本編

13


「もう見えるぞ。アレだ」

 夜が明け、朝日に俺が眠りから覚めた時、瀬上は俺に言った。

「あ……あぁ?」
「その格好で良く眠れるな? てか、その化け物みたいな姿でその間抜け声はやめろ。キモい」

 瀬上が呆れ気味に言った。
 しかし、俺は文句を言うのも忘れていた。
 眼下に見えるのは、多少形状は変わっているものの、伊豆半島に富士山、その前に広がる駿河湾。
 その海岸線にある沼津の愛鷹山の中腹にある建物。かつて某大学の沼津校舎として建てられ、その後J.G.R.C.の沼津支社となった施設。俺と関口さんが出会った場所。

「近くに「G」はいなそうだな? ……よし、降りるぞ」

 瀬上はマザーを沼津支社に向けて下ろした。次第に開発部の建物が見えてきた。
 驚くことに2000年前とその様相は殆どかわっていない。

「……いや、そんなはずはないだろう?」
「どうした?」
「なんで、2000年も経っていてあの施設はそのままなんだ?」
「あぁ、それは……うわっ!」

 瀬上が答えようとした時、突然沼津支社の方角から巨大な火球が放たれた。
 咄嗟にマザーは回避するが、後に続いていた群れが攻撃を受けた。
 攻撃は次々に襲ってくる。火球だけではない。雷、氷、砂塵までも襲い掛かる。

「ちっ! 見境なさすぎだろ!」

 瀬上は喚きながら、マザーを沼津支社上空で旋回させようとした。
 しかし、その勢いで俺はマザーから振り落とされた。

「うわぁぁあああああ!」
「しまった! 凱吾! ってうわっ!」

 瀬上は俺を追おうとしたが、攻撃に阻まれて、一端距離を取るために上昇した。
 一方、落下した俺は幸い真スーツに守られ、開発部前のグラウンドに着地できた。
 見渡すと、ますます懐かしい景色だ。21世紀と全く変わっていない。

「あぁ、あの実験棟の壁、何回ぶっ壊れたかな」

 俺は旧体育館の実験棟を見上げながら、グラウンドを歩き始めた。
 しかし、プレハブの詰所に近づいたところで、突如森の中から火球が放たれた。

「うわっ!」

 俺は驚きつつも、爪で火球を打ち消す。
 攻撃はまだ続いた。氷の柱が襲ってきたと思えば、次は電撃、爆発。
 俺は攻撃を回避しながら、妙な安心感を覚えた。

「氷の後は……それを蒸発させた煙幕!」

 俺が言った直後、俺の周囲に伸びた氷が次々に蒸発し、俺の視界を悪くさせる。
 蒸気の中で、足音が聞こえる。

「そして、白兵戦!」

 俺はすばやく身を翻し、爪で前を裂いた。
 硬い物同士がぶつかった音と確かな手ごたえ。
 間合いをとって牽制するよりも、距離を詰めての徹底攻撃をして相手の出方を伺う。

「!」
「!」

 全く同じタイミングでぶつかり合う俺の爪と相手の攻撃。
 数度に渡って繰り返された鍔迫り合いのような攻撃の後、俺は後ろに下がった。
 相手の力量を見定めたら、距離を取り、牽制しつつ攻撃で再び翻弄して隙を探す。

「うぉおおおお!」
「!」

 しかし、俺には飛び道具を持っていない。ならば、気迫以外に武器はない。
 相手が放ってきた炎と氷が蒸気の中から襲うが、俺には既にこの感覚がしっかりと刻み込まれていた。目をつぶっていても、動きが分かる。
 俺は思いっきり地面を蹴り上げた。
 ZOスーツとは比にならない跳躍をして、俺は蒸気の煙幕から脱した。
 そして、開発部前の道路に着地した。車も走れる広さがある。
 煙幕の中から、次々に氷やガラスの結晶などが襲いかかる。
 俺は回避せずに、両手の爪を駆使して次々にそれらを切り裂いた。

「止んだ……」

 攻撃が止み、沈黙が訪れた。

「いや、違う」

 煙幕は次第に渦を巻き、周囲の砂を巻き込み、竜巻が起こる。
 更に竜巻は中で雷や炎を纏い、まるで火山の噴火と竜巻が一度に起こったかの様だ。
 炎の竜巻は、上空に伸びず、一気に俺にめがけて襲い掛かってきた。

