本編
8
夜が明け、私はローブを羽織ると極東コロニーの門の前に立った。
私の後ろに並ぶ者達の中に、凱吾の姿もある。
まもなくして、周囲を覆う巨大な影が現れた。私は逆光の中に浮ぶ天空に浮ぶそれを見上げた。
「天空の城……いや、島だな」
「えぇ」
凱吾が思わず言葉を漏らした。私も彼の表現に同意する。
それは上空に浮ぶ幅1キロは優に超える巨大な空跳ぶ島であった。
天空の島は、ゆっくりとコロニーの前に広がる凍結した湖の中に着陸した。氷が砕け、その下に隠されていた水が周囲に溢れた。
湖の様相が落ち着くと、島はさもはじめからそこに浮んでいたかの様に湖の中に納まっていた。
「ん? 何だ?」
「橋よ」
島の端からコロニーに向かって伸びてくる橋に警戒する凱吾に私は言った。
しかし、私自身も「旅団」の島を直接見たのは初めてであり、橋の事も人伝であった。
橋は私達のいる湖畔までかかった。近くで見るとその幅は広い。車両も出入りが容易に可能であろう。
まもなく、島から4人の男女が橋を渡ってきた。その内、先頭を歩く男性は蛾雷夜であった。
「昨日は急な申し出を受けて頂き、ありがとうございます。改めてご挨拶致します。「旅団」の団長をしている蛾雷夜です」
「「連合」の極東コロニー代表、ローシェです」
「よろしく。……ん? そちらの青年は昨日のお会いしましたね」
蛾雷夜は凱吾に気付き、声をかけた。彼は前に出てくると挨拶をした。
「蒲生凱吾です。……俺も客人という立場で、正確にはここの住人ではない」
「ほぅ。日本人の氏名ですか」
「! 日本の存在を知っているのか?」
「これでも数千年を生きている爾落人ですので。……それよりも、日本という国以前に、日本語自体が廃れて久しい。あなたも爾落人ですか?」
「いいや。俺はただの人間だ。少し事情があって、日本人の生き残りとしての立場を取っている。初対面の立ち話でその事情も話した方がいいか?」
凱吾は蛾雷夜を睨む。彼は苦笑しつつ手を振った。
「いいえ。それは野暮というものでしょう。それにこちらの紹介がまだ残っていますから。……右に控えているのが、タマミ。左に控えているのが、迦具夜です」
彼に紹介され、彼の後ろに控えていた二人の女性が頭を下げた。二人とも東洋人系の美女だ。
「そして、もう一人紹介しておく必要がある女性がいます」
彼が言うと、一番後ろにいた女性が前に出た。いや、体系から恐らく女性であろうと見受けられると表現したほうが正しい。全身を黒衣に包み、顔も黒いベールで隠されていたからだ。
「昨日連絡を入れた段階では約200名の一般人、爾落人や能力者ではない人間と記録していたが、後に誤りであったことがわかりました。一人、彼女だけは爾落人でした」
「「帝国」の爾落人?」
私が聞くと、黒衣の女性は頷いた。
「はい。……レイアと申します」
「レイア……。もしかして、「帝国」極北コロニー代表のレイア様ですか?」
「はい。「帝国」極北領姫、転移の爾落人。レイアです。直接お会いするのは初めてですね。はじめまして、ローシェ様」
レイアはベールを上げて、私に挨拶をした。その顔は端整な東洋人系の女性であった。
私は思った疑問を口に出そうとした。
「まさか、レイア様がこちらに避難され………」
「姉さん!」
私の言葉をさえぎって声を上げたのは、凱吾であった。見るとその顔は酷く驚いた様子であった。
「あ、姉貴………。生きてた……」
凱吾は両目に涙を浮かべてレイア様に近付いていく。
しかし、レイア様は憮然とした表情で手を彼の前に出した。一瞬の間でその手には短剣が握られ、その切っ先が凱吾の眼前に翳されていた。
「無礼ですね! 私はそなたの様な者も知りませんし、弟もおりません」
「な、何を………記憶喪失か?」
「ふぅ。どうやら私を何方かと勘違いされているようですね? 私はレイア。生まれも100年ほど前です」
「そんな………。そ、そうだよな。………すみません」
凱吾は乾いた笑いを浮かべ、ふらふらと後ろへ下がった。
「……すみません」
「いいえ。長く生きていれば、この様な経験の一度や二度もありますから」
私が謝罪すると、レイア様は笑顔を向けて許してくれた。
その後、彼らを一度コロニー内の本部へ招いて話をすることになったが、凱吾の姿は途中から見えなくなっていた。
