‐GetterⅡ‐ 逸見樹のある一週間
「おはよう、樹。」
「と、父さん!?」
金曜日。
じいちゃんが朝食と弁当を作ってくれるって言ってくれたから、久々に平日に7時頃に起きると・・・居間に、父さんがいた。
「なんで父さんが?今日確か、演習あったよね?」
「息子の一大事だと、無理をして帰って来た。事実だしな・・・親父から、昨日の事は聞いた。本当に辛かっただろうに、そんな時に限って俺はいてやれなくて、申し訳が無い・・・」
「そ、そんな事無いよ。父さんが忙しいのは分かってるし、昨日はじいちゃんに沢山励まして貰ったし・・・」
「いや、これが俺なりのけじめの付け方だ。今日こそ、俺はお前と一緒にいる。学校へもな。」
「父さん・・・」
「樹、今学校に行くのは本当に苦痛だと思うが、樹を辱めた奴らと決着を付けない限り、いつまでも心の中のその痛みが消える事は無い。それに奴らもけじめを付けたいと言うのなら、勝手にけじめを付けさせてやればいい。決して許されはせんがな・・・こんな不甲斐ない俺とで良いならば、共に決着を付けに行こう。恩人のアレキサンダー君も来るようだし、俺も彼に直接礼が言いたい。」
「・・・うん、分かったよ。今の今までどうしよう、って思ってたけど・・・父さんがいてくれるならボクは、何にも怖くない。行こう、父さん。」
「樹・・・ありがとう。お前は立派な人間だ。『男』か『女』かは関係無い、俺と夕和の自慢の『息子』。俺は心からそう思う・・・!」
「・・・ボクもだよ、父さん。」
「さぁて、樹!いっテキーラじゃ!今日は心のままに行くんじゃよ!」
「ありがとう、じいちゃん。」
「亨平は、誰かを殴らんように気い付けるんじゃぞ?」
「分かっている。」
「じゃあ、行って来ます!」
こうしてボクは約7年半振りに、父さんと一緒に学校へ行った。
会議室には担任と、アレク・渡辺・よせあつめブラザーズが親と一緒にいて、父さんが来ると思っていなかったから全員驚いていたけど、父さんは意に返さず4人にこう言った。
「・・・本当ならば、徹底的に修正してやりたい所だが・・・無意味な暴力は貴様らと変わらんし、ハラスメント問題だと逆上されるのも面倒だ、勘弁してやる・・・」
「はい?修正?」
「し、修正って何です?」
「軍隊に於ける『シゴキ』の事だ!許されるのならば、今すぐ貴様ら全員を口が聞けなくなる程に殴ってやる所なのだぞ!」
「ま、まぁ逸見君のお父さんも落ち着いて・・・」
「・・・これって脅迫、ですよね?」
「おいナベ、余計な事言う・・・」
「息子が辱められそうになったのならば、そうもなるのが親だ!至極当然の事だ!まだ自らの罪を理解していないのなら、敢えて言おう・・・貴様らはカス同然の存在だ!!どうしようも無い人間のクズだ!!一週間の謹慎処分で済んだだけ良いと思え、この大罪人共が!!」
「「「ひ!!」」」
「お、お父さん!?」
「脅迫だ、恫喝だと俺を訴えたいのなら、裁判所にでも何処でも行け!相手になってやる!だが、親共々これだけは心に刻んでおけ・・・もし、これ以上樹を辱めるような言動をしたならば、例え法に逆らおうとも俺は貴様らに報復し、その身を以て生涯後悔させてやるぞ!!それが嫌なら、せいぜい『優しい人』にでもなる事だな!」
「・・・」
ボクが聞いてもこれは間違いなく脅迫で、恫喝と言われてもしょうがないと思う。
だけど、ひたすら沈黙して子供を庇おうともしないあいつらの親より、ボクにはよっぽど親らしく見えたし、この時の父さんの姿は、「あの戦い」の時と同じくらいに生涯忘れないだろう、と思った。
ありがとう、父さん。
「あと、アレキサンダー君だったか。息子を救ってくれて、心から感謝する・・・!」
『は、はい!お安い御用でございます!』
「・・・ふふっ。」
『な、何がおかしいんだよイツキ?』
「いや、別に。」
あと、妙に緊張しながら父さんに返事をするアレクを見て、つい笑ってしまった。
良かった、いつものアレクに戻ってて。
その後、ホームルームで担任から昨日の事件の事がクラスメイトに話され、当事者以外は一時間目は自習になり、その間に会議室でボクは昨日の事件の詳細を話して、よせあつめブラザーズと渡辺、それと一応アレクも親共々校長・教頭から注意を受け、4人は親と一緒にボク・父さん・アレクに謝罪して、帰宅。
形だけの謝罪だとは分かってたから、別に何にも感じなかったし、これから一家揃って罰が当たればいいや、とだけ内心思った。
少しして父さんとアレク一家も帰って行ったけど、その前に父さんとアレクが何かを話してた。
お礼ならさっき言ったのに、何を話してたんだろう?