「来い!」

 俺は竜巻に飛び込んだ。
 竜巻の攻撃に混ざって相手の攻撃が俺に襲い掛かってきた。
 俺は右手で相手の攻撃を受けると、そのまま左手も攻撃を仕掛ける。しかし、それは止められる。
 両者は一歩も譲らないこの状態を変える手段は幾つか存在するが、俺はあえて最もリスクが大きい代わりに、確実に相手の隙を生む手段をとった。
 右手を思いっきり引き、相手の攻撃の受けをなくす、相手はバランスを崩しつつ、俺の肩を攻撃する。
 しかし、肩は真スーツに守られている。軽い音と共に俺の目に割れた爪が見えた。
 俺は右手を相手の喉元に突き立てた。

「これで終わりだ!」

 俺が言うと、周囲の竜巻は消滅した。

「凱吾殿……なのか?」
「はい。二勝目ですね、師匠!」

 俺は真スーツを脱ぎ、素顔をさらした。
 俺の右手が突き立てた喉の上には、驚きの表情を浮かべる師匠の顔があった。

「ふぅー、やっと落ち着いたか? 全く、ガラテアは真面目だけど、真面目過ぎるぞ。そして、見境なさすぎだ。俺がレギオンを使役している事くらい覚えていてもいいだろう?」

 俺たちの前に着地するなり文句をタラタラと言いながら瀬上が歩いてくる。

「コウ殿!」
「おう。へへっ、懐かしいな。その呼び名」
「元気そうだな。ナナミ殿は元気か?」
「だから、何で俺とあいつを二人一組に考えるんだよっ!」

 瀬上は喚く。しかし、それを師匠は温かい目で見ている。
 爾落人達の間での瀬上の立ち位置が何となく見えた。

「……それより、ガラテア。連れてきたぜ」

 瀬上は俺の肩を叩き、その後上空を指差した。
 マザーレギオンがG動力炉を下ろした。
 師匠は瀬上に頷いた。

「うん。……コウ殿、凱吾殿、まずそれを中に運び込もう」





 

「ローシェ様、起きてください」

 名前を呼ばれて私はゆっくりと目を開いた。
 あの後、時空の爾落人について調べ、そのまま机に突っ伏して眠ってしまったのだ。

「イヴァン……それにレイア様!」

 私のいた部屋にはイヴァンとレイア様がいた。
 時空の爾落人であり、全ての元凶である人物を前に私は当惑した。

「……ちゃんとお母さんのメッセージを受け取ってくれたのね」

 レイア様は私の開きっぱなしになっていた画面を見て言った。とても穏やかな口調だ。

「はい。……あなたが何者で、何故狙われる存在であるのか、この戦いに関わる事になって、極北領姫となってあの地にいたのかも」
「なら、その話をする必要はなさそうね」

 レイア様はイヴァンに目配せした。彼は頷いた。

「自分も先ほど、レイア様から話を伺いました。ローシェ様、この島の現在位置を見てください」

 イヴァンは私に「旅団」の現在位置を指し示す地図を表示させた。
 異界。具体的には、かつて日本と呼ばれる国家が存在した場所の富士山麓の樹海だった。

「既に島は着陸しています。……それと、もう一つお伝えする必要があります」
「なに?」
「この島に乗っていた「帝国」と「連合」の難民は全てマタンゴとなっています」
「マタンゴ?」
「早い話が、「G」の成れの果て、成り損ない。ミステイカーと言われる存在になったキノコ怪人よ」

 レイア様が私に説明した。

「何故?」
「タマミって団員の能力だと思うわ。彼女の能力は幻惑。その力の副産物が、他者も彼女の幻惑の虜となって、人を捨てたマタンゴとなる。どうやらちょっとしたゾンビ量産能力を持つみたいなのよ」
「そして、無事なのは我々と「旅団」の団長の蛾雷夜のみです」

