本編
14
「つまり、それが私の正体であり、時空の爾落人が狙われる理由のようです」
何はともあれ再会を果たした私達は、1号館という坂一つ上にある別の建物にある事務所で紅茶を飲みながらお互いの情報を交換していた。
紅茶はガラテアさんが腐敗を防いでいた21世紀のもので、お湯なども彼女の力で簡単に用意できた。彼女の変化という力は既に私達の間では伝説となっている存在だが、その一端をこうして目の当たりにするとその驚きはひとしおだった。
話を戻そう。まず私達はレイア様からこれまでの事情を概要のみだが話してもらった。既にデータベースに残された情報から予備知識を持っていた私でもその荒唐無稽とも言える話に驚きは隠せなかった。
それは主観的な知識しか持っていなかった凱吾達にとっては更に大きな驚きだったらしい。先ほどから凱吾と瀬上さんは唖然としている。
「私とコウ殿は2046年の戦いの際、前線で戦っていたからレイア殿には会っていなかったのだな」
「そういうことですね。でも、ガラテアはそこまで驚いていないですね?」
「私はずっと主殿と共に行動していたし、敵の動向も探っていた過去がある。それに、ジャンヌ殿と共に空間の爾落人とも戦い、エジプトではイリスと、そして南極やニューヨークでもその戦いで銀河殿と共に宇宙戦神で戦った。当然、前後事情も調べていたからある程度の知識もある」
「そうですね。月ノ民との関わりも大なり小なり私の両親と同じくらいありますね」
「あぁ。だから、ある程度の予想はできていた」
レイア様とガラテアさんが話を進めていくので、私は一度月ノ民についての情報を整理しようと思った。
「ちょっとよろしいですか? 月ノ民について整理しましょう」
「うん、そうね。そこの二人……あら三人ね。どうやら敵について飲み込めていないようだから」
レイア様は凱吾と瀬上、そしてイヴァンを見て頷いた。
「その全てという確証はありませんが、相手の立ち位置から考えても、月ノ民の持つ能力は基本的にモノの構築と破壊に関わるものです。複製や吸収、同化がそれです。全てこの宇宙に存在するモノを自らの糧、武器とする力です」
「もう一つが、クローバーですね?」
「はい。イリスという姿はあくまでも麻美睦月と天羽衣が融合したことで定まった姿だと考えて下さい」
「私もレイア殿と同意見だ」
「うん。結局は創造主の趣向が強いのでしょう。ガラテアが「神々の王」の威光を誇示する存在にあった力と姿を与えられたと同じですね」
「まぁ、銀河殿は気に入らなかったようだが」
「性格や趣向なんて環境次第で幾らでも変わりますから。……いずれにしても、この戦いは根源と表現してよいまだ概念のみであったこの世界からのしわ寄せの清算です」
「その事情はレイア様は?」
「詳しいことまでは知らないわ。私が知っているのはニューヨークでの戦いに至るまでの事情と、この戦い……いいえ、世界の終焉だから」
「つまり、姉さんだけは結末だけ知っていて、わざわざ面倒なことに100年間もここで「帝国」に身をおいていたのか?」
やっと口を開いた凱吾はレイア様を批難する口調だ。
「そうね。振り回されている凱吾にとっては不満以外にないかもしれないけれど、これはこの世界が支配する時空に定められた一種の運命よ。予定調和や因果応報ともいえるけれど、私はそれを司る者として、その流れを誘い、遥か未来の終焉にある戦いに帰結することを目的に動いているの」
「だからって、死ぬとわかっている奴らを見殺しにしたりしていたのかよ!」
「それが運命よ。生あるものはいつか死ぬ。形あるものはいつか壊れる。それが定め。そして、その運命そのものも私の守るべきものなのよ」
「父さんのことは?」
「あの時はまだ私自身、役割を自覚する前よ。でも、あの出来事を私は時空の力で変えるつもりはないわ」
凱吾とレイア様はしばらくにらみ合いをした後、凱吾がふてくされて椅子から立ち上がった事で収まった。
「ごめんなさい。家庭の事情を持ち出してしまって。……結局のところを言うと、私は真理と万物の対立を終えさせることが目的なのです。まぁ、万物の一方的な暴走とも言えますが」
「真理、万物、時空。それらが世界構築の根源として存在して、それを司る三人の爾落人。んで、万物が個人的に用意した駒っていうのが、月ノ民……あってるか?」
瀬上さんが頭を掻きながら聞いた。
「そうです。2042年のニューヨークで表面化し、2046年の沼津で一時終結。そして、今回凱吾とG動力炉が現れたことで再び敵が動き出した。この展開があなた方にとって最も関わりが強い部分です。そして、その行き着くところは真理と万物が戦い、決着をつけることです。万物の用意した駒で最古の者は、あなたも既にご存知だと思いますよ?」
「……あいつか」
「えぇ。あの時、後藤銀河は真理としての全ての力を取り戻してはいませんでした。故に、あの展開があった。そして、万物が用意した最古の者は対極する二つの存在。お互いがお互いを牽制する構図です。しかし、根源的な力を持つ者は当人の意思や他者の意思という違いはあれ、その力を制御する為に力を他の存在に分かつ。……この特徴は既にご存知ですね?」
