本編
・・・なんだ?この景色は?
炎に包まれた、街。
逃げ惑う、人々。
倒れた、大きな塔。
終わる事の無い、地震。
その中を暴れる、四体の怪獣。
そして、大量の鳥。
いや、あれは全部ギャオスだ。
全部子供の、ギャオス。
もしかして、これがあの光景だって言うのか?
一万二千年前。
アトランティスの、滅亡・・・
「・・・はっ!?」
逸見家では、亨平によって居間の縁側に寝かされていた樹の意識が戻っていた。
意識を失う前の光景と、意識の戻る寸前に見ていた夢・・・「ある光景」をおぼろげに思い出しながら、汗だくで疲労が蓄積した重い体を起こし、両手両足を伸ばす。
「そうか。ボクは、ギャオスは・・・」
「おお、起きたか樹。おそよう。とりあえず、これでも飲んでファイト一発!じゃぞ?」
「じいちゃん・・・うん。」
と、樹が目を覚ました事に気付いた元治が、幾つかの氷と麦茶の入った透明なコップを持ちながら居間にやって来た。
喉の渇きもかなりのものだった樹は元治からコップを貰うやすぐに麦茶を飲み干し、氷だけになったコップを元治に返す。
「ぷはぁ、はぁ・・・」
「いい飲みっぷりじゃな。喉が渇いた時にはやっぱり、麦茶に限るのう。しかし、亨平のやつと来たら樹をここに置いて行くやまたすぐ何処かに行きよって・・・一体、何をしとったんじゃ?」
「おじいちゃんには、関係無いよ。あいつが何をしようが、もう関係無いんだ。」
――そうさ、勾玉も無い今のボクにはどうしようも出来ないんだ。
あの人に復讐する事なんて、夢のまた先になった。
もうただの人間に戻ったボクにギャオスは、味方になんてなってくれないんだ。
もうこれからは、ギャオスと交感出来ない。
もうギャオスはボクの、親になってはくれない。
そんなボクなんてただの、身体が女の気持ち悪い男でしかない。
今のボクなんか、嫌だ・・・!
「そうだ樹、早く帰って来たのならワシと花嫁修業せんか?昨日は酷かったからの、またキュウリの千切りから・・・」
「花嫁?うるさいな・・・」
「ん~?なんじゃ、『継続は力なり』の精神を忘れたのか?それじゃあ一流の花嫁にはなれんぞ、い~つ~き~?」
「うるさいって、言ってんだろ!!なんだよ、花嫁って!ボクの心が男な事くらい、分かってるだろ!なのに花嫁修業なんかやらせて、ふざけんなよ!馬鹿にしてんのかって、前々から思ってたんだよ!
ボクは・・・ボクは、男なんだよ!!」
顔を真っ赤にしながら、胸から湧き出す怒りのままに元治に怒鳴る樹。
元治も最初こそ樹の見た事の無い姿に驚くものの、すぐに平常時の飄々とした態度に戻り、話し始める。
「・・・言えたじゃないか、樹。」
「えっ・・・?」
「お前さんは中々思っている事を口に出さんからのぉ、そうやって堂々と本心を言って欲しいと、ずっと思っとったんじゃ。お前さんが『男』だと、分かってからな・・・まぁ、亨平にしつこく言われたのかもしれんが、あれは頑固な割に自分以上に強く言われると押し黙る所もあるからの、もっと強気で行かないと駄目なんじゃよ?それこそ男なら、一発小突いてから怒鳴っても良いくらいじゃ。ワシもあいつが子供の頃はよくそうしとったし、あいつの昔の友達の・・・えっと、名前はちとド忘れしてもうたが、そうしとったらしいからのう。」
「そう、なの?」
「そうじゃ。好きなら言葉にして伝えて、といつの世も女は言っとるように、黙っていたら全部伝わないし分からんのじゃから、言いたい事は堂々と本人の目の前ではっきり言う!それは老若男女誰にもある権利じゃと、ワシは思っとる。もう、ずっとむか~しの思い出じゃが・・・あの戦争の中で、産まれた身としてなぁ。」
「・・・」
「亨平に対しても、そうやって叫んで来たらいいんじゃ。人間、自分を大切にするのに大事なのは、いつ・どこで・どのタイミングでありのままになれるかどうか、じゃよ。ほれ、ちょっと前に流行っとったじゃろ?ありの~、ままの~、じぶんみ~せ~るのよ~、っての。」
「じゃあもしかして、ボクに花嫁修業なんてさせてたのは、ボクがありのままになるのを・・・?」
「それはまた別の話じゃよ?炊事洗濯はこの先必要になる技術じゃし、それにワシの若い頃と違って最近は家事が出来る男がモテるらしいからのう。ほっほっほっ。」
「なんだよ、それ。期待させといてさ・・・でもなんか胸の中が、スッキリした。ありがとう、じいちゃん。ボク、やっぱり行って来る。」
「うむ!その意気じゃ。なにやら外が騒がしいようじゃが、気をつけてな。」
固く、だが何処か晴れやかさも感じる表情で樹は元治に一礼すると、先程までの体の疲労が無かったかのように軽やかに居間を出て、玄関から外へと走り去って行った。
それを見守る元治もまた、満足そうな表情をしていた。
――さて、これで亨平と樹は「家族」になれるかのう?
そうなったらついでに、ワシにも見せて欲しいのぉ・・・いつも寝言で言っておる、「ギャオス」とか言うのに、の。