‐GetterⅡ‐ 逸見樹のある一週間
「昨日はありがとう、太田さん。君のお陰でアレクが助けに来れて、ボクは救われた。本当に感謝してる。」
「う、ううん・・・アレクくんもだけど、わたしは逸見くんを助けたいって思ってたから・・・」
それと、もう一つ。
ボクのもう1人の恩人、太田忍(しのぶ)さん。
椎葉がいっつも好みの女って言ってる、隣のクラスの女子。
渡辺に比べると明らかに地味系女子って感じで、渡辺とは違って内気さから来る無口系女子みたいだけど、地味に可愛いとか地味にスタイル抜群とか地味にいい子とか、地味だけど良い噂ばかり聞く女子。
そんな太田さんからボクは、地味に・・・と言うより結構好かれていたらしい。
「ボクを?」
「うん・・・逸見くん、何だかずっと居心地悪そうな感じしてたから助けになりたいって思ってたの・・・でも、クラスが違うから中々出来なくて・・・それで昨日、椎葉くんがあの2人と一緒に逸見くんと歩いてるのが見えてね、もしかしてって思ってこっそり追いかけたの。椎葉くんって何だか逸見くんの事をいやらしい目で見てるな、って思ってたから・・・そしたらね、逸見くんの悲鳴が体育館から聞こえて、とりあえずアレクくんに連絡したら『すぐ行く!』って即レスが来て・・・」
「そうだったんだ・・・」
「それでね、わたしも待ってる間に何か出来る事ないかな?って思って録音アプリでこっそり声を録音してたら、アレクくんが体育館に飛び込んで行って、しばらくして渡辺さん達が出て来て・・・」
「『証拠』って、それだったんだ・・・太田さんって意外と、抜かり無いんだね?」
「そ、そんな事ないよ・・・わたしは逸見くんを直接助けに行かなかった臆病者だから・・・」
「・・・じゃあボクにも、出来る事をしないとね。あのさ、太田さん。もし良ければボクと、連絡先交換しない?」
「・・・えっ?えええええ~っ!?」
「だ、ダメかな?いきなり連絡先を交換しようなんて、やっぱり・・・」
「・・・う、嬉し過ぎて、つい・・・!!ほ、本当にいいの?わたしアレクくんみたいに根明じゃ無い臆病者だし、クラス違うし、男じゃなくて女だし・・・」
「ボクだってアレクみたいに、明るい男じゃないよ?でもボクはこの縁(えにし)を、機会(チャンス)を無くしたくないって思ってる。ボクこそ誰かと繋がりたいと思っていたのにそれを避けてた、真の臆病者だから・・・でも太田さんが、勇気を出してボクを助けてくれたように、ボクも勇気を出さないと・・・改めて、太田さん。ボクと、友達になってくれない?」
「・・・よ、よろしくお願いいたしますっ!!」
こうしてボクに、新しい友達が出来た。
昨日の事は間違いなく最悪だったけど、こうして良い事も起こってくれるなら、神様を許してやろうと思える。
あっ、それとボクにはもう一つ、やる事があるんだった・・・
「ごめん!アレク!昨日はボクを助けてくれたのにあんな酷い態度をして!」
後に本人が言うには、既に「ダチ」だったらしいボクの恩人・・・アレクへの謝罪だ。
『・・・そうだなぁ。じゃあ、いつもみたいに微笑を見せてくれよ。』
「えっ?そんなんで、いいの?」
『いやいや、これって大事な事じゃん!いつも通り、って簡単なようで難しい事なんだからさ!それとも、やっぱまだキツいかなぁ・・・』
「・・・これで、いい?」
ボクはアレクに、いつも通りの微笑を見せた。
アレクが挨拶して来た時、アレクが冗談を言った時、アレクが弁当を覗きに来た時、アレクと別れる時・・・いつもアレクに見せてる、満面とは言わないけど笑っている事は分かる、ボクなりのスマイル。
昨日は多分出来なかった、けど今日なら出来る、いつものボクの姿。
『・・・うんうん、それそれ!サンキュー、イツキ!よし、これでイツキのダディとの約束達成だ・・・!』
「ダディ?もしかしてボクの、父さんの事?」
『いやぁ~、実はイツキのダディからさっきこんな事言われて・・・』
『・・・アレク君。出来れば樹をここで、いつも通りに笑わせてやって欲しい。これは、俺が預かり知れない空間である「学校」であの子を任せ、笑わせられるのは今の所、君しかいない・・・本気でそう思っているからこその頼みだ。もしもそれが出来たなら、あいつは来週からまた学校に行けるようになる筈だ・・・頼んだぞ。』
「・・・そっか。父さん、そんな事を・・・」
『と言うか、イツキのダディっていつもあんな感じなの?良い人なのは分かってんだけど、正直怖いって。』