「あぁ。もう今更といった感じだ。……だが、何故時間と空間は時空よりも先に存在するんだ?」
「さぁ? 私もわかりません。……これが答えです」
「……そういうことか」
瀬上さんは納得した様子で腰を落ち着かせた。
私は今までの話から浮かんだ考えを彼女に確かめたくなった。
「レイア様」
「なぁに?」
「もしかして、あなたは現在において最も強い力を有している爾落人ということではありませんか?」
「そうよ」
彼女はあっさりと認めた。
「でも、それはルール違反。そもそも、万物はもう直ぐ完全に力を取り戻すし、それ自体は自身の意思で行っていることだから、結局は彼もその本来の力を有していると言える。真理もまもなく覚醒する……それはもう予想できるでしょう?」
「えぇ」
「それなのに、私がしゃしゃり出ても運命を乱すだけ。私はあくまでも目的の為だけに力を使うまでだから。それ故に、今の私は時空の爾落人と名乗るのよ」
「………」
「あなた達と見てきたものが違うだけよ。……さて、敵の正体も目的も大体わかったでしょう? 凱吾、話して。私が不在だったニューヨークで月ノ民は、真理は何をしたの?」
レイア様はずっとそっぽを向いて立っていた凱吾に言った。
彼は視線をこちらに向けることなく、話し始めた。
「あれは、2042年12月、アメリカ合衆国ニューヨーク、マンハッタン島。結果的には写し身であった訳だが、姉さんの死からの3年、俺は当てもなく放浪の旅を続けていた………」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
俺は壊滅状態となったマンハッタンの上空に神々しく降臨した宇宙戦神をプロトモゲラの操縦席から見上げていた。
クローバーは完全に死亡している。
これが真理の、宇宙戦神の本来の力なのか。俺はその圧倒的な力に愕然とした。
しかし、その一方で姉への復讐心が沸々とこみ上げていた。
「後藤銀河ぁあああああああ!」
『!』
俺は既に操縦不能状態のプロトモゲラの操縦桿を引き上げ、喉がちぎれるほどに叫んだ。
動かないはずのプロトモゲラは動き出し、ブースターからの高圧噴出で空中にいる宇宙戦神に体当たりをする。
『銀河殿!』
『くっ!』
宇宙戦神は剣を振るった。一瞬でプロトモゲラは空中で崩壊し、俺とプロトモゲラは地面に落下した。辛うじて、まだ操縦席に守られて俺は無事だった。
「はぁ……はぁ……畜生っ!」
『凱吾! この馬鹿! なにやってるのよ!』
母さんが通信を入れるなり怒鳴った。
「うるせぇ! 俺はあいつと戦う!」
「なかなか良い意気込みだね?」
「!」
突然、プロトモゲラの前に少年が現れた。まるで瞬間移動をしたようだった。
少年は宇宙戦神を見上げたまま言う。後ろ姿で顔は見えない。
「突然現れてすまないね。透明の「G」を餌にした事があって、その力を持っているんだ」
「……吸収?」
「元々は違うな、似ているけど。所謂、下位能力だ。吸収とは違い、完全に取り込まないと対象の力を自らのものにはできない。……もっとも、一度自分のものにしてしまえば、その扱いは自由自在なのだけれど」
「……何者だ?」
「和夜。……君達にとっては、宇宙人さ」
「!」
振り向いたその顔は、後藤銀河そのものであった。
「なんで、……お前はその顔をしているんだ?」
「あぁ、この顔か。……古い友達との約束を果たしたんだ。でも、富士の樹海で朽ちようとしていた。もうかつての面影はなくて、魅力もなかった。だから、彼の友達と同じ運命を辿ってもらった」
「……喰ったのか?」
「あぁ。……それから、その傍らにいた「G」も。だから、今の俺は吸収の力を持っている」
和夜は不気味なほどに口を裂けて笑った。
『おい、お前……今の話は本当か?』
突然、上空の宇宙戦神から後藤銀河が声を上げた。
「おや、地獄耳だね? あまり良い趣味とは言えないな」
『喰ったのか? 麻美帝史を、イリスを!』
「あぁ。既に腐っていたから、あまり美味くなかったがね。あぁ、それと……」
和夜は背中から光を帯びた羽を広げ、宇宙戦神の前まで飛び上がった。
「よくも俺の仲間を殺してくれたね」
『お前は何者だ?』
「宇宙人さ。聞こえなかったかい?」
『そういうことを聞いているじゃねぇ!』
「なら、君と同じ存在といえばいいかい? 本質的には俺とは違うが、君もまた麻美帝史の写し身だ」
『やはり、お前が天羽衣をあの男に渡した「G」か?』
「そうだよ。同位体という意味ではなく、俺自身だ。「G」が再びこの世界を左右する存在となる日が近いとわかった我々は、地球に残していた種子を開花させる為に俺が1980年に遣わされた。その時、麻美帝史と会い、後に役立つと判断し、天羽衣を渡した。そして、成長し、開花直前の種子に彼を引き入れさせた」
『……その種子が組織か?』
「あぁ。君も、そこに転がっている機械にいる彼も、俺が用意した駒に踊らされた人形さ」
『……母さんを、後藤真理を引き入れさせたのも?』
「直接は指示していないさ。俺はね。ただし、かつて君に縁のあった土地の人間を教えていた。だから、選ばれたのだろうな」
『クローン技術を与えたのもお前か?』