ちなみに自習の間、ボクとアレク以外のクラスメイトを対象にあるアンケートが行われていた。
「『性同一性障害』について、どう思っていますか?」
・・・十中八九「ボクについてどう思っていますか?」、が本当の内容だと思った。
アンケートは匿名で紙に書いて、今日の放課後までに提出。
来週の月曜日に、道徳の時間を使って回答の発表と話し合いをするらしい。
まぁ正直、今日のクラスの反応を見れば回答の内容は火を見るより明らかだったけど。
「「「・・・」」」
こんな事件の後や、騒ぐ男子の中心だったよせあつめブラザーズ、一応のマドンナの1人だった渡辺が不在なのもあって、クラスは大人しかった。
ただ騒ぐ男子はあいつらだけじゃないし、渡辺だけが人気のある女子でも無いから、新しい秩序はすぐに生まれると思う。
「秩序」、と言えば・・・
「逸見さん、本当に大丈夫?」
「あいつら前からいけすかないって思ってたけど、やっぱサイテーだったな!」
「何が『よせあつめブラザーズ』、だっての!三バカだろ、ただの!」
「渡辺も今見ると、外見通りのイヤな女って感じだったよな。」
「あたし、渡辺さんってなんか苦手だったのよねー。」
「アレクが気にしてくれてて、良かったね!為になったねぇ~!」
「やっぱ、アレクはイイ奴だ!」
「元気出して!私達がいるから!」
「・・・僕、昔の金八先生に出てた上戸彩が本当に逸見みたいな感じのキャラで、逸見もあんな感じなんだってうっすら思ってたんだけど、逸見は逸見なんだよな・・・」
「今更だけど、また色々な事聞かせてよ!」
「そうだ、逸見君っていつも美味しそうなお弁当持って来てるけど、逸見君が作ってるの?」
ボクに話し掛けて来るクラスメイトが、また増えたと言う事。
正直、今まで距離を置いてたのにボクが被害者になったからって、意気しゃあしゃあと何を言う・・・昔のボクなら、きっとこう言ってた。
でも今の、アレク以外の誰かからの「声」が欲しかった筈のボクにとっては、素直に嬉しかった。
こう言うの「怪我の功名」、って言うのかな?
未だに話し掛けて来ないクラスメイトも何人かいるけど、まだボクへの接し方が分からないんだと思うし、適当な距離感で接されるよりはマシだ。
これも近い内に、結論が出ると思う。
「・・・えっ?」
「こ、これが逸見君の弁当?」
「いや、昨日まで違う感じだったような・・・」
「意外とクセ強だなぁ、逸見って。」
まぁ、こんな時に限ってじいちゃんの作った弁当が五島名物「バラモン凧」のキャラ弁だったとは、ボクも予想外だったかな?
ボクの代わりに作ってくれたから文句は言えないし、本当に有難い事に変わりは無いし、インパクトならあったし、弁当自体は美味しかったけど。
「・・・でしょ?ボク、意外とクセ強なんだ。」
これでやっとボクは、福中2年B組の一員になれたって事、なんだよね。
ありがとう、みんな。