本編

9


 本部の防衛部隊と合流した俺は、整列する彼らの最後尾に立った。彼らの整列の隣に、タマミや迦具夜達「旅団」の面々も並んでいる。
 ローシェ、蛾雷夜、レイアは前に立った。

「5分前、これより20キロ先の防衛線をクローバーと思しき敵による攻撃で壊滅しました。敵の進行速度から、30分とかからずに最終防衛線に敵は達します。既に予見によって、このコロニーの壊滅は避けられぬ状況となっています。我々の成すことは一つ!」

 ローシェは一度区切り、一同を見渡した。

「一人でも多くの民を逃がすことです! そして、皆さんも、必ず生きて下さい!」

 俺達は一体となり、声を上げた。

「「「「「「「「「「「「「「うぉぉぉおおおおおお!」」」」」」」」」」」」」」

 そして、一同は各々の持ち場に移った。イヴァンもZOスーツとは違うベルトを装着する。

「装着!」

 イヴァンの戦闘スーツは一面緑色であった。

「それがイヴァンの専用スーツか?」
「あぁ。Jスーツ、このコロニーで最も防衛上強力なスーツだ」
「その力は?」
「見ればわかるさ。……整備長、牽制に効果が期待できる。超弩級メーザーライフルを用意しておいてくれ」
「そうくると思って、サーベルと一緒に既に用意している」
「ありがとう」

 イヴァンは整備長の返答に満足した様子で、大型兵器の出撃ゲートへ歩いていく。

「あいつは何であっちから?」
「見てればわかるさ。それより、お前さんは本部で待機だ。このごたごたが落ち着いたら、試して貰いたいものがある」
「おい! 俺も前線に出るぞ?」
「そう言っても、ZOスーツは精々白兵戦で対等身大「G」との戦闘がやっとだ。足手まといになりたくなければ、今はここにいろ」
「じっとしてろってのか?」
「……わかったわかった。だったら、そこにある小型メーザーライフルを持って、ローシェ様達、要人警護に回れ。そうすれば、警護の人間をこっちのサポートに回せるはずだ」
「ありがとう!」
「後で何を言われても俺は知らないからな!」

 整備長の忠告を背に、俺は並べられたら小型メーザーライフルの一つを肩にかけ、本部の司令塔に向かった。




 
 

「あら、格納庫に籠城していると思いましたよ」

 俺が司令塔に向かうと、入口の前に立つレイアに声をかけられた。

「なんでその事を?」
「ずっとローシェ様が気にしていたので、少し聞いてきたんです。瞬間移動なんて、お手のものなのでね」

 レイアは面白そうに自分の姿を俺の左右に瞬間移動させてみせる。転移の能力は母さんからも聞いたことがあったが、爾落人となればほぼ不可能がないのだろう。

「俺はあんた達要人の警護をする為に来た」
「ふうん。守ってくれてお姉さんは嬉しいわ」
「!」

 俺は彼女の言動に思わず睨みつける。

「あら、怒らせちゃったわね。……でも、凱吾君、あなたはここにいて正解よ」
「どういう意味だ?」
「彼らは「G」に敗れる。「旅団」も同じよ」
「お前は何を知っているんだ?」
「さぁ? ちょっとした予知よ」

 それだけ言い残すと、レイアは司令室内に入った。
 俺もその後に続いた。

「凱吾、こちらに来たのですね」

 俺に気づいたローシェが近づいてきた。

「あぁ。俺は足手まといらしい。こっちでローシェ達の警護をする」
「そう。良かった」
「それで、状況は?」
「配置は完了したわ。敵の情報も集まったわ。主にジラとグラボウズという「G」が各1000体程の軍勢となって迫っている状況です。そして、最後尾に破壊者、クローバーがいます」
「あいつか……。グラボウズというのは?」
「地中を移動する「G」で、手足はなく、頭部が三枚に開く口になっていて、触手状になっている舌の先端はヘビの様になっています」

