本編












福江島では、亨平の意向によって早くも陸上自衛隊・第九師団が災害救助の名目で派遣され、亨平の指揮の元で町の復興作業が早速始まっていた。






「ぎゃおー!ぎゃおー!」



そんな町の中を、両親に微笑ましく見守られながら両手を広げて空を飛ぶように走る少女がいた。
昨日、首藤と共にギャオスに助けられた親子だ。




「まぁ、あの子ったら・・・本当に朱雀が好きなのね。」
「まっ、俺達にとってはガメラに並ぶヒーローだし、あの子にとっては今やガメラ以上のヒーローだからな。」




「ぎゃおー・・・あうっ!」
「おっと・・・?」




そんな中、ギャオスごっこに夢中になる余り少女は、黒を基調にした学生服を着た中学生にぶつかってしまう。
中学生は少し体勢を崩しただけで済んだが、少女は道に尻餅を付いてしまう。




「あううっ・・・」
「大丈夫?」
「あっ、ご、ごめんなさい・・・!」
「いいよ、君が無事なのなら。ほら、立てる?」
「あ、ありがとう・・・」




少女は中学生が差し伸べた手を取って立ち上がり、少女の父親と母親が慌てて2人に駆け寄る。




「大丈夫!?すみません、うちの子がご迷惑を・・・!」
「こらっ!朱雀ごっこをするなら、ちゃんと前を見ないと駄目じゃないか!」
「ごめんなさい・・・」
「いいんですよ。ボクは何ともありませんし、この子もすぐに謝りましたから。」
「それはどうも・・・んっ?『ボク』?」
「貴方・・・女の子、よね?」
「体と上の制服は、です。でも心は男だから、下はズボンにして貰いました。ボク、性同一性障害なんです。」
「そ、そうだったのか・・・何だか、申し訳ないね。」
「辛いでしょうけど・・・頑張って頂戴ね。」
「ありがとうございます。でもボクは、大丈夫です。じいちゃんも『お母さん』も・・・お父さんも、ちゃんとボクを男として、見てくれてますから。それでこの子は、朱雀ごっこをしているんですか?」
「そうなの。昨日、私達はあのロボットの騒ぎの中で朱雀に助けて貰ったのよ。」
「それで、それからこの子にとっては朱雀はガメラ以上のヒーローになったんだけど・・・中々、名前を覚えてくれなくてね。」
「・・・そうですか。それは、良かった。」
「ねぇ、とりさんすごいのよ~!ばっさーってとんで、ピカピカのビームでなんでもスパスパッ!って・・・」
「・・・ギャオス、だよ。」
「えっ?」
「その鳥の名前。ギャオス、って言うんだよ。ギャオー、って鳴くから『ギャオス』。分かりやすいよね。」
「そうなんだ~!ありがとう、おにいちゃん!」
「ううん。ボクの方こそ、ギャオスを好きになってくれて・・・ボクをお兄ちゃんって呼んでくれて、ありがとう。これからもギャオスの事、好きでいてね。」
「うんっ!わたしはギャオスだ~!ぎゃおー!ぎゃおー!」




屈託の無い笑顔を見せながら、親子の元を去る中学生・・・それは、「なりたい自分」への一歩を踏み出した樹であった。






「・・・うむ、合格じゃ!」
「ほんと!ありがとう、じいちゃん。」




家に戻った樹は、台所で元治からの「花嫁修業」に望み、一昨日失敗したキュウリの千切りを、今までで一番早く・綺麗に済ませる事に成功した。




「一昨日とは大違いじゃなぁ。これは免許皆伝も、遠くはないかもしれんのう?これも昨日からやけに素直になったからかの?」
「うん。確かに、そうかもね。」
「ワシは嬉しいぞ、樹・・・素直になったと言うよりは、自分に正直になってくれた事がのう。今のお前さんは、花も恥じらう立派な『イケメン』じゃな!い~つ~き~?」
「何、それ?ちょっと言葉選びが、おかしいって・・・ふふっ。」




今までは冷たくあしらっていた元治のニヤリ顔アクションにも、微笑で返す樹。
心の隙間が満たされた今の樹には、祖父の冗談を受け入れられる余裕さえも出来ていたのだ。




「樹、親父、帰ったぞ・・・」




そこに玄関の戸が開く音と共に、復興作業の指揮の間を縫って亨平が帰って来た。
樹と元治は手を洗ってから台所を出て、亨平を迎える。




「お~、もう帰って来たか。お勤め、ご苦労さん。」
「当然だ。その為に、どうにか昼の間に時間を作ったのだからな。」
「お帰り、父さん。」
「ただいま、樹。すまないが、姫神島へは少し休憩してからにして良いか?やはり、この島は暑くてたまらん・・・」
「自衛隊員の癖に、そう言うだらしない事言うんだ?」
「むっ・・・なら、今すぐ行くか?」
「・・・いいよ、別に。冗談だからさ。ちょうど、『花嫁修業』も終わった所だったし。ボク、キュウリの酢の物でも作って来るよ。」
「あぁ。すまないな、樹。」






居間に移動した亨平は冷えた麦茶を飲んで咽の渇きを癒し、樹が持って来たキュウリの千切りにワカメとお酢を足して合えた、キュウリの酢の物を食べる。
亨平が初めて食べる樹の手作り料理は、時間を掛けずに冷蔵庫にあるものを使って、その場の思い付きで作られた簡単なものでありながらも、彼の舌を大いに唸らせた。




「・・・うむ。やはり旨いな。樹の料理の腕前がここまで上達しているとは、感心だ。」
「あ、ありがとう。」
「お前さんの料理下手を考えると、夕和さんの優秀なシェフな血がちゃ~んと樹に受け継がれたようで、良かったわい。亨平は樹くらいの頃に『花婿修業』を一回受けたっきり、やめよったからのう?」
「人間には向き不向きがあると言うだけだ、親父。だからこそ俺は、俺が持っていない物を持っている夕和に惹かれたんだ・・・それにそう言う親父こそ、家庭科以外は赤点ばかりだっただろう?」
「えっ?そうなの?」
「はて?そうじゃったかのう?」
「親父まで惚けるな!まぁ、夕和は勉強も得意でその点も樹に遺伝されていたのは、昨日の学力テストで分かった。来月からの中学校の入学も、勉強面では問題は無いだろう・・・それ以外の問題は、対人関係の苦手さも母親譲りである点だが・・・」
「大丈夫。ボクが中学校に行きたいって言ったんだから、どんなに辛い事があっても行くよ。全部覚悟して、決めた事だから。」
「・・・だろうな。だからこそ、俺はもう止めない。だが、学校で受けた不愉快な事は必ず俺か親父に報告する、それだけは守るんだぞ?お前はもう、1人で辛い事を抱え込む必要は無いのだからな。」
「分かってるって。今の父さんになら、言っても大丈夫だからね。」
「そうじゃ、樹。昨日ワシにあのロボットの事を打ち明けた亨平のように、ありの~、ままに~、さらけ~出すん~じゃ~ぞ~っ?」
「いやいや、じいちゃん。あれは流石にさらけ出し過ぎと言うか、どちらかと言えば数年前のあの号泣会見みたいな事をするのは、ねぇ?」
「あ、あんな支離滅裂な会見と一緒にするな!俺は誠意を持って、親父だけにでも真実を話そうと・・・」




冷え切っていた昨日までとは一転した、家族の温かさに包まれた逸見家の姿が、そこにはあった。
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