本編

11


 地下格納庫へ降りると、そこは小型兵隊レギオンの巣窟となっていた。既に整備長以下の人々も避難を済ませたらしい。
 俺はG動力炉を目指して、真っ直ぐに格納庫の中を走った。
 直ぐにレギオンが気がつき、襲い掛かってきた。

「邪魔だ!」

 俺は左手の爪を振り、襲い掛かるレギオンを次々に切り裂いていく。しかし、数が多い。俺は左腕を構え、叫んだ。

「真スーツレベル3、装着!」

 刹那、左腕から全身を何かが駆け巡った。痛みとも違うが、逆立ちをした時の様な気持ちの悪い感覚が全身を走った。
 その感覚は、一瞬で去った。右腕を見ると、左腕と同じく爪と棘を持った虫の外骨格を彷彿させる硬い殻が被っていた。
 近くの金属板に俺の全身が見えた。頭部はZOスーツよりも小さく、眼も小さく、口もあり、触覚は長い。それはバッタやカミキリムシを連想させる。

「いよいよ化け物っぽい姿だな」

 俺は映った自分の姿に言った。
 そして、周りを取り囲むレギオンを見渡した。
 脳裏に師匠の姿が浮んだ。俺はその姿と自分を重ね、爪を構える。

「……来い!」

 レギオンは一斉に襲い掛かってきた。
 俺は体を素早く翻し、攻撃を回避しつつ、レギオンの体を切り裂いていく。体内から血の代わりに噴出する空気が、笛の様な音を次々に立てていく。
 俺はG動力炉を見つけた。それを目掛けて、真っ直ぐに走りながら、それを阻むレギオンを切り裂いていく。
 G動力炉の目の前に達した時、レギオンの動きが突然止んだ。

「何だ?」
「……その動き、ガラテアを思い出すな」

 突然、G動力炉から声が聞こえた。
 いや違う。G動力炉の上から声はした。

「姿を現せ爾落人!」
「宿題はできたか?」
「あぁ。俺の父は三重県警特異犯捜査課の警視だった。……そして、かつて警視庁の捜査二課に出向した時、交流があった刑事がいた。その刑事は、後に「G」ハンターという泥棒であるとわかった。そいつは、電磁の爾落人だった。そいつは電磁の力を駆使して、自らの姿を見えなくさせることができた。……俺の体を動けなくさせたのは、電気ショックで痺れさせていたからだ」
「………」
「これが答えだ。……姿を現せ、瀬上浩介!」

 俺が言うと、G動力炉の上から笑い声が聞こえてきた。
 そして、俺の前に着地する音が格納庫に響いた。同時に、そこに一人の男が姿を現した。

「お前と直接会うのは初めてだったな、蒲生凱吾」
「はじめまして。……瀬上浩介」

 瀬上は苦笑する。

「フルネームで呼ぶことはないだろ?」
「瀬上、なぜあんな面倒なことをした?」
「今度は呼びつけか……。まぁいい。俺もお前らの戦いに一枚……いや、二三枚くらいはかんでいるんだ。都合のいい便利な力を持つ奴がいてな、そいつの助言を受けてお前をこの地に向けさせた。……まぁ、ガンヘッドの大破は予想外だったが」

 こいつら食い意地張っているから、と苦笑いしつつ瀬上はレギオンを見た。

「クローバーと迦具夜……それにレイアだな?」
「そこそこ鋭いな。お前がわざわざ飛ばされたのがこの時代であったのにも理由がある。それが、あいつらとレイアって女だ」
「あの女はなぜ姉と同じ容姿をしている?」
「それを俺が言う訳ねぇだろ。面倒事をこれ以上増やすのは御免だ」
「つまり詳しいことは知らないのか」
「うっ! ……悪かったな! こっちとさ、別の方面から20世紀分も色々と調べていたんだ」
「月ノ民って奴らか?」