 ローシェは俺の前にグラボウズの画像を表示させて説明する。レイアが後ろからのぞき込む。

「あら、ずいぶん気持ちの悪い姿をしているわね」
「外見なんて、関係ない」
「そうかしら。私は襲われるなら、絵になる「G」がいいけど」

 あっけらかんと言うレイアを無視して、俺はこちら側の戦力を見る。大部分が大型車両兵器だ。

「コロニーの防衛は基本的に要塞での籠城と同じだな?」
「はい」
「……ん? 「旅団」は大丈夫なのか?」
「ご心配なく。既にタマミが戦闘形態への移行を進めている」
「戦闘形態?」

 俺が聞くと、蛾雷夜は「旅団」の島を指差した。

「見たまえ」
「……なっ!」
「すごい、島が変形している……」

 ローシェも声を漏らした。
 「旅団」の島は、その表面から巨大な砲筒を次々に突き出し、中心からは戦艦のブリッジの様な建造物が伸びてきた。まるで巨大なコマだ。
 そして、島はそのままゆっくり湖から上昇し始めた。

「援護射撃なら十分に協力できると思う」
「すごい……」

 俺達が驚いていると、Jスーツを装着したイヴァンからの通信が入った。

「こちらの準備は完了しました。自分もJで出ます」
「健闘を祈ります」
「はい!」

 イヴァンは通信を閉じた。

「今のは、噂のJですか?」
「はい」
「レイア、彼は有名なのか?」
「えぇ。Jの名前の由来が何かは様々な憶測が出ていますが、私達はこの名前で記憶しています。ジャンボのJ」
「ジャンボ?」

 俺が呟く一方で、コロニーの前に出たイヴァンが精神統一をして、その身を宙に飛び上がらせた。
 直後、その体は怪獣クラスの大きさにまで巨大化した。

「なっ!」
「まるで特撮番組のヒーローね」

 驚く俺の背後でレイアが面白そうに感想を呟く。
 一方、巨大化したJスーツのイヴァンは、出撃ゲートに用意された超弩級メーザーライフルとサーベルを掴み、待機した。

「敵、目視できました!」

 司令室の女性が声を上げた。
 コロニー前方の森は一面が黒く染まるほどの「G」の群に覆われていた。
 ローシェは前に出て号令をかけた。

「総員、戦闘開始!」




 
 

 先に攻撃を仕掛けたのは、イヴァンのメーザー攻撃であった。
 激しい閃光と共に、「G」軍団の先頭集団が消し飛んだ。しかし、敵の進軍は止まることなく迫る。

「我々も砲撃による援護を行え」

 俺の後ろで蛾雷夜が宙に浮ぶ画面に指示を出した。どうやら「旅団」の島と繋がっているらしい。

『我々は?』
「まだ出るな。カブトにも伝えろ。敵の半数はグラボウズの成体だ。地中戦は、地上のジラを削ってからだ」
『了解』

 返事をする声は、先程タマミと名乗った女性のものらしい。
 まもなく島の砲台からも群れに向かって砲撃が放たれた。砲撃は島自体が回転しながら次々に行われた。
 群れの中に落ちた砲弾は、閃光を伴った爆発の後に爆風と爆音が起こり、黒煙を上げた。
 これにイヴァンの超弩級メーザーライフルによる射撃も加わり、敵の軍勢の陣形に乱れが生まれる。
 しかし、敵は一つの生命体の様に、すぐに一つに集り、雪原を黒く塗りつぶす塊となって、コロニーに近付く速度は決して緩まない。

「敵軍団、60%まで減少。まもなく前衛部隊と衝突します」

 オペレーターの女性の声が司令室に響いた。
 ローシェは手で小さなペンのようなものを操作した。司令室中央にあるテーブル上に、上空から見た雪原の立体映像が現れた。

「各所に置かれたセンサーからの情報を複合させたホログラムです」

 じっとその立体映像を見つめる俺にローシェが補足的に説明する。
 俺は頷き、戦況を見下ろした。
 山側から無数の黒い大群が迫り、一列に並んだ部隊と接触した。大群はまるで壁にせき止められたかのように、その一線で進行が食い止められた。

