本編

12


「今戻った」

 「連合」極東コロニーが消滅してから1時間後、蛾雷夜様が「旅団」の島の管制室に戻ってきた。
 既に島は戦闘態勢を解除し、元の浮島にその様相を戻している。

「タマミ、カブトを守れなくてすまなかった」

 彼は真っ先にタマミに向かい、詫びた。

「いいえ。もう大丈夫です。それに、クローバーは爆発で死亡したことが確認できました。彼の死は無駄になりませんでした」
「うん。落ち着き次第、彼の追悼を行おう」
「はい。ありがとうございます」

 タマミが礼をすると、彼は頷いた。
 そして、表情を変えて、私達に向いた。

「迦具夜の事は申し訳なかった。我々も彼女の素性は知らなかった。ただ、それも「旅団」という組織の特徴だと理解してほしい。彼女の正体、それから月ノ民という存在については我々も全力で調査に協力しよう」
「よろしくお願いします」

 私は礼をした。

「うむ。……それから今後の行動だが、現在この島には収容人数以上の人間がいる状態にある。そして、その内訳は約7割が「帝国」極北領民、2割以上が「連合」極東コロニー民、残りが元々の「旅団」の団員だ」
「はい」
「妥当な選択としては、現在「旅団」はオホーツク海上空にいる。ここから最も近いコロニーは「連合」の東亜コロニーになる。そこで難民をおろし、今後の行動を決めるというので如何だろう?」

 東亜コロニーは、かつて多くの王朝や国家が栄えたと伝えられる場所で、現在も東亜コロニーを中心に小規模コロニーが群集している。この地域は様々な呼称があるが、一般的なものでは中華コロニー郡がある。

「はい。一度サーシャ様と連絡を取ってからですが、恐らくその方向で話が決まります」
「「帝国」としてもそれを希望します。少し南下した太平洋上の島には「帝国」と結びつきが強いコロニー組織が点在しているので対応がしやすいでしょう」

 レイア様も同意した。
 これで、一応の方針はまとまった。
 私は地図を見つめた。異界を示す色で塗りつぶされた列島から、その視線を外すことがなかなかできなかった。




 
 

 夜、私は中央コロニーのサーシャ様に報告をした。

『うん。事情は理解できた。何より被害が最小限に留められたのはよかった。……東亜コロニーの難民受け入れも了承した。それから、「帝国」のホーリーナイト氏とも連絡を取り、既に難民の引き受け及び、他の「帝国」コロニーへの移民協力も約束した。我々も東亜コロニーが妥当だと考えていたし、極東コロニーの避難民の大部分も現在東亜コロニーを目指している』
「わかりました」
『難民についてはこれでいいだろう。……問題は、今回の原因となった「G」だな』
「はい」
『月ノ民と言ったな? 先刻の簡易連絡を受けて調査をさせているが、現在のところ該当する「旅団」や「G」関連組織は見つかっていない』
「そうですか」

 私は予想していた事とは言え、すこし落胆した。

『しかし、僅かながら手がかりは見つけられたと報告を受けた』
「それは?」
『約2000年前の古い記録に月ノ舟というUFOと宇宙人に関する記載があった』
「2000年前?」
『そうだ。……君が受け入れていた蒲生凱吾という青年がいた時代に近いものなので、関連性は高い。記録といっても、J.G.R.C.という会社のデータベースに記録されていた資料の一つとして保存された日記の一部と考えられる』
「J.G.R.C.ですか?」
『知っているのか?』
「はい」

 この数日間、何度も見聞きしてきた名前だ。やはり凱吾と何らかの関係があるのかもしれない。

『ふむ。……一応、極秘資料扱いではあるが、君にも閲覧権限を与えよう。気になるようなら、読んでみるといい』
「ありがとうございます」
『それから、クローバーに関する情報だが、破壊者と別称される以外にまともなデータはない。ただし、古いデータベースを調べた結果、組織者という別の「G」に関するデータが見つかった』
「組織者?」
『あぁ。欠損部分が多く。また、現在のデータベースで調べてた所、他のデータベースにはその「G」の情報は確認できなかった。その為、組織者という別称、そしてオルガという呼称が同一の「G」を示している事と出現場所以外は、その姿、大きさ、能力一切が不明という状況だ』
「しかし、その別称はクローバーと並び称されたことが伺えますね。それもJ.G.R.C.由来の情報ですか?」
『まだ断定はできないが、恐らくそうであろう。まだ全てに目を通していないが、この「G」はヌマヅという地区に出現したというのは確認した』
「沼津……」