 俺が聞くと、瀬上は眉を上げた。

「すげぇな。もうその名前まで調べたか」
「迦具夜が言ったんだ。……何者なんだ?」
「お前もその仲間の一人に会ってるはずだ」
「………姉を殺した奴か?」
「正解。ニューヨークでもお前や後藤銀河を翻弄した宇宙人気取りの和夜と名乗った奴だ」
「なぜそれを?」
「ちょっとな。……この数千年一緒につるんでいる奴がいるんだ。そいつから色々と……」

 瀬上は頬を掻きながら視線をうろうろとさせて言った。この反応は、妙に人間臭い。

「女か?」
「ばっ! お前に関係ねぇだろ!」

 俺はニューヨークの一件で現れた女性の爾落人達の顔を思い出す。三島さんは……違うな。

「それで、何の為に俺の前に姿を現したんだ?」
「一つは、お前を沼津に連れて行くため。もう一つは、この幾重にも折り重なった厄介な戦いに一つの影響を与えた戦争について教えておこうと思ってな」
「戦争? 2028年の南極の事なら俺も大体知っている」
「アレのきっかけの一つになっている。今から2600年前のフランスについての事だ」
「つまり、俺の時代から600年前。……1400年代のフランスであった戦争っていうと」
「歴史の授業をする気はねぇし、時間もない。ジャンヌ・ダルクの戦いだ」
「……それが何を意味するんだ?」
「ジャンヌは心理と琴静の爾落人だった。そして、空間の爾落人と時間の爾落人双方が分かれて、二つの爾落人勢力が争っていたんだ」

 その台詞を聞いて、俺はニューヨーク以降ここまで散々世話になった美少女を思い出した。

「桧垣菜奈美か。お前にあれこれと俺の事を吹き込んだのは」
「なっ! なんでそっちの話を蒸し返す!」

 あからさまに動揺する瀬上。遊べる奴だ。

「あの時、空間の爾落人はベルドールという男だった。時間と空間は双方が対立し、一方を消す必要があるという考えの下に、俺達……お前が知るところではガラテアや旅人と名乗っていた頃の真理の爾落人が共に戦った」
「師匠が?」
「あぁ。結果は史実の通り、ジャンヌ側である俺達の勝利で納まった。……この戦いが追々あの戦いに影響を与えたんだが、お前が関係あるのはその先にあるもう一つの戦いだ」
「それがニューヨークでのクローバーか?」
「あれもそうだ」
「あれも?」
「そう。お前が見たものは、お前の両親、後藤銀河という真理の爾落人、そしてお前の義理の姉にまつわる長い戦争の一端だ。俺自身も直接関わったのは沼津での戦いくらいだがな?」
「沼津? ……あの時のことか?」

 俺は姉が殺された光景を思い出しながら聞いた。
 しかし、瀬上は首を振った。

「いや。お前は知らないはずだ。沼津での戦いがあった時、お前はすでにこの時代に行ったあとだからな」
「……と言う事は、あれの防衛か?」
「ご名答。これで俺がお前の前に現れた理由がわかっただろう?」
「俺の目的地を教える為か。関口さんからの話で、恐らく沼津に行けばあれの場所がわかると思ったが……ちゃんと完成できたんだな」

 俺がしみじみと言う様子を瀬上は儚げな視線を向けて見ていた。
 感傷に浸る時間は今の俺に用意されていない。俺はすぐに瀬上を見た。

「俺の目的地は、J.G.R.C.沼津支社だな?」
「あぁ。旧が付くがな」

 そして、瀬上はゆっくりと前に歩く。周囲にいたレギオンが彼に道をあける。
 整備区画でもっとも広い中央のスペースまで歩くと、右手を床についた。

「……来い!」

 刹那、地下から何かが迫る様な地響きが起こった。





 

 「旅団」の島に転移した私達は、管制室から極東コロニーの様子を見ていた。

「なぜレギオンの草体がこの様な場所に?」
「本当に不思議ですね。成長がとても早いですし、まるでクローバーを倒す為に現れたかのようなタイミングですね」

 私の隣でレイア様が面白そうに言った。その言葉に何か含みがあるように感じた私は思わず彼女を睨んだ。

「あら、お気を悪くされてしまいました? 申し訳ありません。あそこはあなたのコロニーですものね。……でも、既に避難はほぼ完了しています。私のコロニーの時と比べれば、物で済む犠牲なら、それを幸運と思うべきですよ?」

