本編











翌日、福江島・福江空港。
円形の畑が一面に広がり、リアス式海岸と島全体に連なる山々が美しい五島列島の経済の中心となるこの島の空の玄関口に、憐太郎・紀子、憐太郎の父・晋の姿があった。
それぞれ各々の小さめな旅行鞄を持ち、空港を出て島の風光明媚な自然を堪能する。




「わぁ、凄い・・・」
「紀子、父さん、絶景ってこういうのを言うんだね!」
「そうだね・・・何年振りだろうな、この光景を見るのは・・・」




ちなみに、元々3人は福岡市周辺の観光の為に来ていたのだが、昨日のジーダス襲来で目的地がそれ所で無くなったのと、ジーダス駆逐後に紀子が「ある」気配をこの島に感じ、急遽飛行機でここに行く事にした。
紀子からの連絡を受けてGnosisもすぐここに来る手筈になっており、ついでに憐太郎達の宿泊先も国家機密組織の権限で確保出来ている。




「そういえば晋さん、さっき『何年振り』って言ってましたけど、ここに来た事があるんですか?」
「あぁ、学生の頃の旧友がこの島出身でね。だいぶ昔だけど来た事があるんだ。」
「そうなんですか・・・」
「もう、紀子ったらいい加減『父さん』って呼んでもいいのに。今の紀子は僕の家で暮らしてる家族みたいなものなんだから。」
「えっ、でも・・・」
「そう言わないで、憐太郎。同居からまだ1年も経ってないんだからまだ難しいよ。紀子ちゃんは、紀子ちゃんのペースで馴染んでいけばいいからね。」
「はい・・・ありがとうございます。」
「ううん・・・」




宿泊先までのバス内での、少し歪な会話。
約半年前のガメラ覚醒から、Gnosis隊長にして2人の兄貴分・浦園験司の判断で紀子は能登沢家に居候の身となり、上層部や関係者にはガメラと共に行方不明と報告された。
それは多忙な自分の代わりに憐太郎を見ていて欲しい、一応は相思相愛なので傍にいさせてあげたい・・・そして多額の金の代わりにあっさりと両親に捨てられ、居場所を無くした彼女の「家」を作りたい・・・と言う験司の思いやりの一心であった。
実際、紀子も能登沢家に来てから笑顔や感情の表現が増え、定期連絡の際に電話越しの声色から伝わる紀子の幸福感は、紛れもない充実された本心からのものだった。





ーー・・・家族、か。
レンと一緒に過ごす日々は確かに幸せだし、晋さんも昔以上に、まるで本当の娘みたいに優しくしてくれる。
それはもう凄く嬉しいし、まるで昔に戻ったみたいな毎日。
でも・・・晋さんを「父さん」って呼んで、本当にいいのかな?
レンも晋さんも私が巫子だから捨てるなんてしないのは分かってる、それでも・・・私が能登沢家の家族になっても・・・いいのかな?




あまりに残酷な形で「家族」の崩壊を経験した紀子には、もはや家族の形が信じられなくなっていた。







しばらくして、3人は宿泊先のホテル付近のバス停で降車し、徒歩で目的のホテルを目指していた。




「紀子、もう少しみたいだから早く行こっ!」
「あっ、レンったらもう・・・ふふっ。」
「おーい、憐太郎。地図は私が持ってるんだからそう急がないで。」




居ても立ってもいられず、紀子の手を取り引っ張って早急にホテルを目指す憐太郎。
旅行の時の荷物は女に比べて男の荷物が少ない場合が多く、それ故憐太郎の荷物は手提げ鞄で済んでいたのもあるのかもしれないが、トランク型の旅行鞄を手で引く紀子はやや困り顔をしながらも、すぐに笑みを浮かべる。
少し後方から歩く晋も同じ表情で、歩きから早足に変えて2人を追いかけた。




「・・・」




それから間も無く、一本道の向かい側を歩く少女が憐太郎の目に入った。
ややオレンジ寄りの茶髪のショートヘアに、尖った前髪に覆われた額と全体的に小さめの顔。
半袖半ズボンの服に包まれた、少し日に焼けたか細い手足。
人によっては少年にも見える容貌をしているとも言える少女と憐太郎の目線はすぐに合うが、憐太郎の目は他の事に意識を取られながら知らない人を見た、素朴で一見程度の目線だったのに対し、少女の目線はまるで不快物を見るかのように鋭く、無慈悲なものであった。




「!」
「・・・」
「?」




本能的にこれ以上目線を合わせてはいけないと悟った憐太郎はすぐさま目を逸らし、疑問符が付いたままの紀子と共に去って行った。




ーーなんだよ、都会じゃないからって、こんな所でいちゃついてさ。
そういうの、誰もいない草っぱらとか、ホテルの中でやれよ。
あーあ、偶然ここを歩いてただけなのに、不愉快だ。




一方で、そんな2人を少女は心中で辛辣に扱き下ろす。
彼女の名は逸見樹(いつき)。
この辺りの住宅地に住んでいる、この島の少女だ。




ーーボクの前で見せ付けてるみたいなのが、余計に不愉快だ。
どっちつかずで苦しんでる、人もいるってのに。
まぁいいや、もう会う事も無いだろうし、さっさと忘れよう。
それより、早く行かないと。ギャオスが待ってる。




憐太郎達が見えなくなったと同時に、何者かとの待ち合わせの場所へ樹は走る。
住宅地からどんどん離れ、少しして海岸にほんの少しだけ尖った先を付けた無人島・姫神島の前に樹は辿り付いた。




「もう行くから待っててくれ、ギャオス。」




一歩間違えば、流れの激しい海に落ちてしまうにも関わらず、樹は特に迷いも恐れも無く勢いを付けて海岸を飛び、姫神島に飛び移る。
そしてポケットから真紅の勾玉を取り出し、昨日の地震の影響で上部に大きな穴が空いた洞窟の中へ向かって行った。
そう、昨日自らが呼び起こした「影」の元へ・・・
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