本編







その頃、樹を自宅に置いて来た亨平は外れの廃工場にいた。
割れた樹の勾玉の欠片を焚き火の中に捨て、亨平は背後に置かれた巨大な機械を見上げる。




「時は来た・・・ようやく、お前の出番だ・・・」
『ちょっと待ったっ!!』




と、そこへやって来たのは少し前までつがる市にいたアンマルチアと同行者の拓斗・透太であった。
思いもしない来訪者に亨平は物事を進めるタイミングを乱され、やや怒り気味に対応する。




「なんだ、貴様達は?無断でここに立ち入るな!」
「うひゃあ、見てからにガンコそうなおっさんだぜ。」
「しー!!聞こえるよ、拓斗!」
『あたしはアンマルチア!で、この子は見学者の拓斗君と透太君。ここにあたしが造った愛しのエアロ・ボットちゃんがいるって聞いて、デビューを見届けに来たんだ♪』
「・・・なるほど、先輩が言っていたこいつの製造者か。」
「製造者・・・って、あ、あれの!?」
「す、すっげー!!」




2人が驚くのも、無理は無い。
亨平の後ろにある機械「エアロ・ボット」は、まさに空想の産物と言える程に異質な存在だったからだ。
上半身は先端部に鋏のようなアタッチメントが付いた、鎌の刃に似た形状をした巨大な一本のメインアームと、小型のサブアームが右側に一本。
中央部には三つに分かれた光線の発射口があり、メインアームの後方には斜め型の格子で守られた大型のファンが取り付けられ、下半身はキャタピラでは無くローラーを採用した戦車のような構造。
7年前に「G」が確認され、5年前にガンヘッドと言う兵器が登場した今においてもなお、このエアロ・ボットは非凡で斬新に感じるものであったのだ。




『それでそれで!エアロ・ボットちゃんはこれから何に使うの?』
「そうか、知らないのか。こいつは今から、この島にいる朱雀を駆逐する為に出動する。」
『えっ!?』
「す、朱雀ってあれだろ!?ガメラの仲間!」
「この福江島の何処かにいる、って言うのが一番可能性が高かった説だったけど、本当にいたんだ・・・!」
『待って、話が違うじゃない!エアロ・ボットちゃんは世界平和の為に使うって聞いたのに、なんでそんな事に使うのよ!』
「それは間違ってはいない。この世界を混沌に陥れる「G」、その最たるものである巨大「G」を駆逐する事は、世界平和の大きな一歩では無いのか?」
『ちがうっ!「G」はこの世界に可能性とワクワクをもたらしてくれる、素晴らしいモノなの!それに、あたしが人間へのちょっとした復讐心から造っちゃったこの子を平和の為に、って平司君が言うから貸したのに!平司君と一緒に、あたしを騙したわね!』
「世迷言を言うな!「G」などに肩入れする愚か者が!復讐から造られたこの兵器には、「G」と言う謝った存在を断罪するのが相応しい使われ方に決まっている!」
『それが嫌だから、あたしはあたしと同じくらい「G」が好きな平司君に貸したの!天国のカル君が喜ぶ使い方をしよう、って思ったのに・・・!』
「カル君って、さっき聞いたアンさんの友達の事だよな?透太。」
「うん。カル・シーランさん、心の声を聞く力を持ってて、それを生かそうとお兄さんと一緒に病院を開いたら、ネットで物凄く叩かれて・・・それに耐えられなくなって自殺したって言ってたけど・・・」
「それで、自殺に追いやったそいつらをアンさんは許せなかったんだなぁ・・・そう考えたらあれ、殺る気マシマシって感じするし・・・」
「先輩の言う通りだな・・・「G」などに妄信し、それを一方的に押し付けるこの女に理解して貰おうと言うのは、確かに無理な話だ・・・だが、そんな先輩は俺にこいつを託してくれた!だから俺はこの世界に不要な者共を、こいつで全て消し去る!
貴様には少しも共感出来んが、俺達に世界を救う手段を与えてくれた事には感謝するぞ・・・!」
『・・・ほんと、あたしってサイテー・・・よりにもよって、こんなサイテーな人にエアロ・ボットちゃんを貸しちゃうなんて・・・』
「貴様も復讐したい存在がいたから、こいつを造ったのだろう?なら人格や素性はともかく、貴様は貴様自身の言う俺と先輩と同じと言う事だ!」
『一緒にしないで!あたしはエアロ・ボットちゃんの親として、間違った理由で造ったこの子がみんなの笑顔を守るヒーローになって欲しいって思ってるの!暴力で無理矢理解決するんじゃなくて、守りたい何かを守る為の力として・・・それが、あたしの責任。絶対にラブアンドピースが似合う子にするのが、親のあたしの使命なの!
自分の思い通りにいかないから駄々をこねてるキミとあたしを、一緒にしないでよ!!』
「貴様・・・俺だけでなく、先輩までをも愚弄するか!!こうなったら、これを使ってやる!!」
『させないわ!あまりこういうの好きじゃないけど、あたしの力でキミをとめ・・・っ!?』




