本編

10


 港に姿を現せたクローバーは、その腕を地面に叩き付けた。

「なっ!」
『うおっ!』

 地面は割れ、後方にあった倉庫が崩れた。

『なんて力だ……』
「だが、俺はここで止める! プラズマレェェェザァァァ……キャノンッ!」

 俺はプロトモゲラのプラズマレーザーキャノンをクローバーに放った。
 しかし、その攻撃をクローバーはものともせず、長い両腕を突き、プロトモゲラを吹き飛ばした。

「うぁぁぁぁぁ!」

 プロトモゲラは港を突きぬけ、通りのビルにぶつかった。ビルが倒壊し、機体が瓦礫の中に埋もれる。

『デカブツ、今度は俺だっ! ウォオオオオッ!』

 ジンが雄叫びを上げ、メカニコングは頭部から光線を放ちながら、クローバーに迫る。
 光線を腕で防ぎながら、そのままその腕をメカニコングに叩きつけようとするクローバー。しかし、その腕をメカニコングは掴み、そのままクローバーを投げ飛ばした。

「なんて怪力だ」
『まだ終わりじゃねぇ! 日本猿はそこで寝てな!』

 ジンが言い、倉庫群の中に転がったクローバーの上に跨ったメカニコングはマウンテンポジションのまま両腕をその腹部に繰り返し叩きつける。その光景は、地面を叩くゴリラそのものだ。
 しかし、クローバーにその猛攻が通用している様子はない。

「危ない!」
『ぐあぁあああああ!』

 クローバーは長い腕を持ち上げ、馬乗りになっていたメカニコングの頭部に掌底突きの様な攻撃を加えた。
 そのたった一撃でメカニコングの頭部は砕け散った。
 更に首を伸ばしたクローバーは、砕けた頭部に剥き出しになっていた配線に噛み付き、そのまま内部から引きずり出す。首から火花が迸り、メカニコングは糸の切れたマリオネットの様にだらりとなった。

「ジン! おい、ジン! 返事をしろ!」
『ザ……まだ………てる……』
「脱出しろ!」
『……無理……が…ザ……壊……てる』
「おい!」

 俺がジンを呼んでいる最中、目の前でクローバーは逆にメカニコングの上に覆いかぶさり、超合金製の装甲をバリバリと剥がし、内部の配線を引きちぎる。みるみる内にスクラップと化していくメカニコング。

「やめろぉぉぉぉぉ!」

 俺は、プロトモゲラのドリルアームの回転を最高速まで上げ、瓦礫を吹き飛ばした。
 そして、機体を起こすとそのまま両腕を一度手前に引き、クローバーに突進させる。

「スパイラルゥゥゥゥ……アタァァァーック!」

 同時に、プロトモゲラの両腕のドリルはクローバーの背中を突き放った。
 衝撃が機体全体を軋ませるが、クローバーもその巨体を市街地へ転がらせた。

「ジン! 返事しろ!」

 俺は通信に呼びかけるが、ジンからの返答はない。
 周囲は見るも無残に解体されたメカニコングの残骸が広がっている。配線や装甲板が四散し、飛び散ったオイル類は血飛沫を彷彿させる。
 その中に、コックピットらしき箱が落ちていた。

「ジン! ………っ! 畜生ぉ!」

 コックピットはつぶされており、ひしゃげた接合部の隙間から白目を剥いているジンの顔が見えた。拡大させると、ジンの顔はあったが、そこから下は金属のパネルで切断されていた。
 ジンは息絶えていた。

『凱吾君、ジンの生命反応はもうないわ』

 ライムからの通信が入った。
 俺は今見たものを黙って、頷いた。
 操縦席内に電子音が響いた。

「警告音?」

 俺は索敵装置が反応していることに気付いた。
 クローバーが再び動き出していた。
 不気味な咆哮を上げ、プロトモゲラを殴り飛ばした。
 一瞬、砕け散った腕のドリルが見え、その後視界にマンハッタンのビル群が広がり、その中の大通りが迫った。

「うわっ! ………痛っ!」

 落下の衝撃で俺は思いっきり身体をシートに打ち付けた。
 同時に、操縦席内の明かりが消え、通信も切れてしまった。
 遠くで地響きが聞こえる。
 しかし、その状況を把握することは愚か、現在のプロトモゲラの破損状況すらわからない状態だった。