「あれは俺の主だ。今もこの地球で身を潜めているが、君達が見つけるには恐らく不可能だろうね」
『それはやってみないとわからないだろう?』
「確かに。だけど、君には不可能だよ。なぜなら、君は今ここで俺の餌になるからだ!」
『!』
和夜は突然、宇宙戦神に向けて手から火球を放った。
宇宙戦神は剣で火球を防ぐ。
「そして、俺が新たな真理の爾落人となる!」
『んな事を、させるかぁああああああ! 魔砕天照光ぉおおおおおっ!』
「無駄だ。時裂空斬波」
宇宙戦神の額から放たれた光線は、和夜の周囲に発生したバリアに打ち消される。
「言っただろ、イリスを吸収していると。どうやら、完全に真理を吸収することはできなかったらしいが、その宇宙戦神の攻撃技なら使用できる」
『だけど、それはあの時の俺だろ? 今の俺は違う! 覇帝ぇ紅、雷、撃!』
宇宙戦神が剣に雷を纏い、和夜を切り裂こうとする。しかし、和夜はそれを巧みに回避し、その頭部に両手を翳す。
「烈怒爆閃咆!」
『何! ……ぐはっ!』
頭部に先ほど宇宙戦神自身が放った必殺技を受け、その巨体を地面に落とす。
「それが真理本来の力か? 弱いぞ、後藤銀河!」
『! ……心理か? 俺は強い! 負けはしない!』
宇宙戦神は再び立ち上がり、剣を構える。
『覇帝ぇ紅、焔、斬!』
紅蓮の炎に包まれた剣を振り翳し、宙を飛ぶ和夜に切りかかる。しかし、和夜のすばやさはその速度を上回り、ことごとく回避される。
『まだだ! まだ、俺は強くなる! 真理よ、宇宙戦神よ、俺に力をぉぉぉおおおおおおお!』
宇宙戦神の鎧が発光し、そのまま我武者羅に和夜に切りかかる。明らかにその速度は速まり、先ほどまで翻弄していた和夜が今度は回避するのに精一杯となる。
『銀河殿! 力が強すぎる! このままでは!』
『わかってる! だけど、まだまだ俺は力を出し切れてない! うぉぉおおおおおお! 光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
宇宙戦神は再び烈怒爆閃咆を放った。雲に穴が開き、空が裂ける。しかし、和夜は素早い身のこなしで回避し、攻撃が当たらない。
更に、和夜も両手を翳す。
「烈怒爆閃咆!」
『うぉぉぉぉおおおおおおおおお!』
上空でぶつかった烈怒爆閃咆は激しい閃光と爆発を起こし、衝撃でマンハッタンに辛うじて残っていた建物が砕け散る。
「うがっ!」
『凱吾!』
衝撃にプロトモゲラも吹き飛ぶ。
母さんが通信を入れる。しかし、俺はそれに答えることができなかった。
俺は完全に二つの「G」の戦いに見入っていた。
『銀河殿……もう……限界だっ!』
『ガラテア! ……お前は生きろ!』
『! 銀河殿、やめるんだ!』
灰の舞う空で宇宙戦神から声が聞こえる。師匠と銀河の声だ。
『ガラテア、お前に与えていた俺の力を全て返してもらう。……だが、お前は生きれる!』
『!』
『それが真理だ! ガラテア、お前は変化の爾落人! それは事実だ!』
『!』
『逃げろ!』
『!』
刹那、宇宙戦神が光に包まれた。
そして、師匠が地上に下ろされ、空中に後光の様な光を纏った銀河一人が残った。
「遂に本来の力を取り戻したな?」
「あぁ。この宇宙全ての理を司る力、真理。その力をな!」
銀河は眼帯を捨て、両目を開いた。金と紺の瞳が和夜をまっすぐにとらえていた。
マンハッタン島上空に対峙する二人の青年を見上げながら、俺はプロトモゲラからJ.G.R.C.の「G」のデータベースを呼び出し、後藤銀河の資料を引き出した。
「やっぱり、あんな状態の記載はない」
あるのは、アジア各地の内乱を収めたサンジューローと名乗っていた当時の事と、宇宙戦神についての記載だけだ。
「母さん、あれは一体?」
『あの姿こそ、銀河の本当の力を発揮した姿よ』
「知っていたのか?」
『それがどういう姿なのか、それは知らなかったわ。でも、最後の鍵であった能々管を手に入れた銀河が完全に力を取り戻すのは近かった。……多分、大西洋でクローバーと戦っていたときは力を取り戻す途中だった。だから、力を思うように発揮できなくてクローバーを逃してしまったのよ』
今の母さんの言葉で、ニューヨークに現れたクローバーの上陸を阻止するために海で戦っていたのが宇宙戦神であるとわかった。
「一体いつから戦っていたんだ?」
『難しい質問ね。今回のことは勿論、クローバー出現を察知したときからだけど、その察知できたのは私達が姿の見えない相手と戦い続けていたから。……それを含めていつからかと聞かれたら、2022年の5月からよ』
「それって……」
姉さんが生まれた時ということなのか。
しかし、俺はそれ以上の会話を母さんと続けることはできなかった。
銀河と和夜の戦いが始まったからだ。
「あははは! 君が全ての力を取り戻したとしても、俺には敵わない!」
「それはどうかな?」
「その余裕もこれまでだ!」
和夜は余裕の笑みを浮かべた銀河に指を突きつけ、その先から赤い稲妻を次々に放つ。
稲妻は一瞬で銀河に届く。
しかし、稲妻が貫いたのは銀河の残像だった。銀河はその残像を光の筋として残し、超高速で回避する。右、左、上、下、斜め、四方八方にジグザグに伸びる光の筋は和夜をかく乱する。