 偶然ではないと悟った。凱吾はこの一連の出来事の渦中にいる。恐らく、組織者が出現した理由と凱吾の目的は同じなのだろう。
 2000年の歳月を超えて、一体何が起きているのだろうか。

『ローシェ?』
「あ、申し訳ありません。少し気になることがありまして」
『蒲生凱吾君だね。彼が現れたのは偶然ではない』
「はい」
『僕も同意見だ。どうやら彼はこの事態において、何か重要な位置にいる存在らしい。それも、この星の命運を左右するほどの』
「何をご存知なのですか?」

 今のサーシャ様の発言は明らかに、何かを知っている。

『別に隠すつもりはない。しかし、状況が落ち着いてから次の方針として告げるつもりだった』
「というと?」
『トーウンが新しい予見をした』
「え!」
『今回は非常に漠然としていて、まだ当人も具体像をとらえられていないようだ。……この後、数日以内に何か大きな災いがこの世界に起こる。しかし、それが多くの命を奪うものか、そうでないのか、トーウンには全く見えないという』
「そんなことがあるのですか?」
『今までにないことだ。過去の記録にもここまで漠然としたものはない。……これは僕の憶測だが、今回の一件には時間が大きく関わっている。時間に関する「G」が大きな影響を与えて、未来が混沌としている状況なのかもしれない。……しかし、彼がはっきりと見えたというものがある』
「それは?」
『何もない荒野で対峙する鎧を纏った武者と巨大な影、そしてその肩に乗る人影の光景らしい。……それから、その場所は月面のかもしれないと』
「月面? ……月ですか?」

 私は連想ゲームのように、月ノ民という単語が浮かんだ。

『これから、この世界で何が起ころうとしているのか、それはわからない。しかし、そこに蒲生凱吾君と月ノ民という存在が深く関わっているのは間違いない』
「わかりました」

 私はその後事務的な報告事項を二三行い、サーシャ様との通信を終えた。
 そして、そのまま私は月ノ舟に関する日記というものを見た。
 前後の情報から、それを書いたのはJ.G.R.C.の社長であった麻美帝史という人物であり、彼の少年時代である1980年の出来事についてであるともわかった。
 私は、紅茶を飲みながら、「G」との遭遇という題名が付けられた日記を読み始めた。





 

「………」

 日記を読み終えた私はしばらく無言で腕を組んでいた。
 日記に書かれた和夜という宇宙人は、迦具夜やクローバーの行ったものに似ている。
 この日記を書いた麻美帝史の記録を調べてみた。しかし、見つかったのは簡単な年表だけであった。

「2021年にエジプトで失踪。……同時期に怪獣クラスの「G」による争いがギザ周辺で起こり、軍が出撃しているのね」

 断片的にしか得られない情報ではどうしようもない。
 結局、どんな「G」同士が戦ったのかもわからなかった。まるでゴッソリこの戦いに関する「G」の記録が抹消されたかのようだ。

「でも、なんでそんな真似をする必要が………あっ」

 同じようなことを私は知っていた。真理の爾落人も、同じように記録が根こそぎ抹消されていた。
 そんな事態がそうそういくつもあるはずがない。これは逆説論だ。

「つまり、この戦いをした「G」は真理の爾落人、後藤銀河」

 私は2042年のニューヨークでの戦いの記録を調べた。
 やはりクローバーによる戦闘でニューヨークが壊滅されたことと、今回同様にジラとグラボウズが出現したことくらいの情報しか見つからない。
 データベースの情報はあまりにも多すぎる。関連していそうな情報を普通の人間である私が逐一目を通して目的の情報を見つけるのは至難の業だ。

