‐GetterⅡ‐ 逸見樹のある一週間
『イツキ!!』
と、そこに聞こえて来たのは親の声より聞いてるかもしれない軽薄な、でもいつもと明らかに違う感じの「声」・・・
「ア、アレク!助けて!!」
お節介なクラスメイト、アレクだった。
その声色からは焦りと不安が感じられて、制服を脱がされかけていたボクの姿を見た瞬間に、少なくともボクはアレクの感情の中で見た事の無い「激怒」へと、変わった。
『・・・やっぱ、お前らか。ナベまでいるとは思ってなかったけどな。』
「な、何言ってんだよ逸見~。ちょっとくすぐり攻撃しただけだろ~?」
「そ、そうだぜ!」
「そんな本気で嫌がるなよっ!」
「ほら、逸見って男なんだから『男と男の付き合い』を教えてやりたい、って濱名達が言うからさ、私同伴でやり過ぎない範囲でしてたの。」
「そうだよ!アレク以外にもそろそろ、そう言う友達がいるって思ったんだ!」
「ほんまそれ!」
「だよな、逸見?なっ!なっ!」
・・・こいつら、こいつら・・・!!
どこまで卑怯なんだ!!
ボクの事、下心丸出しの目で、見下す目で見て!まさぐって!
そう言う事しようとした癖に、それっぽい言い訳して言い逃れようとして・・・!
『・・・分かった。』
「えっ・・・!?」
「おう、分かってくれたか!さっすがアレク・・・」
『・・・お前ら全員、ブン殴らないといけないってな?』
「「「はっ!?」」」
「いやさ、話聞いてたアレク?私達は・・・」
『イツキが男達に押し倒されて、服脱がされかけてて、本気で泣いて俺に助けを求めてる。理由はそれだけで十分だ・・・!』
「く、くすぐってたからだって言ってんだろ!」
「それそれ!」
「何だよ、もう!悪かったって!ごめんごめん、ちょっと悪ふざけしただけだ・・・」
『・・・なぁ、知ってるか?「ごめん」で済んだら、警察いらねぇんだよ!!』
そう言うと、アレクは濱名の胸ぐらを掴んで持ち上げ、思いっ切り顔面を殴った。
「がはっ・・・!!」
「「げえっ!?」」
アレク渾身のパンチがクリーンヒットした濱名は床に叩き付けられて、椎葉と平山が狼狽えた隙にボクはすかさず逃げて、アレクの背中に隠れて・・・泣いた。
「うっ・・・ううっ・・・!」
『イツキ、もう大丈夫だ・・・ほら、俺の後ろで落ち着いて、呼吸を整えな。』
「アレク、あんたふざけんじゃないわよ?話も聞かずに一方的に殴るとかさ?」
『一方的にやったのは、お前らの方だろ?それとも「これからお前を右ストレートでぶっ飛ばす」、って言えば殴って良いのか?』
「うわ、屁理屈・・・」
「アレク、てんめえ!!」
「ぶっ飛ばされるのはお前だぁ!覚悟しやがれよぉ!!」
今度は椎葉と平山が2人がかりで、アレクに殴り掛かる。
でもアレクは冷静に2人のパンチを受け流して、返しの裏拳で2人の額をまとめて殴り、一撃で返り討ちにしてしまった。
確かにガタイが良いとは前々から思ってたし、体育でバレーボールとかしてる時に結構活躍してるのを見るけど、アレクってこんなに腕っぷしも強かったの!?
「ぶっ・・・!!」
「いだああああああ!!」
「うわ、本当にやっちゃたし・・・これであんた、立派な暴力野郎よ?」
『知るか。俺は本気でジェンダーに苦しんでるイツキをキャラ付けだとかキモいとか陰口叩いてたビッチと、ただのゲスの極みブラザーズを成敗するだけだ。』
「「「な、なんだとぉ・・・」」」
「ビッチですって?悪ふざけして悪かった、って謝ったでしょうが!」
『悪ふざけ?ごめん?ふざけんのも大概にしろよ・・・?今お前らがしようとしてた事はな、たとえ女だろうが男だろうが、誰だろうが許されねぇ事なんだよ!たとえ世間が許そうが、神様仏様が許さねぇんだよ!
