういうことか! だから、今になって行動を」
ホーリーナイトの現せた顔、それは銀河にそっくりな顔、そして次に見せた顔は和夜だった。
『これで、俺がお前の現れた時に再び動き出したか、理解できただろう?』
「あぁ……」
そういうことか。俺の、いや銀河の復活の兆候こそが、和夜の行動を促し、一種の時限装置として働いた。
銀河が再び身を隠そうとした和夜に逃げることを阻止する真理を使ったから。
『レイア……レイア・マァトよ。お互い演技は終わりだ』
「その様ね。私もやっとあんたの監視から解放されてせいせいするわ」
『相変わらず、口がへらないな。……だが、それも今だけだ。デス・スターは惑星一つを破壊するだけの力を持つ。勿論、地球も例外ではない』
「!」
『俺はデス・スターで待つ。猶予は24時間! それまでに後藤銀河が俺との決着をつけられなかった場合、また月ノ民による攻撃で貴様らが全滅した場合は猶予前に地球を破壊し、全人類を抹殺する』
「つまり、それまでに俺達が生きて、銀河がお前に勝てばいいんだな?」
『そうだ。もしくは、銀河が完全に死に、レイアが無条件降伏し、俺に服従を誓った場合も同様に一切の攻撃を中止しよう』
「あくまでも中止か……」
つまり、デス・スターによる人類への脅威は消えないということだ。
『では、24時間以内に会えることを楽しみにしている! では!』
通信は切れた。
「……! 何かが来る!」
師匠が殺気だった。瀬上も同様だ。
だが、予想はできていた。
「まずは「旅団」と戦えってことだろう?」
「そういうことらしい!」
俺が言うと、瀬上が頷いた。
ついに、俺は全人類の生存をかけた戦いに立った。
俺は空に浮かぶ二つの月を見上げて呟いた。
「そろそろ、出番らしいぜ? 後藤銀河」
――――――――――――――――――
――――――――――――――
数時間前、延々と続く夜の荒野を歩く一人の男がいた。
夜空に輝く月はまだ一つであり、その明かりを頼りに男はボロボロになった黒いマントを羽織って黙々と目に付いた岩へ向かって歩いていた。
「………!」
男の足元の土が突如盛り上がり、グラボウズが悪臭を放って巨大な口を現した。
男は地面を転がり、襲い掛かかる蛇の姿に似た舌を回避する。
しかし、腹を空かせた怪物は地面から頭部を突き出し、男を食もうとする。
「……っ! やめろ!」
男は叫ぶが、グラボウズは容赦なく襲い掛かる。
「どういうことだ? ……うわっ!」
驚く男の上にグラボウズの頭部が覆い被さる。彼の姿が怪物の口の中に消えた。
しかし、グラボウズは突然もがきだし、男を吐き出すと地中へと逃げ去った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、彼は右手に持つ護符を見て苦笑した。
そして、フードを取って月を見上げ、彼は呟いた。
「ったく、ここはどこなんだ?」
しかし、返事をするものは当然いない。彼は、節目がちな黒い眼を目の前の岩に向け、嘆息した。
「……いや、なんだな? ここは地球だったのかぁ! ってのが、正しい台詞ってことか?」
化石化した自由の女神像の頭部を眺めて、後藤銀河は苦笑混じりに語りかけた。
【続】
「……そして、俺はこの時代に来た」
「………」
全てを話し終えた俺を姉さんも、ローシェも、勿論イヴァンと瀬上も驚きを隠せない様子であった。
唯一終始平静に聞いていたのは、俺と共にその場にいた師匠だけだ。
そうなのだ。あの時に銀河の存在は消え、俺の運命は本当に決まった。
『ローシェ、無事か?』
沈黙を破ったのは、ローシェを呼ぶ男性の通信であった。
「サーシャ様!」
『無事でよかった。レイア様も無事ですね』
「はい」
サーシャということは彼が「連合」の総合代表らしい。
ローシェと姉さんが応答し、俺達の無事も確認すると、彼は口早に話を切り出した。
『君達が敵の捕虜となっている可能性も考えれて心配していたが、やはりレイア様がいてよかった』
「その口ぶりですと、私達の乗っていた「旅団」の島が中華コロニー郡に向かっていないということがご存知のようですね?」
『あぁ。それに今のレイア様の一言で君達がまだ今の状況が伝わっていないとも理解できた』
「というと?」
『つい先刻、「帝国」のホーリーナイト氏、及び「旅団」の蛾雷夜氏より、「連合」への宣戦布告がなされた。同刻、東亜コロニーを中心としたコロニー群の大半が消滅した』
「消滅?」
『そうだ。消滅をまぬがれたコロニーからの報告によると、空から光線が落ちて一瞬にして東亜コロニーは消滅、クレーターとなり、周辺のコロニーも焦土と化したそうだ』
「そんな………」
黙って話を聞いていた俺達であったが、どうやら穏やかな話ではないらしい。
「すみません。それを行ったのが、「帝国」と「連合」の代表であるという宣戦布告が?」
『君が凱吾君だね? ……そうだ。ただし、彼らが名乗った団体名は、月ノ民だ』
「月ノ民だと?」
蛾雷夜が月ノ民であるというのは、予想ができていた。だが、なぜそこにホーリーナイトという「帝国」の統治者がいるのだろうか。
「遂に彼らも本性を表したということですね」
姉さんは納得した様子で言った。
どうやら、彼らの正体を知っていたようだ。もう今更姉さんが何を隠していても驚くことではない。それに、それを言わない理由と目的があると彼女は既に明言している。