 イヴァンが言った。

「状況はわかったわ。でも、ここは大丈夫なの?」
「問題ないわ。すでにこの部屋は時空から切り離しているから。凱吾の手術を行った時と同じ方法よ」

 納得できた。彼女の力なら、部屋を一つ外と切り離すことなど造作もないだろう。

「流石は時空の爾落人ってことね」
「あら。私が転移って嘘をついたの根に持ってる? それとも、凱吾の初恋が私だったことかしら?」
「根に持ってもいませんし、凱吾は関係ありません!」
「あらあら」

 レイア様はおどけた様な笑みを浮かべるも、表情を戻す。

「ローシェ様、もう敵が誰だかわかりましたね?」
「これでわからない訳がないでしょう? でも、何故あなたは極北領姫に?」
「細かく事情を説明するととても長くなるけど、一言で言うなら、既に結末を見ているからよ。お母さんもあなたも勿論、凱吾もまだ知らないこの戦いの結末を私は知っている。だから、私は今極北領姫のレイアでいるのよ」

 レイア様はとても清々しい顔で言った。

「でも、これからどうするのですか? この島はタマミのマタンゴで埋め尽くされているのですよね?」
「それは簡単よ。私の力をもう忘れた?」

 そうなのだ。彼女の力の前に、危機的状況というものは存在しない。

「さ、ここまで進めば私が極北領姫レイアを演じる必要もないわ。……あの馬鹿、いやらしく鼻の下を伸ばして名前を呼ぶんだもの。一発殴って修正してやらなきゃね」

 レイア様はふふっと笑うと、部屋のドアを開いた。



 

 

「こ、これが……」
「相変わらずデカイな」

 俺が驚く隣で瀬上が言った。

「状態は2046年以降一切変化を止めている」

 師匠の言葉を聞きつつも、俺は何も反応できなかった。
 俺達は今、実験棟に置かれたMOGERAの前に立っている。実験棟はその床をまるで地下炭鉱やトンネルの通風孔の如く掘り下げ、MOGERAの収容を可能にさせていた。
 俺が今見上げるMOGERAはプロトモゲラとは比べ物にならない。全高数百メートル。超弩級どころではない、超ラ級ロボットだ。

「関口さん……悪ノリしすぎだよ」

 俺は笑いながら思わず呟いた。

「関口殿も同じ言葉を言っていた」
「え?」
「わりぃ、悪ノリしすぎちゃった。だと言っていた」

 師匠が関口さんの口調を真似て言った。俺は思わず噴き出した。

「ごめん、師匠。それは師匠に似合わない」
「それは私も分かっている。凱吾殿、笑いすぎだ!」

 目くじらを立てる師匠に平謝りをしつつ、俺は瀬上に言った。

「G動力炉、乗せてくれるか?」
「言われなくても」

 瀬上はG動力炉をリニアモーターカーの要領で浮上させ、そのままMOGERAの腹部に内蔵させた。その後、腹部の装甲を閉じ、瀬上は降りてきた。

「電磁を使ってるとはいえ、ちょっとしたマラソンだな」
「ありがとう」

 そして、俺達はMOGERAを見上げた。

「………」
「………」
「………」
「……なぁ、何も起こらないぞ?」

 俺が言うと、二人はハッとした様子で顔を見あわせた。

「ガラテア、どうやるのか知らないのか?」
「いや、私はここを守る様に頼まれただけで詳しくは知らない。てっきり凱吾殿が知っていると思っていて。瀬上殿は?」
「俺もだ。こいつを連れてくるのが役割で、後はここにいるガラテアや凱吾がわかっていると思っていた」
「待てよ! 俺は関口さんにMOGERAに搭載させれば万事大丈夫だから安心しろって言われたんだぞ?」
「「「………」」」

 俺は確実に2000年近く前に死んでいるはずの関口さんを殺したいと思った。
 いくらなんでもいい加減過ぎるだろう。

「と、とりあえず、MOGERAを起動させればどうにか成るのかも知れないぜ?」
「あぁ。そうだな。コウ殿の言うとおりだ」
「よし、じゃあメインであるランドモゲラーの操縦席に行ってくる。瀬上、電磁で上げてくれ」

 俺は近くにあった金属板の上に立つと言った。瀬上は頷くと、俺を上昇させた。
 ちなみに、ランドモゲラーはMOGERAの上半身部の機体名だ。
 ランドモゲラーの操縦席へ入る扉の前に降り立つと、扉に手をかけようとした。

