本編


特捜課。


「おはようございます。……何だ、お前だけか?」


翌日。事件から一夜明けた凌はいつも通りに出勤していた。
しかしいつもは自分より先に出勤しているはずの綾がおらず、出迎えたのはテレビのニュースを見ていた一樹だけだった。


「なんだとはなんだ? 出迎えが華のない爾落人じゃ不満か?」
「…まぁな。」
「おいおい。」
「フ……冗談さ。」
「真面目野郎のお前が冗談か。明日は槍が降るな。」


槍が降る。一樹の例えが極端だがそれほど珍しいのだろう。恐らくは。


「槍か。俺はお前の中でどれだけ真面目なんだ?」


凌は呆れつつ、コーヒーを用意し始める。
凌の周りの人物は彼にとって格上や目上の者が多く、伴って口調は丁寧語の場合が多い。そういう意味で、凌と同格である一樹と木内はタメ口で話せる数少ない相手なのだ。


「そういえばお前、昨日迎えに来なかったな?」
「面倒だったしな。定時になったら帰った。見ての通りお前は元気そうだし、判断は誤ってなさそうだ。」
「お前って奴は……」
「あ、そうだ。綾さんはテロを知った途端、かなり心配そうにお前へ電話を掛けていたぞ。」


凌は露骨な話題転換を聞き流しつつ、コーヒーを専用のカップに注ぐ。


「お前も飲むか?」
「オレ紅茶がいいな。」
「だったら自分で用意しろ。」
「だったらコーヒーで。」


凌は一樹のカップにもコーヒーを注ぐと机の上に置く。


「じゃあ、ありがたく頂こう。東條殿。」
「殿って…お前が使うと違和感極まりないな。」


必要最低限の道具しか置かれていない殺風景な空間の中、男2人でコーヒーを啜る。その間、無言が辺りを支配しテレビから聞こえるニュースキャスターの音声だけが響いた。
一樹は珍しくニュースに見入り、凌は上の空で昨日の八重樫との会話を回想する。


4000年も生きている爾落人。


それを思い出す度に同じ爾落人である自分の存在を、考えずにはいられない。


「なぁ一樹。俺達は人だと思うか?」
「…どうしたんだ? 急に。」
「お前も気付いてるだろ。ある時から爪、髭、髪が伸びなくなっている。俺達はこのままずっと、生きていくんだ。」
「殺されない限りそうだろうな。」
「俺達は爾落人という「G」であり、人として生きている。」
「お前の言いたい事が読めた。爾落人は果たして人と呼べるのか…だな。」


凌は頷く。


「綾さんは爾落人も人と変わりはないと言ってくれるけど…俺はそう思えない。」
「そこの判断はそれぞれで良いんじゃないか?」
「……」
「あまり自分が爾落人である事に悩むなよ。お前は東條凌と言う存在に変わりはない。だろ?」
「………」


凌は納得しにくい返答に、考え込みつつ残りのコーヒーを啜る。しかし…


「おはよう。」
「っ!」


突然の綾の出勤に彼は思いきりむせる。一樹はあまりのタイミングの良さに、笑いを堪えながら彼の背中をさすった。


「大丈夫?」
「だ…大丈夫です……」
「あ、おはようございます二階堂殿。」
「?」


綾が出勤した事と今の騒ぎで中断された事により、この悩みは凌の間でしばらく留まる事となる。
9/18ページ
スキ