「中々やりますね。「連合」にもここまではできません」
「何も能力がない私達にあるのは、数と人の連携だけですから」

 関心するレイアにローシェは真剣な眼差しで戦況を見つめたまま答えた。
 しばらく進行を抑えていた部隊であったが、次第に突破口が現れ、その部隊も後退を始めた。

「敵軍団、50%以下に減少。前衛部隊、残存率20%。後退します」

 オペレーターの報告に、ローシェは悲痛な顔で頷いた。
 元々の物量が違うとはいえ、一割を削る為に、八割の兵を死なせている。ここから戦況を見ていてはわからないが、戦場は地獄絵図そのものとなっているのだろう。

「これが戦争か」
「違うわね。これは、生存競争よ」

 ポツリと呟いた俺に、レイアは鋭い口調で言った。
 思わず俺は彼女を見た。レイアは俺の知る姉と同じ顔をしているが、そこにあったのは俺の知らない表情だった。

「まもなく本隊と接触します」
「……よし、タマミ。カブトを行かせろ! それから、迦具夜をこっちに呼んでくれ」
『団長は?』
「俺も出る。ここからはお前たち二人の指示で「旅団」を動かしてくれ」
『……了解』

 オペレーターの声を受けて、蛾雷夜は島のタマミに指示を出すと、自らは司令室の扉に向かう。

「ここは君達と迦具夜に任せた」
「しかし」

 止めようとするローシェに蛾雷夜は微笑んだ。

「我々はこうして今まで生き残ってきた。我々には我々のやり方があるのだよ。では諸君、また後程」

 蛾雷夜はそれだけ言うと、司令室の外へと飛び出した。次の瞬間には、空を飛び、真っ直ぐ本隊へ向かう彼の姿が映像に映っていた。

「彼の能力は一体?」
「複数の能力を持つそうですよ。飛行も、姿を消すことも、恐らく転移も使えるのではないかと思います」

 俺の疑問にレイアが答えた。

「姿を?」
「透明の能力だそうです。極北領内で、「G」がひしめく中、私達を捜索していたようですので」

 俺は例の爾落人の事を思い出していた。だが、時間的に無理がある。……いや、転移が使えれば、可能か。
 俺が一人考えている間に、本隊と「G」の軍団が接触し、大混戦が繰り広げられていた。
 ニューヨークにもいた巨大ジラに挑むのは、イヴァンや大型の戦闘車両部隊だ。
 イヴァンは超弩級メーザーライフルを捨て、サーベルを操り、接近戦に持ち込んでいる。サーベルは確実にジラの急所を突き、次々にその巨体を雪原に倒していく。
 その一方で、後方の部隊は次々にやられていた。

「これは一体?」
「グラボウズですね。これには我々の軍も苦戦を強いられました。地中から突如として現れ、触手で手足を掴んで地中へ引きずり込んだり、そのまま人間を一飲みにしてしまうので」
「まるで人食いザメだな。……砂漠のジョーズってところか」

 俺はレイアの話を聞きながら、額に滲んできた脂汗を腕で拭った。
 しばらくの間、苦戦を強いられていたグラボウズと戦う後方部隊であったが、途中から戦況が一変した。

「グラボウズの群れ、70%に減少」
「これは一体……」
「カブト、いえメガロです」

 ローシェの言葉に返す様に司令室に入ってきた女性に俺達は視線を向ける。迦具夜だった。

「メガロ?」
「一部の爾落人の中には、その能力の一端に怪獣としての姿によってその力を最大限に発揮する者がいるのはご存知かと思います。我が「旅団」にもおり、それがカブトです。彼は火炎の爾落人なのですが、自らをメガロと申す昆虫型の「G」に姿を変える力を持っています」
「その彼が?」
「はい。現在、地中よりグラボウズと戦闘を行っています。メガロは昆虫型で一見するとカブトムシに近い姿ですが、人と同じ二対の手足による二足歩行を主とし、両手は合わせるとドリル状になり、地中戦において最大の力を発揮します」