「……あっ」
「あら?」

 何故か操縦席の扉が開き、中からレイアが現れた。
 更に後ろからローシェとイヴァンまで顔を出した。

「……なんでお前らが?」
「あら、凱吾。いつからあなたは姉さんをお前呼ばわりするほど偉くなったのかしら、ねっ!」
「えっ? ぐふぉぁあああああ!」

 突然、表情を俺が良く知る姉のものに変えたレイアは俺の頬に右ストレートパンチをかました。
 俺はそのまま吹っ飛び、つまりは数百メートルの高さがあるMOGERAの肩から落下した。

「きゃぁあああ! 凱吾ぁああああ!」
「あら、出口間違えちゃったわ」

 落下する俺が耳にしたのはローシェの悲鳴と恐ろしく冷静なレイアの言葉であった。

「俺はこんな情けない死に方なんざぁ、ごめんだ!」
「……じゃあ、もう一回飛ぶ?」
「あれ?」

 落下していたはずの俺は、いつのまにか床に寝そべっていた。
 しかも、そんな俺をサドな目で面白そうに見下ろすのは、MOGERAの肩にいたはずのレイアだった。
 更に、周囲には師匠と瀬上に並んでローシェとイヴァンもいる。

「どういうことだ?」
「何をとぼけちゃっているのよ。転移の力は元々話してたでしょう? どうしてそこで驚くかしら、凱吾は」

 今のレイアの口調を聞いて俺は目を見張った。その諭すような上から目線の口調、俺に期待しているのか呆れているのか掴みにくいが、それでも優しさを感じさせる口調。

「姉さん?」
「なぁに?」
「………」

 俺は確実に混乱していた。

「足、生えてるよな?」
「幽霊なんかじゃないわよ」
「……レイアは?」
「偽名? ……まぁ考えようによっては、五月って方が偽名とも言えるかしらね」
「何でここにいるんだ?」
「時空を越えて」
「どうやって?」
「能力だからオチャノコサイサイ」
「でも死んだはずだろ?」
「それは私の写し身」
「じゃあ、俺と……その……」
「皆まで言わなくていいわ! それも写し身よ。凱吾、あなたにMM88のキャリアにさせる為の敵側の罠」
「いつからだ?」
「多分、私が飛んで以降だから、2039年のあの日からよ」
「……じゃあ、俺と話をしていたあの姉さんは全部偽者?」
「何を話していたのか知らないし、知りたくもないけれど、それは写し身よ」
「そんなぁ……」
「何がそんなぁですか! 凱吾、お母さんから聞いたわよ。こっちに来る前、家出してアメリカをほっつき歩いていたそうね、親不孝者」
「それは姉さんが死んで……」
「死んだのは写し身でしょう? それに、何で気づかないかしらね? 周りの人たちも散々止めたって聞いたわよ」
「あの時は、姉さんしか信じられない状況だったから」
「写し身の言葉に惑わされた訳? それでまんまと体を許して、敵の罠に嵌ったのね?」
「だっ! 姉さんの姿で誘惑されたんだぞ! 仕方ないだろ?」
「大体、どういう誘惑をされたのかは予想つくけど、私は弟どころか年下に興味がないの、忘れたの?」
「それは病で気が小さくなったのだと……。それに初めて同士って……」
「呆れるわね。そこまで来ると。大体、途中で気づかないかしら?」
「何が?」
「私、あの少し前に別れてたけれど、彼氏がいたのよ?」
「は?」
「高校時代の先輩で、卒業後も付き合ってたわ」
「え? ちょっ……はい?」
「凱吾が私の風呂を覗くかどうするかで悩んでいるいる時、私は彼氏との甘い時間を思い出して鼻歌を歌ってしまう女だったのよ」
「なぁあああああ! あれは……そのっ! いや、えぇ?」
「それから……」
「もうやめて! 凱吾のライフはもうゼロよ!」

 慌てて止めたローシェに感謝したいが、俺は支えであった姉との時間を完全に否定され、既に白い灰となっていた。

「まぁ女も色々あるさ、少年」

 瀬上が肩を叩くと耳元で囁いた。悔しいが、俺は瀬上を羨ましく思った。
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