「何やってんだ、俺は!」
俺は農耕地区の畦に腰を下ろして、自らの行動を悔やんでいた。
姉は、五月は2039年に死んでいる。わかっているのにも関わらず、それをまだ受け入れられていない自分がいた。
姉は二度も死んでいるのだ。それにも関わらず、その事実から俺はまだ逃げている。
「………姉さんの為にも、俺はこの時代で為さなければならないことをしなければならないんだ! 立て! ……俺!」
「中々カッコいい台詞を吐くじゃねぇか?」
「!」
その声は昨日格納庫にいた爾落人のものであった。
しかし、見渡しても周囲に人影はない。
「残念だが、俺の姿はお前には見えないぜ」
「答えろ! 何の目的があるんだ?」
「今はまだ言えない」
「ふざけるな! 何でお前は真理の力が使える?」
「さぁな? ただ、俺の方からは一つお前に忠告だ」
「何?」
「ついさっきここへ来た連中。あいつらには気をつけることだ。特に、一人はお前の姉の仇だからな?」
爾落人の言葉を聞いて、俺の脳裏にレイアと言った姉そっくりな女の顔が浮んだ。
「おい! そいつは誰だ?」
「おっと、そこまでは教えられない。宿題を答えられたら、考えてやってもいいがな?」
「宿題……」
「俺の力を見抜けたら、お前に協力してやってもいい」
「なんで、お前は俺の前に現れるにも関わらず、煙に巻く様な言動を繰り返す?」
「そりゃ、出番が来るまでの暇つぶしさ。俺がこの舞台に上がるには、早すぎるみたいだからな?」
「ちっ! 臆病者か、所詮」
「あぁ? てめぇ、人が黙ってりゃ勝手なこと言いやがって! あぁ、畜生! これ以上いると余計なことをしそうだ!」
彼の苛立った声が聞こえた直後、足音が遠ざかっていく。
「おい!」
「あばよ! 俺が答えを出すまでに精々、宿題を考えておくんだな?」
そして、足音は何処かへと消えてしまった。
一人残された俺は、地団駄した。
「それでは、極北領で起こったことについてお話します」
場所を本部の会議室に移し、レイア様が口を開いた。
「帝国」では、各コロニーの呼称を領としており、極北領は極北コロニーの防衛圏を指している。
「こちらに記録されている画像の「G」が、僅かな時をもって我が極北領を壊滅させました」
円卓になっている会議机につく私達の目の前に画像が表示された。
画像には、崩落する高層建築と大差のない巨体を持つ灰色の肌をした「G」であった。足の正確な数はわからないが、直立二足歩行ではなく、サルなどがする前足を支えにした二足歩行を行っているらしい。前足、腕にあたる部位が異様に長い。
体はシャープで、人に近い。しかし、それは全く人とは違う……体毛の無い表皮を持つ、グロテスクという表現が的確な外見をしており、尾もあるようだ。
「こちらの画像は背後からのもので、頭部の画像はこちらになります」
別の画像が表示された。頭部はエラ……いや、頬袋に近い部位が人でいうところのこめかみにあり、皮膚をはがした人の顔のような、歯を剥き出しにした口と小さくも印象的な目が動物同様に二つある。鼻腔もあるようだ。
「人に酷似した特徴が見受けられますね」
「はい。データベースを参照したところ、該当する「G」が確認されました」
レイア様は別の画面を表示させ、データベースの情報を表示させた。
破壊者、クローバーと表記されている「G」で、2042年にニューヨークを壊滅させた「G」として記録されている。一般的な「G」には表記されない要注意を示すマークがついている。
「これほどの「G」が………」
「はい。極北領は事前に予知能力者からこの「G」の出現を知っており、万全の防衛体制でのぞみましたが、敵はこのクローバー一体ではなく、多数の「G」を連れて現れ、大半の戦力がそがれたところにこのクローバーの攻撃によって、防衛線は突破。コロニー内に侵入してからは完全に圧倒され、多くの民は流入してきた無数の「G」によって死亡し、戦闘に参加した爾落人や能力者はこのクローバーの前に散りました。時間にして、コロニーの城壁突破から約2時間で完全に極北領は壊滅しました」
「たったの2時間で………」