「だが、どうやったらあれだけの広大な土地を一瞬で?」
『君は?』
「電磁の爾落人、瀬上浩介。所属は特にない。……俺は以前に東亜コロニーで生活した。あの地域の広さは理解できる」
「どれくらいの広さなんだ?」
「あそこは元々の中国だ。日本は丸々すっぽりと入る広さがある」
「なっ!」
俺の疑問に瀬上は早口で説明する。日本よりも広い土地を一瞬で消滅させたのか。
『……月は見えるか?』
「え?」
『月は見えるかと聞いている』
俺たちは窓の外を見た。まだ昼だが、晴天だ。外に出れば見えるかもしれない。
ローシェが答える。
「こっちはまだ昼ですが、月の周期を考えると、目を凝らせば見えると思います」
『うん。ならば、外に出て直に見た方が早い』
俺たちは言われるがままに外に向かった。
一号館の外に出た俺達は空を見上げた。
月は薄いが、見える。
「何も変哲はないな」
『もう少し目を凝らしてくれ。月の恐らく隣に見える』
「月の隣? ……え?」
俺はその目を疑った。
しかし、他の者も同じ反応をしている。
「なんで、月がもう一つあるんだ?」
「どういうことですか?」
瀬上とローシェが疑問を口にする。
『あれが、東亜コロニーを消滅させたもう一つの月だ。彼らはデス・スターと呼称した。……東亜コロニー消滅の直前に突然、月の衛星軌道上に出現した』
「そんな……月が攻撃したのか?」
『そういうことだ……』
『すまないが、会話に割り込ませてもらうよ』
突然、通信に割り込みが入ってきた。見知らぬ男だ。
姉さんが叫んだ。
「ホーリーナイト!」
『レイア、無事で何よりだ。……これより、君達と全地球人類に対して、我々月ノ民は宣戦布告をする。目的は人類の抹殺とレイアの引渡し。そして、後藤銀河との決着だ』
「どういうことだ? アイツはニューヨークで死んだのだろう?」
『確かに、一時的にはな。俺も含めて』
「え?」
瀬上が言うと、ホーリーナイトは答えた。そして、視線を俺と師匠に向ける。
『なぜ、我々が君が現れた時に行動を起こしたと思う? ……答えは、これだ』
ホーリーナイトは右腕を動かし、顔を隠した。
「なっ!」
「そういうことか! だから、今になって行動を」
ホーリーナイトの現せた顔、それは銀河にそっくりな顔、そして次に見せた顔は和夜だった。
『これで、俺がお前の現れた時に再び動き出したか、理解できただろう?』
「あぁ……」
そういうことか。俺の、いや銀河の復活の兆候こそが、和夜の行動を促し、一種の時限装置として働いた。
銀河が再び身を隠そうとした和夜に逃げることを阻止する真理を使ったから。
『レイア……レイア・マァトよ。お互い演技は終わりだ』
「その様ね。私もやっとあんたの監視から解放されてせいせいするわ」
『相変わらず、口がへらないな。……だが、それも今だけだ。デス・スターは惑星一つを破壊するだけの力を持つ。勿論、地球も例外ではない』
「!」
『俺はデス・スターで待つ。猶予は24時間! それまでに後藤銀河が俺との決着をつけられなかった場合、また月ノ民による攻撃で貴様らが全滅した場合は猶予前に地球を破壊し、全人類を抹殺する』
「つまり、それまでに俺達が生きて、銀河がお前に勝てばいいんだな?」
『そうだ。もしくは、銀河が完全に死に、レイアが無条件降伏し、俺に服従を誓った場合も同様に一切の攻撃を中止しよう』
「あくまでも中止か……」
つまり、デス・スターによる人類への脅威は消えないということだ。
『では、24時間以内に会えることを楽しみにしている! では!』
通信は切れた。
「……! 何かが来る!」
師匠が殺気だった。瀬上も同様だ。
だが、予想はできていた。
「まずは「旅団」と戦えってことだろう?」
「そういうことらしい!」
俺が言うと、瀬上が頷いた。
ついに、俺は全人類の生存をかけた戦いに立った。
俺は空に浮かぶ二つの月を見上げて呟いた。
「そろそろ、出番らしいぜ? 後藤銀河」
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数時間前、延々と続く夜の荒野を歩く一人の男がいた。
夜空に輝く月はまだ一つであり、その明かりを頼りに男はボロボロになった黒いマントを羽織って黙々と目に付いた岩へ向かって歩いていた。
「………!」
男の足元の土が突如盛り上がり、グラボウズが悪臭を放って巨大な口を現した。
男は地面を転がり、襲い掛かかる蛇の姿に似た舌を回避する。
しかし、腹を空かせた怪物は地面から頭部を突き出し、男を食もうとする。
「……っ! やめろ!」
男は叫ぶが、グラボウズは容赦なく襲い掛かる。
「どういうことだ? ……うわっ!」
驚く男の上にグラボウズの頭部が覆い被さる。彼の姿が怪物の口の中に消えた。
しかし、グラボウズは突然もがきだし、男を吐き出すと地中へと逃げ去った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、彼は右手に持つ護符を見て苦笑した。
そして、フードを取って月を見上げ、彼は呟いた。
「ったく、ここはどこなんだ?」
しかし、返事をするものは当然いない。彼は、節目がちな黒い眼を目の前の岩に向け、嘆息した。
「……いや、なんだな? ここは地球だったのかぁ! ってのが、正しい台詞ってことか?」
化石化した自由の女神像の頭部を眺めて、後藤銀河は苦笑混じりに語りかけた。
【続】