「畜生! ……やっぱ、プロトタイプじゃこれが限界か」

 俺はプロトモゲラを再起動させ、機体の状況をモニターに表示させて呟いた。左腕は完全に破壊、頭部のアイカメラも半壊状態で目視で操縦することが難しい状態であった。当然、光線も使用不可能な状態だ。
 再起動によって、通信も復活したらしく、軍隊の情報が行きかう。どうやら海中から新たな「G」が出現したらしい。

「……ちっ」

 地響きが操縦席にも伝わった。クローバーが迫っているのは分かっていた。

「そんなものより、俺は目の前の敵で手一杯だってんだ!」

 俺は生唾を飲み込み、両脇の操縦レバーを引き出した。音声認証は辛うじて機能しているが、肝心のマイクが不調になっている。これでは先ほどまでの半自動操縦は不可能だ。
 俺は、頭上からメンテナンス用のモニター一体型のヘルメットと付属のパネルを降ろし、セッティングした。
 時間はない。俺は手早くパネルを膝上に固定し、ヘルメットのモニターを起動させた。
 しかし、同時プロトモゲラの傍のビルが薙ぎ倒された。立ち上がる土煙の先にクローバーの姿が見える。

「畜生! 早ぇぞ!」

 俺は言葉を吐き捨てると、手早くシステムメニューを起動させ、半自動操縦の対象を切り替え、セットアップを更新する。
 この状況下で、プロトモゲラを一刻も早く動かす最善の方法を俺は選択した。

「プロトモゲラ、手動操縦! ……うぉぉおおおりゃぁぁぁああああ!」

 モニターにマニュアル操縦に切り替えられた事を示す表示がされる。同時に俺は力の限り操縦レバーを動かした。
 負荷の調整すらされていないレバーは、数十分の一の重さになっているにも関わらず、それそのものが直接機体の動作をさせているかの様に重い。レバーが軋む。
 しかし、機体はそれに応じて起き上がり、同時に振り下ろしてきたクローバーの長い腕に右腕のドリルが突き刺さる。

「どうだ?」

 俺は機体を前に踏み出させる。踏み込んだ右足が悲鳴を上げる。関節に損傷箇所が多数あった。だが、俺は更に機体を前進させる。操縦席内に電子音がけたたましく鳴る。テンポがあまりにも速すぎる。

「もう限界なのか? まだ、行ける!」

 しかし、願いは届かず、機体の足は関節部分で折れ、地面に崩れる。同時に右腕もクローバーの腕から抜け、その腕は大きく弧を描いて機体をなぎ払っていた。

「ぐはぁっ!」

 機体は激しく振動しながら、後ろに吹き飛ばされた。
 更にクローバーは腕を勢い良く突いてきた。
 刹那、振動が機体を襲う。アイカメラの映像が消えた。モニターに頭部破壊を伝える警告が表示された。
 長い腕が引き戻されると、操縦席の前を機体の頭部が落下した。鈍い金属音を立てて、頭部は地面に落下した。

「動け! ……動け!」

 俺は操縦レバーを動かすが、鈍い音を上げるだけで、機体は何も反応しない。
 地響きに気がつき、俺は顔を上げた。

「……なんつう不細工な顔だ」

 操縦席の、プロトモゲラの目の前に、クローバーは迫っていた。そして、その長い腕を今まさに俺へ振り下ろそうとしていた。
 こんな状況にも関わらず、索敵装置が新たな敵影を表示し、警告音を立てる。

「こんな時にうるせぇ。………あん?」

 表示された「G」は一直線にここへ近づいてきていた。速度は戦闘機並みの超高速だ。
 クローバーもそれに気付き、その振り上げられた長い腕諸共、首を海の方角へ向けた。
 刹那、海の方角の空が光った。閃光は立て続けに起こった。
 クローバーは咆哮を上げ、長い腕を振り下ろした。閃光はものすごい勢いで腕に直撃した。爆発と閃光、そして衝撃が生じた。
 クローバーの腕はそれを喰らい、四散する。再び咆哮を上げた。その顔も閃光を受けた。
 操縦席の目の前で、クローバーの頭部は半分近くを吹き飛ばされた。しかし、まだ動く。続いて、腹部に閃光は直撃した。
 今度は機体にも諸に衝撃が伝わり、操縦席のモニターにヒビが入った。