「はい。この「G」は、一般的に使用する武器の類の攻撃が通用しません。大型戦闘兵器による接近戦で、やっと食い止められましたが、力負けし、壊滅までの1時間は脱出が精一杯という状況でした」
「そんな状況だったのですか……」
私が愕然として、背もたれにかかった。
別の者が彼女に質問した。
「状況はわかりました。それで、なぜあなた様は「旅団」と行動を共にしたのでしょうか? 混乱下であったのは想像ができますが、それならば尚の事、「帝国」の他のコロニーへ避難された方がいいと思いますが」
「おっしゃる通りですね。しかし、この危機は我が極北領だけのものではない。あのクローバーが活動することになって、このまま極北領の襲撃だけで留まるとは考えられません。……そこで、私は「連合」の特別指導官の予見を伺う為に参りました」
「!」
彼女の言葉に会議室内は騒然となった。
「なぜ、特別指導官のことを?」
「私も生きた時間こそ短いですが、爾落人です。「連合」に身をおく特殊な爾落人の存在は存じております。……過去の特別指導官との面識はありませんが」
私の疑問に、レイア様はすかさず答えた。
「連合」の組織内に唯一いる爾落人、特別指導官。その存在は、「連合」内でも重要秘匿事項になっている。
その理由は幾つかあるが、大をしめるのは二つだ。一つは、その能力。もう一つは、爾落人にあって「G」に非ずという特殊な存在からだ。
「現在の特別指導官は、どの様な方でしょうか?」
「………」
「隠されても、私の方からサーシャ「連合」総合代表に連絡すれば、結果は同じですよ」
明らかに私へ向けられたレイア様の言葉に、私は固く閉ざしていた口を開いた。
「現在の「連合」特別指導官、予見の爾落人はトーウン様という男性の方です」
「ありがとうございます。御方の御身体に決して危険が及ばさぬ事を私の名誉を持って保証致します」
レイア様は深く礼を私に向けて行った。
予見の爾落人は、謂わば「連合」の象徴的な方だ。決して存命中に、男女二人以上が生まれることがなく、その身体は能力を持つ爾落人でありながら、老化や病、怪我によってその命を落とす。私達と同じただの人である。
そして、発現する能力は必ず予見と呼ばれる予知能力の一種であり、この世界で起こる災いを予見する力になる。つまり、血統そのものが「G」である稀有な爾落人なのだ。
故に、我が「連合」はその血統を決して絶やさぬ様に、彼らを何代にも渡って守ってきたのだ。
「ローシェ様、中央コロニーのサーシャ様へ至急連絡をお願いいたします。そして、トーウン様の予見を我々にお教えください」
レイア様の言葉は簡潔だが、断ることを許さない厳しさがあった。
「おい、凱吾。いつまでそこにいるつもりだ?」
地下格納庫のG動力炉の前に腕を組んで座り込む俺にイヴァンが呆れた様子で言った。
腰にはZOスーツのベルトが巻かれている。
「正体不明の爾落人がコイツを狙っているんだ。だったら、こうしている他手段はない!」
「あのなぁ……そろそろ、昼だぞ?」
「すまないが、食事はここに運んでくれ。あぁ、握り飯にしてくれると助かるな」
「いつの時代の人間だよ、お前は」
「21世紀の人間だ!」
俺が言い返すと、イヴァンは諦めた様子で整備長の元へ歩いて行った。
「駄目だ。岩の様に動こうとしない」
「飯でも駄目か。……あれの試着装備もやってもらいたいんだが、無理そうだな」
「あの様子じゃしばらく無理だ」
わざと俺の耳に届く声で会話をする二人だが、俺はそれを無視する。
「………しかし、警備網の中を自由に移動されている現状は無視できないな」
「それはそうだが、相手の姿が見えない上に、その能力もわからないとなってはどうしようもないだろ?」
「透明の能力を持つのですかね?」
「しかし、凱吾はその動きも封じられたんだろ? 透明だけじゃ説明できない。爾落人というよりも怪人だな」
整備長が笑って言った。
「笑い事じゃないですよ」
イヴァンが言う。
しかし、俺は今の整備長の言葉にひっかかりを覚えた。
「………整備長! 怪人ってどんなものを指すんだ?」
「なんだ? やっと口を開いたと思えば、怪人か? そりゃ、人とは思えない姿や力を持つものだろう?」
「そういう意味じゃなく、怪人というとどんなことをする者だと思う?」
「まぁ、正義の味方というよりは悪役だな。泥棒や殺人とか」