「どこだ!」
「ここだ」
銀河はいつのまにか和夜の目の前に現れた。
速過ぎて全くその動きが見えなかった。
「俺は空気の摩擦抵抗を受けない!」
「し、真理だと!」
「そういう事だっ! ……これは、お前に人生を狂わされた麻美帝史の分だっ!」
銀河は動揺する和夜に頭突きをした。
その衝撃で和夜は弾丸の如く速さで地上に落下し、周囲に煙が巻き上がる。
「まだだ!」
銀河は空中を駈ける様な動作をした。光の残像が一直線に和夜に伸びる。
煙幕の中から宙に飛び出した和夜。投げ飛ばされたらしい。続いて銀河の残像が飛び上がり、和夜に先回りした。
「これは、騙されて死んでいった母さんの分!」
「ぐはぁっ!」
銀河は両手を組み、それを和夜の背中に叩きつける。
衝撃で落下する和夜に再び先回りをした銀河。
「これが、イリスの分!」
「がはっ!」
今度はひざで和夜をサッカーボールの如く蹴り上げた。
再び宙に上がり、それを先回りする銀河。
「そして……これが、駒にされた蒲生姉弟の分だぁああああああっ!」
「ぐが……はっ!」
銀河の右ストレートパンチをくらった和夜は回転しながら落下した。落下地から衝撃波とドーム状の粉塵が舞った。
「強い………」
俺は思わず呟いた。そこに師匠が歩いてきた。
「師匠!」
「やはり凱吾殿だったか。……銀河殿をこのまま戦わせる訳にはいかない」
「どういうことだ? 優勢じゃないのか?」
「優劣の問題ではない。銀河殿の力は既に肉体を維持する次元を超えている。このままでは銀河殿は………」
「まさか」
「いや、事実だ」
強すぎる力、それを爾落人が封じる理由はそこにあるのか。肉体を保てず、世界そのものにも影響を与えてしまうからか。
「だけど、俺にはあいつを止める事なんてできない」
『いや、既に切り札は用意されている!』
「関口さん!」
『プロトモゲラの動力炉を開放しろ! そして、ステラさんはその場から離れてくれ!』
「凱吾殿は?」
『凱吾には、その場にいてもらう。……いや、いてもらわねば意味がない』
「何をする気ですか?」
『悪いな、凱吾。お前には人柱になってもらう。……命だけは俺が保障するが、その後の運命はお前の選択次第だ』
「……御託はいい。開放するだけか?」
『流石だ。……開放するのは、銀河が肉体を維持できなくなった瞬間だ。恐らく、彼の体は光に変換される。動力炉を開放し、その場にお前がいる。必要なのは、それだけだ』
「……わかった。師匠、離れていてくれ」
俺が言うと、師匠は少し躊躇したが、頷くと足早にその場を去った。
俺は空中の銀河を見上げた。
「さぁ、こっちの準備はいいぞ」
空中の銀河は、叫んだ。
「和夜ぁ、逃げるんじゃねぇええええええええ! 俺と決着をつけろぉぉぉぉおおおおお!」
「!」
地上から和夜が飛び上がった。
「……真理とは厄介なものだ」
「逃がしゃしねぇよ! お前は俺との決着がつくまで、逃げることはできない!」
「! ……面白い。まだ肝心な力を得ていないが、俺は負けない」
和夜は背中に光の翼を広げた。先ほどまでの羽とは違い、鳥の翼の様だ。
更に、右手を空に翳すとそこに剣が出現した。同時にその全身が黒い鎧に包まれる。
「これが今の限界だが、この鎧、力にお前は勝てない!」
「……そういうことか」
銀河も全身が光に包まれ、鎧に包まれる。それは宇宙戦神に似ている。右手にはやはり剣を持っている。
二人の姿は似ていた。
「俺に、その鎧の力は効かない!」
「予想通りに見抜いたか」
「これで、その鎧に戻された力の効力はない」
「所詮は牽制の手段さ」
二人は動いた。速い。
空中に二筋の光がぶつかり、離れ、交差する。そのたびに閃光と衝撃が起こる。
「覇帝ぇ紅、焔、斬!」
「その火よ消えろ!」
「酸素を消すか! だが、この火は消えない!」
「ならば、自滅せよ!」
「なっ……」
空中に不気味な色の爆発が起こった。操縦席で警告が鳴る。放射能数値が一瞬で致死量を超えた。
「ちっ! 核か」
「流石に死なぬか」
「当然だ! 俺は勝つ!」
「魔砕天照光ぉおおおおおっ!」
銀河の左手から光線が放たれた。
しかし、和夜も左手を翳し、目の前に次々に光の壁を展開する。光線は止められ、和夜に達さない。
「光も物質だと言う事を知らないか?」
「それなら、その常識すらも超える光をぉぉぉおおおお! ……烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「面白い! 光ならば、それを包む漆黒の闇に消えろ!」
銀河の剣から放たれた烈怒爆閃咆の眩い光と和夜の剣から放たれた漆黒の光線がぶつかった。
更に、二人はその距離を縮め、ぶつかった。
刹那、激しい閃光がマンハッタンを包み込んだ。
『今だ!』
関口さんの声が聞こえた。俺は動力炉を開放させた。
その瞬間、動力炉とプロトモゲラ、そして俺も光に包まれた。
「うわぁぁぁぁあああああ!」
光が止んだ後、銀河と和夜の姿は忽然と消えた。
二つの「G」は消滅し、俺と動力炉だけが残された。
そして、俺の運命は本当の意味で決まった。