「一体何が?」

 俺は海の方角を見た。しかし、見えるのは暗がりに迸る閃光だけだった。
 閃光は、地面で悶えるクローバーへ迫る。
 しかし、クローバーも身を翻して回避しようとする。閃光は、クローバーの背後にあったビルを吹き飛ばす。
 クローバーは両肩から半透明の触手の様なものを突如無数に伸ばした。それを上空に向けて一気に伸ばす。
 空からも閃光が無数に放たれる。無数の触手はそれらを弾いた。閃光は、周囲に四散する。
 刹那、激しい地響きと衝撃が機体を襲った。俺は周囲を見渡した。

「なん………!」

 ニューヨークは四散した閃光で一気に炎上した。俺がいる周囲は全て火の海と化していた。
 周囲の惨状に絶句していると、空から咆哮が聞こえてきた。
 いや、人の声だ。怒声に近い。

『烈怒爆閃咆ぉぉぉおおおおおおおおおっ!』

 声と共に空から再び閃光がクローバーに向けて放たれた。
 しかし、クローバーも無数の触手状の光線で応戦する。閃光は一筋の光となり、触手を吹き飛ばすが、屈折したそれはエンパイアステートビルに直撃し、瞬時にそれを消滅させた。閃光はまだおさまらず、一気に爆音を上げて地面を融解させながらクローバーに迫る。
 閃光は川まで達し、水柱と莫大な蒸気が立ち上がった。
 しかし、クローバーはまだ無事で、更に触手状の光線を空へ向けて放つ。

『っ! ……まだだぁぁああああああ!』

 再び閃光が地面に迫るが、今度は市場側から真っ直ぐクローバーを貫き、そのまま遠くマンハッタン島の果てまで伸びた。
 クローバーは炎上を超えて、融解と等しい状態で死滅した。
 俺は、苦戦を強いられたクローバーの死骸から直ぐに視線を頭上に向けた。
 天空から舞い降りてくるのは、天使ではなく、神そのものであった。
 その神の名を俺は知っていた。

「……宇宙戦神。………後藤、銀河!」




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「これで、出来ることは全て行いました。……応急処置とはいえ、これはギリギリの賭けです。一つ間違えば、彼はレベル3の力に精神が飲み込まれてしまうかもしれません」

 凱吾の眠る治療カプセルを見つめながら、椅子に腰を下ろした医師が言った。
 私もその意味が理解できた。「G」の中にはその力故に、力の無い者の精神が乗っ取られ、心を奪われるという場合がある。失敗者やミステイカーと呼称される存在だ。

「しかし、仮に彼をそのケースに当てはめるならば、既に彼はその存在に該当しているとも言えます」
「え?」
「彼のMM88について更に詳しく調べてみました。恐らく、彼は一度MM88にその身を奪われかけている。その上で何らかの方法でMM88を自身の体の一部として、前にお話した「G」を受け入れる媒介という役割を果たしているとわかりました」
「………」
「先程、レイア様が偶然という表現にひっかかりを持っていた様ですが、自分も同じ見解です。彼がレベル3の適合者であったのは、MM88を体内に取り込んだ段階で必然であったのかもしれません」
「本当に、彼は何者なのでしょうか?」

 私は何度も抱いた疑問を再び口にした。
 医師は少し考えて答えた。

「彼自身も、それを探しているのかもしれませんね。もしもそれに対して何者かと言えば、探求者という表現が的を得ているのかもしれません」
「探求者……蒲生凱吾」

 その時、窓の外の景色が元のコロニーに戻り、レイア様が部屋に入ってきた。

「もう限界です。手術は……無事に終わったようですね」

 レイア様はカプセルの中の凱吾に気がついて頷いた。
 激しい振動が起こり、不気味な咆哮が聞こえた。

「状況は?」
「クローバーが壁を突破し、コロニー内に侵入しました」

 私の問いにレイア様は答え、戦況を表示させてみせた。
 既に残存部隊は極僅かとなっており、こちらは事実上Jのイヴァンのみが戦闘可能という状況で、「G」の進行を食い止めようとしているのはメガロと蛾雷夜団長を筆頭とした「旅団」勢力だった。

「まだ詳細の確認はできていませんが、迦具夜という女は別勢力のスパイだったようですね」

 レイア様が言った。恐らくそうなのだろう。

「月ノ民……」

 私は迦具夜が口にした名前を呟いた。やはり聞き覚えのないものだ。それにあの腕や羽は爾落人にしても違和感があった。

「そのことについて考えるのは後にしましょう。もうここは限界です。既に「旅団」へ連絡をしておきました。今の状況で、最善の避難場所です」
「はい」

 私は頷いた。
 レイア様が私と医師、そして凱吾の眠るカプセルに手を伸ばそうとした時、カプセルが開かれた。

「凱吾!」

 カプセルの中からゆっくりと凱吾が身を起こした。





 