「………いたな。そんな犯罪者が」
「ん?」
俺は記憶をたどる。子どもの頃、本当に幼い頃の記憶だ。
「G」を専門に狙う泥棒がいた。そいつを父さんは知っていると話していた。
「なんて言ったっけか? ……あぁー畜生! 思い出せねぇ!」
俺が髪を掻き毟っていると、俺とイヴァンの目の前のそれぞれ画面が浮んだ。
相手はローシェだ。
「どうした?」
「何かありましたか?」
『緊急です。まもなくコロニー全が第一級警戒態勢に入ります。二人は至急、本部に来てください!』
「何があったんだ?」
恐らく、第一級警戒態勢というのは、ここの最上級警戒レベルを指しているのだろう。
『「帝国」極北コロニーを壊滅した「G」が真っ直ぐこのコロニーに向かっています! そして、既にこのコロニーが壊滅する未来が決まっています』
「そんなまさか……」
『イヴァン、コロニーの人々を避難させる時間を稼ぐ為に、防衛部隊と合流してください。……凱吾もお願いしていいですか?』
「あぁ。それは構わない。……だが、一つだけ答えてくれ」
俺は額に汗が滲むのがわかった。
しかし、意を決してそれをローシェに聞いた。
「その「G」は何だ?」
『2042年にニューヨークを壊滅させた破壊者、クローバーです』
予想通りの言葉に、俺は驚きを忘れて口元に笑みを浮かべた。
「面白い! この再戦、受けてやるぜ!」
立ち上がった俺の背後で、G動力炉は沈黙を守っていた。
数分前、私は会議室から中央コロニーのサーシャ様に連絡を入れた。
「ローシェか。まさに今そちらに連絡を入れようとしていたところだ」
端正な顔立ちの成人男性が画面に現れるなり私に言った。彼が「連合」総合代表のサーシャ様だ。
「いかが致しましたか?」
「トーウン様が予見された。「帝国」の極北領姫は到着されたか?」
「はい……それをなぜ?」
「「帝国」支配者、ホーリーナイト氏より連絡を受けた。「旅団」と行動を共にしたらしいな?」
「はい。こちらにおります」
「出していただけるか?」
サーシャ様が言うと、レイア様は私の横に立った。
「大きくおなりになりましたね、サーシャ様」
「まるで叔母の様な挨拶ですね。極北領のことはお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。挨拶はこの辺にして、本題をお願いします」
「はい。レイア様、極北領を襲った「G」はこちらでも予見していましたが、その事を表に出来ぬ事情故、連絡を躊躇致しました。申し訳ありません」
「予見の爾落人が現在存在していることは、「連合」にとって最重要秘匿。それについては承知しています」
「ありがとうございます。そして、今回は我が「連合」に直接被害が及ぶ事態の為、あなたにもご紹介致しましょう。特別指導官のトーウンです」
サーシャ様の隣に現れた少年こそ、トーウン特別指導官。現在の予見の爾落人だ。
「はじめまして、「連合」極北領姫のレイアです」
「はじめまして。……あなたのコロニーのこと、伝えられなくてごめんなさい」
「それは構いません。こちらにも優秀な予知能力を持つ者がいましたから、事前に備えることはできました。悔やむことはありませんよ」
「うん、……はい。ありがとうございます。……先ほど、新しい予見がありました」
「それは?」
レイア様が聞く。しかし、彼女も私も今までの展開から、彼が何を予見したのかの見当がついていた。
「まもなく、極北領を壊滅させた「G」が極東コロニーを襲います。そして、数時間で極東コロニーは壊滅します」
やはりそういうことだった。
「ありがとうございます。壊滅は免れないことなのですね。……レイア様、申し訳ありませんが、避難民の受け入れはお断りします。……蛾雷夜様」
私は円卓につく蛾雷夜様に向いた。彼は頷いた。
「収容はあと50人位はギリギリ可能です。それから、避難民の脱出時間を少しでも稼げる様に、我々も戦力を投じましょう」
「ありがとうございます」
私は画面に視線を戻した。
「ローシェ。まだはっきりとしないけれど、この先、更に大きな災いがこの世界で起こります。……ご無事で」
「ありがとうございます。トーウン様、サーシャ様」
通信を終え、私は第一級警戒態勢を発令した。