 レイア様の眼差しは私を批難していた。
 確かに、戦闘に参加していない一般人は全て避難が完了している。残りは戦闘に参加している「旅団」とJのイヴァン、そして凱吾だけだ。
 私は唇をかみ締めて、レイア様に頭を下げた。

「私が軽率でした。申し訳ありません」
「お二人とも、その辺でいいでしょう。……算出結果が出ました。およそ5分で草体は種子射出の爆発を起こします。「連合」極東コロニーは完全に消滅します」

 私達の間に入ったタマミさんが告げた。
 私は目を見開いた。

「僅か5分ですか?」
「はい。つい今しがた、花開しました」
「ならば、私達は爆発の影響圏外に避難した方が宜しいですね。……コロニーに残っている方々は私が転移させましょう」

 レイア様の提案に一同は頷き、すぐさま島は戦線離脱を開始した。
 私達はすぐさまその事を戦闘中の者達に通達した。

『ならば、我々はギリギリまでクローバーをコロニーに引きとめよう。それから、レイア様。この蛾雷夜を転移させる必要はない。この程度の爆発ならば最高速で飛べば巻き込まれることはない。まずはただの人であるJスーツの者から転移をさせてくれたまえ!』

 蛾雷夜様はそういうと通信を切った。彼はクローバーの攻撃を回避しながら時間を稼いでいる。

「ならば、お言葉に甘えましょう。イヴァン、聞こえたわね?」
『はい。今、最後の巨大ジラを片付けました!』

 イヴァンはジラに向かって飛び上がると、空中からキックをしてジラの体を突きぬけた。ジラは巨体を畑に倒し、絶命した。

「では、行ってきます」

 そう言ったレイア様は次の瞬間、イヴァンの足元に立っていた。
 イヴァンはすぐさま体を元の大きさに戻し、その肩にレイア様が手を置く。

「お待たせ」

 刹那、彼らの姿は映像から消え、管制室にJスーツを着たイヴァンとレイア様が立っていた。

「次は、凱吾ね?」
「それが、さっきから通信で呼びかけても全く通じないのです。意図的に通信を切っているようで」
「へぇー……。なら、先にカブトムシの彼かしら?」

 レイア様は私の返答を聞くと、モニターを見た。
 メガロの姿になったカブトという男は、現在蛾雷夜様と共にクローバーと戦っていた。
 クローバーの長い腕が地面を割り、建物を叩き潰す圧倒的な破壊力にメガロは灼熱の炎を帯びた弾を口から放ち、応戦している。
 蛾雷夜様が周囲を飛び、クローバーを翻弄し、生じた隙をメガロが突く。

「すばらしいコンビネーションですね」
「彼らは100年以上も共に戦っています。その息と攻撃力は「旅団」でも随一ですから」

 タマミが自信満々に答えた。

「しかし、その二人でもクローバーは決して劣勢という感じではないですね」
「それが破壊者と名を冠する「G」の実力なのでしょうね」
「……困りましたね」

 私とタマミが会話をしていると、レイア様が言った。

「どういうことでしょうか?」
「これだけ拮抗した戦闘ですと、私がメガロを転移させる一瞬の余裕も見つけにくいですわ」
「………あっ!」

 レイア様に視線を向けた一瞬、その僅かな時間で事態は一変していた。

「カブト!」

 タマミが立ち上がって叫んだ。
 コロニーで戦うメガロは、両腕を合わせて一つのドリルにし、それを高速で回転させながらクローバーに突進した。しかし、その胴にはクローバーの腕が貫かれていた。
 メガロは腹を貫かれ、最期の捨て身覚悟で仕掛けた技であると私は悟った。
 メガロはドリルの先端から紅蓮の炎を纏い、ドリルの回転と共に渦を巻き、自身の腹を貫く腕を巻き込み、クローバーの胸部にドリルを突きたてた。
 ドリルからメガロとクローバーの腕を包む炎の渦は周囲の草木を燃やし、建物を炭化させる。瞬く間にコロニーの三分の一が業火に包まれた。