「もう少し、絞り込めれば……」

 そう呟きながら、私は徐に蒲生凱吾の名前に関連する情報を絞り込み検索した。

「データなし。……後藤銀河だけじゃない。凱吾のデータも消されているのね」

 しかし、全データベースを含めて検索をかけてみるとそうではなかった。
 勿論、爾落人でもない彼の情報はさして多くはない。しかし、様々な記録の中に彼の名前を確認できた。
 蒲生凱吾は2024年に蒲生吾郎と元紀の長男として誕生。義理の姉に蒲生五月がいる。

「血の繋がったお姉さんではなかったのね」

 私は姉と同じ顔であるというレイア様を見たときの彼の顔を思い出した。あれは明らかに姉を見る目ではなかった。
 凱吾の語らない過去に何があったのか、一瞬のうちに想像が私の頭に渦巻くが、頭を振って他の情報を見る。

「J.G.R.C.所属の訓練操縦士……僅か11歳で?」

 当然、表向きとは思えない記録の中に彼の名前はあった。対「G」ロボット兵器の操縦士としての彼の記録は膨大なものであった。
 直ぐにはその数値がどういう意味であるのかわからなかった私は、同様の他者の記録を探し、それと照らし合わせた。

「桁が違いすぎる……」

 既に彼の操縦技術を知っている私はその数値が彼の能力の高さを示しているものだとわかった。
 更に、途中から彼の身体能力も飛躍的に上昇している。

「2037年の6月と9月の間に何があったの?」

 他の年とは違い、7月と8月のデータはなかった。この間に彼は何かがあったと考えられた。
 それまでは年齢に見合った平均的な上昇を見せているが、それ以降の数値は「連合」の肉体強化を行った者と大差のない値を示していた。
 これならば、イヴァンに勝ったことも頷ける。
 しかし、それは凱吾がこの時に肉体強化を受けたということになる。

「でもどうやって? ……爾落人?」

 十分に考えられることだ。彼の口ぶりから何人かの爾落人との面識がある様子が伺える。その一人が肉体強化を彼に施したのだろう。
 更に、別の記録を調べた。
 そこに、遂に彼は「G」と直接の結びつきが現れた。

「2039年……」

 彼はJ.G.R.C.の記録に「G」として登場した。
 当時、寄生に近い形で「G」と融合、または体内に取り込み力を有した者をミステイカーと呼称していたらしい。このミステイカーという呼称は現在も一種の差別表現の一つとして残っている。
 凱吾はそのミステイカーとして、蒲生五月と共に名前が記載されていた。MM88という「G」と細胞レベルで融合したことがつらつらとそのデータには記載されていた。
 MM88という「G」に関しては既に医師から話を聞いていたので、大部分を流し読みでも意味が分かった。症状としては、体内の細胞小器官に寄生してその機能を操り、細胞単位、組織単位で影響を与えるガン細胞に近い特性を持っているらしい。
 この中に、凱吾と五月はアルツハイマー症候群という記憶障害に似た症状が発症していたことが示されていた。
 しかし、その後の記録はやはりうやむやになっている。

「所々の記述がごっそり抜けてる。……このときにも後藤銀河が関わったの?」

 考えられる可能性はそれだけだ。後藤銀河とう正体不明の爾落人が関わり、何かが起こったことは推測できる。
 結果、蒲生五月は死亡し、凱吾はMM88の力をなくし、先日医師から聞いたとおりの形で彼の体内に残ることになった事がわかった。
 当時の担当医は、名前がころころと変わっているらしい。最終的に、三島芙蓉という医師が担当し、彼を治したようだ。

「何者なのかしら?」

 この医師に関しての情報を調べたところ、見当違いな記録が真っ先に見つかった。

「2010年の南極調査隊……」

 29年前の記録なのだから、確かにおかしいところはない。年齢的には、60歳くらいだ。
 当時の就労年齢を考えれば、定年前ではあるが、別におかしい話ではない。
 しかし、次の資料で明らかにおかしい事実を見つけた。それは2025年にベネズエラの地方新聞で"辺境のナイチンゲール"と呼ばれて紹介された三島芙蓉の写真であった。