 迦具夜の解説を裏付ける様に、地面を燃え上がらせ、黒焦げにした数体のグラボウズを地上へ投げ出した巨大な「G」が地中から現れた。
 頭部に巨大な角を生やした姿はまさに甲虫のカブトムシを彷彿させる。
 そして、迫る「G」に回転させたドリル状の腕を用いてその身体を抉る様に貫く戦法は、俺のプロトモゲラと似ている。

『地上部隊、離れろ!』

 メガロから男性の声が聞こえ、その言葉に従ってその周囲から部隊が離れると、メガロはその辺り一面を火炎弾で燃え上がらせる。その火力は雪どころか、地面までも溶かしている。

「凄い……」
「カブトの火炎は、他の同一能力者とは比になりません。鉄をも溶かす力を持っています」

 驚くローシェに迦具夜は説明した。
 イヴァンのJとカブトのメガロによって、敵の軍勢に大きな穴が二つ現れているが、それ以外の場所では部隊の方が劣勢になっている。
 ついに、敵の数体がコロニーの壁面にまで達した。まだクローバーは後方の森にいる。
 これでは進行が予想よりも早い。

「進行を食い止め切れません」
「予想よりも早い到達を許してしまう訳には行きません。まだ住民の避難は完了していません! 全軍を投入し、コロニーの防衛に集中してください!」

 ローシェは叫んだ。
 それに応じるかのように、コロニーの壁際にいた「G」が次々に倒されていく。

「これは?」
「団長です」

 迦具夜の言葉の通り、拡大した映像には巨大なジラと戦闘をする蛾雷夜の姿が映し出された。
 蛾雷夜は瞬間移動を繰り返し、ジラを翻弄し、更に空中を飛びながら、手を構え、その先から光線を放った。
 続いて、地上に向かって指を鳴らすと、指から火炎が放たれ、地中にいたグラボウズを燃やす。そこにまだ息のあるジラが口を広げ、彼を一飲みにしようとするが、その喉が爆発し、中から蛾雷夜が悠々とした様子で現れた。ジラは絶命し、雪原に倒れた。

「強い……。怪獣クラスの「G」と生身の身体一つで圧倒している」
「これが、団長の多重能力を活用した戦法です」

 迦具夜が説明するが、その言葉は驚くローシェの耳に届いていない様だ。
 蛾雷夜の攻撃はまだ続く。地面に片手を突き、そのまま引き上げると、周囲の地面が持ち上がった。巨大な岩状に持ち上がった地面に彼が力を込めると、瞬時にそれは圧縮され、弾丸となり、迫り来るジラに向かって放たれた。閃光を迸りながら宙を裂いた弾丸は、ジラの身体を突きぬけ、風穴を開けた。
 とても一つの能力では不可能な技だ。師匠の変化を用いても、ここまでの多彩な攻撃はできない。

「コロニー内への侵入は、0%を維持。群れ、30%に減少」

 瀬戸際のところで、イヴァン、カブト、蛾雷夜によってこれ以上の進行を阻止している。

「部隊の残存率は?」
「全体で、20%を切っています。全部隊を後退させますか?」
「お願いします」

 俺は驚いて、戦況を見た。
 イヴァン達の活躍が目立っていたのではなかった。彼ら以外の兵は、その殆どがやられていたのだ。

「……そろそろ時間です」

 突然声を上げたのは、迦具夜であった。
 振り向いた直後、レイアのいた場所に迦具夜の腕が伸び、床にめり込んでいた。

「ちょっと。冗談にしては笑えないわよ?」

 俺の後ろでレイアの声がした。
 どうやら咄嗟に転移したらしい。
 軽く舌打ちすると、迦具夜は長く伸びた腕を引き戻した。その目は明かりの落とした司令室内で不気味に光っている。

