‐GetterⅡ‐ 逸見樹のある一週間
月曜日。
今日からまたボクの、中学生としての一週間が始まる。
五島市立福江中学校、通称「福中」。
家からはちょっと遠いけど、外国人の生徒が多いのもあって一番「普通じゃない生徒」の対応に慣れてたから、ここに行く事にした。
「花嫁修業」を兼ねての弁当作りと、じいちゃんの分を含めた朝食作りもあって、学校がある月~金は朝6時に起きて、食事の準備をする。
起きるのが早いだけで、やる事は「花嫁修業」と変わらないし、「花嫁修業」じゃないからじいちゃんも朝食にはダメ出しはしない。
まぁたまに弁当を見て「もっと『せんすおぶわんだー』を入れるんじゃ!」、って言って来る事はあるけど。
大体は手抜きしようとした時に言われて、要は手抜きせずに工夫しなさいって事だと思う。
だから今日は五島椿のオイル、海外風に言えば「カメリアオイル」を隠し味にした、サクサクのかき揚げを弁当のおかずにしてついでに、朝食の卵焼きも作る。
最近五島うどんでよく使ってるし、多分じいちゃんならオイルの在庫を見なくても、一口食べれば・・・あっ、じいちゃんが起きて来た。
「ん~むっ・・・おお、おはようさんさん朝日がサンサンじゃ、樹。」
「おはよう、じいちゃん。」
しばらくして、朝食に。一緒に弁当も出来た。
熱々の内に・・・
「「いただきます。」」
「・・・ほう、今日は椿オイルな気分じゃな?樹?老いるワシには朝食で十分じゃが、かき揚げにまでするとは流石は若さじゃのう。」
「まっ、五島椿のオイルはあっさりしてるから。」
「ワシのワイフもよく、美容に使っとったわい。お陰でばーさんになってもツヤツヤじゃったがのう。ほっほっほっ。」
そうして他愛の無い事を話している間に、家を出る時間が来た。
「・・・あっ、もう行かないと。行って来ます。」
「いっテキーラじゃ!気を付けての~。」
じいちゃんに手を振って家を出て、徒歩で学校を目指す。
まだまだ猛暑だから、ちょっと外を歩くだけでとにかく暑い。
あの戦いの後、Gnosisの引田さんが「爾落のエキス」って言うのをボクの体に入れる為に来て、エキスを使い出した途端に虚弱体質がみるみると直って、今は普通の女子くらいの体質にまで改善された。
それでも、暑いものは暑い・・・けど日本の他所の中学生に比べればまだ、耐性が付いてる方だと思う。
軽く運動したくらい汗を掻いて、学校に到着すると・・・
『やぁ、イツキ!今日も素敵だねっ♪』
やっぱり話し掛けて来た、この男子。
この黒人男子はアレキサンダー・ドミトリー、通称はアレク。
ボクのクラスの人気者で、毎日ボクに話し掛けて来る珍しいヤツ。
洋画とか漫画とかにいそうな、陽気で明るくてコミュ力お化けな黒人少年・・・そんな感じ。生まれも育ちも、ここ福江島だけど。
五島列島は昔から、弾圧されていたキリシタンを密かに受け入れてたりした場所だから、意外と永住してる外国人が多くて、アレクの両親も日本国籍を取ってここにずっと昔から住んでるから、本当に外国人か?と思うくらいに日本語も日本文化も、達者だ。
ちなみに彼がボクの転校初日に真っ先に、ボクに話し掛けて来た時の第一声が・・・
『やぁ、俺はアレキサンダー!アレキさん、じゃなくてアレクって呼んでくれ!ヨロシク、イツキ!キミって、可愛くて素敵だよね!』
「・・・はっ?」
つい、前までのボクみたいに冷たい返しをしちゃったくらい、ボクからすればあり得ない事を言って来たからね。
『いや、キミが「男」なのは分かってるんだけど、素直にそう思ったからさ・・・』
「素直になった方がいいって、ボクも分かってますけど、あまり素直になり過ぎない方がいい時も、ありますよ?」
『ゴメン!キミを傷付けたのなら、謝るよ・・・けど、さっきの言葉は誇張も媚びもしてない。たとえキミが男の体だったとしても、俺はそう言ってた。素直に素敵だって思ったのは、変わらないよ。』
「・・・まさか、口説いてます?」
『ある意味そう、かな?クラスメイトとしてね!ようこそ、福中2年B組へ!』
最初は好感度稼ぎがしたいからボクに話し掛けて来た、そう思って疑わなかった。
でもその後も毎日アレクはボクに、話し掛けて来る。話す相手なんてごまんといるのに、わざわざ時間を作ってまで。
転校して一週間くらいはボクは話題の人だったけど、以降はあんまり話題にしちゃいけないとでも思われたのかそうでも無くなって、好感度稼ぎにはそんなに使えないと思うのに。
ボクは根暗とまではいかないけど根明とまでもいかない、普通と言うか中途半端な奴だから真意は、さっぱり分からない。
ただ話しやすいのは確かだから、結果として毎日よく喋っている。
ちなみに他のクラスメイトは良くも悪くも、あまりボクに話し掛けて来ない。
とりあえず話す男子女子が何人かいるくらいで、アレクみたいに色んな男子女子と、放課後まで話す事なんて無い。
まぁ暴言を言われたり、いじめになりそうな事はされて無いし、ボクはお喋りが得意ってわけでも無いから、別に大丈夫だけど・・・ギャオスの双子の子供となら、普通に話せるのにな。
「・・・こんなので、『優しい人』って言えるのかな?」
そんな事を思いながら、学校での時間はただ過ぎて行く。
「センスオブワンダー」を入れた弁当も、それに気付くのは作ったボクと・・・
『今日のイツキの弁当は・・・かき揚げ弁当じゃん!しかも、我が故郷の五島の椿オイルのニオイがビミョーにする・・・これも自分で作ってるんでしょ?イツキって、ほんと弁当も素敵だよね!』
やはりと言うか、アレクだけ。
凄いとは思うけど、多分アレクなら普通の弁当でも素敵認定しそうだし、特別感はあんまりしない。
やっぱりアレク以外のクラスメイトから、褒められたいって事なのかな?人間は誰しも、承認欲求の塊みたいな存在だと言うし。
自分が一番嫌って程分かってるけど、ボクは身体だけじゃなくて心も、面倒なんだなぁ。
それから午後の授業もあっと言う間に終わって、もう下校時間に。
二学期って言う中途半端な時期に転校したからか、どの部活からも誘われる事は無く、ボクも特にやりたい部活が無いから結果として、帰宅部として普通に時間通りにやっと暑さが引き始めた帰り道を、ボクは1人歩く。
学校は勉強をするだけじゃない、学生として後々社会に必要な協調性とかを学びつつ、モラトリアムの身として今しか出来ない「青春」を謳歌する場所。
それは分かってる。分かっててボクはちょっとだけ期待してまた、学校に行く事にした。
でも、やっぱりそこまでは叶わなくって、それも十分分かってた筈なのに、ね。
「・・・ボク、『青春』してないよなぁ。」
良かった、今日は「花嫁修業」が無くて。
だって今日もきっと、不合格になっただろうから。