「つまり、それが私の正体であり、時空の爾落人が狙われる理由のようです」
何はともあれ再会を果たした私達は、1号館という坂一つ上にある別の建物にある事務所で紅茶を飲みながらお互いの情報を交換していた。
紅茶はガラテアさんが腐敗を防いでいた21世紀のもので、お湯なども彼女の力で簡単に用意できた。彼女の変化という力は既に私達の間では伝説となっている存在だが、その一端をこうして目の当たりにするとその驚きはひとしおだった。
話を戻そう。まず私達はレイア様からこれまでの事情を概要のみだが話してもらった。既にデータベースに残された情報から予備知識を持っていた私でもその荒唐無稽とも言える話に驚きは隠せなかった。
それは主観的な知識しか持っていなかった凱吾達にとっては更に大きな驚きだったらしい。先ほどから凱吾と瀬上さんは唖然としている。
「私とコウ殿は2046年の戦いの際、前線で戦っていたからレイア殿には会っていなかったのだな」
「そういうことですね。でも、ガラテアはそこまで驚いていないですね?」
「私はずっと主殿と共に行動していたし、敵の動向も探っていた過去がある。それに、ジャンヌ殿と共に空間の爾落人とも戦い、エジプトではイリスと、そして南極やニューヨークでもその戦いで銀河殿と共に宇宙戦神で戦った。当然、前後事情も調べていたからある程度の知識もある」
「そうですね。月ノ民との関わりも大なり小なり私の両親と同じくらいありますね」
「あぁ。だから、ある程度の予想はできていた」
レイア様とガラテアさんが話を進めていくので、私は一度月ノ民についての情報を整理しようと思った。
「ちょっとよろしいですか? 月ノ民について整理しましょう」
「うん、そうね。そこの二人……あら三人ね。どうやら敵について飲み込めていないようだから」
レイア様は凱吾と瀬上、そしてイヴァンを見て頷いた。
「その全てという確証はありませんが、相手の立ち位置から考えても、月ノ民の持つ能力は基本的にモノの構築と破壊に関わるものです。複製や吸収、同化がそれです。全てこの宇宙に存在するモノを自らの糧、武器とする力です」
「もう一つが、クローバーですね?」
「はい。イリスという姿はあくまでも麻美睦月と天羽衣が融合したことで定まった姿だと考えて下さい」
「私もレイア殿と同意見だ」
「うん。結局は創造主の趣向が強いのでしょう。ガラテアが「神々の王」の威光を誇示する存在にあった力と姿を与えられたと同じですね」
「まぁ、銀河殿は気に入らなかったようだが」
「性格や趣向なんて環境次第で幾らでも変わりますから。……いずれにしても、この戦いは根源と表現してよいまだ概念のみであったこの世界からのしわ寄せの清算です」
「その事情はレイア様は?」
「詳しいことまでは知らないわ。私が知っているのはニューヨークでの戦いに至るまでの事情と、この戦い……いいえ、世界の終焉だから」
「つまり、姉さんだけは結末だけ知っていて、わざわざ面倒なことに100年間もここで「帝国」に身をおいていたのか?」
やっと口を開いた凱吾はレイア様を批難する口調だ。
「そうね。振り回されている凱吾にとっては不満以外にないかもしれないけれど、これはこの世界が支配する時空に定められた一種の運命よ。予定調和や因果応報ともいえるけれど、私はそれを司る者として、その流れを誘い、遥か未来の終焉にある戦いに帰結することを目的に動いているの」
「だからって、死ぬとわかっている奴らを見殺しにしたりしていたのかよ!」
「それが運命よ。生あるものはいつか死ぬ。形あるものはいつか壊れる。それが定め。そして、その運命そのものも私の守るべきものなのよ」
「父さんのことは?」
「あの時はまだ私自身、役割を自覚する前よ。でも、あの出来事を私は時空の力で変えるつもりはないわ」
凱吾とレイア様はしばらくにらみ合いをした後、凱吾がふてくされて椅子から立ち上がった事で収まった。
「ごめんなさい。家庭の事情を持ち出してしまって。……結局のところを言うと、私は真理と万物の対立を終えさせることが目的なのです。まぁ、万物の一方的な暴走とも言えますが」
「真理、万物、時空。それらが世界構築の根源として存在して、それを司る三人の爾落人。んで、万物が個人的に用意した駒っていうのが、月ノ民……あってるか?」
瀬上さんが頭を掻きながら聞いた。
「そうです。2042年のニューヨークで表面化し、2046年の沼津で一時終結。そして、今回凱吾とG動力炉が現れたことで再び敵が動き出した。この展開があなた方にとって最も関わりが強い部分です。そして、その行き着くところは真理と万物が戦い、決着をつけることです。万物の用意した駒で最古の者は、あなたも既にご存知だと思いますよ?」
「……あいつか」
「えぇ。あの時、後藤銀河は真理としての全ての力を取り戻してはいませんでした。故に、あの展開があった。そして、万物が用意した最古の者は対極する二つの存在。お互いがお互いを牽制する構図です。しかし、根源的な力を持つ者は当人の意思や他者の意思という違いはあれ、その力を制御する為に力を他の存在に分かつ。……この特徴は既にご存知ですね?」
