本編
その夜、都内某所。
都心からやや離れた、表札に「松田」と書かれた豪勢な日本家屋に明日香が入って行き、長い廊下の先にある奥の部屋の襖を開ける。
「只今戻りました、お父様。」
「戻ったか、明日香よ。」
部屋には白髪と顔中の皺が高齢さを物語る老人がいた。
彼こそが、明日香の父である松田東前。
某大学の総長にして、元政治家の資産家であり、政財界の重鎮。
その影響力はあまりに凄まじく、名前を呼ぶ事も憚られると言う者すらいる程のビッグネームである。
「情報はある程度聞いた。失敗したようだな?」
「はい。申し訳ありません。詳細は、私の記憶をご覧になって下さい。」
明日香は東前の前で正座して頭を差し出し、東前は右手を明日香の頭に当てて目を閉じ、しばらくして目を開ける。
「・・・成程。やはり、あの程度の駒ではこれが限界か。だが、玄武は着実にアヴァンに近付いて行っている。それだけで良しとしよう。お前は引き続き土井平司と接触し、四神について調べろ。」
「はい、お任せを。」
「四神が何の妨害も無く『万物』に至れるならば良いが・・・もし土井平司が『死神』を操ろうとしているのなら、気をつけろ。あれが奴の手に渡れば、全ての計画が狂いかねない。」
「承知しました。」
「また、我の邪魔はさせぬぞ・・・土井平司、いや・・・フェネクスよ・・・」
何者も威圧する表情をした東前の姿は、見る間に若々しい姿に変わって行く。
そう、松田東前の正体は歴史と「G」の影で暗躍し続ける集団「組織」の統率者・蛾雷夜であったのだ・・・
翌日。
昨日の福江島での一連の騒動は平司によって、ガンヘッドを元に陸上自衛隊で極秘裏に開発され、配備予定だった新兵器のエアロ・ボットが起動実験中に誤作動を起こして暴走。
起動実験に携わっていた陸上自衛隊員・逸見亨平と玄武、更に新たに現れた朱雀によってエアロ・ボットが破壊された事で事態は解決し、朱雀は玄武と同じく人類に害を及ぼさない友好的な存在である事から捜索及び攻撃、防衛省でのエアロ・ボット再開発の予定は無い・・・と発表された。
「・・・ちっ、そうやってオレ達に貸しを作る形にしやがったか・・・」
東京都・新宿区市谷に所在を置く、防衛省・中央省庁。
Gnosisの活動拠点は中央省庁の六つの棟の一つに存在しており、各メンバーは国家機密組織として活動する時以外は「GSIONS(グシオンズ)」と言う、ソロモン72柱の同名の悪魔が由来・・・と言う表向きの名前と、蛍が考案した本当は「Gnosis」のアナグラム・・・と言う隠れ蓑としての役割が込められたこの部署で、逆説的な心理効果と各々の個性に基づいた、国家機密組織の拠点とは到底思えない開放的かつ多種多様な物が散乱するデスクが目に付くオフィスにて、主に海外からの様々な軍事品を検査する仕事をしている。
そのオフィスの一角で、パソコンのキーボードを叩いて紀子の写真が乗った何かの資料を作りながら、横目でスマホのニュース動画での平司の発表に毒付くのは、当然「GSIONS」でもリーダーである験司。
自分達、厳密には能登沢家・逸見家にとって非常に都合の良いな筈の発表内容に験司が難色を示す理由・・・それは、あまりに都合が良すぎるが故であった。
「いっそGnosisの名前を出してでも、自分達で事態の責任を取るつもりだったってのに・・・この状況で下手に逆らったら、恩を仇で返すようにしか見えねぇだろうがよ・・・」
「それは仕方無いわ、験司。私達はどうやっても今は土井大臣の傘下にいる機密組織で、土井大臣は有力な政治家でもあるから、こう言うやり方に馴れているのよ。」
「・・・だろうな。いざとなれば、兄貴の言う事には逆らえなくなる・・・それが嘘だと、分かっていてもな。」
ーー・・・験司。
お父さんはね、俺達を置いて遠くへ行っちゃったんだ・・・
だからこれからは「浦園」として、一緒に生きて行こうな・・・
験司の脳裏に去来する、兄・平司との覚えている限りの最初の記憶。