「仕損じたか。……流石は、極北領姫をしていただけはある」
「お褒め頂き光栄ね。それで、その行為があなた達の目的かしら?」
「そうだ。我々、月ノ民の目的だ」
「月ノ民? 初耳ね。「旅団」とは違うのかしら?」
「答える必要はない」

 迦具夜は再び腕を伸ばした。今度は前にいた俺も一緒に転移させた。
 壁際に転移された俺は、真っ直ぐ伸びた腕の先を見て青ざめた。迦具夜の腕はオペレーターの女性を背中から串刺しにし、床に血が広がっていた。

「何度も同じ手は食わない」

 迦具夜はもう一方の手を鞭の様に回し、司令室内を襲う。慌ててしゃがみ込んだ俺とローシェと他の数人は間一髪のところで助かったが、他の室内にいた者達は皆、首や胴を切断され、血が噴き出していた。
 司令室内の機械も同様に切断されている。
 それがすべて腕一本の破壊力なのだ。

「なんだ、この女!」
「この狭さでは不利よ」

 周囲の光景に対する恐怖と血の臭いによる吐き気を伴いつつも、それ以上に生命の危機を全身で感じている緊張で神経が研ぎ澄まされいる俺達にレイアは冷静な口調でいうと、俺とローシェに手を触れて、一緒に指令室の外へ転移した。
 明かりの下に晒された俺達の身体は全身が赤黒く血で染まっていた。

「うっ」

 思わずローシェは吐き気をもよおし、廊下の隅に顔を伏せた。
 背中を摩る俺に、彼女は小さな声で大丈夫とだけ返した。

「まだ中に生存者がいます。凱吾、ローシェ様を頼みますよ?」
「お、おい!」

 レイアはそれだけ言い残すと、再び転移した。
 しばらくして、扉が吹き飛び、左腕を失った迦具夜とその右手が掴む男性の遺体が廊下を転がった。

「ローシェ様、ごめんなさい。もう手遅れだったわ」

 頬に付着した血を拭いながら、レイアは言った。
 一方、迦具夜は腕を失った左肩に右手を当てて、人のものとは思えない声を上げて廊下をもだえる。

「私の本気を見せてしまった以上、あなたを生かせておく訳には行きません」

 レイアは俺達に視線を一瞬向けると、その手に刃が電熱になっている刀を転移させた。

「ウゴォ……ガァアアアアア!」

 もはや怪獣の咆哮に近い声を上げると、迦具夜の背中から光が広がった。まるで妖精の羽だが、その形相は妖精というよりも悪魔だ。
 迦具夜は床に転がった男性の遺体の左腕を掴むと、乱暴にその身体を振り回した。遺体と腕は肩で千切れ、そのまま遺体は廊下の壁にぶつかり、へばりついた。

「うっ!」

 俺の後ろでローシェがまだ吐いた。俺も壁にまるで蚊の死骸のように押しつぶされた男性の死体に思わず目を背けた。
 迦具夜は残った左腕を失った肩に押し付けた。
 一瞬で異なる腕と肩は接合し、男性のものであった腕は、女性的な迦具夜の腕に変わった。

「そんなバカな」
「同化……それが、我が力」
「つまり、吸収の劣化版ということね」

 驚く俺を迦具夜はちらりと見て言った。酷く低い声になっている。
 その一方で、レイアはまだ冷静な物腰で、電熱刀を構える。

「違う。……似て非なる力」

 言葉と同時に迦具夜は腕をレイアに伸ばした。早い。
 レイアは電熱刀でその腕をとらえるが、刃はその腕を切れない。それどころか、そのまま刀は腕に取り込まれ、逆にレイアの右肩を人差し指の先から伸びた電熱の刃が貫いた。