「カブト……やめて」

 タマミはせがむ様な声で映像のメガロに言った。

『タマミ……後は、任せた』

 映像はなく、音声のみの通信が管制室に入った。
 タマミの目に涙が浮かぶ。

「逃げて! 今ならまだ助かるわ!」
『……すまない。タマミ、愛してる』

 その言葉を最後に通信は切れた。
 映像のメガロは遂にクローバーの腕を燃やしつくし、その腹を貫いた。
 しかし、同時にクローバーの背中から先ほど迦具夜が見せたものと同じ光りを帯びた透明な羽を発生させた。羽は無数の触手に展開され、メガロを球状に包んだ。
 メガロは炎ごと完全に包み込まれ、毛糸を彷彿させる球になり、そのままクローバーの腹部に取り込まれた。
 次の瞬間、貫かれた腹部は完全に再生されていた。

「……同化」

 私は呟いた。その光景は、方法こそ若干の差があるものの、迦具夜が腕を再生させた同化と同様のものであった。

「やはりクローバーと迦具夜は同じ月ノ民だったということかしらね」

 タマミの泣き声を背景音にレイア様は冷淡な口調で言った。
 私が彼女を批難しようとした時、警報音が管制室に響いた。

「今度は何?」
「……あ、新たな……新たな「G」が地下から接近してます」

 タマミは涙をふき取ると、気丈にも先ほどと同じ口調で言った。
 別の映像に地下整備区画に接近する「G」を示すマークが表示された。

「固有の電磁波パターンを確認。レギオンです」
「レギオン。……この大きさということは、マザー?」
「地下整備区画に出現。……地上に現れます!」

 私が驚く中、タマミが報告した。
 そして、本部前の広場が吹き飛び、白い殻に全身を包んだ巨大な怪獣がその姿を現した。レギオンの母体、マザーレギオンだ。
 私は視線を草体の種子射出までのカウントダウンに向けた。残り時間は、1分を切ろうとしていた。





 

「……わかった! さっさとずらかるぜ」

 格納庫の天井をぶち破り、コロニー上空に飛び上がったマザーレギオンの上に乗る瀬上が言った。
 どうやらレギオンと交信ができるらしい。
 共にいる俺が見ていたことに気づいた瀬上が通訳した。

「もう1分もしないで草体は爆発するらしい。こっちも用は済んだし、さっさと沼津へ向かうぞ!」

 瀬上はマザーの脚が掴むG動力炉を一瞥した。
 確かに、詳細な目的地も判明し、移動手段も手に入れ、追手のクローバーは草体で倒せる。
 もうこの地に用はない。
 しかし、俺にはまだ残ったことがある。

「ローシェ!」

 俺は真スーツを解除すると、通信を入れた。
 ローシェは直ぐに応じた。

『凱吾! よかった。無事だったのですね』
「あぁ。レイアもいるか。よかった。……ここはもう直ぐ草体の爆発で吹っ飛ぶ」
『はい。それでクローバーを倒すつもりです』
「そうだ。……時間がないから用件のみですまない。俺はこれからレギオンと共に日本の沼津に向かう。だから、最後に別れを告げたかった」
『それはどういうことですか?』
「詳しいことは説明する時間がない。だから、……ありがとう! それから、お互い生き残って、また会おう!」
『ちょっと待ちなさい! 凱吾、ちゃんと説め……』

 俺は通信を切断した。

「いいのか?」

 瀬上が聞いた。俺は頷いた。

「いいんだ。……装着! よし、行ってくれ!」

 俺は再びレベル3を装着すると瀬上を促した。
 瀬上はそれ以上何も言わず、マザーを日本に向けて飛翔させた。
 続いて格納庫から無数の小型レギオンも群れを成して飛翔した。
 そして、俺達の後方にある「連合」極東コロニーは激しい閃光と音を上げて爆発した。
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