燃える実家を背後に佇む、まだ学生でありながら人ならざる「何か」を瞳に湛えた平司の姿・・・
験司が忌まわしい過去にトリップしていると察した蛍は験司の手を優しく握る事で、験司を現実に連れ戻す。
「・・・験司?大丈夫?」
「あ、あぁ・・・何でもねぇ。ありがとな、蛍。」
「土井大臣にとっては験司の反抗の阻止が第一かもしれないけど、『対「G」法案』の成立への動きが激化している、と言う事もあるでしょうね・・・」
「まぁ、最初はアンチ「G」の筆頭だった逸見を生贄にして、法案の成立にストップをかけるつもりだったらしいからな?それが失敗したら、今の自衛隊じゃ巨大「G」に勝てねぇからガメラとギャオスとは仲良くしておきましょう、ってか・・・そのエアロ・ボットも、自衛隊は何にも関わってねぇのにな?それで、そのエアロ・ボットの本当の生みの親は?」
「私達の活動の邪魔と公言を、今後一切しないと言う条件で開放したわ。本人は自分の行動が拘束されるのを何より嫌がっていたから、私達も同じ条件付きでの交渉にはなったけど、引田が交渉を始めたら素直に従ったから、割とすぐに終わったの。」
「Win-Win、ってやつか?まぁ、こっちもペダニウムとか言う新たな金属って言う見返りはあったがな。ペダニウムと言うか、エアロ・ボットの残骸の回収は終わったのか?」
「ええ。昨日の夜の間に回収は終わらせたって、今朝古手さんから報告があったわ。」
「流石は巨大「G」を捕らえる、第二の国家機密組織の一員になる可能性のある連中だな・・・それくらいは朝飯前、って事か。」
「だから、残骸は今は全て竜宮島か大戸島の地下にあると思うけど・・・」
「大戸島の地下にもあるなら、ややきな臭い感じはあるな。あそこには、美愛さんに『何か』を感染させた奴がいる疑惑がある・・・どっかで首藤辺りに調べさせるか。」
「昨日は色々あったし、これからも数えきれないくらいに大変な事があるかもしれないけど・・・私達の望みは一つ。そうよね?験司。」
「ああ。オレ達の望みは・・・あのじゃりん子達が、いつまでも元気でいてくれる事。それだけだ・・・」
その頃、青森県・能登沢家の居間には憐太郎・晋だけでなく拓斗・透太の姿もあった。
4人はテレビに目を向けつつ、何故かこの場にいない「彼女」が来るのを心待ちにしていた。
「・・・お待たせ。」
少しして、階段をゆっくりと降りる足音が聞こえ・・・居間に、緑を基調にした中学校の制服を着た紀子が現れた。
そう、Gnosisの手で「能登沢紀子」として新しく戸籍を作り直される事になった彼女は、憐太郎達と同じ中学校に通う事に決めたのだ。
「・・・す、守田さんが本当に、ぼく達の学校の制服を着てる・・・!」
「や、やべぇ・・・!制服の守田さん、やっぱやべぇって!!」
「うん。凄く似合っているよ、紀子。今の紀子は、いい意味でただの女子中学生って感じだね。」
「ありがとう、拓斗君。透太君。お父さん。それで、レンはどう思・・・」
各々の最高の反応をする3人に心が満たされつつも、紀子にとって中学生としての自分の姿への感想を一番聞きたい相手である憐太郎は・・・顔を赤らめながら、無言でまじまじと紀子の事を凝視していた。
「・・・レン?どうしたの?」
「・・・はっ!い、いや・・・制服着た紀子があまりに可愛かったから、つい見とれてて・・・」
「こんの、レン!!いつもいつもそうやって変なとこでのろけやがって!!」
「レンと守田さんじゃなかったら、『リア充死ね!』って言われてたね。」
「まぁ、憐太郎の気持ちも分かるよ。私も憐太郎も紀子がこの家に来てからは、こんな日が来たらいいなって思ってたからね。」
「これから君と、学校でも一緒にいれるなんて・・・!僕、夢みたいだ!」
「夢じゃないよ、レン。だから、これからは学校でも沢山の思い出を、作って行こうね。」
「うんっ!」
この夏休みの終わりに訪れる、嬉しさで一杯の新しい学校生活に思い描きながら、憐太郎は紀子は目と目を合わせて変わらぬ互いへの「愛」を確め合うのだった。