夜が明け、私はローブを羽織ると極東コロニーの門の前に立った。
私の後ろに並ぶ者達の中に、凱吾の姿もある。
まもなくして、周囲を覆う巨大な影が現れた。私は逆光の中に浮ぶ天空に浮ぶそれを見上げた。
「天空の城……いや、島だな」
「えぇ」
凱吾が思わず言葉を漏らした。私も彼の表現に同意する。
それは上空に浮ぶ幅1キロは優に超える巨大な空跳ぶ島であった。
天空の島は、ゆっくりとコロニーの前に広がる凍結した湖の中に着陸した。氷が砕け、その下に隠されていた水が周囲に溢れた。
湖の様相が落ち着くと、島はさもはじめからそこに浮んでいたかの様に湖の中に納まっていた。
「ん? 何だ?」
「橋よ」
島の端からコロニーに向かって伸びてくる橋に警戒する凱吾に私は言った。
しかし、私自身も「旅団」の島を直接見たのは初めてであり、橋の事も人伝であった。
橋は私達のいる湖畔までかかった。近くで見るとその幅は広い。車両も出入りが容易に可能であろう。
まもなく、島から4人の男女が橋を渡ってきた。その内、先頭を歩く男性は蛾雷夜であった。
「昨日は急な申し出を受けて頂き、ありがとうございます。改めてご挨拶致します。「旅団」の団長をしている蛾雷夜です」
「「連合」の極東コロニー代表、ローシェです」
「よろしく。……ん? そちらの青年は昨日のお会いしましたね」
蛾雷夜は凱吾に気付き、声をかけた。彼は前に出てくると挨拶をした。
「蒲生凱吾です。……俺も客人という立場で、正確にはここの住人ではない」
「ほぅ。日本人の氏名ですか」
「! 日本の存在を知っているのか?」
「これでも数千年を生きている爾落人ですので。……それよりも、日本という国以前に、日本語自体が廃れて久しい。あなたも爾落人ですか?」
「いいや。俺はただの人間だ。少し事情があって、日本人の生き残りとしての立場を取っている。初対面の立ち話でその事情も話した方がいいか?」
凱吾は蛾雷夜を睨む。彼は苦笑しつつ手を振った。
「いいえ。それは野暮というものでしょう。それにこちらの紹介がまだ残っていますから。……右に控えているのが、タマミ。左に控えているのが、迦具夜です」
彼に紹介され、彼の後ろに控えていた二人の女性が頭を下げた。二人とも東洋人系の美女だ。
「そして、もう一人紹介しておく必要がある女性がいます」
彼が言うと、一番後ろにいた女性が前に出た。いや、体系から恐らく女性であろうと見受けられると表現したほうが正しい。全身を黒衣に包み、顔も黒いベールで隠されていたからだ。
「昨日連絡を入れた段階では約200名の一般人、爾落人や能力者ではない人間と記録していたが、後に誤りであったことがわかりました。一人、彼女だけは爾落人でした」
「「帝国」の爾落人?」
私が聞くと、黒衣の女性は頷いた。
「はい。……レイアと申します」
「レイア……。もしかして、「帝国」極北コロニー代表のレイア様ですか?」
「はい。「帝国」極北領姫、転移の爾落人。レイアです。直接お会いするのは初めてですね。はじめまして、ローシェ様」
レイアはベールを上げて、私に挨拶をした。その顔は端整な東洋人系の女性であった。
私は思った疑問を口に出そうとした。
「まさか、レイア様がこちらに避難され………」
「姉さん!」
私の言葉をさえぎって声を上げたのは、凱吾であった。見るとその顔は酷く驚いた様子であった。
「あ、姉貴………。生きてた……」
凱吾は両目に涙を浮かべてレイア様に近付いていく。
しかし、レイア様は憮然とした表情で手を彼の前に出した。一瞬の間でその手には短剣が握られ、その切っ先が凱吾の眼前に翳されていた。
「無礼ですね! 私はそなたの様な者も知りませんし、弟もおりません」
「な、何を………記憶喪失か?」
「ふぅ。どうやら私を何方かと勘違いされているようですね? 私はレイア。生まれも100年ほど前です」
「そんな………。そ、そうだよな。………すみません」
凱吾は乾いた笑いを浮かべ、ふらふらと後ろへ下がった。
「……すみません」
「いいえ。長く生きていれば、この様な経験の一度や二度もありますから」
私が謝罪すると、レイア様は笑顔を向けて許してくれた。
その後、彼らを一度コロニー内の本部へ招いて話をすることになったが、凱吾の姿は途中から見えなくなっていた。