「私よりは年上に見えるけど、40歳以上の女性とはとても思えない。……「G」ということね」

 私はこの新聞記事で彼女が医師としての治療では少し考えにくい水準の生存率を出していることがわかった。治癒、またはそれに関連する「G」の力を持つ人物なのだろう。
 少しずつ、凱吾の周りを取り巻いていた物事が見えてきた。
 凱吾は多くの爾落人の力によって生かされ、育てられた人間だった。

「そして、2042年のニューヨークね」

 ここで凱吾は後藤銀河と大きく関わり、その後この時代に来た。
 ニューヨークでクローバーを筆頭とした多数の「G」が現れたことと、後藤銀河が関わり、その渦中に凱吾がいた構図は見えた。
 しかし、その先になぜ彼がこの時代に来て、沼津を目指しているのかという疑問に関する答えが見つからない。

「せめて他の手がかりがあれば……」

 私は天井を仰ぎながら呟きつつ、不意に浮かんだ単語を入力してみた。

「まさか、そんなストレートな答えはね」

 入力した単語は、和夜。流石に月ノ民に関することは既に中央コロニーで検索されたあとだろう。
 でも、これならばもしかしたらという期待も僅かにあった。

「え……」

 それはあまりにもあっさりと示された回答であった。
 クローバーによりニューヨーク壊滅後、和夜と名乗る爾落人が突如現れ、他の「G」と戦闘。その後、ニューヨークという都市は完全に消滅した。
 考えるまでもなく、この「G」は後藤銀河のことだ。
 そして、まるで私に次なるヒントを与えるかの様に、その記録の中にMOGERAというJ.G.R.C.製の対「G」巨大ロボット兵器の名前と沼津という単語が現れた。
 極めつけに、私の目に飛び込んできたのはその動力の名前だった。凱吾の持っていたものと同じ名前、G動力炉。
 記録によれば、G動力炉は沼津に向けて輸送されることになったとされ、その後の記載は白紙だった。

「つまり、G動力炉はニューヨークから沼津に運ばれる途中で、凱吾と共にこの時代に来た。……その理由は?」

 既にヒントは与えられている。MOGERAの単語を調べてみた。
 明らかにモグラを説明した記載が多数であったが、J.G.R.C.由来のデータで絞り込むと、やはり簡単に見つかった。

「これの試作機がニューヨークでクローバーと戦っていたのね」

 つまり、その操縦者は凱吾だ。
 MOGERAの姿は両腕と鼻にドリルを付け、直立する巨大ロボット兵器で、二つの有人兵器が合体する形式をとっている。
 そして、完成年は2046年となっている。

「これだけ? ……次のヒントは?」

 私は思わず画面に向かって聞いた。当然答えは返ってこない。
 しかし、何かあるのだ。これだけ大それたデータの抹消までして、後藤銀河を隠し、凱吾と月ノ民に関わった私のような人物に凱吾の目的とその先にある真実にたどり着けるように用意されたヒントが。

「MOGERA、沼津、2046年、蒲生凱吾、和夜、後藤銀河、G動力炉、……組織者?」

 組織者の出現場所は沼津。その出現時期が2046年であれば、更に先に進めるかもしれない。
 私は組織者、オルガについて調べた。





 

 期待はあっさり裏切られた。
 組織者、オルガについての事を、どのような方法で探してもやはり先ほどサーシャ様から伺った情報以外は得られなかった。
 私は、別の鍵があると思い、更に思考をめぐらせた。

「待って。……なんでオルガが沼津を襲ったの?」

 確かにMOGERAは存在したかもしれない。しかし、当時存在するのはMOGERAのボディだけだ。肝心の動力は凱吾と共にこの時代に運ばれ、存在しない。
 凱吾とG動力炉が現れた今、それを狙って極東コロニーを襲ったのは納得できる。
 しかし、2046年に沼津を襲った理由とそれが同じとは考えにくい。それに、今回のことも凱吾が現れた事が引き金になっているとしても、その襲撃はなぜか「帝国」の極北コロニーから。
 やはり、凱吾は引き金であっても、その理由そのものではないのかもしれない。