 どれだけ眠っていたのかはわからなかったが、目覚めた時に見えたのは姉の顔であった。

「姉さん………」
「それが第一声とあっては、苦労した私達が報われませんね。ローシェ様?」

 姉が視線を涙を浮かべる女性に向けられた。
 次第に記憶が蘇る。

「ローシェ。………! レイア、コロニーは?」
「はい、よくできました。……もうクローバーが侵入したわ。ここも長くはもたないから、これから「旅団」の島に転移しようとしていたところよ」

 俺の問いにレイアは答えた。その笑みは姉のものによく似ていた。

「いや、駄目だ! 俺には守らねばならないものがある」
「G動力炉?」
「あぁ。……なんで知ってるんだ?」

 今の言葉はレイアの口から出された。俺は眉をひそめる。

「さっきあなたの姿が見れない時にちょっと転移しながら探したんですよ」
「あの時か……。なら止めるな! 俺はアレを運ぶためにこの時代に来た。……!」

 俺は扉に手をかけた。そして気がついた。
 俺の失った左腕は、魔物の腕のようにごつごつとした褐色の表面になっていた。バッタの足の様な棘が並び、手には鋭い爪が仕込まれている。

「こいつは?」
「応急処置です。ごめんなさい。一種の改造手術に近いことを行いました」
「改造手術?」
「その腕には戦闘スーツのベルトと同じ機能が入っています。その腕は常時装着している状態にさせていることで、義手としての機能を持たせています」

 俺の質問にローシェが淡々とした口調で説明を始めた。

「つまり、こいつも戦闘スーツなのか?」
「はい。しかし、それは他の戦闘スーツとは全くの別物と考えてください。その真戦闘スーツ、レベル3の発揮される力は「G」そのものと考えて構いません」
「「G」を再現した、真の戦闘スーツってことなのか?」
「はい。連絡が前後してしまい申し訳ありませんが、そのレベル3の適合者に凱吾は選ばれていたのです」
「適合者か……。また増えたな」
「え?」
「こっちの話だ。……こいつの能力は? あるんだろ? イヴァンの巨大化と同じようなものが」
「ありません。……いえ、必要がないというべきでしょうし、そのスーツに対応できるほどの能力を模擬できる技術が「連合」にはなかったともいえます」

 ローシェの言葉を聞いて、俺は思わず笑った。
 驚くローシェ達。その表情を見回し、俺は再び扉に手をかけた。

「レイア。申し訳ないが、ローシェ様達を頼む」
「凱吾!」
「止めても無駄だ」
「いいえ。……必ず、生きて私の前に戻ってきなさい!」
「御意」

 俺は廊下に出て行った。
 地響きとクローバーの咆哮が聞こえる。あの時の宇宙戦神で、都市を一つ犠牲にしたから倒せた「G」。

「ちっ! 皆、死ぬなよ」

 俺はエレベーターに乗り込み、地下格納庫へ降りながら祈っていた。
 その時、今までの地響きとは全く違う地震が起こった。エレベーターが緊急停止される。

「何が? ………ん!」

 俺は本部の隣に聳える別の建物を見上げた。確か、あの建物も地下で繋がっていた本部の別館的な役割を持つ場所らしい。
 しかし、今はそれとは全く違う様相を呈していた。建物の壁面からは巨大な根が地面に向かって伝い、屋上からは今にも花を開こうとする巨大な蕾が現れていた。

「草体……」

 俺はその植物を知っていた。レギオンの母体、小型兵隊と共生関係にあるレギオンの草体だ。
 確かに、レギオンの出現から想像のできる事態だった。
 しかし、俺の知る草体の成長速度よりも、この草体は圧倒的に速い。発芽した瞬間に開花が始まっている。
 草体の種を射出する際に、大量の酸素を消費した大爆発を起こし、その爆風で種を大気圏外まで飛ばすこともできる。

「もう時間が殆ど残っていねぇじゃないか!」

 俺は左手の爪でエレベーターの床を破壊し、そのまま柱を伝って地下格納庫を目指した。
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