「何やってんだ、俺は!」
俺は農耕地区の畦に腰を下ろして、自らの行動を悔やんでいた。
姉は、五月は2039年に死んでいる。わかっているのにも関わらず、それをまだ受け入れられていない自分がいた。
姉は二度も死んでいるのだ。それにも関わらず、その事実から俺はまだ逃げている。
「………姉さんの為にも、俺はこの時代で為さなければならないことをしなければならないんだ! 立て! ……俺!」
「中々カッコいい台詞を吐くじゃねぇか?」
「!」
その声は昨日格納庫にいた爾落人のものであった。
しかし、見渡しても周囲に人影はない。
「残念だが、俺の姿はお前には見えないぜ」
「答えろ! 何の目的があるんだ?」
「今はまだ言えない」
「ふざけるな! 何でお前は真理の力が使える?」
「さぁな? ただ、俺の方からは一つお前に忠告だ」
「何?」
「ついさっきここへ来た連中。あいつらには気をつけることだ。特に、一人はお前の姉の仇だからな?」
爾落人の言葉を聞いて、俺の脳裏にレイアと言った姉そっくりな女の顔が浮んだ。
「おい! そいつは誰だ?」
「おっと、そこまでは教えられない。宿題を答えられたら、考えてやってもいいがな?」
「宿題……」
「俺の力を見抜けたら、お前に協力してやってもいい」
「なんで、お前は俺の前に現れるにも関わらず、煙に巻く様な言動を繰り返す?」
「そりゃ、出番が来るまでの暇つぶしさ。俺がこの舞台に上がるには、早すぎるみたいだからな?」
「ちっ! 臆病者か、所詮」
「あぁ? てめぇ、人が黙ってりゃ勝手なこと言いやがって! あぁ、畜生! これ以上いると余計なことをしそうだ!」
彼の苛立った声が聞こえた直後、足音が遠ざかっていく。
「おい!」
「あばよ! 俺が答えを出すまでに精々、宿題を考えておくんだな?」
そして、足音は何処かへと消えてしまった。
一人残された俺は、地団駄した。
「それでは、極北領で起こったことについてお話します」
場所を本部の会議室に移し、レイア様が口を開いた。
「帝国」では、各コロニーの呼称を領としており、極北領は極北コロニーの防衛圏を指している。
「こちらに記録されている画像の「G」が、僅かな時をもって我が極北領を壊滅させました」
円卓になっている会議机につく私達の目の前に画像が表示された。
画像には、崩落する高層建築と大差のない巨体を持つ灰色の肌をした「G」であった。足の正確な数はわからないが、直立二足歩行ではなく、サルなどがする前足を支えにした二足歩行を行っているらしい。前足、腕にあたる部位が異様に長い。
体はシャープで、人に近い。しかし、それは全く人とは違う……体毛の無い表皮を持つ、グロテスクという表現が的確な外見をしており、尾もあるようだ。
「こちらの画像は背後からのもので、頭部の画像はこちらになります」
別の画像が表示された。頭部はエラ……いや、頬袋に近い部位が人でいうところのこめかみにあり、皮膚をはがした人の顔のような、歯を剥き出しにした口と小さくも印象的な目が動物同様に二つある。鼻腔もあるようだ。
「人に酷似した特徴が見受けられますね」
「はい。データベースを参照したところ、該当する「G」が確認されました」
レイア様は別の画面を表示させ、データベースの情報を表示させた。
破壊者、クローバーと表記されている「G」で、2042年にニューヨークを壊滅させた「G」として記録されている。一般的な「G」には表記されない要注意を示すマークがついている。
「これほどの「G」が………」
「はい。極北領は事前に予知能力者からこの「G」の出現を知っており、万全の防衛体制でのぞみましたが、敵はこのクローバー一体ではなく、多数の「G」を連れて現れ、大半の戦力がそがれたところにこのクローバーの攻撃によって、防衛線は突破。コロニー内に侵入してからは完全に圧倒され、多くの民は流入してきた無数の「G」によって死亡し、戦闘に参加した爾落人や能力者はこのクローバーの前に散りました。時間にして、コロニーの城壁突破から約2時間で完全に極北領は壊滅しました」
「たったの2時間で………」