「でも、それなら……何が? 違う。何があったから襲われたの? 誰がいたから……二つのコロニーは、襲われたの?」

 呟いた瞬間、身の毛がぞわりとよだった。
 可能性は、十分にあった。むしろ、何故気がつかなかったのだろうか。今となってはそちらのほうが不思議だ。

「その答えは、レイア様!」

 私はレイア様のことを調べた。当然得られる情報は、ここ百年間の彼女の活躍ばかりだ。

「これじゃない。……鍵は恐らく、2046年の沼津!」

 私は2046年のJ.G.R.C.沼津支社で行われたことを徹底的に探した。大半はMOGERA。その他は、例年通りの「G」に関する技術開発と研究に関する資料。やはり一筋縄ではいかないが、ヒントは既に見つけている。
 私は再び先ほどと同じようにJ.G.R.C.由来のデータベースに絞り、レイア様についてのデータを検索した。

「なんで見つからないの?」

 スペルミスかもしれない。しかし、何度やっても結果は同じだった。
 レイア様はヒントではなかった。

「……いえ、違うわ」

 私は気がついた。既に、ヒントは示されていた。そして、その回答そのものも私は既に見ている。
 私は再び2046年の沼津にあった戦いについて調べた。

「やっぱり、J.G.R.C.がデータの大本で、その記載は欠損……いいえ抹消されている」

 これは後藤銀河の方法と同じだ。そしてこの時、後藤銀河は既にいないと凱吾は言っていた。
 つまり、この抹消された部分にいた人物こそ、レイア様。
 しかし、決戦の情報はそれと分かっていても抹消された部分が多すぎて要領が得られない。
 勿論、ここまで掴めていれば当人に直接聞くという方法もあるが、彼女が月ノ民側の人間という可能性もある以上、それは危険だ。

「なら……やっぱり、当時の研究内容ね」

 一覧でのデータでは見つけられない。私は更に掘り進めた。
 簡単な概略を説明する内部文書が多数出てきた。
 後は根競べだ。恐らくMOGERAはブラフ。本当の答えはそれ以外の研究にある。

「………レギオン草体とイリスの融合体」

 幾つかの資料を見終わった時、表題の一覧の中から気になるものを見つけた。イリスという「G」に聞き覚えはないが、レギオンは間違いなく凱吾と関わりがある。
 恐らく、これが次のヒントだ。
 内容としては、関口亮という人物が草体のサンプルとイリスという吸収の「G」を融合させる一種のバイオテクノロジーを「G」で応用する研究らしい。
 草体は、2015年に関口が某大学湘南校舎に現れたものを入手し、そのまま保存していたものを使用したらしい。
 一方、イリスという「G」は2029年に南極で現れたものの一部を使用しているらしいが、その由来となる情報の大半が抹消されていた。唯一残っていたのは、イリスが2021年にエジプトに出現した「G」と同一固体という情報のみ。

「見つけた!」

 私は思わず声を上げた。
 つまり、かつて後藤銀河と戦った「G」でその能力は吸収。更に、2029年に南極で何らかの能力を吸収した可能性が高いサンプルを使用している。
 それを裏付けるかの様に、2021年のエジプトで採取されたサンプルを対照実験に使用しているが、成長する前に廃棄されている。
 更に、抹消されているのは、イリスが吸収した能力に関してであることも推測できた。
 つまり、2029年に南極でこのイリスが吸収した能力が、次のヒントなのだ。

「能力って、転移?」

 レイア様は転移の爾落人だ。しかし、それを標的にするほどの力とはどうも考えにくい。
 考えられるのは、レイア様が自身の能力を隠しているという可能性だ。

「つまり、2029年の南極にいた「G」について調べなさいって事ね」

 私は2029年の戦いについて調べた。
 しかし、世界規模の大きな争いであったらしく、これは本当に欠損していたり、それぞれの主義主張が混ざった部分、それによる抹消が多く要領が得られない。殺ス者という存在と、多数の爾落人が関わった戦いであるとは分かったが、やはり爾落人の詳細は抹消されている。
 特に、多数の軍が出撃していた情報は残っているが、その後の争いの顛末についてが抹消されている。