「がっ!」

 呻き声を上げるレイア。その肩は、熱を帯びた刃によって黒い煙を上げる。

「レイア!」

 俺は肩にかけていたライフルを構える。

「凱吾、駄目よ!」

 後ろでローシェが声を上げた。振り向かずに俺は聞く。

「どうしてだ?」
「そのライフルの威力では貫通してレイアのまで達してしまうわ!」
「なっ! ………だったら、威力を抑える!」

 俺は体を翻し、銃口に自身の腕を当てた。その銃身は、迦具夜をとらえている。

「これならいいだろう?」
「やめて!」
「俺はいい! それよりもこれなら、威力は抑えられるか?」

 鬼気迫る形相で聞く俺の問いに、ローシェは青ざめた顔で頷いた。

「レイアァ! 絶対にそいつを逃がすなぁ!」
「……わかったわっ」

 レイアの声が返った。痛みを堪えている声だが、信用できた。
 俺はニヤリと笑うと、引き金を引いた。

「いやぁあああああああ!」

 薄れゆく意識の中で、ローシェの悲鳴が聞こえた。



 

 

 目の前で凱吾が笑った。
 刹那、彼の腕は吹き飛び、迦具夜の体も吹き飛んだ。
 レイア様の肩に刺さる腕だけが残り、それを引き抜くと、彼女は床に倒れた凱吾に駆け寄った。

「いやぁああああああ!」
「死んでは駄目よ!」

 悲鳴を上げるのが精一杯の私とは違い、レイア様は凱吾の肩に布を自らの衣を押し当てて力強く声をかけていた。

「ローシェ様、医務室はどちらですか?」
「うっうっうっ」
「気をしっかり持って! ローシェ様、まだ彼は生きてます! 医務室は?」
「……この下の……3階です」
「行きましょう!」

 レイア様は私と凱吾を医務室に転移させた。

「ど、どうしました! ……凱吾君!」

 荷物を纏めていた医師が突然に現れた私たちに驚いたが、直ぐに凱吾に気がついた。

「すぐにこっちへ!」
「はい」

 レイア様は医師と共に凱吾を治療用カプセルに寝かせた。

「左腕が肩から根こそぎ吹き飛んでいる。……緊急で義手をつける等の処置を施さねば!」
「道具は?」
「………ローシェ様! アレを使いましょう!」

 医師は意を決した様子で私に言った。

「アレ?」
「レベル3です! アレならば、彼の腕の義手としての機能も果たせますし、適合者ならば他の治療よりも効果的です」
「そ、そんなことが?」
「可能か不可能かは、正直、シュミレーションもしていない状況である以上、試してみないとわかりません。……しかし、現状であるものを用いて、この戦場下で彼を助けることが可能な手段はそれだけです」
「レベル3というのは?」

 当惑する私に説得する医師に、レイア様が聞いた。

「戦闘スーツの新型……いえ、真の戦闘スーツです」
「戦闘スーツで彼の命が助けられるのですか?」
「従来のものでは、難しいでしょう。……しかし、真は違います。ことにレベル3と呼称するモデルは、初めての完成型です。十分に期待はできます」
「そのレベル3というのは一体どういうものなのですか?」

 レイア様の問いに、私が答えた。

「真の戦闘スーツ。従来のものが能力者やアイテムの力を模擬的に引き出していたのに対して、あれは「G」や爾落人そのものを模したものです」
「そんなものが人間の彼に?」
「彼は、偶然にも「連合」全住民にも該当しなかった適合者なんです」

 医師が言った。

「偶然、ね。……そのスーツは今どこに?」
「地下の格納庫で、整備長が管理しています」
「わかったわ」

 レイア様はそれだけ言い残すと、姿を消した。
 1分と経たぬ間に彼女はレベル3を片手に転移してきた。

「これね?」
「はい」
「手術時間は?」
「……30分はどれだけ急いでも」
「いいでしょう。その時間、私がここを守りますわ」

 レイア様が笑顔で言うと、廊下へ出た。
 刹那、窓からの景色が変わった。部屋ごと、どこかへ転移させたらしい。

「すごい………」
「ローシェ様、お手伝いをお願いしてよろしいでしょうか?」
「勿論です!」

 恐縮して聞く医師に私は力強く頷いた。
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