「まぁ、ちょっと前までタカ派の軍人で、ボクと本気で殺し合いしそうになってたし。」
『おいおい、ホントに何があったんだって・・・その辺りはちょっとおいおい聞くとして・・・と言うか聞いたぞ!シノブとダチになったって!しかもお前から言い出したんだろ?多分本人も言ってたと思うけど、シノブってずっとイツキとお近づきになりたいって言ってたし、素敵じゃん!』
「ありがと。ボクも何だか、太田さんと出来た繋がりをこのまま無くしたくなくて。」
『いーじゃん!すげーじゃん!今のイツキ!あ、そうそうそんなイツキに質問!俺ってなんで、「素敵」ってよく使ってると思う?』
「えっ?うーん・・・最初に覚えた日本語だから、とか?」
『ブッブー!正解は・・・「素敵」を一文字変えると、「無敵」になるから!』
「そ、そんな理由?」
『そんな理由!でも、ちょっと変えてみるだけでこんなにもスゴくなる日本語って、難しいけどやっぱ素敵じゃん!って本気で思って・・・だから俺は、素敵で無敵な「夢」を絶対に叶えてやるんだ!』
「夢」・・・
そう言えば、転校初日にアレクがこんな事を言って来たのを思い出した。
『そうだ、イツキって「夢」はある?』
「『夢』?ううん、夢って言えるかは分からないけど・・・『優しい人』、かな?」
『優しい人、か・・・』
「分かってる、変だよね。アイドルになりたいとか、大手企業に入って出世街道を行くとか、分かりやすい夢じゃないし・・・」
『いや、やっぱりイツキって夢も素敵だな、ってしみじみ思ってて。』
「へっ?」
『だって、「優しい人」って当たり前の事だからみんな気にもしないけど、それってすっごく難しい事だよ?今まで優しいって思われてた奴がいきなり人殺しや詐欺をして、自分と生まれが違うってだけで差別をするような奴らが、平然と過ごしてる・・・それが人間ってヤツなのに、当たり前って言いながらいざって時に限って守らない「優しさ」を、キミは夢として守れるヤツになろうとしてる。それってどんな大義名分よりも説得力があってスゴくて、素敵な事じゃん!俺、尊敬しちゃうよ!』
「い、いや、ボクは尊敬されるような人間じゃないよ。そもそもこうやって身体がややこしいし、父親を本気で殺そうかと思ってた時期もあって・・・」
『でも、だから「優しい人」になるのが「夢」になった。そうだろ?なら、俺は見たいなぁ・・・誰もが「優しい人」だ、ってキミを認める日が来るのがさ!それで俺は素敵な外交官になって、世界中のみんなが仲良くなれるようにしてやるからな!』
あの時は綺麗事をよくここまで言えるな、って内心思ってた。
けど、違う。これは、アレクの願いだったんだ。
自分の願いを「夢」として叶えようとしてるから、ボクの背中を押してくれたんだ・・・
そして「外交官」になりたいって言ってたのも、世界を本気で平等にしたいからなんだ・・・!
なのにボクは、そんなアレクに簡単なお喋りすら押し付けてた・・・ボクには友達なんて作れない、って決めつけて。
ほんとダメだな、ボクってヤツは。
「あの戦い」の時、憐太郎に・・・
『確かに、出来っこ無いよ。そうやって無理、不可能って言ってたら。』
『樹さんも、出来ないなんて言わないで!諦めたら、そこで全部終わっちゃう!でも、諦めない限りは終わらないんだ!』
『ただの人間の僕にだって出来るんだから、もっと辛い目に遭って来た樹さんなら出来る・・・そう思ったから。僕も、樹さんとの事を諦めたくないんだ。』
『・・・じゃあ、なればいいじゃないか!
なりたい自分になるのに、邪魔や理由はいらない・・・諦めずに、頑張って立ち向かい続ければ、いつだってなれる!僕と紀子も諦めないで、色んな現実と戦い続けて・・・だから、今も一緒にいれるんだ。だから、樹さんも頑張って、諦めないで・・・そんな自分を誇ろうよ!』
って、言われたのにね。
そんな憐太郎だって紀子を、人々を守る為に無理してまで強くなろうとしてるのに、ボクがやらないでどうするんだ。
「諦めない」、ただそれだけの簡単な事なのに。
男なら、誰かの為に強くなれ。
歯を食いしばって、思いっきり守り抜け。
ボクは「男」なんだ、だったらボクも強く・・・「優しい人」になる!
だからまずは、ボクがアレクに出来る事をやるんだ。太田さんにだって出来たんだから、きっと・・・
『イツキ?だんまりして、どうした?』
「・・・ねぇ、アレク。ちょっと話、あるんだけど。」