「はい。この「G」は、一般的に使用する武器の類の攻撃が通用しません。大型戦闘兵器による接近戦で、やっと食い止められましたが、力負けし、壊滅までの1時間は脱出が精一杯という状況でした」
「そんな状況だったのですか……」
私が愕然として、背もたれにかかった。
別の者が彼女に質問した。
「状況はわかりました。それで、なぜあなた様は「旅団」と行動を共にしたのでしょうか? 混乱下であったのは想像ができますが、それならば尚の事、「帝国」の他のコロニーへ避難された方がいいと思いますが」
「おっしゃる通りですね。しかし、この危機は我が極北領だけのものではない。あのクローバーが活動することになって、このまま極北領の襲撃だけで留まるとは考えられません。……そこで、私は「連合」の特別指導官の予見を伺う為に参りました」
「!」
彼女の言葉に会議室内は騒然となった。
「なぜ、特別指導官のことを?」
「私も生きた時間こそ短いですが、爾落人です。「連合」に身をおく特殊な爾落人の存在は存じております。……過去の特別指導官との面識はありませんが」
私の疑問に、レイア様はすかさず答えた。
「連合」の組織内に唯一いる爾落人、特別指導官。その存在は、「連合」内でも重要秘匿事項になっている。
その理由は幾つかあるが、大をしめるのは二つだ。一つは、その能力。もう一つは、爾落人にあって「G」に非ずという特殊な存在からだ。
「現在の特別指導官は、どの様な方でしょうか?」
「………」
「隠されても、私の方からサーシャ「連合」総合代表に連絡すれば、結果は同じですよ」
明らかに私へ向けられたレイア様の言葉に、私は固く閉ざしていた口を開いた。
「現在の「連合」特別指導官、予見の爾落人はトーウン様という男性の方です」
「ありがとうございます。御方の御身体に決して危険が及ばさぬ事を私の名誉を持って保証致します」
レイア様は深く礼を私に向けて行った。
予見の爾落人は、謂わば「連合」の象徴的な方だ。決して存命中に、男女二人以上が生まれることがなく、その身体は能力を持つ爾落人でありながら、老化や病、怪我によってその命を落とす。私達と同じただの人である。
そして、発現する能力は必ず予見と呼ばれる予知能力の一種であり、この世界で起こる災いを予見する力になる。つまり、血統そのものが「G」である稀有な爾落人なのだ。
故に、我が「連合」はその血統を決して絶やさぬ様に、彼らを何代にも渡って守ってきたのだ。
「ローシェ様、中央コロニーのサーシャ様へ至急連絡をお願いいたします。そして、トーウン様の予見を我々にお教えください」
レイア様の言葉は簡潔だが、断ることを許さない厳しさがあった。
「おい、凱吾。いつまでそこにいるつもりだ?」
地下格納庫のG動力炉の前に腕を組んで座り込む俺にイヴァンが呆れた様子で言った。
腰にはZOスーツのベルトが巻かれている。
「正体不明の爾落人がコイツを狙っているんだ。だったら、こうしている他手段はない!」
「あのなぁ……そろそろ、昼だぞ?」
「すまないが、食事はここに運んでくれ。あぁ、握り飯にしてくれると助かるな」
「いつの時代の人間だよ、お前は」
「21世紀の人間だ!」
俺が言い返すと、イヴァンは諦めた様子で整備長の元へ歩いて行った。
「駄目だ。岩の様に動こうとしない」
「飯でも駄目か。……あれの試着装備もやってもらいたいんだが、無理そうだな」
「あの様子じゃしばらく無理だ」
わざと俺の耳に届く声で会話をする二人だが、俺はそれを無視する。
「………しかし、警備網の中を自由に移動されている現状は無視できないな」
「それはそうだが、相手の姿が見えない上に、その能力もわからないとなってはどうしようもないだろ?」
「透明の能力を持つのですかね?」
「しかし、凱吾はその動きも封じられたんだろ? 透明だけじゃ説明できない。爾落人というよりも怪人だな」
整備長が笑って言った。
「笑い事じゃないですよ」
イヴァンが言う。
しかし、俺は今の整備長の言葉にひっかかりを覚えた。
「………整備長! 怪人ってどんなものを指すんだ?」
「なんだ? やっと口を開いたと思えば、怪人か? そりゃ、人とは思えない姿や力を持つものだろう?」
「そういう意味じゃなく、怪人というとどんなことをする者だと思う?」
「まぁ、正義の味方というよりは悪役だな。泥棒や殺人とか」