逆上する亨平を止めようと、アンマルチアは杖の先端部を外して毛筆を出し、自分の「G」を行使しようとした・・・が、それよりも早く廃工場に乾いた銃声が響き、その刹那にアンマルチアの右肩から鮮血がほとばしった。
そう、怒りの感情に支配された享平が腰のホルダーから取り出した銃でアンマルチアよりも先に発砲したのだ。




『うっ、ああああああああっ!!』
「「あっ・・・アンさん!!」」




激痛と銃撃の衝撃でアンマルチアは悲鳴を上げながら地面に倒れ込み、血が噴き出す右肩を左手で押さえる。
あまりに突然でかつ、経験した事の無い目の前の光景に拓斗・透太の頭の思考は停止して体は動かなくなり、驚きの声を出す事しか出来なかった。




『あうううっ・・・!からだが、ぜんぜん、うごかない・・・?』
「苦しいか、そうだろうな!今貴様に撃ったのは先輩から貰った「G」封じの刻印が施された、Gnosisも使っている対「G」道具・・・加えてあえて体内に残るように加工もしておいた。弾丸が肩に残っている限り、貴様は「G」を抑制され能力を使う事も動く事もままならない!更に・・・!」




亨平は得意げに話しながらアンマルチアに歩み寄って行き、ズボンのポケットから何かの模様が書かれた札を出したかと思うと、そのままアンマルチアの左肩に貼り付ける。
その瞬間、札から発せられた白色の電流がアンマルチアの全身を駆け巡り、耐え難い苦痛となって彼女を襲った。




『うああああああっ!!』
「アンさぁん!!」
「な、なにが起こってるの・・・!?」
「これは5年前の北朝鮮民主化革命の際、『天河三十郎』なる輩が所持していた「G」封じの護符を、先輩が再現したものだ・・・これで貴様は動くどころか、いずれ心臓が止まって死ぬ!貴様は「G」そのものが人の形をしたバケモノ、爾落人だからな!!」
「じらく・・・びと?」
「生まれた時から「G」をその身に宿した、言うなら超人みたいな人の事だよ・・・やっぱり、アンさんも・・・」
「超人?爾落人など、ただのバケモノ共だ。ついでに教えてやる、この女の正体は「想造」の爾落人のパレッタ。名前を変えて1000年間も俺達の中に紛れて生きてきた、ペテン師だ!」
「「せ・・・1000年!?」」
『ばれ、ちゃったか・・・へんなせんにゅう、かん・・・もたれたく・・・なかった、のに・・・あううううう・・・っ!!』
「そもそも人間でないバケモノが、先入観なぞほざくな!だが、貴様はじき勝手に死ぬ・・・問題は、お前達だな。」
「ぼ、ぼくら!?」
「お、おれはじらくなんたらじゃねぇぞ!!生まれはさいたま、育ちは・・・」
「大声を出すな!計画を知られた以上は、ここで銃殺するのも已むを得んのだぞ!」
「「ひっ!!」」
「しかし、俺も無駄な死人はなるべく出したくは無い・・・そうだ、ここで見た事を死ぬまで誰にも話さず、俺と先輩が目的を達成するまでここでおとなしくその女が死ぬ所を確認すると誓うなら、家に帰してやる。何もせず、ただ黙っていればいい。」
「そ、そんな・・・!」
「あん・・・じゃなかった、パレッタさんを見殺しにするなんて、おれも透太も出来ねぇよ!!」
「ならば、ここで一緒に無駄死にするか?」




この交渉と言う名の脅迫が嘘では無い事を示すかのように、亨平は何のためらいも無く銃口を2人に突き付けた。
先程のアンマルチア改め、パレッタが撃たれた光景を思い出し、2人の足は恐怖から小刻みに震える。




『だめ・・・!たっくんと、とーくんは・・・かんけい、ないの!だから・・・てを、ださないでぇ・・・!!』
「死にぞこないが口を挟むな!貴様は黙って死んでいろ!今俺が用があるのは、この子供だ!」
「・・・どうする?透太?あのおっさんの言う事、聞くか?」
「足のふるえが、とまらないよ・・・でも、ぼくもいやだ・・・!」
「なに?」
「おっさん、わるいけど・・・おれも透太も、友達のレンといっしょに一回同じ目にあってんだ。そんでその時も、おれ達は断ってやったんだよ!!」
「ぼくの友達のレンは・・・銃を突き付けられても引かず、諦めず、逃げませんでした!だからぼくも、拓斗も・・・逃げません!パレッタさんを見殺しになんて、出来ません!」
「撃てるってなら、撃ってみろよ!!すぐにガメラが来て、おっさんなんかイチコロなんだからな!!」