「後藤銀河……」

 間違いはないだろう。この戦いにも後藤銀河はかかわり、彼が現れて以降の戦況に関する記載一切を抹消したのだろう。

「つまり、やっぱりJ.G.R.C.由来のデータベースを見なさいって事ね」

 私は再び検索をした。2029年に起こった一連の争いで、沼津の開発部が襲撃されている。しかし、やはりその後の情報がない。
 そう思っていると、対「G」兵器の試作品の盗難が報告されている。
 更に、何の脈絡もなく、イリスに関する記載が現れた。今度は抹消ではなく、文字化けだ。
 手が込んでいる。

「まだ、何かヒントがあるはずよ……」

 そうして探していると、沼津に現れた爾落人の名前が見つかった。ガラテア・ステラという人物らしい。

「後藤銀河じゃなかったのね」

 しかし、気になったので今度はガラテア・ステラについて調べた。
 思った以上に彼女のデータをJ.G.R.C.は保有していた。変化の爾落人で、記録上は2012年の朝鮮民主主義人民共和国、更に2021年のエジプトや日本でも現れて、実際にJ.G.R.C.と関わっていたらしい。

「え?」

 その2021年のデータを記入した人物の署名が書かれていた。その人物は、海外調査課課長の蒲生元紀となっていた。

「凱吾のお母さん?」

 つまり、ガラテアと凱吾の母は関わっている。更に彼女は自称、王の守護者と名乗っていたらしく、これ以降、別の爾落人と行動を共にしているらしい。
 その爾落人の名前は綺麗にそこだけ抹消されていた。

「後藤銀河ね」

 彼女は後藤銀河と共に行動していた可能性が高い。そして、彼女の自称する王の守護者という部分についての説明で遂に彼を捕まえることができた。
 ガラテアは、「神々の王」を主として仕えている。
 これが、ヒントだ。
 私は、「神々の王」の名前で記録を検索した。
 各地の伝説で神と伝わる存在として数千年を生きていたらしいが、その能力は抹消され、1990年前後を境にその気配は完全に消えている。かなり細かな調査を行ったのか、はたまた後藤銀河自身が説明したものを記録したのかはわからないが、異常なまでに詳しい。
 それは、抹消されている部分が目立つようにあえて行っていると感じた。

「能力や名前以外で、抹消されている出来事……これね」

 1429年フランスの争いである爾落人が戦いを終結に導いた。その後、歴史に残るのはその爾落人の名前のみだという。
 この年、この時期。私は学窓時代の記憶を辿った。

「ジャンヌ・ダルク」

 私は、その名を検索した。

「やっと見つけた……」

 そこには、膨大なジャンヌ・ダルクの歴史には記録されていない物語であった。





 

「時間と空間の爾落人。……それが2600年前の争いの根底にあったもの。そして、それが答えの一つなのね、元紀さん」

 私は読み終わったジャンヌ・ダルクの物語を見て呟いた。
 ここには全てのことが書かれていた。抹消されていたのは、「神々の王」の能力についてのみだが、真理であるとわかっていれば、全く問題とならなかった。
 この出来事に関わった爾落人は、ジャンヌ・ダルクを筆頭に、桧垣菜奈美、瀬上浩介、ガラテア・ステラ、ハイダ、オーネ、スピナ、レナード、クーガー、ベルドール、「神々の王」。
 更にこの情報以外にも、桧垣菜奈美、瀬上浩介、ガラテア・ステラの三人が会したものが見つかった。個人名で調べたら出てくるようにされていたらしい。
 2029年の南極で、この三人は戦いの場にいたのだ。恐らく、他の生存者達も。

「2600年前の戦いの面々が再会したということは、いたのね。この時の南極にも、空間の爾落人が」

 私の頭の中で次々にピースがはまっていき、抹消された空白部分が埋まっていく。
 2021年のイリスが吸収しておらず、2029年のイリスが吸収している可能性がある能力。

「それは、空間と時間。……時空の能力」

 二つの力は敵対するかのようにジャンヌ・ダルクの物語では語られていたが、それはその爾落人の人格の問題。
 もしも、仮にその二つの力が本来は一つ、あるいは一つになるべき力であったら、話は変わる。
 時空の爾落人。真理と同様に、私には理解し難い途方もない力を持つ存在であることが伺える。
 私は、答えを得るための最後のヒントを手に入れた。

「時空の爾落人。……来て!」

 そして、答えは示された。
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