「………いたな。そんな犯罪者が」
「ん?」
俺は記憶をたどる。子どもの頃、本当に幼い頃の記憶だ。
「G」を専門に狙う泥棒がいた。そいつを父さんは知っていると話していた。
「なんて言ったっけか? ……あぁー畜生! 思い出せねぇ!」
俺が髪を掻き毟っていると、俺とイヴァンの目の前のそれぞれ画面が浮んだ。
相手はローシェだ。
「どうした?」
「何かありましたか?」
『緊急です。まもなくコロニー全が第一級警戒態勢に入ります。二人は至急、本部に来てください!』
「何があったんだ?」
恐らく、第一級警戒態勢というのは、ここの最上級警戒レベルを指しているのだろう。
『「帝国」極北コロニーを壊滅した「G」が真っ直ぐこのコロニーに向かっています! そして、既にこのコロニーが壊滅する未来が決まっています』
「そんなまさか……」
『イヴァン、コロニーの人々を避難させる時間を稼ぐ為に、防衛部隊と合流してください。……凱吾もお願いしていいですか?』
「あぁ。それは構わない。……だが、一つだけ答えてくれ」
俺は額に汗が滲むのがわかった。
しかし、意を決してそれをローシェに聞いた。
「その「G」は何だ?」
『2042年にニューヨークを壊滅させた破壊者、クローバーです』
予想通りの言葉に、俺は驚きを忘れて口元に笑みを浮かべた。
「面白い! この再戦、受けてやるぜ!」
立ち上がった俺の背後で、G動力炉は沈黙を守っていた。
数分前、私は会議室から中央コロニーのサーシャ様に連絡を入れた。
「ローシェか。まさに今そちらに連絡を入れようとしていたところだ」
端正な顔立ちの成人男性が画面に現れるなり私に言った。彼が「連合」総合代表のサーシャ様だ。
「いかが致しましたか?」
「トーウン様が予見された。「帝国」の極北領姫は到着されたか?」
「はい……それをなぜ?」
「「帝国」支配者、ホーリーナイト氏より連絡を受けた。「旅団」と行動を共にしたらしいな?」
「はい。こちらにおります」
「出していただけるか?」
サーシャ様が言うと、レイア様は私の横に立った。
「大きくおなりになりましたね、サーシャ様」
「まるで叔母の様な挨拶ですね。極北領のことはお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。挨拶はこの辺にして、本題をお願いします」
「はい。レイア様、極北領を襲った「G」はこちらでも予見していましたが、その事を表に出来ぬ事情故、連絡を躊躇致しました。申し訳ありません」
「予見の爾落人が現在存在していることは、「連合」にとって最重要秘匿。それについては承知しています」
「ありがとうございます。そして、今回は我が「連合」に直接被害が及ぶ事態の為、あなたにもご紹介致しましょう。特別指導官のトーウンです」
サーシャ様の隣に現れた少年こそ、トーウン特別指導官。現在の予見の爾落人だ。
「はじめまして、「連合」極北領姫のレイアです」
「はじめまして。……あなたのコロニーのこと、伝えられなくてごめんなさい」
「それは構いません。こちらにも優秀な予知能力を持つ者がいましたから、事前に備えることはできました。悔やむことはありませんよ」
「うん、……はい。ありがとうございます。……先ほど、新しい予見がありました」
「それは?」
レイア様が聞く。しかし、彼女も私も今までの展開から、彼が何を予見したのかの見当がついていた。
「まもなく、極北領を壊滅させた「G」が極東コロニーを襲います。そして、数時間で極東コロニーは壊滅します」
やはりそういうことだった。
「ありがとうございます。壊滅は免れないことなのですね。……レイア様、申し訳ありませんが、避難民の受け入れはお断りします。……蛾雷夜様」
私は円卓につく蛾雷夜様に向いた。彼は頷いた。
「収容はあと50人位はギリギリ可能です。それから、避難民の脱出時間を少しでも稼げる様に、我々も戦力を投じましょう」
「ありがとうございます」
私は画面に視線を戻した。
「ローシェ。まだはっきりとしないけれど、この先、更に大きな災いがこの世界で起こります。……ご無事で」
「ありがとうございます。トーウン様、サーシャ様」
通信を終え、私は第一級警戒態勢を発令した。