女の体で生まれたから何だ!男の体で生まれたから何だ!女に生まれたら、女らしくスカート履いて生きなきゃいけねぇのか!男に生まれたら、泣きたいくらい悲しくても泣いちゃいけねぇのか!
お前らが、世の中がそんなんだから・・・この日本は、世界は!いつまで経っても平等じゃねぇんだよ!!』
・・・そうか。
あいつが当たり前に接し過ぎてて、ボクは忘れていた。
「黒人」って、理不尽な扱いを受けている存在の代表格じゃないか。
だからボクをあんなに気にして、今もすぐ来てくれて・・・!
『次はお前の番だな、ナベさんよ?』
「お、女を殴んの!?」
『あぁ。真の男女平等主義者な俺は、女の子相手でもドロップキックを食らわせられる男だからな・・・!女だからって、何したって痛い目見ねぇって調子乗ってるから、イツキにこんな事出来るんだろ!』
「ざ、ざけんなよ!この黒人野郎がさぁ!!」
「言ったな、NGワード・・・歯ぁ食いしばれ!!お前なんか・・・」
「やめて!!アレク!!」
ボクはつい、渡辺の胸ぐらを掴んで顔を殴ろうとしたアレクを止めた。
確かに、渡辺は絶対許せない。倍返しで報復してやりたいくらい、憎い。
でも、だけどボクは男が女を・・・アレクが暴力を振るうのを、見たく無かった。
一応渡辺はボクに手を出してはいないし、あんな女の為にアレクが女を殴る暴力黒人野郎、と言うレッテルを貼られるなんて、絶対嫌だった。
それにこの時のアレクを見て、既視感があると思ったら・・・「あの戦い」の時、父さんへの憎しみのあまりギャオスを暴走させた、あの時のボクそのものに見えて・・・しょうがなかった。
『・・・本当にいいのか?イツキ?』
「・・・うん。ボクはもう、大丈夫だから。それにそんな殴る価値も無い奴の為に、アレクが酷い奴って言われる方がボクは、嫌だから・・・!」
『・・・分かった。イツキがそう言うなら・・・その小綺麗なだけの顔が腫れないで済んで良かったな、ナベ?イツキに感謝しろよ?』
「っ・・・!言っとくけど私は何も手出して無いし、証拠も無いしさ!帰る!」
「「「ま、待てよナベぇ!!」」」
何故か被害者面をした渡辺は、よせあつめブラザーズと一緒に去って行った。
終わった、んだよね?これで・・・
『けっ、おととい来やがれ!何して来ようが、アレクさんは差別と偏見と暴力には絶対負けねぇからな!
・・・さっ、終わったぜ。イツキ。』
「・・・」
『ったく、あんなヤツらを信じてホイホイ着いて行くイツキも良くないぜ?俺が何かあるんじゃないかって疑って、シノブから体育館からイツキの悲鳴が聞こえたって聞いてなきゃ、今頃・・・』
「それは本当にありがとう・・・ボク、本当に大丈夫だから。それじゃあ!」
『イ、イツキ!?待てよ、一応俺がお前の家まで着いて・・・』
アレクに深く頭だけ下げて、なるべく顔を見られないようにしながら、ボクは何故か微妙に扉が開いてた体育館を・・・学校からダッシュで去って、そのまま家に帰った。
だってこれ以上アレクと、一緒にいたら・・・涙が止まらなくって、どうしようもなくって、そんな情けないボクの姿を見せたくなかったから。
見た目は「女」だけど、ボクは「男」だから・・・かな?
とにかく、今のボクは一秒でも学校にはいたくなかった。
でも、まだ帰るつもり無かったから教室に鞄とか空の弁当とか全部、置いてきちゃった。最悪だ。
明日は・・・学校、行けるかな・・・?