「あぁ。もう今更といった感じだ。……だが、何故時間と空間は時空よりも先に存在するんだ?」
「さぁ? 私もわかりません。……これが答えです」
「……そういうことか」
瀬上さんは納得した様子で腰を落ち着かせた。
私は今までの話から浮かんだ考えを彼女に確かめたくなった。
「レイア様」
「なぁに?」
「もしかして、あなたは現在において最も強い力を有している爾落人ということではありませんか?」
「そうよ」
彼女はあっさりと認めた。
「でも、それはルール違反。そもそも、万物はもう直ぐ完全に力を取り戻すし、それ自体は自身の意思で行っていることだから、結局は彼もその本来の力を有していると言える。真理もまもなく覚醒する……それはもう予想できるでしょう?」
「えぇ」
「それなのに、私がしゃしゃり出ても運命を乱すだけ。私はあくまでも目的の為だけに力を使うまでだから。それ故に、今の私は時空の爾落人と名乗るのよ」
「………」
「あなた達と見てきたものが違うだけよ。……さて、敵の正体も目的も大体わかったでしょう? 凱吾、話して。私が不在だったニューヨークで月ノ民は、真理は何をしたの?」
レイア様はずっとそっぽを向いて立っていた凱吾に言った。
彼は視線をこちらに向けることなく、話し始めた。
「あれは、2042年12月、アメリカ合衆国ニューヨーク、マンハッタン島。結果的には写し身であった訳だが、姉さんの死からの3年、俺は当てもなく放浪の旅を続けていた………」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
俺は壊滅状態となったマンハッタンの上空に神々しく降臨した宇宙戦神をプロトモゲラの操縦席から見上げていた。
クローバーは完全に死亡している。
これが真理の、宇宙戦神の本来の力なのか。俺はその圧倒的な力に愕然とした。
しかし、その一方で姉への復讐心が沸々とこみ上げていた。
「後藤銀河ぁあああああああ!」
『!』
俺は既に操縦不能状態のプロトモゲラの操縦桿を引き上げ、喉がちぎれるほどに叫んだ。
動かないはずのプロトモゲラは動き出し、ブースターからの高圧噴出で空中にいる宇宙戦神に体当たりをする。
『銀河殿!』
『くっ!』
宇宙戦神は剣を振るった。一瞬でプロトモゲラは空中で崩壊し、俺とプロトモゲラは地面に落下した。辛うじて、まだ操縦席に守られて俺は無事だった。
「はぁ……はぁ……畜生っ!」
『凱吾! この馬鹿! なにやってるのよ!』
母さんが通信を入れるなり怒鳴った。
「うるせぇ! 俺はあいつと戦う!」
「なかなか良い意気込みだね?」
「!」
突然、プロトモゲラの前に少年が現れた。まるで瞬間移動をしたようだった。
少年は宇宙戦神を見上げたまま言う。後ろ姿で顔は見えない。
「突然現れてすまないね。透明の「G」を餌にした事があって、その力を持っているんだ」
「……吸収?」
「元々は違うな、似ているけど。所謂、下位能力だ。吸収とは違い、完全に取り込まないと対象の力を自らのものにはできない。……もっとも、一度自分のものにしてしまえば、その扱いは自由自在なのだけれど」
「……何者だ?」
「和夜。……君達にとっては、宇宙人さ」
「!」
振り向いたその顔は、後藤銀河そのものであった。
「なんで、……お前はその顔をしているんだ?」
「あぁ、この顔か。……古い友達との約束を果たしたんだ。でも、富士の樹海で朽ちようとしていた。もうかつての面影はなくて、魅力もなかった。だから、彼の友達と同じ運命を辿ってもらった」
「……喰ったのか?」
「あぁ。……それから、その傍らにいた「G」も。だから、今の俺は吸収の力を持っている」
和夜は不気味なほどに口を裂けて笑った。
『おい、お前……今の話は本当か?』
突然、上空の宇宙戦神から後藤銀河が声を上げた。
「おや、地獄耳だね? あまり良い趣味とは言えないな」
『喰ったのか? 麻美帝史を、イリスを!』
「あぁ。既に腐っていたから、あまり美味くなかったがね。あぁ、それと……」
和夜は背中から光を帯びた羽を広げ、宇宙戦神の前まで飛び上がった。
「よくも俺の仲間を殺してくれたね」
『お前は何者だ?』
「宇宙人さ。聞こえなかったかい?」
『そういうことを聞いているじゃねぇ!』
「なら、君と同じ存在といえばいいかい? 本質的には俺とは違うが、君もまた麻美帝史の写し身だ」
『やはり、お前が天羽衣をあの男に渡した「G」か?』
「そうだよ。同位体という意味ではなく、俺自身だ。「G」が再びこの世界を左右する存在となる日が近いとわかった我々は、地球に残していた種子を開花させる為に俺が1980年に遣わされた。その時、麻美帝史と会い、後に役立つと判断し、天羽衣を渡した。そして、成長し、開花直前の種子に彼を引き入れさせた」
『……その種子が組織か?』
「あぁ。君も、そこに転がっている機械にいる彼も、俺が用意した駒に踊らされた人形さ」
『……母さんを、後藤真理を引き入れさせたのも?』
「直接は指示していないさ。俺はね。ただし、かつて君に縁のあった土地の人間を教えていた。だから、選ばれたのだろうな」
『クローン技術を与えたのもお前か?』