震える足を無理矢理動かし、拓斗・透太は両手を広げて亨平からパレッタを庇う体勢を取る。
恐怖から来る冷や汗が2人の頬を伝うが、2人はピタリとも動こうとしない。




『たっくん・・・!とうくん・・・!』
「レン・・・ガメラ・・・お前達も能登沢の息子の回し者か・・・!なら、もはや容赦はしない!!法など知らぬ!!大人に逆らった事を、お前達に後悔させてやる!!」




2人の抵抗に怒りが頂点に達した亨平は、2人に向けた非情の銃を撃とうとした・・・その時。
突如パレッタの影から先端に棘が付いた触手が一本出て来たかと思うと、瞬く間に亨平の銃を掴んで強引に奪い取り、そのまま焚き火の中へ投げ込んでしまった。




「「へっ!?」」
「なっ!?なんだと!!」
『えっ・・・?あれって、ちぇ・・・りぃ?』




あまりに予想外過ぎる展開に亨平は焦りを隠しられないまま、慌てて薪を使って焚き火から銃を掻き出すも、既に銃は高温から至る所が溶けてしまっており、込められた弾丸にはもう「G」封じの効果は見込めない状態だった。




「くっ・・・!こいつはもう使い物にならんか!!ならば!!」
「あっ!あの人が!」
「待てこの、おっさん!!」




地団駄を踏むように銃を踏みつけ、亨平は続けてエアロ・ボットの元に向かうと後部のパネルを操作してエアロ・ボットを起動させようとする。
一歩遅れて拓斗・透太も亨平を止めようと走り出すが、亨平の操作が終わる方が早かった。




『システム、異常無し。
各部動作、問題無し。
エネルギー充填、98パーセント。
キルプロセス、起動。
エアロ・ボット、出撃。
ミッション、スタート。』
「ははははは・・・!!行け!エアロ・ボット!!この世界の歪み全て!駆逐するんだぁ!!」




亨平の叫びに応えるように起動したエアロ・ボットはけたたましい機械音と共に大小のアームを上下運動させながら、車と同じ速度で真っ直ぐ廃工場の外を目指して進み始めた。
亨平も後部の整備用スペースに飛び乗り、そのまま一緒に移動を開始する。




「こ、こっち来たよ!?拓斗!?」
「に、逃げろぉ!!」




ちょうどエアロ・ボットの進路にいた拓斗・透太は日頃のスポーツの経験を生かし、咄嗟に行ったスライディングによってどうにかすんでの所でエアロ・ボットに轢かれるのを避ける。
しかし亨平は2人に構う事も無く、エアロ・ボットと共に廃工場を出て行ってしまった。




「ちきしょう!あんのおっさん、行きやがった!!」
「それより拓斗、パレッタさんを!」
「そうだ!!パレッタさん、大丈夫ですか!?」
『たっくん、とうくん・・・とりあえずこのふだ、とって・・・!』
「はい!この札をはがせば・・・えいっ!」




2人は慌てて今だ苦しんでいるパレッタの元に向かい、護符を剥がし取る。
指一つ動かせなかった状態からは開放され、全身に痛みは残りながらもパレッタは起き上がれるまでになった。




『はぁ・・・やっと動ける・・・2人とも、ほんとありがと・・・それから、嘘ついててごめんね・・・』
「いえいえ!むしろすっげーじゃないですか!本当に超人みたいって、思いましたよ!」
「ぼくも気にしてなんていませんので、安心して下さい。とりあえず今から病院に・・・」
『ううん・・・それは出来ない。今すぐにでも、エアロ・ボットちゃんを止めないと・・・!』




未だに弾丸が残り、少量にはなったが血が流れ出続ける右肩を抑えながら、パレッタは弱々しく立ち上がった。
すかさず拓斗・透太がパレッタの両肩を掴み、支える。




「えっ!?でもそんな怪我で・・・」
「血だって、まだ出てますよ!?」
『さっきも言ったでしょ?これは、あたしの責任。エアロ・ボットちゃんをつまらない動機で造ったのも、これからエアロ・ボットちゃんがしてしまう事も、全部・・・だから、それを少しでもなくさなきゃ・・・』
「で、でも・・・」
『だいじょう、ぶ!まだ10年ちょっとしか生きてないキミ達と違って、あたしはその100倍は生きて来たんだから♪それよりキミ達を早く、つがるに帰さないと・・・』
「いえ、おれ達も一緒に行きます!おれも透太も、あのおっさんは許せませんって!!」
「ここまで一緒に来たんですから、ぼく達も最後までご一緒しますよ。それにここには、レンと守田さんとガメラもいますから。」
『・・・こんなに人間に助けられたの、100年くらい前のロンドンの時以来かな・・・?
たっくんに、とうくん。またまた、ありがとね・・・』




約一世紀振りに人間――拓斗と透太――の助けを借り、パレッタもまたエアロ・ボットの後を追う為に歩き始めた。
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