「あれは俺の主だ。今もこの地球で身を潜めているが、君達が見つけるには恐らく不可能だろうね」
『それはやってみないとわからないだろう?』
「確かに。だけど、君には不可能だよ。なぜなら、君は今ここで俺の餌になるからだ!」
『!』
和夜は突然、宇宙戦神に向けて手から火球を放った。
宇宙戦神は剣で火球を防ぐ。
「そして、俺が新たな真理の爾落人となる!」
『んな事を、させるかぁああああああ! 魔砕天照光ぉおおおおおっ!』
「無駄だ。時裂空斬波」
宇宙戦神の額から放たれた光線は、和夜の周囲に発生したバリアに打ち消される。
「言っただろ、イリスを吸収していると。どうやら、完全に真理を吸収することはできなかったらしいが、その宇宙戦神の攻撃技なら使用できる」
『だけど、それはあの時の俺だろ? 今の俺は違う! 覇帝ぇ紅、雷、撃!』
宇宙戦神が剣に雷を纏い、和夜を切り裂こうとする。しかし、和夜はそれを巧みに回避し、その頭部に両手を翳す。
「烈怒爆閃咆!」
『何! ……ぐはっ!』
頭部に先ほど宇宙戦神自身が放った必殺技を受け、その巨体を地面に落とす。
「それが真理本来の力か? 弱いぞ、後藤銀河!」
『! ……心理か? 俺は強い! 負けはしない!』
宇宙戦神は再び立ち上がり、剣を構える。
『覇帝ぇ紅、焔、斬!』
紅蓮の炎に包まれた剣を振り翳し、宙を飛ぶ和夜に切りかかる。しかし、和夜のすばやさはその速度を上回り、ことごとく回避される。
『まだだ! まだ、俺は強くなる! 真理よ、宇宙戦神よ、俺に力をぉぉぉおおおおおおお!』
宇宙戦神の鎧が発光し、そのまま我武者羅に和夜に切りかかる。明らかにその速度は速まり、先ほどまで翻弄していた和夜が今度は回避するのに精一杯となる。
『銀河殿! 力が強すぎる! このままでは!』
『わかってる! だけど、まだまだ俺は力を出し切れてない! うぉぉおおおおおお! 光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
宇宙戦神は再び烈怒爆閃咆を放った。雲に穴が開き、空が裂ける。しかし、和夜は素早い身のこなしで回避し、攻撃が当たらない。
更に、和夜も両手を翳す。
「烈怒爆閃咆!」
『うぉぉぉぉおおおおおおおおお!』
上空でぶつかった烈怒爆閃咆は激しい閃光と爆発を起こし、衝撃でマンハッタンに辛うじて残っていた建物が砕け散る。
「うがっ!」
『凱吾!』
衝撃にプロトモゲラも吹き飛ぶ。
母さんが通信を入れる。しかし、俺はそれに答えることができなかった。
俺は完全に二つの「G」の戦いに見入っていた。
『銀河殿……もう……限界だっ!』
『ガラテア! ……お前は生きろ!』
『! 銀河殿、やめるんだ!』
灰の舞う空で宇宙戦神から声が聞こえる。師匠と銀河の声だ。
『ガラテア、お前に与えていた俺の力を全て返してもらう。……だが、お前は生きれる!』
『!』
『それが真理だ! ガラテア、お前は変化の爾落人! それは事実だ!』
『!』
『逃げろ!』
『!』
刹那、宇宙戦神が光に包まれた。
そして、師匠が地上に下ろされ、空中に後光の様な光を纏った銀河一人が残った。
「遂に本来の力を取り戻したな?」
「あぁ。この宇宙全ての理を司る力、真理。その力をな!」
銀河は眼帯を捨て、両目を開いた。金と紺の瞳が和夜をまっすぐにとらえていた。
マンハッタン島上空に対峙する二人の青年を見上げながら、俺はプロトモゲラからJ.G.R.C.の「G」のデータベースを呼び出し、後藤銀河の資料を引き出した。
「やっぱり、あんな状態の記載はない」
あるのは、アジア各地の内乱を収めたサンジューローと名乗っていた当時の事と、宇宙戦神についての記載だけだ。
「母さん、あれは一体?」
『あの姿こそ、銀河の本当の力を発揮した姿よ』
「知っていたのか?」
『それがどういう姿なのか、それは知らなかったわ。でも、最後の鍵であった能々管を手に入れた銀河が完全に力を取り戻すのは近かった。……多分、大西洋でクローバーと戦っていたときは力を取り戻す途中だった。だから、力を思うように発揮できなくてクローバーを逃してしまったのよ』
今の母さんの言葉で、ニューヨークに現れたクローバーの上陸を阻止するために海で戦っていたのが宇宙戦神であるとわかった。
「一体いつから戦っていたんだ?」
『難しい質問ね。今回のことは勿論、クローバー出現を察知したときからだけど、その察知できたのは私達が姿の見えない相手と戦い続けていたから。……それを含めていつからかと聞かれたら、2022年の5月からよ』
「それって……」
姉さんが生まれた時ということなのか。
しかし、俺はそれ以上の会話を母さんと続けることはできなかった。
銀河と和夜の戦いが始まったからだ。
「あははは! 君が全ての力を取り戻したとしても、俺には敵わない!」
「それはどうかな?」
「その余裕もこれまでだ!」
和夜は余裕の笑みを浮かべた銀河に指を突きつけ、その先から赤い稲妻を次々に放つ。
稲妻は一瞬で銀河に届く。
しかし、稲妻が貫いたのは銀河の残像だった。銀河はその残像を光の筋として残し、超高速で回避する。右、左、上、下、斜め、四方八方にジグザグに伸びる光の筋は和夜をかく乱する。
「どこだ!」
「ここだ」
銀河はいつのまにか和夜の目の前に現れた。
速過ぎて全くその動きが見えなかった。
「俺は空気の摩擦抵抗を受けない!」
「し、真理だと!」
「そういう事だっ! ……これは、お前に人生を狂わされた麻美帝史の分だっ!」
銀河は動揺する和夜に頭突きをした。
その衝撃で和夜は弾丸の如く速さで地上に落下し、周囲に煙が巻き上がる。
「まだだ!」
銀河は空中を駈ける様な動作をした。光の残像が一直線に和夜に伸びる。
煙幕の中から宙に飛び出した和夜。投げ飛ばされたらしい。続いて銀河の残像が飛び上がり、和夜に先回りした。
「これは、騙されて死んでいった母さんの分!」
「ぐはぁっ!」
銀河は両手を組み、それを和夜の背中に叩きつける。
衝撃で落下する和夜に再び先回りをした銀河。
「これが、イリスの分!」
「がはっ!」
今度はひざで和夜をサッカーボールの如く蹴り上げた。
再び宙に上がり、それを先回りする銀河。
「そして……これが、駒にされた蒲生姉弟の分だぁああああああっ!」
「ぐが……はっ!」
銀河の右ストレートパンチをくらった和夜は回転しながら落下した。落下地から衝撃波とドーム状の粉塵が舞った。
「強い………」
俺は思わず呟いた。そこに師匠が歩いてきた。
「師匠!」
「やはり凱吾殿だったか。……銀河殿をこのまま戦わせる訳にはいかない」
「どういうことだ? 優勢じゃないのか?」
「優劣の問題ではない。銀河殿の力は既に肉体を維持する次元を超えている。このままでは銀河殿は………」
「まさか」
「いや、事実だ」
強すぎる力、それを爾落人が封じる理由はそこにあるのか。肉体を保てず、世界そのものにも影響を与えてしまうからか。
「だけど、俺にはあいつを止める事なんてできない」
『いや、既に切り札は用意されている!』
「関口さん!」
『プロトモゲラの動力炉を開放しろ! そして、ステラさんはその場から離れてくれ!』
「凱吾殿は?」
『凱吾には、その場にいてもらう。……いや、いてもらわねば意味がない』
「何をする気ですか?」
『悪いな、凱吾。お前には人柱になってもらう。……命だけは俺が保障するが、その後の運命はお前の選択次第だ』
「……御託はいい。開放するだけか?」
『流石だ。……開放するのは、銀河が肉体を維持できなくなった瞬間だ。恐らく、彼の体は光に変換される。動力炉を開放し、その場にお前がいる。必要なのは、それだけだ』
「……わかった。師匠、離れていてくれ」
俺が言うと、師匠は少し躊躇したが、頷くと足早にその場を去った。
俺は空中の銀河を見上げた。
「さぁ、こっちの準備はいいぞ」
空中の銀河は、叫んだ。
「和夜ぁ、逃げるんじゃねぇええええええええ! 俺と決着をつけろぉぉぉぉおおおおお!」
「!」
地上から和夜が飛び上がった。
「……真理とは厄介なものだ」
「逃がしゃしねぇよ! お前は俺との決着がつくまで、逃げることはできない!」
「! ……面白い。まだ肝心な力を得ていないが、俺は負けない」
和夜は背中に光の翼を広げた。先ほどまでの羽とは違い、鳥の翼の様だ。
更に、右手を空に翳すとそこに剣が出現した。同時にその全身が黒い鎧に包まれる。
「これが今の限界だが、この鎧、力にお前は勝てない!」
「……そういうことか」
銀河も全身が光に包まれ、鎧に包まれる。それは宇宙戦神に似ている。右手にはやはり剣を持っている。
二人の姿は似ていた。
「俺に、その鎧の力は効かない!」
「予想通りに見抜いたか」
「これで、その鎧に戻された力の効力はない」
「所詮は牽制の手段さ」
二人は動いた。速い。
空中に二筋の光がぶつかり、離れ、交差する。そのたびに閃光と衝撃が起こる。
「覇帝ぇ紅、焔、斬!」
「その火よ消えろ!」
「酸素を消すか! だが、この火は消えない!」
「ならば、自滅せよ!」
「なっ……」
空中に不気味な色の爆発が起こった。操縦席で警告が鳴る。放射能数値が一瞬で致死量を超えた。
「ちっ! 核か」
「流石に死なぬか」
「当然だ! 俺は勝つ!」
「魔砕天照光ぉおおおおおっ!」
銀河の左手から光線が放たれた。
しかし、和夜も左手を翳し、目の前に次々に光の壁を展開する。光線は止められ、和夜に達さない。
「光も物質だと言う事を知らないか?」
「それなら、その常識すらも超える光をぉぉぉおおおお! ……烈怒爆閃咆ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「面白い! 光ならば、それを包む漆黒の闇に消えろ!」
銀河の剣から放たれた烈怒爆閃咆の眩い光と和夜の剣から放たれた漆黒の光線がぶつかった。
更に、二人はその距離を縮め、ぶつかった。
刹那、激しい閃光がマンハッタンを包み込んだ。
『今だ!』
関口さんの声が聞こえた。俺は動力炉を開放させた。
その瞬間、動力炉とプロトモゲラ、そして俺も光に包まれた。
「うわぁぁぁぁあああああ!」
光が止んだ後、銀河と和夜の姿は忽然と消えた。
二つの「G」は消滅し、俺と動力炉だけが残された。
そして、俺の運命は本当の意味で決まった。